軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

279、イザベルの本性

ここは治療院。イザベルは一睡もせずアランに付き添っている。必死にアランの手を握りしめて……

イザベルにできることは全てやった。後は目覚めるのを待つしかないのだ。

時刻にして午後三時を過ぎた頃だろうか。握りしめた手に反応があった。

「うぅ……イザ……ベルか……」

「アラン! アランあなた! 私よ! あなたのイザベルよ!」

「こ、ここは……」

「クタナツの治療院よ! バカバカ! なんでこんなことになったのよ! バカ!」

「……俺が、弱かった……だけだ……」

「そう……なら仕方ないわね……でも、もう大丈夫よ。さあ、もう一眠りするといいわ。」

『快眠』

有無を言わせずアランを寝かせたイザベル。たったそれだけの会話で気付いてしまったのだ。アランが誰かを庇っていることを。また、そのために必要のない怪我をしてしまったことを。ゆらりと立ち上がるイザベル。向かう先には一人の女が寝ている。

傷付き倒れた大勢の人間。その中でアランが庇うとすれば、あの女しか、いない……

『浮身』

『隠形』

そこから女二人がいなくなったことに治療院の者が気付いたのは一時間後だった。

イザベルが女を伴い移動をしたのはとある宿の一室。フェルナンドなどと共によく利用している、秘密を守ることに定評のある高級宿だ。もっとも、イザベルの秘密を漏らしていたならとっくに亭主、従業員を問わず全員死んでいることだろう。

魔法を解除し、眠っていた女を床に叩き落とす。アランが庇ったであろうこの女は一体?

「うう、ぐぅ、痛いよぉ……」

「起きたわね。よくもまあその程度の怪我であんなに寝ていられるわね。ハルバートさん?」

クタナツ無尽流道場の前道場主、コペン・アッカーマンの後妻ハルバートだった。

「イザベルさま……?」

「何も考えなくていいわ。あなたがなぜアランといたか、なぜアランが大怪我をしたのか。白状してもらうから。」

『拘禁束縛』

『魔力吸引』

『精神喪失』

『洗脳浄心』

立て続けに怪しげな魔法を使ったイザベル。どのような効果があるのだろうか。

「昨日は何をしていたの?」

『あぁ〜道場のみんなで実践訓練するってぇ〜アランさんがぁ〜城壁の外に行ったぁ〜』

「そこにあなたもいたの?」

『あぁ〜いたよぉ〜』

「なぜ? アランはあなたを止めなかったの?」

「止められたけどぉむりやり一緒に行ったよぉ〜』

イザベルの表情が苦々しく歪む。

「それで、なぜみんなあれほどの怪我をしているの?」

『あぁ〜コカ、トリス? とかって大きな魔物が出たんだよぉ〜アランさんはみんなに逃げろって言ってたぁ〜』

「それがなぜ怪我をしている?」

『みんな逃げなかったよぉ〜あんな大きな魔物相手にすごいよぉ〜』

「いくらアランはほとんど魔法が使えないからってコカトリスごときに負けるはずがない。誰がアランの足を引っ張った?」

『さあ〜みんなバラバラに動いてたからぁ〜』

「あなたは何をしていた?」

『アランさんに抱きついていたよぉ〜大きくて暖かい背中だったぁ〜』

「アランのことをどう思っている?」

『かっこいい人だぁ〜抱かれてぇよぉ〜イザベルさんみてぇな年増よりぃ〜若い私の方が絶対いいよぉ〜』

「ふぅん。夫を亡くしたばかりなのにお盛んなものね。アランはあなたを心配して働かなくても生活できるよう尽力してあげたのに。あなたは自分のことしか考えてないのね。」

『アランさんはきっと私のことが好きなんだぁ〜』

「そう。おめでとう。よく分かったわ。もうあなたは用無しね。さようなら。」

『はぁいさようならぁ〜』

『夢幻想影』

焦点の合わない目。ダラダラと垂れる涎。小刻みに震える体。えしぇえしぇ……いひいひ……と不気味な声を発している。ハルバートはすでに正気を失くしているようだ。

イザベルはそんなハルバートを伴い宿を出る。魔法で拘束したまま連行しているだけだが。そして人気のない路上で魔法を解除し、その場に放置した……

おそらくは騎士団が保護するものの、回復の見込みなしと判断し、適切に『処理』をすることになるだろう。クタナツにほとんど知り合いなどいないハルバートである。まともに対応してもらえるかどうか……よしんば、まともに対応してもらえたとしても……彼女の精神はすでに、破壊されているのだから……

夫の恩師の妻が相手でも微塵も容赦をしない。これがイザベルの怖さだ。以前カースに茶飲み話で数人を毒殺したと話していたが、実際には数人で済むはずがない。身内を殺された貴族ですら復讐ができなくなるまでに、一体何人を殺したのか……アランですら知らない。

そんなイザベルが今回ハルバートを殺さなかったのには二つ理由がある。

一つは見せしめ。

不用意にアランに近付いた女の末路を知らしめるためだ。自分が手を下したかどうかはともかく……

アランの浮気、火遊びならば全然構わない。イザベルはモテるアランも好きなのだから。

しかし側室、それどころか愚かにも正室の座を求める女には容赦しない。証拠一つ残さず消えてもらうか、廃人になってもらうかだ。

ちなみにマリーは奴隷の立場でもあったし、決して多くを求めることはなかった。常にイザベルを立て、メイド兼妾としての立場を逸脱することはなかった。それは結婚して家を出た今でもさほど変わらない。

またベレンガリアも同様だ。マリーがいなくなり、多少不便だった時にイザベルに挨拶に来たのだ。アランに惚れたので妾でも侍女でもいいから側に置いてくれと、正直に打ち明けたのだ。イザベルはそんな女を無碍にするほど狭量でもない。

つまり、ハルバートは間違えたのだ。

そしてもう一つは死体の処理だ。

イザベルにとって証拠一つ残さず消し去ることは難しくない。しかし、その場合はハルバートの行方が門弟達に疑念として残る。治療院にて生存を確認されているのだから。したがって精神だけを破壊し、騎士団が処理をしたとなれば記録にも残り疑念も消える。

魔境で恐ろしい目あった者が精神に異常をきたすのはそれほど珍しいことではないのだから。

問題があるとすれば、アランには全て気付かれてしまうことだろうか。しかしアランとて清廉潔白なわけではない。イザベルが自分のためにやったのだ。世話をかけたな、で終わることだろう。

イザベルはすっきりとした気分で治療院に戻っていくのだった。