軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第一一九話 到達

■某月某日・所在不明

それはどことも知れぬ場所。

余人の……管理AIの監視すらも届かぬ場所で、二つの影が対峙している。

両者は共に仮面をつけている。

一方は機械仕掛けの、もう一方は仮面舞踏会のような 仮面(ペルソナ) を。

「はじまして、クリス・フラグメント。< 史折(ブックマーク) >の代表として参りましたペルソナです」

『……劣化化身の寄生体どころか、劣化化身そのものを使者に寄越すとはな』

合成された機械音声にすら不快感を滲ませながら、機械仕掛けの仮面……クリスは相手を睨む。

「ご心配なく。このペルソナは遠隔操作型のアームズであり、言動は全て私自身の操作によるものですので」

どう見てもガードナーの特徴を有しながらも自我を持たず、全てが<マスター>のマニュアルで動くアームズ。

その時点で、この<エンブリオ>の<マスター>の捻くれ度合いが窺えてしまう。

「既にあなたの協力者になっているスプレンディダ氏と似たようなものですよ。違いも多いですがね」

『……それも知ってのことか』

どうやら自身についての情報もある程度は蒐集されているらしいと、クリスは判断する。

「改めまして。この度は会合の機会を設けていただき感謝いたします、クリス・フラグメント。あるいは先々期文明の代行人とお呼びすべきでしょうか?」

『…………』

だが、判断した上でその言葉は無視し難い。

その言葉は単に世間で知られている『先々期文明アイテムに関する優秀なレストア技術者』以上の意味が含まれているようにしか聞こえないからだ。

『貴殿らはどこまで知っている?』

「 どこまでも(・・・・・) 」

クリスの問いに、ペルソナはそう答える。

「あるいはろくに知りもしないのにカマを掛けているだけかもしれません」

ペルソナは仮面に隠されていない口元に笑みを浮かべながら、会話を続ける。

「しかしどちらであろうと、こちらが 提供すると決めた(・・・・・・・・) 情報は真実のみです」

『どの程度の情報を持っているのか』、『持っている情報の何割を渡すか』は別として、渡す情報に嘘はないとペルソナは告げた。

『……それで貴殿らは情報の対価に何を望む?』

既にクリス……【水晶之調律者】の協力者として動いているスプレンディダには対価として資金を提供し、【蛇紋石之毒】を貸与している。

ならば情報面で彼に優位する眼前の仮面とその仲間達は何を求めるのか。

問われた仮面は、自らの胸に手を当てながら答える。

「我々、<史折>は医学者の集団です」

『……その装いは医者には見えず』

【水晶】の皮肉に対し、口許に微笑の形を作りながらペルソナは話し続ける。

「目的は、< Infinite(こ) Dendrogram(こ) >から転用可能な技術を引き出すこと」

『…………それは?』

「ここが公表されているとおりのゲームならば、ここそのものを模倣してより医療環境に適したものを作る。ここが世界派の言うようにもう一つの世界ならば、治療に役立つ何らかの技術を持ち帰る、ということです」

