軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

拾話 餓竜事件② ウルファリア

□過ぎし日

山を下りたカタは十日では戻れなかった。

理由は皇国の政治的混乱。

次期皇王を決める争いが最も継承順位の低い者による他候補者の抹殺という形で終着した結果、内戦が勃発。国内の往来にも制限が掛かった。

それによりカタはいつものルートから<厳冬山脈>に向かうことができず、カルディナを経由した別の山々を通るルート……かつて存在した国家の進軍経路で移動することになった。

見知らぬ道、厳しい環境。超人と言っていい前衛超級職のカタでも、短時間で踏破するのは難しい道程。猛吹雪の中でカタは、予定より日数をかけて幾つもの山を越えた。

そうして山を下りてから十四日目に、ようやく見覚えのある結界の外縁を確認した。

「良かった……夕飯には間に合いそう……」

安堵したように、カタは息を吐く。

奉納祭の当日になってしまったが、何とか間に合った。

祭りの日を一緒に迎えることは叶いそうだ。

『嬉しそうね』

「うん。約束を破らずに済んだからね。今回はプレゼントもあるし」

今回はいつものお土産の食料とは違うものも買ってきている。

それは依頼を達成した街で偶然見つけた指輪。

アイテムとしても高品質であり、何より見た目が良い。

気になって店頭で見ていたら、店員に『女性へのプロポーズにも人気の品ですよ』と勧められてそのまま買ってしまった。

プロポーズどうこうはカタにはまだ分からないが、祭りという特別な日にいつものお土産とは違うプレゼントをするのは少し『良いな』と思った。

『カタはあっちでの境遇のせいで年齢に対して情緒がお子様だと思ってたけど、ちゃんとこうして成長していくのね。微笑ましいわ』

「……ニーズはどういう視点で俺を見てるんだ?」

『姉』

そんなニーズの返答に『<エンブリオ>なんだし年齢は俺の方が上じゃないかなぁ』と思いながらも、日頃のやり取りを考えると否定もできなかった。

そんなことを話しながら、見覚えのある結界を通って村に入る。

その瞬間に、違和感を覚えた。

「…………あれ?」

吹雪を遮断した温暖な気候も、皇国よりも豊かな田畑も、そこで育つ作物もいつも通りだ。

しかし、家屋の配置や田畑の並びがカタの記憶するものとは異なる。

二週間かそこらではありえない様変わり。

それが意味することは……。

「 別の村(・・・) ?」

ここが、<スターヴ・ランチ>ではないということだ。

「おや、お客さんでげすか?」

カタが困惑していると、来訪者に気づいた村の人間に声を掛けられる。

いや、それを村の人間と言っていいのだろうか。

その人物は、農村の村人とは思えぬ装いだ。

明らかにこの村とは時代や世界観を間違えたパンクファッションに、ゴーグル型のサングラス。

何より、頭部が特徴的な髪型……モヒカンだった。

「……誰?」

<スターヴ・ランチ>では一度も見たことがない。

しかし、左手にある仮面に似た紋章はモヒカンが<マスター>であることを示していた。

「それはこっちの台詞でやすが……いや、アンタは……【喰王】のカタ・ルーカン・エウアンジェリオン? 皇国貴族御用達の美食屋だかハンターさんで?」

「まぁ、そうかな」

何か変な覚えられ方をしているが、カタについて《看破》だけでは分からないことまで分かっているならば情報通だ。

「これははじめまして。アッシの名前はモヒカン・エリート。見ての通り、ネタキャラプレイの遊戯派でやんす」

モヒカン・エリートと名乗った男。

名前も容姿も、さらに言えば喋り方まで如何にも雑魚キャラという雰囲気だ。

だが……。

(……強そうだなぁ)

