軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七話 王国と帝国と皇国と

□王国・ギデオン伯爵邸

決闘都市ギデオンの一番街は冒険者ギルドや騎士団詰所、役所など公的な機関が集合している。

ギデオンを治めるギデオン伯爵の邸宅も、騎士団詰所に隣接する形で建てられている。

しかし一目見ただけでは伯爵邸と隣接した詰所の境いは分からないだろう。

伯爵邸の作りが詰所と同程度に堅実かつ質素であるためだ。

ギデオンは富んだ街ではあるが、その華は闘技場とマーケットにある。

華美な城を建てても街にそぐわないと初代ギデオン伯爵は考え、自らの住まいを質実剛健な館としたのだった。

もっとも、後々天覧試合などに際し、王族を滞在させる必要に駆られて豪勢な迎賓館を別館として建てる羽目になったわけだが。

そんな事情で伯爵邸は質素な本館と豪華な別館が存在する建物だったが、その本館の執務室では現在進行形で三人の男女が難しい顔をしていた。

一人は若きギデオン伯爵。アッシュバレー・ギデオン。

一人は近衛騎士団副団長。【聖騎士】リリアーナ・グランドリア。

最後の一人はこのアルター王国の第二王女。エリザベート・S・アルター。

今この街にいるティアンの中でもトップクラスの重要人物が一堂に会しているのだ。

「それでは、あねうえはこられぬのじゃな?」

「はい。連絡によれば体調を崩し、今日になっても回復せず出発できなかったそうです。何でも王都で<流行病>が起きていると」

ギデオン伯爵は王都から通信魔法によって受けとった連絡を、エリザベートとリリアーナに告げる。

第二王女であるエリザベートは決闘都市ギデオンで今夜開かれる一大イベント、<超級激突>に列席するためにこの街にいる。

本来ならば、そのイベントには国王代理である第一王女も列席するはずだった。

しかし、それは叶いそうもない。

「<流行病>、ですか……」

リリアーナは口元を隠してこそいるが、苦虫を噛み潰すような顔をした。

<流行病>。それは突如として発生し、力の大小に関係なく蔓延する病の総称。<マスター>からは<Infinite Dendrogram>において不定期に発生する広範囲イベントと認識されているものだ。

様々な病状の<流行病>が地域に蔓延し、<マスター>もティアンも問わず多くの罹患者を出す。

時間経過で治る病もあるが、中には特定ワクチンの投与や超級回復魔法の使用など特殊な治療が必要なものもある。

今回、王国で蔓延した<流行病>は幸いなことに命に関わるものではなく、症状も軽い風邪と似たようなものであったのが幸いだった。

ただし、<流行病>は元々のステータスや耐性に関係なく罹患する。高レベルの<マスター>でも寝込むか、時間が経つまでログアウトする事態になっている。

人智の及ばぬ天災なので仕方がない。むしろ<流行病>の被害がこの程度であることは僥倖であった。

しかしながら本日イベントを開催するギデオン伯爵にしてみれば、「何もこの時期に流行しなくてもいいだろう!」と心の中でもんどり打つほかなかった。

そしてリリアーナにしても同じ思いはあった。

「…………」

リリアーナは知っている。

目の前のエリザベートが、ギデオンに到着してからどれだけ公務に励んでいたか。

昨日も日中こそ抜け出して護衛を騒がせていたが、帰ってきてから、そして今日も一生懸命に出来ることをしていた。

全ては大好きな姉を迎えるためだ。

妹を持つリリアーナには、エリザベートの心を思うと辛くなる。

だが。

「うむ! わかった!」

エリザベートは二人の顔を順に見て、声を張る。

「ざんねんだが、すんでしまったことはしかたがないのじゃ! それよりも、こんやのイベントをだいせいこうさせることを、だいいちにかんがえるべきなのじゃ! そうであろう、ギデオンはくしゃく!」

「はい!」

それはエリザベートの決意。

大好きな姉の来訪が叶わなかったとしても、自分の仕事を全うする。

それが何より、姉の助けになると信じて。

「殿下……」

その態度は彼女が知っている数日前までのエリザベートと同じようで、少し違う。

少しだけ大人になって見えた。

(ひょっとすると昨日一日抜け出しているうちに何かあったのでしょうか?)

