軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ネズミとの遭遇

「まとめは……よし、これでいいかしら」

フェリシアはひたすら先ほどの実験の内容を書き記していった。あまりに端的ではあったものの、一度の実験で分かったことは以下の通り。

ひとつ、他人から寿命を吸い上げることは可能であること。

ひとつ、吸い上げた寿命に関してはストックしておくことも可能であるということ。

ひとつ、花を数本咲かせる程度であればさほど寿命の消費は起こらない。

ひとつ、他人の寿命を吸い上げる際、何年分、などの指定は恐らくできないであろうということ。

「……よし」

まずはこれが分かっただけでも、これに関しては大きな進展なのである。

寿命のストックができるということには驚かされたが、『時』という概念を操る能力の一環として備わっているのだろう、と思うことにした。

これがどうなって、どういった仕組みで行われているかを解明していたら、それこそ命がいくらあっても足りない気がする。

出来うる限り、フェリシアは箇条書きにした内容について、細かく記していった。その時の感覚から、かかったおおよその時間などの内容まで、しっかりと。

「お父様に報告しなければ」

自分が行った『実験』の結果だけで分かったことを、まず父に知らせなければならない。タイミングがあえば、きっとそこには母もいるはずだ。

フェリシアはそう思って急ぎ足で屋敷の廊下を進んでいく。

ルキノは今日はもう自分の前に現れることはないだろう。寿命を吸ったことにより倒れて気を失っているのだから。それを思うと早々に新しい専属侍女の手配をしてもらった方が良いかもしれない。ああ、考えることがたくさんあるなぁ、と思いながら歩を進めていたまさにその時。

「わ、っ」

「あら!」

これはフェリシアも大分うっかりしていた。

普段ならば絶対にないだろうが、廊下の角を曲がった途端に人にぶつかってしまったのだ。

「きゃ、」

そのままフェリシアは尻もちをついてしまうが、手にしていたノートは離さないままだった。衝撃はあったものの、人にぶつかってしまったということの驚きが先にやってきたため、誰にぶつかったのかを確認しようと顔を上げた先の人物を見て、『ああ、会えた』と嬉しくなる。

王妃が送り込んできた『ネズミ』が、目の前にいる。

一度目、コイツにもしてやられてしまったのだから。

「(しっかりお返ししなくては)」

心の内でそう言って、少しだけ子供らしさを滲ませてみた。

「ご、ごめんなさい……!」

「まぁ、私は大丈夫ですよ」

「フェリシアお嬢様、お怪我は」

「私は大丈夫。それよりも……こちらの方が新しく入ってきた使用人かしら?」

「左様でございます。そして、此度のルキノの失態、誠に申し訳ございませんでした」

「大丈夫よ」

ごめんね、ともう一度謝罪の言葉を口にしてから人のよさそうな侍女を見上げる。

目の前にいるこの侍女こそ、王妃自らここに潜り込ませていたコマの一人。一度目の人生において、フェリシアに対し、いかに王太子妃になることが己のためになるのかを説き尽くしてフェリシアを洗脳したと言っても過言ではない曲者。

ルキノに教えられなくても、彼女がやって来る日は知っていたのだから、本当に気にしていない。

どうやら彼女は、侍女長に屋敷の中を本格的に案内されていたようだ。

「前を見ていなくてごめんなさい。貴女が、新しく我が家に来てくださった方ね」

「はい。ご挨拶が遅れておりまして申し訳ございません、お嬢様」

さすがは、あの王妃の手先なだけある。礼儀作法は完璧に叩き込まれている。

ルキノがきちんとフェリシアへと会わせてくれてさえいれば、間違いなくフェリシアの専属はこの人になっただろうに。そう思って、フェリシアは当たり障りのない笑顔を浮かべるのだ。

「私、ミレアム、と申します。このローヴァイン公爵家にて働けること、誠に嬉しく存じております」

「ありがとう」

褒められて悪い気のする人はいないだろう。

改めてフェリシアは微笑みを返して手にしていたノートをぎゅっと握り締め、ミレアムと名乗った侍女と、侍女長に微笑みかけた。

「私はこれで失礼するわ。ミレアム、ご縁があれば……またね」

ひらひらと手を振り、その場を後にして父の執務室へと駆けていく。ベナットからは『フェリシアならばいつ来ても構わないと知らせておこう』と言われているから、遠慮などしない。

早く、この結果を知らせたい。その一心で、広い屋敷の中をフェリシアは駆け、目当ての執務室に到着すると扉をトントン、とノックした。

「はい、どうぞ」

「失礼いたしますわ、お父様」

中から返ってきた返事に嬉しさを滲ませ、フェリシアは重い扉をよいしょ、と開いていたが、中から父の側近が慌てた様子で駆けて来てくれた。父も慌てた様子でフェリシアの元へと走ってきてくれている。

「お父様!」

「やぁ、わたしの可愛い宝物。お勉強の成果でも披露してくれるのかな?」

「えぇ!」

にこにこと会話を交わす親子に微笑ましさを感じていたが、ベナットから『少し出ているように』と告げられ、側近はぺこりと頭を下げ、退出した。

それを見送ってから、フェリシアはノートをベナットへと差し出した。

「お父様、ネズミさんの前に実験しましたの。結果ですわ。それと……はい」

どうぞ、と言ってレースの手袋を外し、掌の刻印を見せる。

「これは……」

「ルキノからほんの少しだけいただきました。時間は分かりませんが、花の一本や二本咲かせたところで、さほど変化はございません。けれど、こうしてストックすることは可能です」

