軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

芽吹き②

「結婚相手、ねぇ」

「はい」

にっこり、と楽しそうに笑っているフェリシアの意図が、ヴェルンハルトは読めなかった。

「それから」

「まだあるのか?」

「こちらのリルム王太女殿下の、婚約者も」

フェリシアが示した先、背筋を真っすぐにして座っているリルムとヴェルンハルトの視線がぱっちりと合った。

この国の王太女なのだから、それなりの婚約者がいるに違いない、と思っていたが、そうではないのだろうか、とヴェルンハルトは考え込んでしまう。

「王太女なのに、リルム様にはまだ婚約者がおりませんの?」

「はい、セイシェル殿下。何せ……」

「いいわ、フェリシア。わたくしが」

フェリシアの紡ごうとした言葉の先を遮って、リルムが目の前の兄妹へと改めて向き直った。

「本来であれば、我が父……この国の国王たるヘンリックが縁組をするもの。ですが、わたくしはあの国王を少しも信頼しておりません」

「ご自身の父上なのに?」

「信用するには、些か……何といいますか、思考回路があまりに単純でして」

そういえば、とヴェルンハルトは思った。

あの国王は最初、リルムではなくカディルを王太子にしたかった、らしい。理由はフェリシアの家、ローヴァイン公爵家をカディルの後見にしたかったから。

しかし、フェリシアがそれを断った。彼女は『時』属性に目覚めたのだから。

諸々あって、結果的にリルムが王太女となったのだが、カディルが何故だかフェリシアに執着していること、聖女であるイレネもフェリシアに対して執着している(嫌がらせをしようとしているが結果的に自爆しかしていない)こと、等がかみ合いまくってしまった結果として、フェリシアにもリルムにも婚約者がいないこと、等。

「……何というか」

「ちょっとかわいそうになってきましたわ……」

ヴェルンハルトとセイシェル二人して、物凄く微妙な顔になっている。

「そなたら……何とも面倒な相手に執着されてしまっている、というか」

「前世で何か罪でも犯しましたの……?」

二人の生ぬるい視線が痛い。とてつもなく、痛い。

色々協力してもらいたいことがあるものの、この話をしなくてはいけないことが何より嫌だったこともあるが、まぁこうなるだろうな、という予想通りの反応をされてしまった。

「まぁ……そうなりますわよね」

フェリシアが苦笑いを浮かべて言うと、ヴェルンハルトが頭を抱えている。

そこまで深刻にならなくても、と言おうとした矢先、がばりと顔を上げたヴェルンハルトが勢いよくフェリシアの肩をがっちりと掴んだ。

「え?」

「兄様、ちょっと失礼ですわ! 兄様!」

「あの……ヴェルンハルト殿下?」

「さぞかし……」

「……?」

フェリシアは肩を掴まれたまま、思わずリルムの方を向く。

リルムもどうしたものかと珍しく焦っているようだが、セイシェルも含めて三人そろっていきなりのヴェルンハルトの行動にオロオロしていた、のだが。

「さぞかし大変だっただろう! ああ、何でも協力しよう!」

どうやら、ヴェルンハルトは懐に入れた人物に対してとっても甘いらしい。隣に座っているセイシェルがゆるーく首を横に振りながら『ご愁傷様ですわ……兄様に気に入られるだなんて』とこっそり呟いたのは、リルムもフェリシアもばっちり聞いた。

だが、どうであれこれでヴェルンハルトの協力が得られることは間違いない。

フェリシアの計画は、これでようやく、じわりと芽吹き始めた。

何よりもまず、ヴェルンハルトの協力がないと、国ごと見捨てるだなんて到底できないのだから。

「ご、ご協力、感謝いたしますわ……ヴェルンハルト殿下」

肩を掴まれたままというのは、正直痛みも感じているもののまずは感謝の意を伝えることが何より先だと判断し、フェリシアは微笑んでお礼を言う。

さて、ここからどうやってあれこれ組み立てようかと少し考えて、肩に乗せられていたヴェルンハルトの手を、ぽんぽん、と軽く叩いた。

「む」

「殿下、もう大丈夫ですから落ち着いてくださいませ。それに、お願いしたいことをお話ししたいのに、これでは殿下が疲れてしまいますし、バランスを崩して転んでしまいかねませんわ」