彼らからすれば、<Infinite Dendrogram>が遊戯でも世界でもどちらでもいい。

どちらだとしてもこの世界はリアルの技術水準から隔絶したナニカであり、そこから得られる新たな技術の地平もあるはずなのだ。

彼らは医学関連での技術を求めたが、同様に技術を求める者達は他にもこの世界に入り込んでいる。

例えば、世界一と噂される探偵に依頼しながら、自分達もログインしているとある国の国防総省の諜報機関などだ。

「という訳で、魔力を用いずに使えそうな技術の情報ならば何でも構いませんよ」

『……医療技術か。最後には永遠の命でも目指すか?』

かつて、【水晶】達の創造主である初代フラグマンが活躍していた時代、あまりに優れた技術を示し続けた初代フラグマンもまた多くの者からそれを求められた。

ゆえに、<史折>の求めるところもそれかと考えたが……。

「ふふ」

水晶に問われたペルソナの口からは、形だけではない笑いが溢れていた。

『…………』

「いや、失礼。ですが、我々はそこまでは求めていません」

『なぜだ?』

「人間が死ぬという結果は覆せないからです」

ペルソナは……ペルソナを通して語る<マスター>は笑みを消しながら答える。

「死を遠ざけることはできてもいつかは死ぬ。それが分かった上で、患者に少しでも長く、良き時間を与える。それが我々……医学者にとっての 前提(・・) ですから」

だからこそ、彼らの名前は『死を覆す』< 死折(・・) >ではなく、『医学史を覆す』程度の意味を持たせた<史折>になった。

「そうでなければ、我らは医学者ではなく夢追人に過ぎません」

『なるほど。弁えている』

その返答に、【水晶】は納得する。

『しかし夢は追わずとも、虎穴には入っている。ここがどういう世界かも、貴様らの左手に巣食った寄生体のことも、怪しんではいるのだろう?』

そう言って、【水晶】はペルソナの手を見る。

本来なら<マスター>の左手にあるはずの紋章を、ペルソナは<マスター>同様に持っていた。

「運営が何かを隠していることなど、踏み込んだ<マスター>ならば誰でも知っていますよ。ですが、それでも構わないからここにいる」

【水晶】の言葉に動じることなく、ペルソナの<マスター>は答える。

「我々だけでなく、他の誰であっても。裏事情を知った上でここに残っているのはここでしかできないことがあるからです。探し物がある、ティアンを見捨てられない、自分の欲求を満たしたい。いずれにせよ望む未来への願望こそが原動力」

ここが何かを察し、リスクや思惑を感じ取りながらもここにいるのは、それを上回る使命感や欲望があってこそ。

「私達にとってはあちらに持ち帰って転用可能な技術を探すことが重要なのです」

『…………』

「という訳ですので、対価としては魔力やこの世界固有の素材、ジョブスキル、<エンブリオ>を 使わない(・・・・) 技術を求めます。特に『人体複製』や『脳移植』などですね」

『……生憎と、前提条件が厳しいな。だが、検討はしよう』

創造主の持ち込んだ技術の内、彼らの求める条件のものも少しはあったかと、【水晶】は過去の記録を参照しながら答える。

『だが、それは貴殿らの提供する情報次第だ。持ってきているか?』

「ええ。『超級進化に近い、あるいは既に条件を満たしている』と目された者達のリストです」

ペルソナは懐のアイテムボックスから分厚い紙束を取り出して【水晶】に渡す。

紙束は何十人もの人間について調べたものらしく、表紙の人物は【剣王】フォルテスラという男だ。

彼に始まり、<マスター>の情報が積み重なり……その中には【喰王】カタのデータも含まれている。

顔写真の隣には『確定』という刻印が打たれており、他のデータよりも多い記載内容には……『取扱手順』という項目が記されていた。

この日、この時。

【水晶】達の手に渡った情報がいつ、どのように使われるのか。

この時点では、神の視点を持つ者にすら分からないことだった。

◇◆◇

□■<遺跡>・プラント前通路

爆発の振動が<遺跡>を揺らしたとき、その震源がどこかを防衛線の<マスター>も気付いた。

彼らのオーナーであり、宗教指導者である女性が護っていた格納庫である、と。

「月夜様……!?」

「…………」

狼狽のあまりに信者の一人が呟いた声を、コナキジジイの加重によって強制的に床に伏せさせられたカタの耳が捉える。

(……ヘルダインとイライジャは扶桑月夜を落としたのかな?)

王国勢……<月世の会>にとってはあまりにも衝撃的な展開であるためか、今は攻撃の手も弱まっている。

聞き耳を立てる余裕もあり、<月世の会>の交わす言葉からカタは扶桑月夜の死亡と<砦>の破壊がほぼ確実であることを悟った。

(ヘルダインが最終奥義を使ったら<遺跡>全部が吹き飛ぶって話だったけど……イライジャがやった? それとも、何らかの理由で破壊を抑え込まれた? それに扶桑月夜と<砦>が他の場所にいるなら、ここにいる彼らは何を護って……、……まぁ、もういいのか)

どちらにせよ、なんにせよ、彼ら三人の決死隊はこれで目的を達成したことになる。

(……あの二人がやり遂げてくれたならもう終わりだ。<砦>と扶桑月夜、ターゲットはどちらも消せたんだから。囮程度にしかならなかったけど……俺もお役御免かな)

カタの仕事、彼が皇国にできる最後の贖罪もこれで済んだ。

どの道、カタと<餓竜事件>の関わりを皇王が把握し、なおかつ<厳冬山脈>の地竜達が犯人探しに外界まで出てきたのならば……もうカタは皇国にいる訳にはいかない。

あるいはこの戦争の後に指名手配されるかもしれず、ここでデスペナルティになれば次は“監獄”の中かもしれない。

(……別にいいか)

どこにいようと、何があろうと、今のカタには大差ないことだ。

カタにとって特別だったのは彼女がいたあの家だけで、それ以外は豪勢な<パレス・ノクターン>も何もかも失われた<厳冬山脈>も同じこと。

ただ、生きて罪を背負い続けなければならない場所に過ぎない。

(このまま、目も口も閉じて……)

