軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

DIE―死死話 死神

□■<王都アルテア>・王城・テレジア自室

【鎌王】ヴォイニッチは強力な<超級>である。

<AETL連合>を利用したレベルアップによって得たステータス。ジョブスキルと<エンブリオ>のシナジーによる必殺。さらには最終スキルによる不死身性。

間違いなく、<超級>の中でも上から数えた方が早い猛者の中の猛者。

「……ッ! また死にましたよ……!」

だが、今は完全に打つ手なく、一方的に残機を削られ続けている。

それを為すのは【死神】。

ヴォイニッチには見えず、肌で感じもしない相手。

だが、二人の戦いですらない戦いの唯一の目撃者であるテレジアの眼には、ヴォイニッチが我武者羅に振るう鎌を事もなく避けながら、彼に触れる【死神】が視えている。

そして【死神】が触れる度に、ヴォイニッチは死んでいる。

正確には、彼の『死』を押し付けられた<マスター>の誰かが死ぬ。

そんな一方的な殺害の連続に、変化が生じる。

テレジアの部屋にある家具や調度品が、次々にスラルへと変じているのだ。

「…………こうなるわね」

自分を殺せるだろう相手。テレジアにとっては最悪でない結末を齎す【死神】。

ゆえに彼女自身はその『死』を受け入れるつもりだったが、彼女のジョブはそうではない。

テレジアが明確に『自身の命を脅かす』相手と認識した【死神】に対し、自動的にスキルを発動して迎撃を始める。

『KEKEKEKEKE!』

生まれたばかりのスラル達は、主であるテレジアの視界を通して【死神】の位置を把握。

数を頼りに殺到して抹殺せんとする。

そのスラルの群れに対して、【死神】は近づくスラルに対して撫でるように手を動かす。

その直後、近づいた端からスラルは死んでいった。

『死』を他者に押し付けられるヴォイニッチと違い、その場で死んで……ただの家具と調度品に戻っていく。

「……!」

その光景に、ヴォイニッチもそこにいる何かが近づくだけで相手を殺すのだと客観的に理解できた。

【死神】という名に相応しい、圧倒的な『死』のばら撒き。

そんな敵に対して、知覚できぬヴォイニッチが打てる手は……。

「まぁ、これですね」

ヴォイニッチはアイテムボックスから筒状の物体――高性能手榴弾を取り出す。

カルディナのカリュートの工房で生産され、ヴォイニッチにも流れてきた物品の一つ。

先々期文明の技術を流用し、上級職奥義以上超級職奥義未満という凄まじい火力を発揮する破壊兵器を……ヴォイニッチは室内に複数個放り投げる。

直後に炸裂する光と爆風。

部屋の全てが蹂躙され、砕け散り、爆風は窓を木っ端微塵にしながら空へと噴き出す。

「……ちょっと」

その渦中に巻き込まれたテレジアは、不満そうな顔だ。

彼女自身は自分の命をなくしても構わないし、そもそも【邪神】ゆえに カリュート(<マスター>) の手が加わった爆弾では何の影響も受けない。

しかし自身は無事でも、住み慣れた思い出のある自室が吹き飛んだことには極めて大きな不満を持った。

どれくらい不満かと言えば、自動生産ではないスラルでヴォイニッチをぶん殴るくらいには不満だった。

なお、ヴォイニッチは《飼の宣告》でノーダメージである。

「すみません。ですが、背に腹は代えられません」

「私、死んだ後に姉様達がこの部屋で私を偲んでくれる程度は期待していたのだけど?」

「まだ若いんですし、生きることを考えましょうよ」

ヴォイニッチの立場と目的を除けば正論。

立場と目的を含めると『お前に言われても……』案件である。

「……それでどうなりました?」

「あなたの傍にいるわね」

「でしょうね……!」

また残機が削られたのを察知し、ヴォイニッチが飛び退く。

【死神】は、依然健在。

しかし、室内全体を攻撃したのになぜ生きているのか。

「ちなみに……傷くらいは負いました?」

「私も輪郭だけしか見えていないもの。細かい状態なんて分からないわ。でも多分……無傷ね」

「…………ハァ」

単にヴォイニッチに見えないだけならば、今の爆発でダメージは負っているはずだ。

しかし、それさえもない。とある<超級エンブリオ>のような知覚に対する迷彩とは全く性質が異なるものであるらしいと、ヴォイニッチも理解する。

(見えない聞こえない感触もない。だけど触られたら死ぬ。こっちが何をしても効かない。……和製ホラーでももうちょっと優しさに溢れてますよ。他に何か打つ手は……)

ヴォイニッチは自分の手持ちの札を考えて……。

「……アジャラカモクレン、テケレッツのパー」

唐突に、謎の呪文を口にした。

『「?」』

その言葉にテレジアと、恐らくは【死神】も首を傾げる。

「【死神】、消えました?」

「消える訳がないと思うのだけど」

「ダメですか。親友の弟から聞いた『死神を退散させる呪文』なんですけど」

日本の落語の呪文が<Infinite Dendrogram>の【死神】に効いたら逆に驚きである。

(……さて、今のやり取りの間に私が死んでいないということは、【死神】もこっちの話を聞いてリアクションでもしてるんでしょうか?)

