軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ラヴィア=ディ=モルグスタットの「お友だち」

伯爵令嬢——しばらく呼ばれていなかったその単語。

そちらを見ると、灰色のぼろマントに身を包んだ男がふたり歩いてくる。背の大きいのと小さいのだ。

ラヴィアはとっさに、ポーラを自分の背に隠す。

「『我が呼び声に応えよ精霊。我が欲せしは万物を、生き物を、理すらも焼き尽くす業火』――」

詠唱を始める。

直後、

「きゃあっ!?」

「ポーラッ!」

背中に隠したポーラを何者かに引き剥がされる。

もうひとり、後ろにいた。

「この野郎! あの魔法ぶっ放す気かよ!」

正面にいた男ふたりのうち、背の高いほうが怒りをあらわにする。

ポーラは、同じく灰色のぼろマントを身に纏った女に拘束されていた。その首筋には鋭利な刃物が当てられる。

当然、ラヴィアの魔法はすでに霧散している。

男ふたりとの距離は10メートルを切った。ポーラは、女に拘束されつつ男たちのほうへじりじりと移動していく。

(何者——いえ、そんなことより、魔法を撃てばポーラはどうなる? 即死しなければポーラの回復魔法で……ダメね。ポーラが精神集中できなければ回復魔法は発動しない)

ラヴィアの迷いを見て取ったかのように背の高い男は言った。

「止めとけ。お前が余計なことさえしなけりゃ、 お友だち(・・・・) は生かしてやるよ。くくっ。お外に出て初めてできたお友だちってか? なあ、ラヴィア=ディ=モルグスタット」

