軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最後の仕上げ①

かたん、と櫛が置かれた。

「いかがでしょうか、フェリシア様」

「……うん、ビビアン、とっても素敵だわ」

いつものようにお願いね、というフェリシアの言葉の通り、丁寧にフェリシアの髪を梳き、フェリシアが気に入っているハーフアップに整える。

髪に艶が出るように、とセイシェルから送られてきたヘアオイルを馴染ませているから香りも艶もとても素晴らしいものへ仕上がっている。髪飾りはフェリシアが王妃の誕生日会に出席した時、ビビアンに選んでもらった蝶のもの。大切に仕舞っていたけれど、今、勝負の時だから、と着用することを望んだ。

「ふふ、あの頃はこの蝶の髪飾りも少し大きいかと思ったけれど……今は成長したからかしら、馴染んでいるわね」

「選んだ甲斐がございました」

「……貴女が、わたくしの専属になってくれて本当に感謝しているわ。勿論のことだけれど、これからもよろしくね?」

「はい、我が主」

この二人の間で変化したのは、ビビアンがフェリシアを呼ぶときの呼称だろう。

公爵家の実務を少しずつフェリシアが担うようになってから、ビビアンは己の意思で『お嬢様』から『我が主』と改めた。

周りもそれを敏感に察知し、いつしか『お嬢様』ではなく、『フェリシア様』と呼ぶ使用人が増えた。

諸々の決着が完了さえすれば、フェリシアは正式にローヴァイン家の当主となる。今後の状況によって公爵家のままなのか、他になるのかは今はまだ分からない。

「さて、王宮に行く準備は出来たのだけれど……リルムとミシェルも準備は出来ているのかしら」

「お二方であれば問題ないかと存じます」

「そうよね」

「それから……ヴェルンハルト様より先ほどメッセージが届いた、と旦那様からご連絡が来ております」

「まぁ!」

ビビアンが渡してくれた小さなメモの字はフェリシアの父・ベナットのもの。簡潔に『いつでもどうぞ』と書かれているその内容に、フェリシアの笑みは自然と深くなった。

何もかもが、水面下で悟られないように動いていることを、あの聖女と王子は知らない。国王にも悟られないようにして時間をかけて進めていたのだが、協力者の皆さまが迅速かつ丁寧に動いてくれたから思ったよりも時間はかかっていない。

あまり時間をかけては気取られる可能性がある。

そうならないように丁寧に動いてきた結果として、ようやく大輪の花が咲こうとしていた。

「……さぁ、行きましょうか」

フェリシアは立ち上がり歩き始め、その後ろをビビアンがついて歩いていく。

フェリシアの部屋を出て玄関まで歩いていく道中、使用人たちが口々に挨拶をしてくれる。中には『勝利をもぎ取ってきてください!』と励ましてくれる使用人までいるから、思わずフェリシアもビビアンも笑ってしまった。

玄関を出ようとしているところで、ベナットとユトゥルナが微笑んで迎えてくれた。

「フェリシア」

「お父さま、お母さま!」

「わたくしの可愛いフェリシア、思いきりおやりなさい。わたくしたちも、後からきちんと王宮に向かいますから」

「分かりました」

両親に対して微笑みかけ、手を広げてくれている中に飛び込んで、ぎゅうっと抱き着く。大人になったとはいえ、大好きな両親なのには違いないのだ。

一度だけ、ベナットとユトゥルナからぎゅう、と抱き締め返されればフェリシアはきゅっと表情を引き締めて体を離した。

「……では、行ってまいります。お父さま、お母さま、また後程」

いってらっしゃい、と見送られて馬車に乗り込み、フェリシアはのんびりとした道中を楽しんでいた。

これから起こる、喜劇が楽しみで仕方ない。……そう思えば、王宮までの道のりはとても楽しいものでしかなかったから。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

まだかまだか、とカディルとイレネは二人で豪奢なソファーに座って待っていた。

カディルはいつの間にか王太子に立場を変更され、王太子教育を受ける忙しい日々を過ごしていた。それに伴い、イレネも王太子妃教育を受けるようになっており、お互いに王太子教育と王太子妃教育が忙しいからという理由を付けて、魔獣討伐に行くこともなくなった。

理由としては至極当然、当たり前なのだが、違和感を覚える家臣も少なからずいるのだが、『王太子を危険な場所になんかやれない』という国王の鶴の一声で、その役割はリルムに押し付けられることとなってしまったのだが、リルム本人は『構いませんわ』と笑顔で答えるだけ。

あんまりだ、とリルムのことを心配する家臣が国王に進言しようとしていたが、リルムからしれっと『あの馬鹿二人を補佐しなくていい、っていう内容を書面でいただいているから。その方が気楽だわ』と返され、納得したという。……カディルとイレネは知らないらしい。