ヴォイニッチからすれば理解も認識も不可能な怪奇現象。

だが、この間のやり取りで相手に人格らしきものが存在することは窺える。

認識できず、無差別攻撃も無意味にする非人間さとのミスマッチ。

だからこそ、余計に不気味に思える。

そして殺され続けたからこそ、生じた疑問もある。

(しかし妙ですね。私をこんなにもポンポンと殺せるんです。さっさとターゲットの【邪神】を殺さない意味が分からない。彼女、今現在は私よりレベルもステータスも低いんですから)

ヴォイニッチはテレジアを 護り(攫い) に来た。

ゆえに彼女が死んでいない現状は歓迎すべきだが、相手の能力を考えるとテレジアが死んでいないこと自体が違和感だ。

「……どうしてそこの彼やスラルのように私をすぐに殺してしまわないのかしら?」

その違和感を抱えたのはヴォイニッチだけではない。

【死神】に狙われているテレジア自身もまた、この状況がおかしいと考えた。

そしてヴォイニッチと違い、【死神】を認識できる彼女は直接問い質す。

「あ。私も答えが気になるので通訳をお願いします」

「……あなた、マイペースというか空気読めない人?」

「空気を読むより大事なことが世の中にはたくさんあるので」

「……はぁ」

そんなことを宣うヴォイニッチに呆れつつ、テレジアは室内で壊れかけている音響設備をベースに発声機能のあるスラルを作り、自分が聞いた【死神】の言葉を喋らせる準備をする。

ヴォイニッチは内心で『この子、わりとノリが良いというか面倒見がいいんでしょうねぇ』と思った。

なお、こんなやり取りをしているヴォイニッチは空気を読めない……のではない。

テレジアによる誰何や先刻の落語の呪文のくだりから『【死神】は会話中にはあまり仕掛けて来ない』という人格の傾向を読み、空気を読まない フリ(・・) をして空気を弛緩させ、【死神】による殺傷を一時的に止める策を打っている。

認知不可能な相手の、間接的に窺えた人格に対するメタ読み。

実際、ヴォイニッチの意図した通り……彼を殺す動きが今は止まっていた。

『君の命が 仮初(・・) じゃないからだよ』

そして、テレジアの質問にも【死神】は応えた。

認知した者に問われれば、応える。

そういう存在であるらしい。

『この世界において仮初の命ならば、近づくだけで送れる。彼の場合はそれを他の人に移しているようだけれど、そちらも仮初なのですぐに送れる。君のすらるは、言うまでもなく』

その回答に、ヴォイニッチの背筋に嫌な汗が伝う。

仮初の命とは――アバターのことだろう。

大きな視点で見れば、<マスター>の アバター(肉体) も、【邪神】の 無生物眷属(スラル) も、命の育みによって生まれたものではない仮初のものだ。

つまり【死神】の力は……。

(私のように残機を抱えていなければ、<マスター>は誰だろうと接触即死ですか……)

<マスター>のアバターや無生物眷属にとって、【死神】は動き近づく死の塊だ。

無差別攻撃が通じなかったことも踏まえると……ファトゥムでも対処が難しいだろう。

『けれど【 邪神(君) 】の命は仮初ではなく、何より大きい。だから、君の命を送るのには時間が掛かる。本来は気づかれぬままに傍で佇み、送れるだけの力が溜まったら送る。けれど君は私が視えているし、そこの彼やすらるを送る度に力の蓄積が阻害されている。だから、 まだ送れない(・・・・・・) 』

そんな【邪神】の回答をスラル越しに聞き、ヴォイニッチは思考を回す。

(……つまり、【邪神】を殺すためには即死のチャージが必要。ただし、私の残機や無生物眷属を犠牲にそれを遅らせることはできる。……遅らせられるだけ)

