作品タイトル不明
第一四九話 イリョウ夢路という男
□■<王都アルテア>・王城内部
【神刀医】イリョウ夢路と【金剛力士】ゴゥルの戦い。
その決着に、周囲の者達は息を呑んだ。
それは確実に死んだと思われた夢路が瞬く間に復活したことか。
あるいは、人々の治療に奔走していた男があっさりとティアンの首を切断して殺害したことか。
いずれにしろ、戦いはこれで終わった。
「――術式開始」
だが、夢路の 手術(・・) は終っていない。
彼は切断されて落下するゴゥルの首が地面にぶつかる前にキャッチする。
通常の人体の頭部の四倍以上はあろうかという大きな首だが、STRが伸び辛いジョブ構成とはいえ彼も超級職なので問題なく抱える。
そしてゴゥルの頭部を抱えた夢路は、何時の間にかマスクやキャップを装着している。
それから救護所でも使っていた無菌化アイテムを使い、アイテムボックスから取り出した手術台の上にゴゥルの生首を固定していく。
カミソリで彼女の毛髪を剃り、メスで皮膚を切開し、医療用のドリルとカッターで頭蓋骨を開頭していく。
《高速手術》によって目まぐるしいスピードで行われているが、それでも人の 中身(・・) を見ることになった者達は目を背け、中には吐き気を催している者もいる。
首の切断同様に《止血》スキルで出血はないが、素人が正視に耐えるものではない。
しかしそれでも、『死人の首に衆人環視の場で何をしているのか』という疑問を投げかけることすら躊躇われるほど、夢路の動きに迷いはない。
凄まじい手際でゴゥルの脳にメスを入れていき……一分と経たずに一塊の肉塊を膿盆の上に置いた。
「――術式完了」
後処理まで済ませて、夢路はそう呟く。
するとそのときには、ゴゥルの首は元通りだった。
開かれた頭蓋も、剃られた毛髪も、手術前のまま。
ただ、膿盆の上に置かれた肉塊だけはそのままだ。
「お待たせしました。手術が終わりましたので、聴取があるならばお受けします」
マスクを外しながら、夢路はライザーにそう告げる。
『……それは?』
何を問うべきか、何から問うべきかを迷ったライザーだが、まずは夢路が手に持っている膿盆の上の肉塊について尋ねた。
「 脳腫瘍(・・・) です」
『!』
「恐らく先天的なものですね。患部やサイズを考えると、知能面や神経に影響を及ぼしていたのでしょう。彼女の年齢は恐らく十代半ばから後半。年齢に比して言動や発声に違和感がありましたから」
夢路は「人種が特殊なようなので分かりにくいですが、肉体の成長にも影響があったかもしれませんね」とも告げる。
『……言動だけで脳腫瘍と?』
「いえ、それは切っ掛けで診察自体はスキルを用いました」
夢路が【執刀医】同様にサブに置いている医師系統上級職【 名医(グッド・ドクター) 】。
その奥義である《診察眼》は見ただけで患者の体内の病巣を確認できる。
「そして診断の結果、放置した場合には著しく寿命を縮めると予想されたため、勝手ながら手術を強行させていただきました」
<Infinite Dendrogram>におけるハーフは、二極化する。
生物として脆弱になるか、強靭になるか。
ゴゥルは後者だったが……ある意味では前者だった。
『……手足や首を墜としたのは』
「暴れて抵抗すると思われたので、鎮静化させてから手術を行いました」
それが、ゴゥルの首を刎ねた理由である。
しかし鎮静化というにはあまりにも惨い。
「殺して死体の脳を手術しても本末転倒じゃ……」
「殺す? バカを言わないでもらおう」
その発言者を睨みながら、異なる口調で夢路は告げる。
「故意に患者を殺す医者はいない。手術は済んだのでこれから 戻す(・・) ところだ」
「……え?」
『ッ! 待った!』
ゴゥルの首に対して何事かをしようとした夢路を、ライザーは止める。
「何でしょう?」
『……君の能力は、他人にも使える超速再生能力か何かか? 特典武具の攻撃を受けたときも……』
「違いますよ。そもそもあれには 被弾していません(・・・・・・・・) 」
数分前、【フォールガイズ】の集中砲火の中でバラバラになっていた男は……。