そもそも<マスター>が生きて厳冬山脈をここまで来られている時点で一定以上の実力者。

何より相対したカタの勘が、擬態した彼の強さを感じ取っている。

それもスキルで知りうるステータスではない部分に、強さの気配がある。

「モヒカンさん? どうかなさったんですか?」

さらに一人、村人がこちらに近づいてきた。

それはティアンの女性でまだ十代の前半ほどだろう。

「これはこれは ウルさん(・・・・) 。村にお客さんでげす」

「まあ! こんにちは旅人さん! < スターヴ(・・・・) ・ ランチ(・・・) >へようこそ!」

「え?」

それは彼が知る村と同じ名前であり、

「私の名前は ウルファリア(・・・・・・) です!」

彼がよく知る人と同じ名前だった。

「…………どういうこと?」

目の前でウルファリアと名乗った少女は、当然カタのよく知る人とは別人だ。

数年分は年下で、容姿もまるで異なる。名前以外は違うことばかりで、強いて言えば『レベルは高そう』という程度の類似性しかない。

「どうかなさったんですか?」

「……いや、友達と同じ名前だからちょっと驚いた。友達は君より少し年上だけどね」

カタは素直に自分の今思ったことを口にした。

だが、言われた少女はそれに困惑することもなく、納得したように頷いた。

「ああ、それなら一の山のウルファリアですね! 私は二番目に年嵩なので! 五人の中で年上は彼女だけですから!」

「?」

カタは少女の言葉の意味について考える。

そこで思い出したのが、ウルの語っていた 五つの山(・・・・) を縄張りとする竜王達の話だ。

(もしかして、五つの山それぞれに同じような村がある?)

それなら、『一の山の』という言葉も理解できる。

この村が普段通っていた村と同じように結界に守られている点からも間違いない。

どうやらいつもとは違うルートで山に入って猛吹雪の中を進んだため、道に迷って別の村に辿り着いてしまったらしい。

『失敗したわね』

(……うん、今日中に帰れるかな)

『方角、この村で聞いておけば?』

(そうだね。……でも、不思議だな)

一つの疑問が片付いても、まだ疑問はある。

なぜ同じ名前の少女がいるのか。

全部で五人もいるのならば、偶然とも思えない。

「そっか、あなたは一の山の人なんですね。今年は一の山の番だから、今日はお祭りなんでしょう? お見送りに間に合いますか?」

カタが思考する間にも、少女はお喋りなのか話を続ける。

『一の山の番』、『お見送り』。

それらは何でもない言葉のはずなのに、なぜか……カタはひどい不安を覚えた。

「…………」

横目でモヒカン・エリートを見ると、彼もまたカタの方を見ていた。

困惑しているカタの顔から何かを察して、――憐れむように。

「私達の二の山は三年後だからまだ先なんですよね。私ももうレベルは 育ち切っている(・・・・・・・) から頃合いなのに……」

「…………ねぇ」

「はい! 何ですか!」

場の空気が帯び始めた不穏さ。

口の中が乾く感覚を味わいながら、カタは尋ねなければならないことを尋ねる。

「お祭りって、何をするの?」

カタの質問に、少女は首を傾げる。

そして不思議そうな顔をしながら……。

「奉納祭なんだから竜王様に ウルファリア(私達) を捧げるに決まってるじゃないですか」

あっさりと未来の死を口にした。

それは少女自身の三年後の死であり、

――ウルの今日の死だった。

少女の言葉を聞いた直後、カタは踵を返して結界を出た。

悪寒を背負い、弾かれるように走らずにはいられなかった。

「北西が一の山ですぜ」

彼の背にそんな助言を投げたモヒカンに感謝の言葉を口にする暇もなく、カタは駆ける。

モンスターの素材を齧り、AGIを増強しながら一刻も早くと足を…… 脚を(・・) 動かす。

人間の姿ではなく、フュージョンガーディアンであるニーズとより強く混ざった姿。

獣とも竜とも違う異形の姿は、白き魔獣としか言いようがない。

普段は地竜の縄張りを刺激するため使えない移動方法だが、今は関係ない。

後も先もなく、カタは一心不乱に一の山を目指す。

人間を飲み込むほどの積雪を、切り立った崖を、地竜でも命失う路を踏破する。

そうして日が傾いた頃に、カタは今度こそ見覚えのある村に辿り着いた。

「ハァ、ハァッ……!」

人間の姿に戻ったカタは、息を切らしながら村の中へと駆け込む。

奉納祭のため村のあちこちから香ばしいご馳走の匂いが漂ってくるが、今のカタにはそれが不吉なものとしか感じられない。

見知った村人達が怪訝な顔で見ているがそれに構わず、一目散にウルの家を目指す。

彼のステータスは間もなく通い慣れた家に辿り着き、そうして……鍵の掛かっていないドアを開いた。

「ウルッ……!」

そうして開いた、ドアの先。

もう日が暮れるというのに灯りはなく……灯りを必要とする人間の姿もなかった。

ウルどころか、使用人達の姿すらない。

その現実がカタの胸を締め付け、心拍数が増す。

家の中を探しても、そこに彼女の姿や温もりはなく。

いつも三人で食事をしていた食卓の上には……手紙が置かれている。

閉じた村であるスターヴ・ランチには便箋というものがなかったため、それは紙に書かれて畳まれただけのものだ。

見れば、手紙は三枚一組になっており、一枚目の表面には『カタさんへ』と書かれていた。

「…………」

カタは震える手で手紙を開き、一枚目を読み始める。

そこには、ここにいない彼女の言葉が綴られていた。

『カタさんへ。

お身体は大丈夫ですか?