思考の蓋すらも再び閉ざす。

彼をここに誘ったヘルダインが目的を達成したことで、カタの精神はかつてのように不活性化し、絶望を記憶の霞の向こうに追いやる。

立ち上がることを許さない重さに身を委ね、攻撃に晒されていれば、遠からず死ぬ。

もうそれでいいとカタの精神は微睡みに帰ろうとして……。

『――カタ・ルーカン・エウアンジェリオン』

――誰かが彼の名を呼んだ。

「え?」

「誰の声だ!?」

それはこの施設がカタ達に襲撃されたときと同じく施設のスピーカーから発せられた。

だが、その場の誰もが知らない声。

人間の声ではなく、機械で加工したような……明らかに異質な声だ。

防衛線の<マスター>の中には『別動隊に放送設備が襲撃されたのか!?』と確認に動く者もいる。

しかし放送設備は押さえられてなどいない。

むしろ最大の混乱はその現場にいるものだろう。

彼らが管理していたはずの機械が、勝手に動作しているのだから。

今は王国が使っているが、ここは先々期文明の<遺跡>。

使用されている技術は皇国と比べても高い。

ゆえにまさか、外部からハッキング……否、 バックドア(・・・・・) でシステムに干渉されるとは考えていなかったのである。

『ここで終わるつもりか?』

「…………」

『それはまだ早い。貴殿には立ち上がる理由が……力を尽くす必要がある』

王国側の動揺に構わず、スピーカーの機械音声はカタに呼びかける。

カタは自分の名を呼ぶ機械に耳を傾けてはいるが、思考は既に閉塞し始めている。

遠からず、 起こされる(・・・・・) 前の彼に戻るだろう。

『もしも貴殿の持てる力の全てを使い、<遺跡>内の王国戦力を全滅させられたなら』

ゆえに、カタはスピーカーの声を聞き流し、

『―― 貴殿の(・・・) ウルファリアに(・・・・・・・) 会わせよう(・・・・・) 』

――その一言で、眠りにつこうとしていた思考を覚醒させた。

どこの誰が言ったか分からない。

嘘か真かも分からない。

実現方法すら想像もつかない。

そんな何の保証もない言葉だった。

「――――」

しかしそれは、カタがあの日からずっと求めていた言葉。

カタの中で決定的な何かを動かすに足る言葉。

「――分かった」

――この瞬間にカタの全てが動き出す。

「ニーズ」

『……ええ』

倒れ伏したまま、自らと一体となった<エンブリオ>に呼びかける。

彼はもう知っている。

あの日から月日が経ち、カタはもう気づいている。

ニーズが隠していたことを、それが自分のためであることも。

だが、カタは 自分のため(・・・・・) など求めない。

自分よりも、自分を思う半身の意思よりも、求めているものは唯一つ。

ゆえに、彼は告げる。

「 蓋を開けろ(・・・・・) 」

『…………分かったわ』

それは半身からの願いではなく、<マスター>としての命令。

ゆえに、<エンブリオ>は自らの体内に貯め込んだ――リソースを解放する。

【捕食雌龍 ニーズヘッグ】。

能力特性は捕食範囲の拡大とリソース貯蔵。

捕食により得たリソースを自らの内に貯めこみ、巨大化し、そのリソースを必要に応じて必要なスキルに分配するのが本来の彼女の仕様だ。

だが、後者の機能は今では使われていなかった。

貯め込むだけで、使わなかった。

まるで引き下ろしのできない預金のように、存在するが使えない。

だからこそ一日目はライザー達に倒された際、ニーズが捕食によって必要なリソースを確保するまで動けなかった。

だが、その蓋は……今外された。

ニーズヘッグが貯蔵したリソースを使わなかったのは、使えば 後戻り(・・・) ができないからだ。

使ってしまえば、彼はもうこの世界の 主要人物(メインキャスト) となり、何があろうと逃げられない。

辛い記憶のあるこの世界から、そして到達した百体によって繰り広げられる 最後の選別(・・・・・) から逃れられない。

それをニーズヘッグは知っていたから、カタのために使わなかった。

しかし今、カタの命令という形でニーズヘッグのリソース貯蔵庫は解放された。

これまでの捕食で貯め込んだ膨大なリソースが、カタの、ニーズヘッグの総身に回る。

【進化トリガー:作動――――確認完了済】

既に引かれている引き金――掛け替えのないものを失い求める『飢餓』。

【必要リソース:閾値――――到達】

到達するために必要な力――解放された膨大なリソース。

それらが揃った先に起きることは――。

【―――― 超級進化(・・・・) シークエンス(・・・・・・) を開始します】

To be continued