「どうやった?」

「欲しい人に触れて、こう……引っこ抜くように」

身振り手振りを駆使して、フェリシアは寿命を奪ったときのことを説明する。

これまで『時』属性の魔法を使う際、あまりに当たり前に己の寿命を使っていたが、これならば今まで以上に上手くやれそうだとベナットは思う。そして、うまく利用すれば国王からの信も更に厚くなるだろう。

「ふむ……」

「お父様は、今までどうやって力をお使いになっていたのですか?」

「そうだな……。普通、魔法を使う際に利用するのは体内を巡る魔力、というのは分かるね?」

「はい」

「魔力を使う際、意識を集中して高めていっていると、周りの音が聞こえなくなるような感覚に陥ったことはないかい?」

「……あ」

「心当たりがあるようだね」

こくん、とフェリシアは頷いた。

あまりの集中の高さが故に、『過集中』と呼ばれるその状態は、一種のリミッターが解除されたようなものだと言われている。

高度な魔法を使う際、もしくは命の危機に瀕した際に入ることが出来る、精神世界のようなもの。

「更にその先へ行くんだ。そうすると、魔力の流れとは別のところから、力を引きずり出せる。それこそが、生命エネルギー……つまり、寿命だ」

父は、それをずっと駆使していたのか。フェリシアの頭の中で、またぱちり、とパズルのピースが合わさる音がした。

「一度目と、そして今まではこれを駆使して、わたしは王の力になってきた。彼のやらかしを、時を戻すことで無いものとしていたんだ。結果、我が国の王たちは周辺各国から『知の王』などと呼ばれている。……自分の失敗を、やり直しているというだけに過ぎないのだがね」

「だから……我が国は、他国を抑えて成長することが出来ていた、ということ」

「そう」

「まるでズルですわ」

「しかし、この力を失いたくがないあまり、王は我が家を手放すわけにはいかないのだよ」

「何だか釈然としませんわ」

「ははっ、そうだろう。我らを殺す、もしくは手放したりすれば、周辺国に勝てなくなるから必然的に囲いこもうとする」

「我が家あっての、現在の国王がある……逆を言えば……我が家がいなくなればこの国は脆くもなるし、周辺国への牽制もできなくなる」

「そういうことだ」

なるほどな、と理解した。前回、フェリシアは『王妃のお人形さん』であったのだが、もう少しだけ踏み込めばローヴァイン公爵家からの『人質』としての役割も果たしていたということだ。

王妃は『愛らしいお人形さん』としてフェリシアを求め、国王は『人質』としてフェリシアを求めた。

しかし、こういった背景があるけれども、イレネ曰く『このゲームの世界』では、『フェリシアは悪役であり、聖女と王子が結ばれる障害でしかない』ということでもある。

悪役にならばいくらでもなる、聖女と王子が結ばれることも全面的に賛成する。そう宣言したが故のやり直し。

『ゲーム』が何かまでは理解出来ていないが、フェリシアにきちんと自我がある以上誰かに操られているような感覚はない。しかし筋書きは定まっている。

きっと、一度目の世界のようにイレネとカディルは知り合い、密やかに愛を育んでいくのだろう。そこに、『フェリシア』という婚約者がいるからこそ成り立つ『フェリシア=悪役』というモノ。

フェリシアは、それを根本から無くしてやる気でしかない。

「……ねぇ、お父様」

「ん?」

「先程、王妃様が潜り込ませたネズミを見ましたわ。私、二度目だから何も問題ないけれど……一度目は、違和感なくあいつを受け入れてしまいました」

「そうか」

「明日、魔法の授業を中庭に変更していただいてもよろしいかしら。ルキノから奪った力と、ネズミさんご協力の元、中庭の花という花を満開にする練習をしなくてはいけませんもの」

「あぁ、可愛いフェリシア。お前の望みのままに。魔法の先生にはわたしから連絡しておこう」

「ありがとう、お父様」

「それから、婚約者の件は今正式に王家に対して断りを入れているところだ。陛下からは王妃の誕生日までは回答できない、と言われたが……あの陛下が慌てる顔が見れるのかと思うと、少し楽しみだな」

あら、とフェリシアは首を傾げ、微笑んだ。

「では、明日の魔法の授業での大規模練習は何がなんでも成功させねばなりませんわね!」

「頼んだよ、フェリシア」

「はぁい」

フェリシアは微笑んだまま、手にしていたノートをベナットに渡した。

「どうぞ、お父様。何かのご参考になさいませ」

ベナットも、微笑んで娘が渡してくれたノートを受け取る。

そして、箇条書きにされていた内容の下に書かれている細かな内容を見て、目を細めた。

「ありがとう、フェリシア」

「これに関してはイレネ嬢にお礼を言わねばなりませんわ。彼女がヒントをくれたんですもの」

「……あぁ、そうだったな」

再び、親子は笑う。

翌日の魔法の授業という楽しみが出来たこともそうだが、少しずつ、王妃を追い詰めていっているのだ。

これを、笑わずしていられようか。