「…………」

「モ、モ、モルグスタット伯爵家はもーねーよぉ。たた、た、ただの女の子だ、アレはぁ」

「あぁ? ま、そんなことはどうでもいんだよ」

背の高い男に低い男が言っているが、なによりもラヴィアは——「モルグスタット伯爵家」という言葉に驚いた。

つまり彼らは、「ラヴィア=ディ=モルグスタット」を追っているのだ。

ラヴィアには追っ手についてひとりだけ心当たりがある。

「……ポーンソニア王が、わたしを捜しているの?」

ニィ、と背の高い男が笑う。

「わかってんなら、ついてこい。お友だちが死んでからじゃ遅せーぞ」

「…………」

「おっと、魔法を撃ったらすぐにお友だちの首筋にもう一個口ができることになるからな? 詠唱長い魔法なんざ撃たせるつもりもねぇ」

ギリッ、とラヴィアは歯ぎしりする。

「……ポーラにはなにもしないと約束して」

「おーおー。賢い選択だ。こっちとしてもお前がおとなしくついてきてくれれば手間が省けて助かるぜ」

「約束して!」

「わかった。約束してやるよ。だが、お前が妙なそぶりを見せた日には……」

背の高い男はポーラに近づいていく。

「ひっ」

ポーラが身体を強ばらせるが、男は懐からナイフを抜いて振り抜いた。

彼女の髪の毛が、束で切り落とされる。

「止めなさい!」

「ラヴィアちゃんよ、俺は本気だからな? 愚かな真似はするなよ?」

「わかった……わかったって言っているでしょう」

もう一度ナイフを振ろうとした男へとラヴィアが言う。

ぽろぽろとポーラの目から涙がこぼれている。

「……ごめんなさい、ポーラ。わたしの問題に、あなたを巻き込んでしまって——」

「お別れの時間はナシだ。——おい、ふたりで お嬢様(・・・) を連れて行け」

背の高い男が言うと、女は無言で男をにらみつける。

「早くしろ。騒ぎになる前にズラかるぞ。この女はここに残していくが、お嬢様が馬車に乗るまで誰かが見てなきゃなんねぇだろ」

「…………」

「俺は早くしろッつってんだ!」

「…………」

女は、ポーラを突き飛ばすように背の高い男へと押しやる。

「ポーラに乱暴しないで!」

「……来い」

「こ、こ、こっちだ」

女と背の低い男がラヴィアを左右から固める。

ラヴィアは背を押されるようにして歩き出す。

気遣わしげにポーラを見る——ポーラも涙に濡れた目でラヴィアを見る。

『わたしは大丈夫』

そんなふうにラヴィアの唇が動いたようにポーラには感じられた。

「あぁ? なにお前ら通じあって——」

「ぷっ」

そのときラヴィアは背の高い男に向かってつばを吐きかけた。

つばは男の額にべちょりとついた。

「……こんのアマがぁ!!」

「っく!?」

通り過ぎようとしていたラヴィアの背後から男が蹴りを入れる。

拘束から離れてラヴィアが前のめりに倒れる。

「……なにをするの!」

「お、お、おいっ」

「この女が調子に乗ってるからだろうが! お前らもちゃんと押さえておけよボケが!」

ラヴィアはゆらりと立ち上がると、背の高い男を凍えるような目でにらみつけた。

そうして彼女は連れられ、やがて角を曲がって去っていった。

「ちっ……あいつ、あとでヒィヒィ言わせてやる」

つばをぬぐった男が吐き捨てるように言う。

「あ、あ、あなたたちは何者なんですか……」

「俺たちか? そうだな……教えてやってもいいな。俺たちはポーンソニアの、れっきとした正規兵だ」

「——え?」

自分が生まれ育ったポーンソニア王国の、兵。

しかも正規兵と聞いてポーラは驚きを隠せない。どこからどう見てもごろつきのようなのに。

「泣く子も黙る特務部隊よ。——ああ、素人は知らねぇよな。俺たちは腕っ節だけを買われて集められた、王様直属の部隊ってわけだ。誘拐、強盗、人殺し、なんでもやる」

「う、ウソ……」

「こんなところでウソなんて言わねぇよ」

男は唇をゆがめて、舌なめずりした。

「これから死ぬお前相手に」

* *

「!」

異変に気づいたのはセリカだった。

彼女は空を見上げる。

「どうしたの、セリカ」

「見て、あそこに魔法陣があるわ!」

「ないが」

「え? どこ?」

「消えたわ!」

一瞬だけ空に浮かび上がった魔法陣。

間違いない、土壁の上で魔法使いが使っていたあの魔法陣だ——とセリカは考える。

ソリューズとサーラは見えなかったらしいが。

「行くのよ!」

「ちょっと、セリカ!」

セリカは走り出す。

(変ね!)

すぐに消えたのも変だし、あんなに目立つところに魔法陣を出すことも変だ。ふつう、あれほど高い場所に魔法陣を出す必要などない。距離があると魔法陣の構築が面倒になるし。戦場にいた昨日だってあそこまで高い位置ではなかった。

というか、街中で使うような魔法ではそもそもない。

今まで姿を隠していたのなら、なおさら変だった。あれでは「ここにいます」と言っているようなもの——。

「! そういうことね! 位置を報せているのよ!」

「位置を?」

セリカの全速力に、難なくついてくるソリューズとサーラ。

「誰かに報せているの!『私はここにいる』って! つまり、『救難信号』よ!」

* *

お前はこれから死ぬ——と言われたポーラは、

「え?」

とマヌケに返事をすることしかできなかった。

「いやいや、プッ! くくっ、なんで生かされると思ったわけ? むしろ誘拐現場を目撃したお前は殺されるに決まってるだろ?」

「で、でも、さっき約束——」

「約束したけど? だからなに?」

「————」

ポーラの顔面が蒼白になる。

最初から殺す気だった。誘拐を仕掛けてくるようなヤツが義理堅いワケがなかったのだ。

「じゃ、おさらばだ。動くなよ? 動くと即死できなくて苦しむことになるからな?」

背の高い男の手が伸びて胸ぐらをつかまれた。

「————」

声が出ない。腕を振りほどくこともできない。息ができなくて苦しい。

男が、ナイフを握りしめた。

(こんなところで……どうして——)

ポーラは祈った。

神に、ではない。

(助けて……助けてください……! せめて、あのラヴィアさんだけでも!)

彼女にとって今や神に等しい存在に。

(ヒカル様——)

キィィンッ。

金属音が響いた。

男のナイフが宙を舞って、地面に突き刺さった。

「っく!? 誰だ!?」

石ころがナイフに直撃したのだ。目を閉じていたポーラは見ていなかったが。

異変が起きたことに気づいたポーラが目を開ける。

誰もいなかった路地に——不意に、ゆらりと人影が現れた。

あらかじめそこにいたのに、焦点が合わずぼやけていた像がようやく結んだように——現れたのだ。

「ポーラ、また死にかけてるのか? 呪われてるんじゃないのか」

呆れたようにヒカルが言った。