そんなことを考えていると、エリザベートがリリアーナの手を両手で握った。

「リリアーナも、ごえいはまかせたのだ」

「……はい! いかなる不測の事態であってもお守りいたします」

そうして彼女もまた自分の務めを果たすことを決意した。

そのとき、

「王都から緊急のご連絡が届きました!」

部屋の外からノックの音と共に声が聞こえた。

それは伯爵に仕える騎士のものであった。

「入れ!」

「し、失礼いたします!」

ギデオン伯爵が入室を許可すると騎士はすぐに入ってきたが、随分と慌てた様子だった。

「何事だ!」

「黄河からの来賓であるツァンロン第三皇子も、<流行病>によってこちらに来られないようです!」

「えぇ!?」

仰天したのはギデオン伯爵だ。

連続するトラブルに彼の心の中でドミノ倒しが新記録目前で崩れるイメージさえ浮かんでくる。(付け加えると<Infinite Dendrogram>にドミノそのものはないが似たような遊戯はある)

同時に新たな不安が脳裏を過ぎる。

「ま、まさか迅羽氏まで……」

そうなったら終わりだ。イベント自体が大破綻だ。

「いえ、迅羽氏は無事です。皇子の代理として黄河帝国大使ラン・メイハイ氏を連れ、ギデオンに間もなく到着するそうです」

その回答にギデオン伯爵はホッと息をついた。

どうなることかと思ったが、それならばイベント自体は問題なく進行できそうだ。

(それにしても、領地を継いでからトラブル続きだ。せめてもの救いはイベントが無事に開催できることと、父の代からの問題であったゴゥズメイズ山賊団が退治されたことか)

ゴゥズメイズ山賊団問題の解決と意気高揚のためのイベント<超級激突>。

この二点を契機として少しでも領内の、延いては国内の問題を解決したいというのが若きギデオン伯爵の内心であった。

「それともう一件お伝えしなければならないことが」

「まだ何かあるのか!」

「はい。国王代行第一王女殿下とツァンロン第三皇子は、<流行病>の終息後にギデオンに訪問なされるようです。また、それまで第二王女殿下もギデオンに滞在するように、と」

「え? ああ。わかった」

この話を聞いたときにギデオン伯爵が考えたことは三つ。

一つは「ならば再度お出迎えする準備をしなければならないな」ということ。

次に「<流行病>の終息後というのはギデオンに<流行病>を持ち込まないためなのだろうな」ということ。

最後に「……第二王女の御身を長くお預かりするのならば、改めて心せねば」ということ。

しかし、それを横で聞いていたリリアーナが考えたことには四つ目があった。

(イベントは今夜で終わる。それなのにどうして殿下はこの街に来られるのですか? それも、エリザベート殿下をこの地に残したまま)

そう、理由が気になっていた。

ギデオン伯爵は本来ならば本日行うはずであったことを、後日に先延ばししたという風に受け取った。

しかし、リリアーナにしてみれば「何のために」が問題だった。

第一王女や第三皇子がギデオンに来訪する最たる理由である<超級激突>は今夜だけ。

明日以降は極論、来る必要はない。

そもそもリリアーナは最初から疑問だった。

このイベントがギデオン史上最大のイベントであることを考えても、王族は一人で十分ではないか、と。

まして、わざわざこのイベントのために他国の皇子が来訪するなど、ありえない。

(やっぱり、何か知らされていない事情があるの?)

半年前の戦争以後、第一王女は近衛騎士団を疎んじている。そのため、近衛騎士団を指揮する彼女にも第一王女の意図を聞かされてはいない。

ゆえに答えを推測するにも情報が足りなかった。

しかしリリアーナはこの一件の裏には何か重大な事柄が隠されているのではないか、……そんな予感がしてならなかった。

◇◆

□■王都アルテア 迎賓館

王都アルテアの貴族街の一角。

他国から来訪した賓客を歓迎するための迎賓館の一室に、三人の人物の姿があった。

一人目は、マスクをしてベッドに横になっている少年。額には氷嚢も宛がわれ、時折咳もしているので風邪に似た症状であるとわかる。

二人目は、ベッドの傍でおろおろと心配そうにベッドの上の少年を見ている若い女性。近眼なのか分厚いメガネをかけており、どことなく気弱そうな印象を受ける。

三人目は……天井にこすりそうなほど背の高い怪人だ。寝室にしては高く作られ、四メートル以上あるこの部屋の天井にこすりそう、という時点で視覚的にはおかしいが……他の二人はまるでそれを気にしていなかった。