カタさんは自分から約束を破る人ではありませんから、きっと何か大変な事情があってまだ戻れなかったのだと分かっています。

私は、カタさんが無事にこの家に帰ってきて、私の言葉を受け取ってくれることを祈りながらこれを書いています。

本当は直接お話ししたかったけれど、刻限が迫っているので手紙という形で残します』

刻限という単語に、胸が軋む。

『最初に、カタさんに伝えていなかったことを伝えなければなりません。

私は、 聖者(ウルファリア) は生贄になるため竜王様達に育てられてきた人間です』

「――――」

二人目のウルファリアから聞いた言葉が事実であると、ウルの手紙によって肯定される。

そのことに、呼吸が止まるほどの絶望を覚える。

『五つの村の住人は皆、死ぬときに竜王様達に捧げられます。

けれど、村で一番の才能がある 聖者(ウルファリア) だけは年若いうちに捧げられる習わしです。

それはこの地に生きる人間の義務で、名誉なことです。

ただ、外の世界では違うんですよね?

カタさんが教えてくれた生贄の風習に抗う<ますたあ>の話を覚えています。

でも、この村と外では、生贄の意味が違います。

私は未来を繋ぐために生まれて、送られる……正しい生贄です。

きっと、カタさんにも分かってもらえると思います』

「…………ッ」

分かるはずがない。

愛する人を失うことに納得できる正しさなど、カタにはない。

むしろ彼の正しいと思うのは、その逆だ。

一枚目の手紙はそこで終わり、カタは二枚目の手紙を読もうとして……。

「カタさん、どうかなさったんですか?」

「!」

そのタイミングで、声を掛けられた。

村の中を必死の形相で駆けていたカタの様子を気にかけた村人が彼を追いかけてきて、開かれたままだったドアの外から声を掛けたのである。

カタは手紙を懐に仕舞いながら、家を出て村人に詰め寄る。

「ウルは! ウルはどこにいるんだ……!」

「ウルファリア様ならもう祭祀場に向かわれましたよ? カタさんを待っていたのですが、奉納祭の儀式が始まる時間になってしまったので……」

「祭祀場!? それはどこにある!」

「ここから南にある五つの山の中心に……あ! カタさん!?」

ウルの居場所を聞いた瞬間、カタは再び駆け出した。

その背には村人からの『祭祀場は地竜様方が警護されているので、ウルファリア様以外の人間は入れませんよ!』と言葉が掛かるが、それで止まるはずもない。

焦燥感に駆られて、彼は足を動かし続けた。

◆◆◆

もしもこのとき、声を掛けられるのがあと少し遅かったなら。

駆け出す前に二枚目以降の手紙を読んでいたならば。

まだ、この後に起きることは違ったのかもしれない。

いつだって、何度だって、『もしも』があったはずなのに。

結果として、その全てが……。

◆◆◆

再び白き魔獣になったカタは、脚を懸命に動かしながら祭祀場を目指す。

そんな彼の前に立ちはだかるのは、極寒の自然環境だけではなかった。

『BAMOOOO!』

大型肉食恐竜に似た無数の地竜が、彼を阻んでいる。

これまでの村との往来で地竜を見かけることはあったが、これほどの数が集まっているのを見たことはない。

まるで、奉納祭を恙なく行うために配置されているようであった。

竜王から自分達に課せられた使命を果たすべく、今も 白き魔獣(カタ) の行く手を阻むように展開し、牙を剥いて威嚇している。

『……っ!』

カタであればこれらを殺傷して前に進むのは可能だ。

しかし、愛する人が生きているのは『地竜と共存する村』。

ここでの行為が、未来にどれほどの禍根を残すか分からない

それが、彼に牙を使うことを躊躇わせた。

『どいてくれ!』

カタは退くよう咆哮で告げるが、地竜達の返答は牙と爪。

儀式を完遂するために、命を賭してでも魔獣の侵攻を阻もうとしていた。

カタが強引に突破しようとしても群がる地竜に食らいつかれ、その身体を引きずってでも進もうとすれば更なる数が食らいついてくる。

積雪の上に数十体分の重みで線が引かれ、そこに血の赤が混ざる。

『クッ、オォ……!』

カタは食いつかれた全身に顎を形成して相手の牙の掛かりを外し、渾身の力で身を震わせ、数十体の地竜を弾き飛ばす。

そして生じた隙に駆け出して包囲を脱する。

