軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

苦い別れ

「東方四星」のシュフィ=ブルームフィールドは豊かな波打つ緑の髪を持つ回復魔法使いだ。

パーティーで行動していることがほとんどだが、ボーダーザード防衛戦のような大規模戦においては後方支援に回る。

回復魔法は精神集中、信仰心の度合いによって回復量が変わるために前線で運用するには向かない魔法だった。

「シュフィ様、シュフィ様、ありがとうございます……!」

「マジか。あの傷が一気に治った」

「神の遣わした天使……」

「聖女だ……」

野戦病院のようになっている公会堂で、回復魔法を使い続けるシュフィ。

さすがに夜もぶっ通しで魔法を使っているので疲れは否めない。

それでも柔らかな笑顔と、誰しもを包み込むような豊かな胸——プリシーラとどっこいどっこいの胸は人々に安心を与えていた。

「シュフィ様。一度お休みになってください」

冒険者ギルドの職員が丁重に接している。ランクB冒険者であり、さらに死に至ろうとしていた重傷者を治癒できる彼女をむげにするほど愚かな職員はいない。

「でも、もう少しだけ……」

鈴を転がしたような可愛らしい声でシュフィは言ったが、ギルド職員は引かない。

「これではシュフィ様のお体が先に参ってしまいます。重傷者の治療はほぼ終わりました」

「ほぼ終わった……? わたくしの目には、まだまだ苦しんでおられる方が多く見えますが」

「それは……」

ギルド職員の言ったことはウソではない。「重傷者」は終わった。残っているのは「軽傷者」か、「もう手遅れの者」だけだ。

「わたくしの魔法で命がつなげるなら、つなぎましょう。その間に各地の神殿や治療院から回復魔法使いが来てくれれば彼らは救われます」

「シュフィ様……」

ギルド職員は思わず目元の涙を拭った。

ボーダーザードの窮地はすでに各地に知れている。ピンチは一通り落ち着いたが、今から来てくれるという回復魔法使いがどれほどいるというのか。

しかもシュフィは、回復魔法にかかる一切の報酬を受け取らない。

これほど慈愛に満ちた人間を、このギルド職員は見たことがなかった。「聖女」と呼ばれるにふさわしいとすら思った。

「次の方は……ポーンソニアの冒険者の方ですね。ピアさんとプリシーラさん」

「はい——あれ?」

ふたりが見た病床には誰もいなかった。

「『腹部欠損』と、『複数の毒による昏睡状態』とありますが——なにかの間違いでしょうか?」

「え? い、いえ、そんなことは……おかしいな、私が目視で確認したときにはかなり悪い状況だったようですが……」

ギルド職員は言葉を濁した。もしかしたらもう死んで、遺体は運び出されたのかもしれないと思ったのだ。

「あっ。あの3人ですよ」

そのとき公会堂に入ってくる3人にギルド職員は気がついた。

冒険者ピア、プリシーラ、それに付き添いでいた少女だ。

ふつうに、歩いている。

見間違いかとも思ったが、ピアの鎧は腹がゴッソリはがれ落ちている。間違いない。

「え? でも、あれ? なんであんなに元気なんだ?」

ギルド職員はワケがわからなかったが、もっとワケがわからないことが起きていた。

彼女たちは「もう手遅れの者」がいるところへと向かった——付き添いの少女がピアに無理矢理引っ張られる形で向かったのだ。

ピアとプリシーラが巨大な布を出すと横に広げた。衝立のように冒険者を隠してしまう。

「なにを……しているのでしょう? あれが、この重傷だった少女ですか?」

「あ、はい。そのはずですが」

ピアとプリシーラの付き添いの少女は長々とため息をついて、きょろきょろと周囲を見ながら布に隠れるように屈んだ。

