軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

助けて、だなんて戯言

どうして、と誰かが呟いた。

力なく、ただぽつりとうわごとのように。

だがしかし、それを呟いたところで誰も助けてなんてくれないのだ。フェリシアに助けて、と言ったところで、フェリシアの助ける人なんてそもそも最初から決まっているし、自分の『内側』にいない人間をどうして助ける必要があるというのか。

「フェリシア……、なぁ、フェリシア……」

それでも、カディルだけは必死にフェリシアに縋ろうと手を伸ばしてきている。

「まぁ、どうしてわたくしに縋ろうとするのでしょうか。よりにもよって、貴方が」

「い、一時期は婚約者に!」

「なっておりません」

「うぐっ」

婚約者に選定される前に断ったというのに、どうしてまたもや自分だけに都合の良いように解釈しているのだろうか、とフェリシアは困ったように微笑むだけ。

溜息を吐くことすらしたくないのか、と問えば、フェリシアはにこやかに、躊躇なく頷くだろう。だってもう、そこまでもしてやる価値など、この男にはあるはずもない。

あくまで『ゲーム』のヒロインがこの男と幸せになればいい、それが出来ればこの物語は『主人公』にとってのハッピーエンドとなる。

過程は問わない。

どんな形で幸せになっているかも、問わない。

実証されてしまったのだから、カディルに対してはおかわいそうに、という感想くらいしか、抱けない。

「殿下はそちらにいらっしゃる偽聖女様と、しかとお幸せになればよろしいではありませんか」

「い、嫌だ! 俺は、俺はお前と幸せに!」

「まぁ、それはこちらが嫌ですわ?」

「な!?」

あまりにあっけなくフェリシアに拒絶されてしまって、カディルは愕然としているが、それは当たり前だろう。

――何が悲しくて、こんなクソ男と。

フェリシアの顔にはびっくりするくらい、誰にでも分かってしまうくらいにはそう書いてあるようにしか見えない。

「殿下と幸せになれ、と命じられれば……そうですわねぇ」

ほんの少しだけ考えて、フェリシアはすぐさま思い浮かんだのかぱん、と手を叩いた。そして、明るい声でこう続けた。

「仮に、そのような命令を下してくる輩が居れば、わたくしは舌を噛み切るか、もしくは……喉をさっくりと切って、死んでしまいましょう」

「…………は?」

どうして、とカディルは力なく呟いたが、ヴェルンハルトの腕の中にいるリルムが心底嫌そうな顔と声で、教えてくれた。

「そりゃそうでしょ。あなたの今までの行動のどこを、何を頑張ればフェリシアに好かれる要素があったというの?」

「好かれる……要素?」

「ないでしょ」

リルムに間髪入れずにそう言われ、カディルは何故だかとってもショックを受けたような表情をしている。

まるで、自分には好かれる要素しかない、とでも言いたいのだろうか。

初対面の印象の最悪さ、びっくりするくらいの性格の悪さ。

女の子を拳で殴るあたりも色々と終わっているし、過去のことを本人は悪いとも何とも思っていないのだから、天地がひっくり返ってもフェリシアがカディルを好きになるだなんてない。

『ほらカディル様、諦めて私を受け入れましょうって。そうすれば、カディル様には幸せな未来が訪れるんで……』

「うるさいうるさいうるさい! 人の口を勝手に使うなっていうんだ、化け物!」

『これまでしっかり助けてあげて、王太子に返り咲いたのに……何が不満なんですぅ?』

「全部だ! お前なんか俺はいらない!」

『失礼な……。でもいいんですぅ、私は何をどうやってもカディル様とは一緒なんですからぁ』

カディルが虫をはらうようにしても、イレネはカディルの『中』にいるのだから、何をどうすることだってできやしない。

暴れるだけ時間の無駄、というやつである。

「……っ、どうすることも……」

「できないから、わたくしの大切なお友達のフェリシアにこれ以上馬鹿な絡みは止めて頂戴ね」

「ぐ……」

ぎりり、と悔しそうにカディルは唇を噛みしめているが、そうしたところで何も解決はしない。

もうすぐ、リルムもフェリシアも、……いいや、フェリシアが『味方』だと判断した面々は移住してしまう。

この国を呆気なく見捨てるだけではなく、リルムのことを嫁にもらうと宣言したヴェルンハルトによって、侵攻されて、滅ぼされてしまうだろうことまで確定した。

きっと、その瞬間を迎える時、誰かがまた呟くのだ。

『何を、どこで間違えたのだ』と。

「さぁ、そろそろ別れの挨拶をその辺にしておいてくれんか。リルムのこともそうだが、フェリシア嬢やそのご友人、そしてフェリシア嬢が有益だと判断してくれた方々を、我が国へと迎え入れなければならんのだ」