「おお、すまんすまん」

あっはっは! と笑っているヴェルンハルトはとんでもなくイケメンだ。

いつの間に入れてしまったのかは分からないが、フェリシアやリルムを『大切にすべき相手』と思ってくれていることは、とにかく嬉しい。

だからこそ、出方は慎重に、である。

「さて、ヴェルンハルト殿下。馬鹿げた話かと存じますが……わたくしから少し質問を」

「何だ」

「殿下は、……『今』があらかじめ作られた世界だ、と言われて信じますか?」

「作られた……だと?」

何だそれは、とヴェルンハルトは心底嫌そうに顔をゆがめた。

「あくまで、『仮定』の話です。……如何思われますか?」

「…………不愉快だ」

むす、と不機嫌そうな表情と声音を隠すことなく、ヴェルンハルトはきっぱりと告げる。

「それは当たり前でございますわ、では……もう一つ」

「?」

「例えばその世界において……既に結末が決まっていること、として……ですが」

「ああ」

「結末に到達するために、何の罪もない人に、あれこれない罪を着せることについては……いかが思いますか?」

「…………」

フェリシアの言葉を聞くたび、ヴェルンハルトの機嫌は急降下していく。

「何だその馬鹿げた演劇のシナリオは」

とてつもなく機嫌が悪くなったヴェルンハルトを、妹のセイシェルは不安そうに見ている。次いでフェリシアに視線を寄越して『どうすればいいのか』と視線で訴えかけてくるが、フェリシアは氷点下のような空気の中、にこり、と美しく微笑んだ。

「殿下の仰ることは、もっともです。けれど、それをやろうとしている人がおりまして」

「どこに」

「この国の、聖女です」

あっけらかんと言い放ったフェリシアを、ヴェルンハルトもセイシェルも、思わず目を丸くして見ている。隠すことなんてない、イレネがやろうとしているのは、大まかに言えば今伝えた通りなのだ。

だが、イレネは現状、御大層な『時の聖女』として隣国にまで名前が知れ渡っているそうだ。真実を知っているフェリシアやリルムからすれば、何ともまぁふざけまくった話だから、基本的にイレネがこの話で突っかかってくるときは完璧にイレネをスルーし続けている。

「時の聖女、とやらか」

「はい」

「……もてはやされているようだが、疑わしいものだ。その力が真実のものであるならば、どうして今まで隠していたというのだ。最初から明かしてしまえば、もっと高い地位を望めただろうに」

「殿下の仰ることがごもっともすぎて、わたくし何も言えませんわ」

ころころと鈴を転がすような笑い声で、フェリシアはとんでもなく楽しそうに笑っている。

一体何が楽しいのだろうか、とセイシェルは疑問だったが、リルムをちらりと盗み見れば特にフェリシアを咎める様子もなく、微笑んで様子を見守っているだけだった。

「リルム殿下は……」

「こら、セイシェル」

「……ええと、フェリシア、嬢の言うことを……」

「信じております」

迷いなく言い切って、リルムはセイシェルを真っすぐ見つめた。

「嘘だと思っているなら、最初からお二方にご協力していただこうだなんて思いませんわ。わたくしは、友として、戦友として、フェリシアを信じている。そして、この腐りきった国をどうにかするためにはお二方の協力なしでは、何もできません」

胸に手を当て、リルムは迷いなく告げる。

その様子だけ見ていても、きっとここから先、仮にもっと強くリルムを問い詰めようとて、これ以上の何も、出てくることはなさそうだった。

「わたくしが今こうしているのは、フェリシアのおかげ。友が困っているというのに、手を貸さない大馬鹿者が、どこにおりましょう」

「ほう……!」

リルムが紡いでいく、打ち合わせしていなかった言葉の数々。

無意識のうちに、リルム自身もヴェルンハルトから大切にしたいと思わせる言動ができていたようで、フェリシアは二人に悟られないように仄暗い笑みを浮かべた。

「(大丈夫そうね、無事にこちらのペースに巻き込めた。わたくしの計画がようやく……芽吹いた)」

言い終わったリルムが、フェリシアに向けて微笑んでくれていたので、フェリシアもそれに応えるように微笑み返した。

「リルム、ヴェルンハルト様に詳細をお話ししましょう」

「そうね、フェリシア」

微笑んだ二人のペースにいつの間にか呑み込まれていたヴェルンハルトとセイシェルは、じっと二人から話される内容を聞き入っていた。

イレネがこの国の人々を巻き込んで断罪劇を起こすならば、フェリシアはイレネの手の届くわけがない相手を取り込んで、しっかりと味方になってもらって、国ごと叩き潰す勢いで応戦するのみなのだから。

「(……ねぇイレネ、貴女の言葉がそもそもの原因なのよ? 貴女がわたくしを『悪役』にしたんだから、責任は き(・) ち(・) ん(・) と(・) とりましょうね……?)」