「あのままだと回避が難しかったので、当たる前に 自分で身体を(・・・・・・) 分解しました(・・・・・・) 」
あっさりと、とんでもないことを言ってのけた。
『?』
「「??」」
「「「???」」」
その場の全員の心境が『何言ってんだコイツ』で統一される。
意味が分からない。道理が通らない。
だが、不条理だろうと、それが夢路の持つ摂理。
「私は自分が行った変化については なかったこと(・・・・・・) にできます」
TYPE:アナザールール、【生殺与奪 ヨブ】。
旧約聖書のヨブ……神によって奪われ、与え直された者をモチーフとした<超級エンブリオ>の能力特性は『 可逆変化(アンドゥ) 』。
常時発動型必殺スキルである《 不条理摂理加虐可逆(ヨブ) 》は、夢路自身が行った変化を なかったこと(・・・・・・) にできる。
彼が切ったものを、切らなかったことに。
彼が壊したものを、壊さなかったことに。
彼が殺したものを、殺さなかったことに。
端的に言えば彼は干渉したものをレイヤー化し、レイヤーごとに保存とアンドゥを選択できる。
「《止血》で即死もしませんから、猶予はありました。手首が彼女の上に落ちたのは運が良かったですね」
また、物体の変化をなかったことにするときには夢路の意思で起点を決定できる。
彼は自ら分割した身体を、ゴゥルの背中まで飛んだ手首を起点に『切断しなかったこと』にし、疑似的な転移と合わせて肉体を復元した。
自分の行った破壊をなかったことにでき、自分の体をバラバラにしても一瞬で直せる力。
ならば、他者についても同じことが言える。
彼が髪を剃り、頭を開いたゴゥルには既にその跡がない。
違いは取り出された状態で保存された脳腫瘍の有無。
患部の治療結果のみを変化後のままにして、あとは術前の状態となっている。
余談だが、AGI加速である《高速手術》は本来ああも便利に使えるものではない。
壊死や病巣の部位を切り落とす行為は手術として問題ないが、健康なものを悪化させることは 医療行為(手術) には含まれない。
なので、高速化して相手の手足を切り落とすなどという真似は、本来できない。
が、ヨブを持つ夢路については例外だ。
彼の破壊は可逆。決定されるまで本質的には何も変化していないからだ。
健康面での負債はゼロであり、それらの手段の先に患者にとってプラスとなる医療行為があるならば問題なく発動する。
一種のバグであり、完全シナジーとも違う特殊シナジーの一種だ。
「彼女も今は仮死状態ですが、首の接続を戻せば復活します。もちろん手足も問題なく繋がります」
生死の在処すらも一時的にコントロールする。
ヨブもまた、<超級エンブリオ>と呼ぶに相応しい理不尽の権化。
『……その状態のままどの程度もつんだ?』
「二時間程度は。それ以前でも私が決定するか、ログアウトするか、デスペナルティになるか、いずれかが起きると変化した状態で決定されます。彼女が死んでしまうので、それは避けたいですね」
「そのまま殺した方が……」
夢路の説明に<マスター>の一人がそう呟くが、彼はそちらを睨みながら告げる。
「それをしろと言うならこの場で全員仮死状態にする」
ゾクリと、背筋が震えるような威圧感。
彼もまた<超級>なのだと、否応なく格の違いを知らせるオーラだ。
「その場合も彼女を安全な場所に連れて行ってからあなた方を復活させますからご心配なく。繰り返しますが、医者は殺しをしません」
人を治療することだけを真っ直ぐに考えている男だ。
それこそ、真っ直ぐすぎて突き抜けている。
<Infinite Dendrogram>の<マスター>でありながら、これまでの 経験値(リソース) のほぼ全てを医療行為のジョブクエストで稼いできた男でもある。
彼は誓って、殺しをしない。
「……ならば拘束を済ませ、王都の牢屋に収監してから復活させてくれ。犯罪者であるし、生きたままの捕縛が可能なら事情聴取の必要もある」
夢路の発言を聞き、テオドールが間を取るようにそう進言する。
彼の言葉に夢路は頷き、納得する。