「ねぇカディル様、もうすぐ……もうすぐ、あの魔女を裁けるのですわね!」

「ああそうだ!」

「正義の鉄槌を落とせるだなんて……しかも、皆さまの前で」

うっとりした表情で言うイレネは、心から楽しみで仕方ないという雰囲気しかない。

これこそがイレネの持っているヒロインの強制能力なのだが、フェリシアは知らない。だが、イレネはこの力をもってフェリシアを奈落の底に叩き落してやろうとしている。

実際、カディルは王太子になってゲームのストーリー通り。イレネはカディルをいついかなる時も離れず、しっかりと支えた健気な令嬢、という風に認識されている。なお、これはフェリシア側についている人には作用していない。

悪役令嬢側、というレッテルを勝手に貼られているのだろうが、フェリシアからすれば悪役上等。

イレネとカディルは、自分たちが進んでいる道こそが勝利の道だと確信している。負ける、だなんて彼らは一切予想していないだろう。

今から進んでいく道の先にあるのが、地獄の入り口であるということも気付いていないし、少しずつ家臣がイレネとカディルから離れて行っていることを気付いていないのは、頭がお花畑、という状態なのだろう。

「ねぇ、カディル様。とはいえフェリシアだって必死だったんだろうから、処刑まではしちゃ駄目ですからね?」

「どうしてだ?」

「面倒な政務を押し付ける、側妃として娶ればいいんですわ!」

「……そうか、なるほど! イレネはとても頭が良いな!」

そうすれば、カディルはずっと望んだフェリシアを手に入れられる。

イレネには決してこの心の内を吐露していないが、幼い頃からフェリシアのことをどうにかして手に入れてやろうと企んでいた。

それが叶うとなれば、何も遠慮なんかしない。

イレネの言う通りに行動してみた結果、王太子に遅ればせながら返り咲いたのだから良いことばかりだ! と喜んだ。

これで、王妃面をして政務を取り仕切る鬱陶しい側妃と、かつての王太女であったリルムを、また深い地の底に叩き落とせる! と意気込んでいる。

なお、これはリルムにあっさりとバレているのだが、カディルは気付いていない。嬉々として魔獣討伐に出向いている理由すらも、同じくカディルは気付いていない。

肝心なところで抜けるもの全てが綺麗に抜けているから、あの馬鹿はダメなんだ。そうやって王宮内で密やかに囁かれていることについても、情報がイレネたちに行かないようにリルムが情報を規制しているから、伝わるはずがない。

自分の目に見えるものだけが真実とは限らないというのに、とリルムとリーリエ王妃代理が笑いながらフェリシアやミシェル、彼女らの両親にも揃ってお茶会の話のネタにしていた。

とてつもなく盛り上がってしまい、イレネ派の侍女がこっそりとイレネやカディルに告げ口をしたから、早々にお茶会を解散することになったのだが、当人たちはダメージゼロ。

ぎゃんぎゃんと騒ぎ立てるイレネ派の侍女たちを、無関心にその場にいる全員が見た後、あっけらかんとして『まぁまぁ、ではお茶会解散ね~』とリーリエがたちまち引き下がったため、文句を言おうとやってきていたイレネが文句を言えず空振りしてしまった、というとても愉快なオチまである。

「……フェリシアには色々とされましたけれど……でもいいんです。私は『時の聖女』! 寛大な心で許して差し上げましょうとも!」

「ああ、本当にお前は素晴らしき令嬢だ。一時期はお前のことを疎ましく思ってしまったこともあるが、俺だって必死で……」

「分かっておりますとも。カディル様はあの悪女に騙されていた、というだけのこと。私は何でも許しましょう」

おっとりと微笑むイレネと、そんなイレネを愛しそうに見つめるカディル。

この場面だけ見ていれば、何かのお伽噺のワンシーンのようにも見えることだろう。

実際、彼らの専属の使用人たちはとても微笑ましげに見守っている。ああ、何と麗しきお二人だ、と感動している者だっている。

うっとりと見つめ合っている二人に、ばたばたと部屋に近付いてくる足音が聞こえて少しして、扉がノックされて開かれた。

「王太子殿下、王太子妃殿下にご報告申し上げます! ローヴァイン公爵令嬢が、ご到着されました!」

さぁ、いよいよだ。

そう思って、カディルは先に立ち上がり、イレネに手を差し出した。

「イレネ、行こう」

「はい、カディル様」

堂々と歩いていく二人を、使用人たちは深く腰を折って見送った。

――彼らにとっての、地獄の入り口へ。