作品タイトル不明
第一二二話 ゴング
□■<遺跡>・プラント前通路
時間は、少し遡る。
王国の防衛線は壊滅状態にあった。
数十人の<マスター>でカタと餓竜を攻撃するが、餓竜は倒されてもカタの血肉から何度でも湧き出し、傷ついたカタの身体は《医食同源》で再生していく。
餓竜に対処しようとしても、速度で勝るカタが猛獣のように<マスター>へと飛び掛かり、展開した大口で喰らっていく。
その内の一人が、構えていた奇妙な意匠の盾を装備した左腕に喰いつかれる。
盾に触れた瞬間に大口が爆ぜるが、カタはそのまま再形成して相手の左腕を食い千切り、盾ごと噛み砕き、咀嚼する。
「しまっ!? 特典武具を喰われ……!?」
カタの新たな能力が特典武具の捕食による能力獲得であることは、死胎蛋によって既に周知されている。
ゆえに、自分の特典武具を喰われた<マスター>はカタに新たな力……自分の特典武具の力を使われることを恐れたが……。
「…………」
カタの身体に入れ墨が増える気配もなければ、新たな力を使い始める気配もない。
(特典武具とMVPの紐付き……! スキルでも奪えず、捨てられず、破壊されても時間経過で舞い戻る性質! そのお陰か、こいつは自分の特典武具の捕食でしか能力獲得ができない!)
自分達の力が奪われる心配はない。
とはいえ、相手の力が減る訳でもない。
むしろ捕食によってリソース自体は拡大し、傷は癒え、餓竜は増える。
その対象は<マスター>だけに留まらない。
「……ああ、これもか」
カタは攻撃魔法に被弾した直後、何かに気づいたように<遺跡>の壁に手を触れる。
そしてそのまま――掌に形成した口で削り食らう。
その途端、魔法で負ったダメージが、<マスター>を喰らったときと同じように癒えていく。
「チィ……! 気づかれたか!」
死胎蛋は想定していた状況の悪化……カタの『気づき』に舌打ちする。
通常、石やそこらの金属を喰ったところでリソースはさほど増大しない。
だが、この<遺跡>は別だ。
先々期文明の技術で生成された素材を用いて建設され、【アクラ・ヴァスター】の質量爆撃でも内部構造が微動だにしないほど堅牢な作りをしている。
つまりは、壁や床も大抵のアイテムより多くのリソースを含んでいる。
そのことにカタが気づいてしまえば、<遺跡>そのものがカタの回復アイテムになったに等しい。
生物のみを狙う餓竜は<遺跡>に目もくれないが、カタ自身は両の手足に形成した口で通路の壁や床を喰らい、自らのHP回復やリソースに変換している。
どれほどダメージを与えたところで、回復手段が尽きない。
このままでは、最終的に全員が食い潰される。
(奴の状態を崩す手段は、だが、そのためには……!)
【スータンサン! ワタシトアナタデ……!】
「!」
死胎蛋が打開策に思考を巡らせたタイミングで、アユーシが【テレパシーカフス】による念話を繋げてきた。
死胎蛋に念話を送りながらも、アユーシは前衛として戦っている。
格段に攻撃力が増した餓竜に喰らいつかれぬように躱しながら、アユーシは自らの髪で餓竜に毒を浴びせ、さらにはカタ本体も追っている。
だが、アユーシにステータスで上回るカタは自分でアユーシを倒そうとはせずに距離をとり、放出を続ける餓竜に任せたままだ。
アユーシが運良く近づけたときも《竜王気》を噴出させてアユーシと毒を弾き飛ばしている。
その動きの意味を、死胎蛋も理解する。
(やはり、アユーシは避けるか……!)