「それは仕方ないですね。法は法、医療は医療ですから。ただ、脳疾患で法的に情状酌量の余地が発生するならば裁判のときに証人として呼んでください。それまでは王国に滞在します」
王城を襲撃したゴゥルの裁判にどの程度掛かるかは不明だが、それまでは患者のためにこの国にいると夢路は告げる。
現代の<Infinite Dendrogram>国家において最大戦力たる<超級>がそれでいいのかと周囲は思うが、夢路には躊躇う様子も何事かを密かに企む様子もない。
そうして、一連の治療行為や言動を鑑み……王国の者達も『イリョウ夢路とはそういう男なのだ』と理解した。
◇◆◇
□■<王都アルテア>・王城内部・通路
(まぁ、こうなりますよね)
ゴゥルとの交戦地点から少し離れた通路にいるヴォイニッチは、《視天使》から共有した光景にフゥと溜息を吐いた。
夢路が勝つのは分かっていた。
夢路は『殺さない』、そして『殺させない』という致命的な問題を除けば一級品の戦力だ。
(まぁ、彼の信条が今の私にとっては問題な訳で……)
夢路は医者という装置。
正確に言えば、自らそうであらんとしている男だ。
彼の敵は特定の誰かではなく、病と傷と死。
そこに見境はなく、敵も味方もない。
ゆえに邪魔者を排する任務には配置できず、ウィンターオーブにも召集されなかった。
(【死神】は……なるほど)
テレジアの部屋に隠して残した《視天使》からの映像を見ると、フォルテスラの動きが止まっていた。死神との戦闘が終わったか、あるいは中断されている。
そしてテレジアがまだ生存していることから、死神が目的を達成して去った訳でもないと分かる。
タイミング的に、ゴゥルが仮死状態に陥ったことと無関係ではないだろう。
まだ依代の死が確定しないのだから死神はお構いなしで動き続けるケースも予想していたが、結果的にヴォイニッチにとってはややありがたい裁定となったようだ。
ただし、それもゴゥルが復活すればどうなることか。
移送するという話だが、確実に終わらせておいた方がいいだろうとヴォイニッチは考える。
そも、ゴゥルの裁判が終わるまで夢路に王国滞在されるのもカルディナとしては損失だ。
(今なら、彼を殺せば諸共に『死』が確定する)
ヨブによる変化の保留は、夢路の死と共に解除される。
だからこそ、ゴゥルの死を確定させるためにヴォイニッチは夢路を殺すことを決めた。
同じカルディナの<マスター>を殺すのに躊躇がないかと言えば、ない。
デスペナくらいなら軽いものだ。
(この後に復活されても困りますし、余計な人達まで延命されても……ね)
既に、天使は夢路に取り憑いている。
ゴゥルの頭を抱えたタイミングで、こんなこともあろうかとゴゥルの中の天使を夢路に移しておいた。
(彼の種族も当然「人間」。既に作った人型天使をそのまま流用できる)
彼の必殺スキル《 堕辿死(アザゼル) 》はストック消費型の丑の刻参り。
連動させる相手の種族に合わせた『藁人形』担当の天使を出力する必要がある。
一つの天使に複数の同種族憑依対象を紐づけられるが、今回は夢路だけでいいだろう。
「《堕辿死》/《ハーヴェスター》」
そしてヴォイニッチは夢路と連動した人型天使へと大鎌を振り上げ……。
「――《 今、アナタ(メ) の後ろにいるの(リー) 》」
――人型天使に振るわれようとした大鎌が止まった。
「!」
それは自らの意思で止めたのではない。
突如として背後に現れた何者かによって、ヴォイニッチは羽交い絞めにされていた。
「王城のこんなとこまで入っちまった……。緊急事態だから勘弁してもらえっかな……」
彼を羽交い絞めにしている人物の顔を、ヴォイニッチは直接見ることはできないが、周囲に展開した《視天使》を介して視ることはできる。
しかし、そこに視える人物は彼の記憶……準<超級>やランカーなど王国で要注意と目した者達のリストにはない。
「……君、誰だ?」
「名乗るほどのもんじゃねーから、覚えねーでくれや……」
ゆえに尋ねるも、相手の男はやや震えた声でそう返すだけだった。
男の名は、ダムダム。
ヴォイニッチのリストになど載っていない……どこにでもいるただの<マスター>だった。
To be continued