作品タイトル不明
第一八一話 ベヘモットの勝利
■【獣王】ベヘモット
戦争前のあの日、クラウディアはわたしに【邪神】に関することを話してくれた。
クラウディアが何をしたいのかも、本当は何を望んでいるのかも。
けれど、わたしが本当に気になったことは【邪神】の能力や対策じゃない。
クラウディアが、何と言って話を切り出したか。
――私が知っていることを貴女に 言い遺して(・・・・・) おきますわ。
まるで自分が死ぬ前提みたいな言葉だった。
きっと、クラウディアも口を滑らせてしまったんだろう。
今のクラウディアは、少しずつ…… 昔と違う(衰えている) 。
その理由が、わたしには想像がついていた。
◆
『《ロードマップ》?』
「ええ。それが【機皇】の奥義ですわ」
内戦が始まった頃、クラウディアは【機皇】に就いた。
ジョブに就いたことで、これまで秘されてきた【機皇】の詳細も分かった。
『 ロードマップ(工程表) って、変な名前だね』
「そうですわね。けれど、効果を知れば納得ですわ」
『どんな効果なの?』
わたしが尋ねると、クラウディアは紙とペンを取り出した。
紙に幾つもの丸を描いて、その丸を線で繋げていく。
丸から丸への線は複数に繋がったり、逆に複数が一つの丸に繋がったりしている。
「効果としては託宣系のスキルに近いですわね。『知識の提供』が近いかしら」
『知識の提供?』
「例えば、私が自動車を作りたいけど自動車について無知な人間だとしますわね」
クラウディアは最初の丸に『私』と書き込み、最後の丸に『自動車』と書き込む。
「《ロードマップ》はゴールまでの間に自分が持っていない制作知識を得られますの」
そう言って、クラウディアは間の丸に『車輪』や『バッテリー』、『エンジン』と書き込む。
そうして丸の中身を順に埋めていって、最後には『自動車』に辿り着いた。
「スキルを使っていけば最初は作れなかったモノが作れるようになる。アドバイザーのスキルですわね」
『それってすごいの?』
「ええ。『自動車』と喩えましたけれど、これは具体的なものではなく『こういう効果のアイテムを作りたい』といった目標設定でも可能ですわ」
望んだものに至るまでの製作知識を一つ一つ積み重ねる。
それは……何でも作れるようになるスキルなんじゃ?
クラウディアは自動車に喩えたけれど、それこそ飛行機でも宇宙船でもこの世界で作れてしまいそう。
『すごい……』
「けれど、問題もありますわ」
『問題?』
「このスキル、知識を一つアンロックする度に 寿命が減りますの(・・・・・・・・) 」
『……え?』
「本人の持つ知識から遠い知識を得るほど、多くの寿命を捧げる。無知なものが使えば、瞬く間に寿命を使い果たしますわね」
知識を一つ得る度に、命が削れる。
場合によっては、目標としたゴールに辿り着く前に……命尽きる。
「本質的には『使用者を人身御供にして人類の技術を発展させる』スキルですわ。皮肉なのは、最も人類技術が発展した先々期文明においてその先鋒に立っていたのがこのスキルを持つ【機皇】ではなく、初代フラグマンとレオナルド・フィリップスだったことですわね」
クラウディアはそう言って笑うけれど、わたしにとっては笑い事じゃない。
『クラウディア……!』
「心配無用ですわベヘモット。私もこれを使う気はありませんもの」
不安な顔をしているだろうわたしに、クラウディアは笑顔でそう述べる。
「先代のお爺様もほとんど使っていなかったようですわね」
『そうなの?』
「お爺様は【機皇】に就けた時期が遅かったそうですわ。だから皇王として長く国内を取り仕切ることを考えると軽々には使えなかったのでしょうね」