理性なき餓竜達はアユーシに攻撃を仕掛け続けるが、カタ本体はアユーシを攻撃対象から外している。
あたかも肉食獣が有毒生物を喰わぬように、明らかにカタは<エンブリオ>由来の毒を警戒している。
ならば……。
【アノコンボ、ナラ……】
【ああ……。だが、今やってもあいつの回復量が上回る! あいつの回復能力を超えるには札が足りん……!】
死胎蛋がそう考えた正にその時。
プラントのレイやティアン達が脱出する時間を稼ぐため、アット達が援軍として通路に現れた。
「……良いタイミングだ!」
アット達の姿を見て、死胎蛋が叫ぶ。
彼こそが、死胎蛋達の待ち望んだ相手だ。
足りぬ手札が、向こうからやってきたのだ。
「仕掛けるぞ、アット!」
「例のコンボだな!?」
「ああ! アユーシも生きている!」
少ない言葉で、彼らの思考は一致する。
防衛の戦術を練る中で、お互いの<エンブリオ>の特性を把握し、編み出された一つのコンボ。
諸刃の剣とも言える手だが、使うならば今を置いて他にない。
「…………」
カタは、無言で新たに出現した者達を見る。
彼も死胎蛋の表情と、彼らの短いやり取りで既に理解した。
『ああ、ソイツが俺への対抗策なんだな』、と。
そして理解した次の瞬間には即座に仕留めるべく、獣じみた動きで殺しにかかった。
「やらせるかよォ!!」
しかしそうされるだろうと読み、先んじてアットの前に出た者達がいた。
「《 全天周回路(ハレー) 》!!」
その中の一人――ラングは自らの<エンブリオ>の必殺スキルを宣言する。
直後、周囲に蒼い光が広がる。
光はラングと、彼と共に前に出た<マスター>達、そしてカタを飲み込んだ。
消えていく彼らに、アットが呼びかける。
「最低十秒……頼んだぞ!」
「任せろ!」
「「「了解!!」」」
次の瞬間、ラング達とカタは球状の檻の中にいた。
それこそはハレー。相手を内部に閉じ込めるキャッスルである。
「…………」
カタは、これが時間稼ぎだと悟る。
ラビリンスほどではないが、閉じ込めることに特化した<エンブリオ>。
そこに自らとカタの他に数名の味方を諸共に内部に収めたのは、これから行う攻撃……カタへの対抗策を成立させるまでの時間を少しでも稼ぐためだ。
「十秒でも、二十秒でも、稼いでやらぁ!!」
そうして、 猛獣(カタ) と共に自ら檻に閉じ込められた<マスター>達の、捨て身の時間稼ぎが始まり……。
――外部に残されたアット達も動き出す。
最初に動いたのは、アユーシ。
「――《 終生ノ伴(ヴィシャ・カニャ) 》」
――宣言の直後、アユーシの褐色の肌が色を深め、万色を煮詰めたような黒に変じる。
ヴィシャ・カニャの必殺スキルは、自身の身体に纏う毒性を強化し、解毒不能の性質を持たせる。
耐性で罹患自体を阻まれない限り、死ぬその時まで強力な毒が彼女に触れたモノの身を蝕む。
リアルの彼女が、不治の病で苦しむように。
「ッ……!」
しかし、必殺スキルの使用可能時間は最長で一分。
ステータスで優越された現状では、カタに触れることは叶わない。
カタに限らず、耐久型の壁役である彼女が速度で優越する相手に成立させるのは難しい。
だからこそ、届かせる 戦術(コンボ) が必要だった。
その戦術に用いる札の一枚は、死胎蛋の必殺スキル。
先刻、餓竜の群れを一気に焼き払ったときにも使用した、鎖で繋がれた者達の当たり判定を共通化するスキル。
まだ、カタと生き残った前衛達は鎖で繋がっている。
ハレーの内外に隔たれようと、非実体の鎖は繋がったままだ。
死胎蛋が必殺スキルを起動した状態でアユーシが前衛の誰かに触れれば、毒の罹患はカタにも伝播する。
だが、まだ必殺スキルの起動はできない。
今の毒を伝播したところで、恐らくはカタの回復量が継続ダメージを凌駕する。