自分の意図した時間稼ぎ。

だが、【死神】にとっても時間は味方だった。

しかし、『ではどうする』という問題に突き当たる。

「……もう一つ聞かせて」

自分の命のタイムリミットが迫る中でも、テレジアは問いを投げかける。

『記憶を引き継いでいるらしいとは言え、肝の据わった子だ』とヴォイニッチは感心しつつ、そのやり取りを見守る。

「あなた、 どうして配下を(・・・・・・・) 連れてきたの(・・・・・・) ?」

テレジアの疑問は、ヴォイニッチも理解できた。

「あなただけなら騒ぎになることも気づかれることもなく、私のところに辿り着けたでしょう? ……城の騎士や兵士が犠牲になる必要もなかった」

【死神】は言ってしまえばステルスと暗殺の極致。

ならば、先の王都襲撃と違い、派手に暴れる陽動役など必要がない。

<死神の親指>……【金剛力士】ゴゥルを差し向けたのだとすれば、その目的は陽動ではなく他の何か。

『僕は『死』だ』

テレジアの問いに、やはり【死神】は応える。

『与えられるべき『死』という現象。けれど、無条件でも無差別でもない』

まるで自分が人間ではないかのようなことを語りながら、【死神】は続ける。

『僕が見られるのは、自らの死を受け入れたものの前だけ。

僕が在れるのは、数多の死を同族に齎したものの傍だけ。

死すべきものの前に僕は立つ』

テレジアのように死を受け入れていなければ彼を認識できない。

そして、大量殺戮者が近くにいなければ、【死神】は干渉できない。

それゆえに、【死神】はゴゥルを連れてきた。

否、ゴゥルが【死神】を 憑れてきた(・・・・・) 。

『僕は君を殺さなければならない。かつて僕の<親指>であったものとの契約。望んだ相手を殺す代わりに、『死』を与えぬ延命を終わらせる契約』

<親指>とは、ティアンの大量殺人者。

同族討伐数などというシステム的な観測ではなく、間接的だろうとティアンを殺し続けたティアン。

本来であれば、【死神】によって殺されるべき者達こそが<親指>。

しかし、死神の<指>となる契約を交わせば、『死』を与えられる期間を猶予される。

そのことを知って、【死神】に殺される前に自ら<指>になりたいと願い出るアロ・ウルミルのような者もいた。

だが、<親指>の契約にはもう一つの使い方がある。

猶予を終わらせる(・・・・・・・・) 代わりに、望んだ相手を殺すのだ。

今回、かつての<親指>、“謀殺”と呼ばれたヴィゴマ宰相は自らの命と引き換えに……【邪神】の死を願っている。

『死を願われたものが大量殺戮者であるならば、この地に<親指>は必要なかった』

「…………」

『けれど、君はそうではない』

テレジアは【邪神】。

いずれは数え切れぬ命を殺し、世界を滅ぼすかもしれぬ存在。

だが、今の彼女はそうではない。

ただの一人も殺めてはいない。

だからこそ、【死神】は< 親指(ゴゥル) >を動かした。

『君は送る対象なれど僕が傍に在れる対象ではない。君を送るためには、僕をここに繋ぐ……世界に掛ける<指>が要る』

死す(送る) べきものの前に自らが立つために、自分を顕現させる依代としてゴゥルを派遣した。

「…………なるほど」

そして、【死神】の答えにヴォイニッチはある言葉を思い出す。

――私に限らず超常の存在は自分と世界を繋ぐ アンカー(・・・・) が必要なケースは多いわ。

正しく、今この状況がそれだ。

つまりは、この【死神】はとある悪魔……神と同程度の超常存在ということだ。

(……これ、<マスター>が「人間」を殺した数は【死神】にカウントされてませんね? <マスター>が<マスター>を殺しても、実際には殺していませんし。そして、【死神】の認識として<マスター>とティアンを同族とは 見做していない(・・・・・・・) 。だから、<マスター>は【死神】の依代足りえない)

それは、ヴォイニッチにとってはまだマシな話だ。

仮に<マスター>が依代になるならば……自分も含めて<マスター>を皆殺しにしなければ【死神】に対処できなかった。

だが、今の依代がゴゥルだけならば……手の打ちようはある。

(今から【金剛力士】を探して殺せば【死神】も消えてくれますかね? ……侵入時に天使を憑かせられなかったのが痛いですね)

城の中に乗り込む際には、ゴゥルや彼女と交戦していた者達は既に城のどこかへと飛ばされていた。

だからこそヴォイニッチは見咎められることもなく城に侵入できた。

だが、再シャッフルされるまえにテレジアの下へと急いだため、ゴゥルに仕掛けることはできていない。

(……《視天使》に蟲型を随伴。城の中で【金剛力士】を探して、取り憑かせて、《 堕辿死(アザゼル) 》で殺す。それができれば……この【死神】を退散させられますか?)