「お爺様なら使える余裕があるなら使っていたでしょうし」とクラウディアは呟いた。
「お爺様もいつだったか零していましたわね。『使い捨ての人材に持たせるべきジョブを国の象徴……国主の代名詞にしたせいで面倒なことになった』とか、『国祖は初手で間違えた』とか」
……それを皇王が言っていたのかなり危ないね。
「ともあれ。私はまだ若いですけれど、今は作る気はありませんわ。作るにしても、<遺跡>に埋蔵された知識等を学んで私自身の知識量を増やし、コストを軽くしてからですわね」
たしかに……《ロードマップ》が聞いていたとおりなら、クラウディア本人の知識が多ければ多いほど 支払う寿命(コスト) は軽くなる。
「だから使うとしても何年も、何十年も後になる」とクラウディアは言った。
その言葉に、そのときのわたしは安堵した。
だけど……。
◆
『…………』
あの頃と今じゃ、状況が違う。
内戦は酷かったし、王国との関係は悪化したし、国内の飢餓はひどくなった。
それに、クラウディアの言っていた【邪神】のこともある。
何年も何十年も後回しにする余裕なんてきっとない。
だから……クラウディアは《ロードマップ》を使ったんだと思う。
何のために、どれくらい、使ってしまったのか。
……今のクラウディアを見ていれば分かる。
使った命は、きっと……少なくない。
何もかもを自分で背負ったから、幾つもの問題を解決するためにきっと寿命を削ってしまった。
『…………』
でも、そのことをわたしに伝えてはくれなかった。
――ベヘモットには包み隠さない方がいいと思いましたのよ。
出会ったばかりの頃の言葉が、思い出される。
今はもう、隠し事ばっかり。
でも……。
――貴女、こちらから距離を詰めないと離れていくタイプですし。
『……離れないよ』
それでもわたしは、クラウディアから離れない。
彼女を、見捨てない。
友達が……クラウディアが大切だから。
もしもクラウディアの命が残り僅かで、この戦争が最後の望みだと言うなら……わたしはクラウディアのために勝つ。
友達の最期の願いを、わたしの力で叶える。
だから……。
だから――わたしが勝つよ、シュウ。
◇◆◇
□■<城塞都市 クレーミル>跡地
共に全開状態で激突する二人。
打ち合ったことでシュウは【トップ】の防御性能に気づいたが、ベヘモットも今のシュウの攻撃力の高さに気づく。
(いまのわたし達のENDと【トップ】の防御を超えてきた……)
フル性能で戦うのはベヘモットも初めてのことだ。
それでも、数値だけを見ても今の彼女の護りを突破できる攻撃力はそうそう存在しないはずだった。
だが、バルドルは開幕の一撃でそれを超えてきた。
攻撃力に限れば今の自分をも凌駕するとベヘモットも気づく。
しかし、同時に気づく。
(――やっぱり《破壊権限》は 使えないね(・・・・・) )
今のシュウは、【破壊王】の奥義たる《破壊権限》をオフにしている。
その理由が、ベヘモットにはよく分かる。
なぜなら、彼女とシュウの切り札は同じだからだ。
超パワーと空間に干渉する能力の相乗で引き起こされる 空間破壊現象(ワールド・ブレイカー) 。
シュウは攻撃力次第で空間さえも破壊可能な《破壊権限》によって、ベヘモットは空間をも掴める【アルセイラー】によって、その現象を引き起こす。
そして……。
(今のシュウは、 攻撃力が高すぎる(・・・・・・・・) )
それこそ、オンのままでは今のパンチでも破界の鉄槌を意図せず発動してしまう。
拳を爆心地として引き起こされる無差別空間破壊だ。
今のシュウは、奥義をオフにすることでそれを避けた。
それはなぜか?