あの異常な回復能力を持つ<超級>に抗しえるほど、彼女の毒は強くない。
だからこそ更なる札……アットの力が必要だった。
「アッサン!」
「来い!」
アユーシはアットに呼びかけ、そのまま彼へと駆ける。
そして毒の肌で、鎖が繋がってすらいないアットへと触れ、そのまま抱き着く。
劇毒は即座にアットに浸透せんとするが、しかしその毒素が彼の皮膚に沁み込むことはない。
アットの<エンブリオ>、 ティエンレン(天人) ウーシュァイ(五衰) 。
自身とパーティメンバーの状態異常を無効化する<エンブリオ>であり、無効化した状態異常は蓄積される。
五秒、十秒と時間が経過し、その間も毒は蓄積する。
抱き合う二人を守るように生き残った者達が身を賭して餓竜への壁となる。
そして……。
「二十五秒……へっ、これで、どう……!」
檻の中で戦っていた王国勢の最後の一人であるラングの言葉が途切れると共に、ハレーが消滅し、カタが解放される。
「……十分だ!」
ラングの言葉に応えるように、アットが叫ぶ。
彼らの稼いだ時間で毒の蓄積は十分な量に達している。
ゆえに、ここからが届かせる一手。
「――《 勝軍の風(チービー) 、 敗軍の舟(ヂーヂャン) 》!」
「――《 健を盗るものは(ティエンレン) 権によって滅ぶ(ウーシュァイ) 》!」
立て続けに二つの必殺スキルが発動する。
鎖に繋がった者達の当たり判定を共有化する死胎蛋の必殺スキル。
そして――無効化・蓄積した状態異常を 増幅(・・) して使用者へと撃ち返すアットの必殺スキル。
「ッ……」
アユーシの必殺毒よりも格段に強力となった毒が彼女へと返る。
毒の強さは彼女自身を毒殺して余りあるもの。
継続ダメージがアユーシのHPが瞬く間に削り……間もなく絶命する。
「……!」
その毒は同時に――共有化の鎖で繋がったカタにも降りかかっていた。
全身が一瞬で爛れ、内臓を侵され、全身に形成した口から血反吐を吐いた。
継続(ドット) ダメージが、目に見える速度で簡易ステータスに表示されたHPを削っていく。
<マスター>達を喰らって得たHPやENDでも、無視することはできないダメージ量。
「っ……」
毒に侵されながら、カタは四肢を振るう。
形成した口から血を流しながら 回復アイテム(遺跡) を喰らい、傷を癒そうとする。
それはHPの減少を緩やかにはするが、下げ止まることはない。
それほどのダメージが、これからカタが死ぬまで解毒されることなく継続する。
遠からず、カタのデスペナルティは確定した。
「《クリムゾン・スフィア》!」
「《ホワイト・フィールド》!」
それを少しでも早めるべく、生き残っている死胎蛋とアットが魔法による攻撃でカタのHPを削らんとする。
火球がカタの身を焼き、前方広範囲に広がった冷気が餓竜を凍結粉砕する。
圧倒的優勢であったカタが、目に見えて追い詰められている。
「……まだ、だ」
だが、カタもこのまま生き絶える訳にはいかない。
あの声は言った。『<遺跡>内の王国戦力を全滅させられたなら貴殿のウルファリアに会わせよう』、と。
ゆえに、殺し尽くすまでカタは止まらない。止まれない。
彼の唯一の希望がその言葉であったから。
「――ニーズ!!」
『――ええ』
瞬間、カタは爆発的に自らの体躯を巨大化させた。
内側から膨張した白い肉体――ニーズヘッグのガーディアン体は凍結した皮膚を砕きながら、通路に広がった。
瞬く間に二人の魔法職との距離をゼロとし、彼らが何かを言う間もなく、体表面に形成された口が二人を噛み砕く。
通路の防衛に出た<マスター>は全滅し……<遺跡>内で生存する<マスター>は片手の指で足りる数になった。
『……■■■』
そしてカタは《膨張する命》で膨れ上がった身体に――白き獣に変貌する。
かつての【餓竜公】戦と異なり、身体の表面には灰色と黒色の入れ墨が刻まれている。