「――俺も連れていけ! 俺だって役に」

「立てねぇよ、クズ」

あれ、とカディルが思ったのも束の間。

明確に怒りを表したヴェルンハルトが威嚇のために、ぱちん、と指を鳴らして炎魔法を発動させ、カディルの頬すれすれを飛んでいくように調整し、狙い通りに頬を掠めたのだが、思いがけずカディルが少しだけ動いてしまったことによって、わいわいと騒ぎだしてしまうこととなったのだった。

「……あ」

「まぁ、ヴェルンハルト様。今当たったのはもしかして、うっかりでして?」

「狙いはばっちりだったんだが、カディル殿下がどうやらちょこっとだけ動いてああなったんだが……」

頬を掠めてしまった、ヴェルンハルトの放った火球だったが、これまで痛みなんかと基本的には皆無、もしくは怪我をしてもすぐさま治癒されたから、痛みを感じることはきっと少なかったのだろうと想像できる。

それ故の弊害も、少なからずある。

「い、いたいいいいいいいいいい!! 痛い!! 痛い!! おい、何するんだ!」

なお、掠ったといってもほんのちょこっとである。

例えて言うならば、うっかり転んで、手をついたけれども顔を打ち付けてしまって頬をちょこっと石か何かで怪我してしまった、とか。

料理をしていて、うっかり熱い鍋のふちにほんのちょこっと触れてしまって、腕に火傷を負ってうっすら赤く火傷のあとがついてしまった、とかそれくらい。だがしかしカディルはめちゃくちゃ痛がっている。

小さい子が転んでしまって、先を歩いて行っている母親をギャン泣きで引き留めて自分の方に来てくれ、と言外に言っているような、そんな感じの叫びっぷり。

「……」

「……」

「フェリシア、ヴェルンハルト様、顔」

リルムが二人の顔を見て、思わず真顔になってしまえるほどに、二人の顔は『うわぁ』と今にも叫ばんばかりになってしまっていた。

「二人とも、一応公の場だから。顔、どうにかなさいませ」

「……情けなさ過ぎる、というか……これで王太子とか笑えて来るレベルなんだが」

「痛みへの耐性がなさ過ぎて……わたくしドン引きですわ……」

二人の言っていることももっともなのだが、どちらにせよ、リルムの願いもあってこの国はそう遠くない未来に滅びることは確定している。

「おい、誰か治癒術をかけろ! この際イレネでもいいぞ!」

『私ですぅ?』

「お前でも良い!」

『でも、って何ですかー!』

これはまた面白い芝居だ、ととても小さな声でヴェルンハルトが呟く。

そして、フェリシアはこっそりと本当のイレネに近寄って、耳打ちをした。

「あそこがわいわい騒いでいる内に、貴女は本当の娘としてハイス侯爵家に帰りなさい。……それと」

「それと?」

「この国に、未来はない。だから……」

「一緒に連れて行ってくれるのでしょう?」

「……あら、お話が早いわね」

ふふ、とイレネはとっても楽しそうに微笑んだ。

頭の回転そのものが速く、いきなりこの世界に戻されたばかりだというのに、色々なことへの理解も早く、フェリシアとしても助かっている。

「……本当に、最初から貴女が貴女であれば、どれだけ良かったことかしら」

「でも、こうして出会えたわ」

「ええ……そうね」

微笑み合って、どうかこの『イレネ』はまだ命を落とさないでくれ、とフェリシアは願う。

他の人の命だけれど、どうかこの 人(イレネ) を、可能な限り生かしてください。そう、願わずにはいられなかった。

リルムたちや、フェリシア側の人たちと、誰からともなく目配せを行って、騒ぎになっているカディルたちを尻目に、一人、また一人とこの場から離れていく。

そうすると、フェリシアたちが居なくなったことで、カディル側の人たちが『どうにかしろ』と騒ぎながら詰め寄っていっているのが分かった。

「(どうぞ……お好きになさって、勝手に滅びて頂戴)」

心の内で、静かに呟いてフェリシアは本物のイレネたちや両親、ミシェルたちと謁見の間を後にした。

騒いでいる時ほどチャンスだ、とは誰が思うのだろうか。

フェリシアたちがいなくなって少しして、彼女たちへと責任転嫁をしようとしていた人たちはようやく気づいたのだが、時すでに遅し、なのだった。