一つは、戦いの中で早々に拳や足といった攻撃部位を失う訳にはいかないから。
空間破壊は強力だが、速度で勝るベヘモットに回避されればバルドルの方が大きく損傷することになる。
さらに、今回のルールでは守るべき フラッグ(宝) がある。クレーミルのどこに在るかは分からないが、フラッグを壊す訳にはいかないから無差別破壊技を使えないはずだ。
(だけど、《破壊権限》がなければ防御スキルを無理やり破ることもできないよ)
今のバルドルは破格の攻撃力を持つが、それでもスキルが機能している【トップ】によってダメージは大幅に削られている。
《破壊権限》を使わなければ、今のバルドルでも致命傷には遠い。
尤も……。
(……その上で、こんなに受けるとは思わなかったけど)
先刻打ちつけ合った拳。
【トップ】の装甲の内側では、指が折れて骨が露出している。
持続回復で治りはするが、想定よりも傷は深い。
過剰な攻撃力であれば《破壊権限》をオフにするとは踏んでいた。
逆に《破壊権限》がオンのまま……ただ殴っても空間を砕けない攻撃力ならトップの防御を超える域にないと踏んでいた。
結果は前者だったが、ダメージを受けた。
予想を超えていると言える。
しかし……。
(それでも、勝てる)
攻撃力で劣ろうと、防御、速度、回復力、それら全ては上回る。
そして一撃は軽くとも、ベヘモットには速度が生み出す攻撃回数がある。
双方の速度差は約五倍。
シュウならば動きを読めはするだろう。
直撃を防ぐこともできるだろう。
先ほどのように拳をぶつけて相殺も狙えるか。
だが、回復できぬ機械の体で受け続ければ、遠からず限界が訪れる。
このまま続ければ、確実にシュウが先に限界を迎える。
(動き続けて、攻め続ける)
この巨体にとっては狭いリングの中で、しかし足を止めずに殴り続ける。
あたかもボクシングのアウトボクサーの如く、インファイターのシュウを削り殺す。
それが自分の勝ち筋であると、ベヘモットは確信する。
『…………!』
速度で撹乱して関節部や装甲の薄そうな急所を狙おうとすれば、シュウはそれに惑わされずにベヘモットの攻撃を阻む。
弾き逸らし(パリィ) 、装甲を掠める程度のダメージに抑え、カウンターを叩き込む。
だが、削れる。
読み切れていても完全な対処にはなり得ない。
(シュウの攻撃力は高いけど、わたしはそれに耐えられる)
シュウは先読みができ、速度で勝る相手にもカウンターを取って沈めることができる。
それこそ、伝説級の【竜王】に相当するモンスターでも一撃で頭を砕かれた。
その光景はあの夜にベヘモットも映像越しに観戦していた。
しかしそれは……相手がカウンターの一発で沈んでくれる程度の命と防御性能しか持ち合わせていなかったからだ。
シュウの破格の攻撃力の前では、大抵の存在は一撃で絶命する。
だが、今のベヘモットは違う。
仮にシュウのカウンターの打撃が当たろうと、致命傷に届かない。
そして沈まなければ、一撃目にカウンターを取られたところで二度三度と攻撃を重ねられる。
シュウはそれにも対応するが、機体速度の差で万全ではない。
攻撃回数を重ねるほど、目に見えてバルドルは砕けていく。
(一つ、二つ、三つ、離れて、また……一つ、二つ……離れて、一つ、二つ……)
戦闘技術では、シュウが勝る。
だが、今勝るのはそれだけだ。
攻撃力の優位はトップの防御力が潰した。
速度は遥かに優越している。
そして、技術は及ばずともこの世界で闘い慣れているのはベヘモットも同じ。
合体したレヴィアタンの鋭敏な感覚も重なり、シュウの攻撃でも危険なものは読み取り回避し、軽微なものは受けても治し、的確に、細かく、幾度も攻撃を重ねて削っていく。
ベヘモットはかつて触れたアクションRPGのボス攻略を思い出した。
自分の方が怪物然とした姿だが、難攻不落の相手を削る感覚はあれに近い。
そして、確かに削れているのだ。
(…………いける)
順調だ。
狙い通りにバルドルは削れている。
ベヘモットの思う通りに戦えている。
膨大なAGIで加速した時間は、まだ一分程度しか経過していない。
まだ、ギデオンでの戦いも決着していない。
フランクリンが先に負けて、皇国の敗北が確定する事態にはなっていない。
(思ったより 金色になった(スキルを使った) バルドルが頑丈で、シュウが耐えるのも上手いけれど、ダメージレースはわたしの圧勝……)
このまま続ければ、間違いなく【トップ】の効果時間終了までに勝利できる。
勝利の気配をベヘモットは実感している。
身体を貸しているレヴィアタンも同意見だろう。
(……でも)
しかし、妙な胸騒ぎがあった。
歴戦の経験ゆえか、あるいはシュウという男を知るからか。
このまま終わらない、勝利を阻む何かがある。
彼女の……物理最強の直感がそう訴えている。
『…………』
それでも、慎重に攻撃を重ねていく。
そしてまた数発を掠らせて、離れようとしたとき……。
『!』
バルドルの足が折れ、膝をついた。
目に見えてのダウン。
蓄積したダメージが齎した隙。
この機会に畳み掛ければ、一気に勝利に近づく。
だから、ベヘモットはバルドルへと強く踏み込んだ。
勝利を決めるために。
(――なんて、引っかかると思った?)