数々のスキルでの消耗で目減りした 巨体(リソース) は、この通路にも丁度いい。
そのまま巨大化した身体の口で壁や床を手当たり次第に喰らう。
自らの巨大化による捕食量の拡大とそれに伴う回復量の増大で、強引に毒の継続ダメージと回復を拮抗させる。
しかしこれも、長くはもたないだろう。
だが、殲滅するまでは……望みを叶えるまではもつ。
『………… ■■(ウル) 』
殲滅を果たし、声が約束を守り、もしもまたウルファリアに出会えたらどうするか。
彼女が今の彼をどう思うか。
彼の行いの先にそれでもなお愛があるか。
愛は憎しみに変わっているのか。
カタは―― どちらでもいい(・・・・・・・) 。
そう、ウルの答えが彼の肯定でも否定でも構わない。
再び出会うことさえできれば、どちらでもいい。
ウルと出会い、愛を知り、彼の基準の全てが彼女になった。
その彼女を失い、彼女の命を賭した全てを無為にして、しかしその過ちに対する彼女からの答えはない。
彼に遺されたものは、彼が過ちを犯す前に彼女が贈った『生きて欲しい』という 願い(呪い) だけだ。
それを終わらせたいのだ。
受け入れられる未来は、望外。
今の自分を否定されて「死ね」と言われたとしても、本望。
そうなれば彼は死ぬことにも躊躇いはない。
答えが欲しかった。
かつてそれを自覚した日から彼女の存在はカタの世界の中心。
心の中心に空いた、補填しようとしても埋められぬ大穴。
だからこそ、再び彼女と……彼女の下す答えを求めた。
燻り続けた答えに、生きることも死ぬこともなく心を眠らせていた時間に、彼は終わりを告げたいのだ。
それは愛を喪った人間のようであり……自らの主を亡くした獣のようでもある。
そう、彼はいま再び、獣となる。
『■■■……!』
人ならざる体躯の喉で吠えながら、白い獣は動き出す。
踏みしめた床を喰らい、手をついた壁を喰らい、回復のための 食材(リソース) を体内に放り込み、毒のダメージを抑えながら白い獣は進む。
彼の眼前には、巨大なゲート。
先刻、アット達が現れた場所。
その先にまだ、約定を果たすために殺さねばならない王国の人間がいるだろう場所。
白い獣は迷うことなく直進し、頭部の大口でゲートを喰い破り、
「――来やがれ」
――喰い破ったゲートの先には……一人の騎士が立っていた。
白き獣はそれが誰かを確認することはない。
そもそもゲートを喰い破った直後の彼に視認する猶予はない。
強度も耐性も噛み砕く《渇望の牙》が発動した顎を開きながら、突進を続ける。
そして白き獣の牙が騎士を捉え……。
『――《カウンター・アブソープション》!!』
――黒き大剣から生じた光の壁によって、白き獣の突進は止められた。
『!?』
自身の牙を止められ、突進の勢いを吸われる感触に白き獣が戸惑う。
《渇望の牙》はカタが使い続け、鍛え続けたニーズヘッグのメインスキル。
その力で神話級金属だろうと強度を減算して噛み砕き、耐性をも半減させて噛み砕く。
しかし、光の壁は強度によるものではない。
物理耐性によるものでもない。
その力は―― ダメージそのもの(・・・・・・・・) を受け止める。
今の《カウンター・アブソープション》は、五〇万までのダメージを吸収する。
相手の強度や耐性を減らす力はあれど、齎すダメージそのものはその域に未だ届かない。
ゆえに、白き獣の牙は光の壁によって受け止められ、
「――《 復讐するは(ヴェンジェンス) 我にあり(・イズ・マイン) 》!!」
――光の壁の発動と同時に切り上げられていた大剣が、白き獣の顎を消し飛ばした。
衝撃即応反撃(インパクトカウンター) によって頭部の半分を消し飛ばされた白き獣が、大きく仰け反る。
その一撃が、騎士と獣の戦いのゴングだった。
To be continued