ちょうど、柱があってシュフィとギルド職員には気づかなかったらしい。

「!」

シュフィの身体が強ばった。

それは——魔法を察知したからだ。

「回復魔法……!」

「え? 今、回復魔法を使っているんですか、あの子が? ああ、そう言えば駈け出しの回復魔法使いだったような」

「駈け出し? ええ、確かに使っているのは基礎中の基礎の回復魔法ですが——なんですか、これは。とてつもないほどの魔力と練度……!!」

「あっ、シュフィ様!」

シュフィが走り出すのをあわててギルド職員が追いかける。

付き添いの少女が立ち上がると、ピアとプリシーラのふたりが驚愕した表情をしている。

「あなたたち! なにをしているのですか!?」

焦りを隠せないシュフィの声に、びくりとする3人の少女。

3人はすたこらさっさと逃げ出した。

「————」

それを追わず、シュフィは横たわる冒険者の前で立ち尽くしている。

「な、なんだったんですかね、あの子たちは。……シュフィ様、どうしたのですか?」

「こちらの方の症状」

「は?」

「確か、左肘より先の欠損、右大腿部の石化、でしたね?」

「え、えっと」

ギルド職員はぺらぺらと負傷者リストをめくって確認する。

「——そう、ですね。そのとおりです」

「完治していますよ」

「……は?」

ギルド職員は聞き返しつつも冒険者を見た。

「え……」

気を失ったままではあったが、血色が良くなっている。それになにより、なくなったはずの左肘の先が 生えて(・・・) おり、右大腿部の石化が治っていた。

「そんな、バカな……!?」

「彼女の身元を探ってください。わたくしよりもはるかに優れた回復魔法使いですよ!」

「シュフィ様よりも!?」

「急いで! 保護するのです!」

「あ、は、はいっ!」

ギルド職員は公会堂から飛びだしていった。

はぁ、はぁっ、はぁ……と3人は路地裏で荒い息を吐いていた。

「ポーラの、言ったことは、ほんとうだった……あの冒険者は治っていた」

最初に言ったのはプリシーラだった。声がうわずっていた。プリシーラが興奮するのは珍しい。

「うう……だから、やりたくなかったの。バレたらマズイの。私、この街を出る——」

「すげえじゃねえかよ!!」

さらに興奮してポーラの肩をつかんできたのはピアだった。

「なんだよあれ!? あの魔法!? お前、いつの間にそんなことできるようになってたんだよ!? あれさえあれば、あたしがケガを気にせずどんどん敵を倒せるじゃねえか!」

「い、痛い、痛いよピア……」

「あっ、悪い」

ピアが手を離してくれたが、肩の痛みはすぐには引かなかった。

「だけどよ、ポーラ。この街を出るなんてバカなこと言うなよ。まず重傷者をバンバン治していこうぜ。それで治療費をもらうんだ。それだけで大金持ちだぞ!? それで装備を調えよう。そうしたらどんなところにだって行ける!」

「————」

ポーラは、豹変したピアを見て——ようやく自分のしてしまったことの愚かさに気づいた。

ピアは最初、ポーラが「高価なポーションとの取引で身売りした」のだと思っていた。

それを「回復魔法のおかげ」と口を滑らせたところ「やってみせろ」と言い出したのだ。「ほんとうにできるのなら納得する」とピアが言うので仕方なく、

「1回だけ見せる」

「その様子は他から見えないようにする」

という条件で実行した。幸い、重傷者はいっぱいいるからだ。

だけれど。

他の誰か——ギルド職員だろうか——に見られるとは思わなかった。

しかもピアが約束を違えた。これでお別れになるはずだったのに、なぜだかこれからもいっしょに冒険をする話になっている。

(ヒカル様の言ったことはほんとうだったんですね……)