三人は黄河帝国第三皇子ツァンロン、黄河帝国大使ラン・メイハイ、そして……黄河帝国の<超級>、【尸解仙】迅羽だ。

「コホン……すみません、迅羽さま。僕も、迅羽さまの応援に行きたかったんですけど……ケホ……やっぱり無理みたいで……」

「無理すんナ。ゆっくり養生しろヨ」

迅羽は顔を覆う符越しに深く溜息をついた。

「僕も、不思議な感じです。でも、これからお仕事がある迅羽さまが病気にならなくてよかったです」

「あわあわ……あの、殿下、氷嚢お取替えしますか、それとも林檎とか……」

「大使さン、氷嚢は一時間で五回も換えてるシ、林檎もついさっきオレが剥いただろうガ」

自国の皇子の急病に必要以上に慌てふためいているメイハイを、迅羽が窘める。

「そういヤ、ツァンだけじゃなくてこの国の女王様とやらも病気なんだったカ? それでツァンの公務も中止になったんだよナ?」

「じ、迅羽様、違います……! 女王様じゃなくて第一王女殿下です!」

「……やってることは変わらんだろうニ」

「違いますー! 外交上も色々違うんですよー! まずはですねー!」

メイハイは抗議するように、あるいは講義するように身振り手振りしている。

子供っぽい仕草ではあったが、これでも名家の出身であり、外交官としては優秀な人物ではある。

公的な場ではとても仕事の出来る女性である。

そもそも自国の皇子と同室にいてこの態度はいかがなものかという話ではあったが……、

「ふふ、メイねえさんは相変わらずです……ケホ」

当の皇子本人がそれを許容していた。

ねえさんと呼ぶが、無論メイハイが皇族というわけではない。

単にメイハイの母がツァンの乳母だった、というだけの話だ。言うなれば乳兄弟である。

迅羽にしろメイハイにしろ、ツァンにとって気心の知れた者だけがこの部屋にいて、他の侍従や役人は別室で待機している。

「コホン……そうだ、迅羽さま……そろそろ、ギデオンという街に、向かわなくてはならないのでは……?」

ツァンは部屋に備え付けられた時計を見ながらそう言った。

あと三時間もすればイベントの開始時刻だ。

普通に考えれば、竜車で一昼夜以上かかるギデオンまでは到底間に合わない。

しかしそれが問題でないことを、この部屋にいる全員が知っていた。

「……お前の護衛ハ?」

「大丈夫です。はい、少し体調は悪いですけど、僕一人でも……」

「アホ言うナ、危なっかしイ。……ちょっと手を出セ」

迅羽に促され、ツァンは手を伸ばす。

その手のひらの上に迅羽は宝石――【ジュエル】を置いた。

「迅羽さま?」

「今回使う予定のない連中を詰めた予備の【ジュエル】ダ」

「ですが、試合で……」

「試合じゃどの道キャパシティ内の奴しか使えねエ。預かレ」

迅羽はそう言って、ツァンの手に【ジュエル】を握らせた。

それは刃の如き迅羽の爪によって為されたが、不思議と優しげで、ツァンを傷つけることもなかった。

「……お預かりします、迅羽さま」

「あア」

言葉を交わした後、迅羽は窓際へと歩く。

迅羽はそのまま刃のような爪で器用に窓を開けて、手を打ち鳴らす。

すると、部屋の外からツァンの侍従が慌てた様子で入ってくる。

「ど、どうかなさいましたか! 殿下! 迅羽様!?」

そんな侍従に迅羽は、

「俺達が出て行ったラ、窓を閉めてくレ」

「は?」

何を言われたのか分からない侍従を尻目に、迅羽は手を伸ばす。

五メートル(・・・・・) ほども金属製の腕を伸ばし、メイハイを絡めとる。

「え?」

「じゃあ出発するゾ、大使さン。ギデオンとやらまで 足を伸ばす(・・・・・) ガ、舌噛むなヨ?」

そうして迅羽は身を撓め、

「あの、迅羽様? 私、準備、心の準備があああああああぁぁぁぁぁ――!?」

メイハイの悲鳴だけを残し、開け放たれた窓の外――ギデオンの方角へと飛んでいった。

数秒後には、点にしか見えない影が貴族街の壁の外にあった。

「いってらっしゃい、迅羽さま、メイねえさん」

ツァンは身を起こしてその小さな点に手を振り、

「…………」

侍従はひとまず言われたとおりに窓を閉めた。

かくして、【尸解仙】迅羽は王都を後にし……<超級激突>の開催地であるギデオンへと向かった。

■決闘都市ギデオン ???