認識できず攻撃も効いていない【死神】をどうこうするよりはマシだと、ヴォイニッチは天使達を動かす。

問題は、それを達成するのと【死神】がテレジアを殺す準備を終えるのとどちらが早いかということだ。

テレジアの死を遅らせるためには、ヴォイニッチが自らの残機を削って引き伸ばすしかないだろう。

実際に削れるのは他の<マスター>の命だが。

(……しかし、全て答えましたか。恐らくブラフではないでしょう。これは隠すという行為そのものに意味を見出していない。【死神】にとって相手の死は早いか遅いかの確定事項。だからこそ、隠す意味がない。少なくとも、【死神】という人格はそう捉えている)

機械的……とは違う。

むしろ 器械的(・・・) とでも言うべきか。

【死神】は言わば、 処刑器械(ギロチン) だ。

何をするものかは分かる。在り様で説明されている。

だが、処刑されるものはその後に起きることから逃れられない。

可視化された『死』の絶望である。

(……まぁ、私には見えていませんが)

むしろ確実に自分を殺すためにそこに佇んでいる【死神】を、テレジア自身はどう思っているのか。

ヴォイニッチはチラリと、横目でテレジアの様子を窺う。

そこにあったテレジアの表情は……。

「――違う」

――何かに気づき、目を細めている。

「違うとは何が?」

「【死神】は そんなジョブ(・・・・・・) じゃないわ(・・・・・) 」

【邪神】ゆえに知識持つテレジアの言葉に、ヴォイニッチは『そのことか』と納得する。

彼もまた、議長から【死神】については聞いている。

正確にはジョブとしての【死神】との差異について、だ。

なぜなら、本来の【死神】は……。

「【死神】は、 安楽死特化超級職(・・・・・・・・) だもの」

非戦闘用の(・・・・・) 医療系超級職(・・・・・・) である。

「無限職が設定した【死神】という超級職は、状態異常に苛まれた生物を安らかに送るための超級職」

苦しむ命を終わらせるだけの超級職。

状態異常に罹患させれば戦闘にも使えるだろうが、 この(・・) 【 死神(・・) 】がやっていることはそれではない。

「『死を厭う者に認識できない』スキルや『仮初の命を即死させる』スキル、何より『大量殺人者の傍にしか存在できない』なんてスキルはないわ。【神】シリーズのスキル作成の幅にだって、限度がある」

「…………」

そう、就いている超級職と起こしている現象が乖離している。

だからこそ、知っている者は疑問を抱く。

――この【死神】は 何(・) だ、と。

「……それに、既視感もあったわ」

「既視感?」

「思いだしたの。昔の、ずっと昔の……【 邪神(私) 】の記憶」

【邪神】として引き継いだ記憶の欠片の中には、眼前の相手の記憶もあった。

輪郭だけの、しかし確実に殺す存在。

「あなたを見た気がする。会った気がする」

それ自体はあり得ない話ではない。

【邪神】を幾度も殺した【天神】も二〇〇〇年前からいるのだ。

【死神】も同様の長命種ということもあり得る。

しかしその記憶は……。

「―― 何万年も前に(・・・・・・) 」

――あまりにも、遠い昔。

遥かな昔、記憶を繋ぐ【邪神】にとっても、初期も初期。

この世界が真の邪神達から解放され、無限職の手で新たな始まりを告げた後。

最初のハイエンドが封印されるよりも前か、後か。

それほどに古き時代に、初期の【邪神】とこの【死神】は出遭っている。

しかし流れたのは命が生き繋ぐには、あまりにも永い時間。

ゆえにそれは本来ならば、ありえない。

『…………』

しかし、あり得ぬ言葉を【死神】は否定しない。

問いではないからこそ、応えもしない。

だから、テレジアは問う。

「あなたは――何?」

その問いに、【死神】――【死神】というジョブに潜む ソレ(・・) は応える。

『僕は 全ての生命(君達) の――『死』だ』

◆◆◆

【死神】は、【 死神(・・) 】 というジョブに(・・・・・・・) 憑いた何か(・・・・・) は一種の怪異とすら言える。

例えば、科学全盛の地球でも科学で説明できぬものがあるように。

例えば、魔法全盛の世界でも魔法で説明できぬものがあるように。

ジョブとモンスターと<エンブリオ>に彩られたこの世界の理で説明できぬ、怪異。

ジョブに就けるならば人間範疇生物のはずだ。

人間ならざる生物ならばモンスターのはずだ。

だが、この【死神】ならばその理すら届かないのかもしれない。

この世界の根幹の一部である【邪神】をして理解不能な怪異。

< 無限(エンブリオ) >が整えた、< 無限(職) >が作り上げた、< 無限(契魔) >が支配したこの世界にある……二つの 怪異(バグ) のその一つ。

ジョブ(人間) に紛れたバグ(・・・・・・) 。

生きる者を送る現象。

即ち――死神。

To be continued