後悔が胸に湧き上がってくる。自分を巡って取り合いが起きる。この能力のために人死にが出ることだってあり得る。そう、ヒカルは言っていた。

そのとおりだ。

「ピア、落ち着いて。ポーラはもう、いっしょに冒険しないんだ」

プリシーラが冷静さを取り戻してくれたのがポーラにとってはありがたかった。

「はあ? どういうことだよ? あっ——ポーラ。まさかその力を手に入れたからあたしたちなんてどうでもいいってことかよ!?」

「ち、違うわ! どうしてそうなってしまうの!?」

「ひでえよ! あたしは命を賭けてお前を守ったのに! お前は将来が約束されたらあたしたちを捨てるのか!!」

「そ、そんなこと……」

「そうなんだろ!」

「ピア、落ち着いて」

今度は声に力を込めてプリシーラがピアをポーラから離す。

だがピアの言葉はポーラの心に突き刺さっていた。

確かに、ピアは身体を張ってポーラを守ってくれた。だからこそ自分の命を捨ててでも助けたいとポーラは思ったのだ。

でも——それがピアには伝わらない。理解してくれない。わかろうとしてくれない。

「プリシーラだっておかしいと思わねえのかよ!? いきなり回復魔法に目覚めるなんて——なにがあったんだよ!?」

「そ、それは……言えないの」

「言えない!? どうして!? やましいことがなかったら言えるはずだろ!」

「ごめんなさい、言えないの!」

すでにヒカルとの約束を破ってしまった。

だからこそこれ以上破るわけにはいかなかった。

直接的には2度、命を救われ、今回のことでさらにまたピアとプリシーラの命を救ってくれた。

ヒカルを裏切れない。

「あたしは親友じゃねえのかよ……」

ぽつりと言われた言葉が、またもポーラの心をえぐる。

親友だからこそ、あの回復魔法を見せた。見せてしまった。

「ごめんなさい……」

ポーラはうなだれて謝ることしかできなかった。

「わかった。それ以上は言わなくていいよ」

「……ピア」

ピアがわかってくれた。

うれしくて顔を上げたポーラは、ピアの——いびつな笑顔を見て言葉を失った。

「それなら、あたしだってお前を手放さない。お前がいれば大金を稼ぎ放題なんだ。村に仕送りだってできるし、なにより貧乏生活だっておさらば。贅沢し放題だぜ!」

「————」

多すぎる金や、過ぎたる能力が人を変える、という話を聞いたことがある。本でも読んだことがあった。

だけれどこうして目の当たりにすると——ただひたすら恐怖があるだけだった。

「ピア、それはダメ」

プリシーラだけは冷静だった。

「プリシーラ! お前、誰の味方なんだよ!? ポーラだけ抜け駆けして贅沢するなんてずるいだろ!」

「違う。ポーラはなにかと引き替えにその力を手に入れたのだと思う。だから『身売り』という表現は間違ってない。秘密を告白できないことも含めて取引なんだ」

プリシーラが柔らかいまなざしをポーラに向ける。

それだけでポーラは涙がにじむほどにうれしかった。

「だから……もう行っていい。ポーラ。いっしょに過ごした日々は楽しかった」

「プリシーラ……ピア、ごめんなさい。私、私は——」

「イヤだ! あたしは認めないぞ!!」

ピアが、ついに剣を抜こうとした——そのときだった。

「止しなさい」

ピアの喉元に、ナイフが突きつけられていた。

「!?」

いつ、忍び寄ったのかまったく気づかなかった。ここにいる3人誰もが。

それは少女のようだった。フードを目深にかぶっているのと、装備による補正なのか陽炎のようによく見えない。

「だ、だ、誰、だよ、お前……」

「ポーラはすでに、とある『王』へ嫁ぐことが決まっている。手を出せば、反逆罪を着せられ、一生追っ手がついて回ることになる」

「なに!?」

「耳を澄ませてみて」

遠くから「どこに行った?」「少女の3人組だ」なんていう声が聞こえてくる。

「そ、そんな……」

へろへろとその場にピアが崩れ落ちる。

威勢はいいが、心が弱いのが彼女の弱点でもあった。

「プリシーラとやら。ピアを連れて去りなさい。ポーラは悪いようにしない」

「…………」

油断なく少女を見ていたプリシーラだったが、渋々うなずいてピアの近くへと寄った。そしてピアに肩を貸して去ろうとする。

「——ポーラを守ってくれたお礼を、後日、ギルドカードに振り込むわ」

そんな言葉をかけられたときには一瞬足を止めたが、プリシーラは少女にではなく、ポーラへと視線を向けた。

残念そうな、心残りの顔で。

そうして去っていった。

「……あ、あの、あなたは……王族、関係の方なんですか……?」

ひとり、わけのわからないポーラは残った少女に話しかける。

「あれはウソ。あなたを探しているのはギルドの職員よ」

少女——ラヴィアは、フードを取って顔を見せた。

「久しぶり。途中から話は聞いていたわ。その様子だと……ヒカルがなにかをしたのね?」