軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピローグ 聖女伝説のち、熊

ミツバチの長閑な羽音が響くマッキンタイア公爵領で、アンチェインド・ベアは久しぶりにのんびりした朝を迎えていた。

結局「熊祭りの夜」以降、彼女達は風紀を乱したかどで、王都で開かれるいかなる夜会へも出入りを禁止された。

あの後もラナは躍起になって王家主催の夜会を繰り返しているが、その露骨な人気取りに、会を重ねるほどに人心は離れ、最近は理由をつけて欠席する者が後を絶たないという。

各地の熊達の尽力により、王国全体に地方自治の考え方が浸透したことで、無茶な散財を繰り返す王家自体の求心力が落ちていることも一因のようだ。

「楽しかったですね、熊祭り」

「まあ、『まんま熊・マークII』はちょっとやり過ぎだったかな、とは思いますけど」

「あら、でもあれからちょこちょこ熊の注文が来てますのよ?

王都でも個人の邸宅で催される夜会では、時々王家の目を盗んで熊が出るとかなんとか」

「エエ?本当に??」

「そういう夜会は入り口に『熊出没注意』の貼り紙がしてあるそうですわ」

「またそんな」

他愛ないお喋りをしながら4人がぶらぶら養蜂場の近くまで来ると、旅姿の青年が魔力ミツバチの巣箱に顔を近づけて何やら熱心に観察しているところに行き遭った。

「もしそこの方。防護服なしでそんなに巣箱に近づいては危ないですよ」

アラベラが進み出て青年に声をかける。

「これは失礼。名高い『魔力ミツバチ』の姿をこの目で見られて、つい興奮してしまって………って、ベラ?!」

「え。………ええっもしかして、ジェリー?!」

青年は、幼い日のアラベラと共に『ボストン茶会事件』を首謀したジェラルド・ボストン伯爵令息であった。

思わぬ邂逅にアラベラの後ろでヘルガ達が目を丸くする。

「そうだよ、ジェラルドだ。久しぶりだねベラ。

驚いたよ、こんなところで君に会えるなんて」

「こっちこそびっくりしたわジェリー。

どうしてマッキンタイア領にいるの?

貴方、確か隣国に留学していたんじゃなかった?」

「ああ、この春卒業したんだ。

在学中にいくつか発表した論文が認められて、研究者として向こうに残ることになってね。

今日は里帰りついでに話題の魔力ミツバチの生態を見ておこうと思って、マッキンタイア領まで足を伸ばしたんだ」

「凄いじゃない!何の研究をしているの?」

「……実家で自慢してやろうと思って持ち歩いてて正解だったな……ほら、これ僕の最新の論文」

「 『多足類の魔力ゲノム解析による分類学的評価と分布域の相関について―G・インセクティア著』

………ウソッ!!!G・インセクティアって、あのG・インセクティア?!

ヤスデの研究でメキメキ頭角を現して、今や虫関連の学会で知らない者はいないという、あのインセクティア先生?!

私、貴方の論文全部読んでるわ!

驚いた……インセクティア先生がジェリーだったなんて……でも、どうして偽名を?」

「あはは、親父とおふくろから、虫関連でボストンの名は決して出してくれるなと懇願されててね……こっちも気楽な三男の身分とはいえ、虫の研究なんて道楽みたいなことを許してもらっている手前、ご意向には従わないとってことで、虫研究の分野ではG・インセクティアを名乗っているんだ」

「そうだったの……嬉しい、あんなことがあってからも、ずっと好きでいてくれたのね……」

「ッ!…あっ、ああ。そうなんだ。好きだったんだ、ずっと……」

「………虫のこと」

「………ン゛ッッ……ウーン、うん、そう、そうだね……ハハハ……」

話し込む2人の横を、邪魔そうに魔力ミツバチが飛んでいく。

その後ろではヘルガ達が狼狽えて右往左往している。

「今朝アラベラが『蜂たちの様子を見に行きたい』って言い出したのは、もしかしてムシの知らせ?」

「そんなムシのいい話…」

「あっ、お二人とも、私達のことはムシしてください、ムシ!」

図らずもお邪魔ムシとなってしまった3人は、慌ててその場から逃げ出した。

※※※※※※※

ヘルガ達はアラベラとジェラルドをその場に残して、ゆっくりと領主館に戻る道を辿る。

暖かい日差しと、吹き渡る風が心地よく、何だか心がくすぐったい。

「熊にも春が来たのかしら」

ヘルガが空を見上げる。

「春が来たら、アンチェインド・ベア卒業、なんてこともあると思います?」

「それはないと思いますわ。分厚い毛皮も、鋭い爪も、みんなこれまで生きてきた中で培ってきた、私達自身の財産ですもの。

どんな未来がきても、私達をもう鎖で縛り付けることはできないと、前に申し上げましたでしょ?

何処にいても、誰が側にいても、熊は熊ですわよ、きっとこれからも」

「ふふ。じゃあ熊は熊らしく、新しい魔力蜂蜜の味見でもします?領主館に新製品がいくつか届いておりますのよ」

「私達でパンケーキを焼いておきましょうよ。

きっとアラベラはジェリーを連れて戻ってくるでしょう?お茶の準備をしてお迎えしましょう」

「いいですね!あの2人の分は、公爵領名物魔力蜂蜜でベッタベタの甘甘にしてやりますわ!!」

抜けるように青い空の下、令嬢達の笑い声が風とともに公爵領を渡って行った。

※※※※※※※

その王国には、かつて聖女が現れたという伝説が残っている。

聖女は王国の危機を祈りの力で救ったのち、王子様と結婚していつまでも幸せに暮らしたという。

正直に言って、何処にでもあるような伝説だ。

聖女と王子様がその後王国をどのように治めたのか、そもそも王妃と国王になれたのかも、今となってはわからない。

他の凡百の物語と同様、彼等は只「幸せに暮らした」ことのみが言い伝えられている。

一方、王国の地方部に行けば、様々な建造物や店の看板など、いたるところに「熊の足跡に鎖をあしらった紋章」が使われているのを見ることができる。

そしてその王国では、子ども達に「将来なりたいもの」を聞いてみると、どういうわけか10位以内に必ず「熊」がランクインするのである。

――終――