ギデオンの街は熱気と興奮に包まれていた。

アルター王国で最も栄えている決闘都市にとって熱気は常のことだったが、今夜のそれはいつもよりも格段に熱い。

それは今宵、中央大闘技場で開かれるイベントがそれだけ破格であることが理由だ。

イベントの名は<超級激突>。

ギデオンを含めた決闘都市では初めての、<超級>と<超級>の決闘。

都市の内外、果ては国外からも多くの客が集まり、興奮と期待を共有している。

街全体が刻々と迫る巨大な熱気に浮かされているようであった。

しかし極一部、そんな熱気と興奮に浸されない者が決闘都市の一角にいた。

その人物は、温度を感じさせない目でギデオンの街並みを見下ろしている。

温度を感じさせない目と言うのは比喩ではない。

なぜなら、その人物は着ぐるみを着ていた。

リアルならば水族館でよく見られるアデリーペンギンの着ぐるみを。

アデリーペンギン着ぐるみの温度のない作り物の瞳越しには、中の人物が何を考えているかは把握できない。

『あー。あー。あーーーーーー……』

しかしながら、着ぐるみの内の人物は外側ほどには平静でなかった。

その人物は呻きながら右手で頭を抱える。

そうして暫く悶えてから、反対の手に持った【携帯式通信魔法器】でどこかへと通話を掛けた。

掛けてから二分ほど後に、相手が通話に出た。

『はいどーも、閣下。ちょっと予定変更のお知らせですねぇ。王都にいるオナカマからのご連絡がありましてぇ。……第一王女来ないそうでぇす』

ペンギンは電話の向こうの人物に愚痴を漏らす。

しかし彼の愚痴に含まれる情報は、少し前に伯爵邸でエリザベートらが受け取ったのと同じ情報であった。

『そのことを陛下サイド、……っつーか窓口の彼女に連絡したら「では我々はこのまま観戦と観光に洒落こみます」と。あー……もー……』

ペンギンと、通話に出た人物はある計画を立てていた。

その計画には第一王女の参加と、ある人物の助力が前提であった。

『そりゃーねー。皇国の最大戦力だし、いるといないじゃ大間違い。これでこちらはジョーカー抜き。グレート○ジンガーのいない○ジンガーZみたいなもんです。いえいえ深い意味じゃございません』

ペンギンは有名なロボットアニメに例えるが、通話先の相手はそれを知らなかったらしい。ティアンであるのだから当然ではある。

しかし知る者が聞けば「でもグレート○ジンガーって○ジンガーZだと最終回で初めて登場したよね?」と返しただろう。

要するに。

『――問題ないって意味ですねぇ。元から彼女は過剰戦力、いなければいないで事は済みます。ファイブカードが成らなくても、フォーカードで大方の勝負は決められますからね』

ペンギンは笑う。

『クランからは私とベルドルベル、それと私の秘蔵っ子が事に当たります。それ以外は寝返り組ですねぇ。そう。例の亡命希望の連中です。連中も“監獄”行きは嫌だろうから<マスター>しか相手にしないでしょうけどねぇ。それで十分なんですよねぇ。超級職も紛れてないティアンなんて何の脅威にもなりませんし。ああ、いえいえ。皇国の戦力をバカにしたわけではございませんよ? まぁ、何にしろこの戦力でも九割は成功するでしょう』

ペンギンの言葉に、通話先の人物も納得したようだった。

しかし、

『仮に、“計画”の策から漏れた<超級>がいたら成功率はどうなるかって? 五割になりますね』

通話の人物が出した質問に間髪いれず、当たり前の回答を述べるようにペンギンは言った。

『ハハハ、「もっと低くなるのではないか」とは言いますね、閣下』

そうしてペンギンは……ペンギンの着ぐるみの内にいる人物は幽かに嗤い

『――ここにいるのが誰だか忘れたので?』

狂気と殺気すら匂わせる声音でそう言った。

『そういう訳で計画はターゲット変更とか若干の修正と共に実行しますねぇ。あとは成功するのでも祈っていてくださいな』

そうして通話は切れた。

『止めなかったな、スポンサー。もしかすると、いよいよ財政傾いてここでケリつけないとやばいのかもね。やっぱりこれが失敗したらあとは元帥派の路線で行くことになるか……』

ペンギンの着ぐるみの内でクツクツと笑う。

『後は野となれ山となれ、ね。実際強い奴が出てきたらどうしようか。何を試そうか。どこまでやっていいのかしらね』

これから起こることを想像し、ペンギンの内の表情が少し変わる。

それは無邪気な……アリの巣に水を流すか爆竹を入れるかを考えている餓鬼のようであり。

同時に、今後の展開と打算を冷徹に考えている大人の顔でもあった。

しかし、あることを思い出してその表情を改め、考え直す。

(ああ、けれど、強い相手がいたとしても……私が手を下す前にあの子に負けるかもしれない)

ペンギンはこの街に連れてきた一人の<マスター>のことを思い出す。

ペンギンが昔からよく知っている人物であり、<Infinite Dendrogram>では始めて一ヶ月のルーキー。

珍しいメイデンの<マスター>ではあるものの、戦闘力ではまだまだベテランには及ばない。

(あの子の<エンブリオ>も別の意味で 鬼札(ジョーカー) だ。歴戦の猛者ではどうしたって分が悪くなる。状況次第ではそれこそ……)

しかしそれでも。

『――あの子一人でギデオンの<マスター>を皆殺しても不思議じゃないからね』

ペンギンは自分が連れてきたその<マスター>の力量と戦果を確信していた。

To be continued