作品タイトル不明
17 熊は全身熊になる
「……そ、その声は、マージョリー……なのか?!」
「いやですわ。元婚約者の顔も忘れてしまったんですか?」
そんなこと言ったって顔が見えない。
全身何処からどう見ても熊にしか見えないサムシングがナイジェルの目の前に直立し、マージョリーの声で喋っている。
熊の被り物とか、熊っぽいコスチュームなどといった生やさしいものではない。熊そのものである。
全身が毛皮で覆われ、鋭い牙と爪を生やし、勿論ドレスなんぞ着ていない。正直マージョリーの要素は声と身長くらいしか残っていない。
「おお、よく似合っているじゃないかマージョリー」
「本当に、なんて素晴らしい毛並みでしょう」
侯爵や使用人が一斉に熊に駆け寄り、夢中で毛皮をモフモフしている。
ナイジェルは目が回ってきた。
「さあ、参りましょうかエマーソン侯爵令息」
熊の首がグリンッと回り、黒曜石のような目がナイジェルを見据える。
悲鳴をあげそうになるのを堪えて慄える手を差し出せば、毛むくじゃらの前足がドスッと降りてきた。
※※※※※※※
ナイジェルと熊は向かい合って座り、馬車に揺られていた。
「まず公爵邸で落ち合って、皆で一緒に入場しようと約束しておりますの。
なのでお手数ですが、先にマッキンタイア邸に向かってくださいますか?」
馬車に乗り込むときにそう御者に告げたきり、熊は黙って窓の外に目をやっている。
ナイジェルは勇気を振り絞って熊に声をかけた。
「な、なあマージョリー」
「ガウッ!!」
「ひいっ!」
「あら間違えた。『話す』と『吠える』の操作がちょっと紛らわしいんですのホホホホホ。
どうなさいました、エマーソン侯爵令息?」
「あ、いや、その格好は一体………」
「これですか?
リアル着ぐるみ『まんま熊・マークII』です。
グレイソン領の模造毛皮加工技術と、ウォルコット領の縫製技術と、フィンチ領の魔法工学の粋を集めた逸品ですわ。
見た目はこんなに熊なのに、内部快適・視界良好・動き滑らかで、お喋りも飲食もダンスも自由自在。
まあ、多少操作に慣れる時間が必要ですけれど」
「な、なぜそんなものを………」
「元々は領地の子ども達に見せるお芝居で使うつもりだったんですけど、制作に当たって、深夜のテンションでとことんリアルを追求していたら、子ども達に号泣されてしまいましたの。
仕方なく倉庫に眠らせておいたのですけれど、今回の夜会のドレスコードを見てひらめいたんです。
『露出は控えるように』とありましたでしょう?
これは!と思いましたわ。ついに『まんま熊・マークII』が日の目を見るときがきたと。
何と言っても驚異の露出率0%!これほどドレスコードに忠実な衣装があるでしょうか。いやない」
恐らく中でマージョリーがドヤ顔をしているのだろう、顎を上げた熊がフンス、と鼻を鳴らす。
結局、ナイジェルは馬車が公爵邸に到着するまで、目の前の熊から『まんま熊・マークII』の性能と素晴らしさを聞かされ続ける羽目になった。
※※※※※※※
公爵邸に着いたのは、マージョリー達が最後だった。
邸宅のエントランスには、先に到着していた二組と、公爵父娘が待っていた。
その姿を見て、道々危惧していたことが現実となってしまったナイジェルの顔が絶望に染まる。
そこには、青い顔をしたリチャードとクリストファーがおり、その側にはそれぞれ毛色が少しずつ違う令嬢サイズの熊が立っていた。
そして、ヘルガ(と思われる熊)の隣にいたのは………
( ――――公爵も熊かッッ )
思わずナイジェルは天を仰いだ。