――否、シュウの仕掛けてきた フェイント(・・・・・) を逆手に取るために。
勝利のチャンス?
そんな甘い考えに、ベヘモットは惑わされない。
ベヘモットは気づいている。
膝をつきながら、バルドルは左拳を振り上げている。
それまでの迎撃や受け流しとは異なる動き。
バランスを崩したように見せかけた、意図的なもの。
そして、何より重要なことは……。
その左拳の先で―― 空間が歪んでいる(・・・・・・・・) 。
(来た、《 破界の鉄槌(ワールド・ブレイカー) 》!)
警戒し続けたベヘモットだからこそ、それに気づいた。
ボロボロになって誘い込んでから、必殺の拳を打ち込むカウンター狙い。
これならば、今のベヘモット相手でも一撃で命に届く。
フラッグを巻き込む無差別破壊だろうと、命たるベヘモットが死ねばいい、と。
ベヘモットが迂闊であれば、あと数歩踏み込んで頭蓋に叩き込まれていたかもしれない。
だが、彼女は勝利を手にせずして油断することはなかった。
自らの直感による警戒を怠らず、バルドルの反撃を見逃さない。
『GUUAAAA!!』
そして、彼女達は対応する。
速度で先んじることで、敵の左拳が振り下ろされるより早く自らの右腕を振るう。
結果――バルドルの左腕が破断して宙を舞った。
そして左腕を失って、ガラ空きになった間合いを詰め……。
その拳で――バルドルの頭部を砕いた。
ベヘモットの一撃を受けたバルドルの頭部は半壊した。
コクピットを覆う装甲が破損し、曝け出される。
露出するコクピットの中に見えたのは、血まみれのシュウ。
そして……見えた。
『!』
その光景の中で、ベヘモットは確かに見た。
コクピット内に格納されていたフラッグ……何としても壊すべき王国の宝を。
その宝が―― 圧し折れている(・・・・・・・) のを。
(――やった)
頭部を砕くほどの攻撃を受けたゆえか、あるいは戦闘の中で折れていたのか。
シュウが守っていた宝は、失われた。
そして、皇国の宝……フランクリンの守るフラッグは折れていない。
先に二本目が壊れたのは王国だ。
そして、満身創痍のシュウにはもう自分を討つことはできない。
ならば、ならばこの戦争は……。
( 皇国(わたし達) の勝ち……!)
シュウが護っていた王国の宝が、間違いなく壊れた。
本物であることも、肉眼で見て、確認した。
それを理解した瞬間、ベヘモットは自分の、皇国の、……親友の勝利を確信した。
『勝ったよ、クラウディ――』
―― 勝利を(・・・) 確信してしまった(・・・・・・・・) 。
『――その貌だ』
――次の瞬間、ベヘモットは空を見ていた。
『…………え?』
バランスを崩したことはすぐに分かった。
シュウに何か仕掛けられたのだともすぐ理解した。
だから即座に立ち上がろうとして……それが叶わない。
脚に力を込めようとしても、込められない。
ベヘモットは、【怪獣女王】の強靭な両脚は、
――体を覆っていた【トップ】ごと砕かれて千切れていた。
To be continued