さらに移動しながらアイテムを捕食し、《医食同源》で肉体を高速再生、傷を癒やす。

周囲の 障害物にして食物(地竜) を捕食しないのは、彼の理性によるものだ。

まだ未来を信じていて、後先を考えている。

『BALUUOOOO!』

そんな彼を更なる地竜達が取り囲み、行かせまいと壁になる。

ウルファリアの下へと急ぐカタに対し、地竜の側にも必死さが見える。

まるで地竜にとっても譲れない何かがこの先にあるかのように。

『……どけ!!』

どちらも退かぬまま、獣は進み、地竜は阻む。

そして……。

◇◆◇

□■<厳冬山脈>・地下空洞

祭祀場は、五つの山の中心点にある地下空洞だ。

巨大な地竜でも難なく動ける広大な空間であり、中心には祭壇と……何かを投げ込むための大穴がある。

此処こそが、三年に一度の奉納祭にて生贄が捧げられる場所。

そして今、空洞にて三体の竜王が一堂に会している。

恐竜図鑑のギガノトサウルスをさらに強靭な見た目にしたような【恐竜王】。

体から伸ばした触腕に釣り鐘のような器官を連ねた【鎮竜王】。

亀に似た見た目で、地下洞窟だというのにその足元で草が繁茂している【豊竜王】。

五つの山、五つの<スターヴ・ランチ>、そしてそれらを必要とするモノの管理を【地竜王】より命じられた三体の竜王だ。

『……今年も恙なく進行したな』

『外の世界は大きな変化があったようですが、この山々は静かなものです』

『ああ……【餓竜公】の眠りも揺らぐことなく、眠り続けておる』

亀に似た【豊竜王】が、地下空洞の中心にある大穴に視線を向ける。

他の二体も頷き、自分達の仕事が今年も果たされていることに安堵する。

『【餓竜公】……。【地竜王】陛下の胎より生まれた子ではなく、実より生じた仔でありながら最も陛下に近い存在であった忌み仔……か』

かつての【色欲魔王】の最終奥義によって最後の眷属となった【地竜王】には、通常の眷属と違い 眷属器(疑似超級職) が 三つ(・・) ある。

その内の二つは周囲の魔力を吸収できる【流姫】と、ホムンクルスを生み出すことに特化した錬金術師系統亜種超級職【 人造王(キング・オブ・アーティフィカル) 】。

ただし、同様の超級職と【地竜王】では強度と使い方に差異がある。

【流姫】は魔力だけでなくリソースそのものを吸収可能であり、この<厳冬山脈>のリソースごと自然魔力を食らっている。

【人造王】はフラスコや孵化設備ではなく自らの背の樹木に実をつけることで作成する。

その性質ゆえに、【地竜王】は二通りの方法でモンスターを生む。

一つ目は、他の生物と交わって『子』を出産する方法。

二つ目は、吸い上げたリソースを背の樹木に回し、モンスターの大量生産を行う方法。

後者の方法で生まれたホムンクルス……『仔』は最初から性能が固定され、知能も低い兵隊だ。

ただし、これまで数え切れぬほど作られてきた仔の中に、唯一の例外がある。

それこそが【餓竜公 スターヴ・ランチ】。

仔にはないはずの成長性を有し、リソース吸収や配下生産といった正式な子供達すら持たない【地竜王】の能力そのものを持って生まれてきた 異常個体(エラー) 。

『あれが正式な子息であれば、後継者にもなれたものを……』

『せめて知性が芽生えていればのぅ……』

『言うな。いずれにしろ、裁定が下るまで此処で眠らせるしかないのだ』

地竜ならざる存在(ホムンクルス) でありながら、第二の【地竜王】。

後継者とすべき子か、それとも駆逐すべき異常の仔か。

いずれにしろ既に神話級に到達しており、戦力としてもあまりに大きい。

その強大さと凶暴さ、重要性ゆえに、殺すことも解き放つこともできない。

だからこそ、この地にて一千年以上も眠らされている。

もしものときの、【地竜王】のスペアとして。

そんな【餓竜公】の存在を知るものは、竜王はおろか地竜王統の中でも多くはない。

特に、長兄にして最強の地竜である【暴竜王】が知れば【餓竜公】殺害に動きかねず、そうなれば両者の戦いが勃発し……最悪の場合は山脈が滅ぶだろう。

それゆえ【餓竜公】の存在を知っているのは生産した【地竜王】自身を除けば、封印に関わっている三体と……かつて最高のガーゴイルに倒された今は亡き【金竜王】だけだ。

むしろ【恐竜王】は【金竜王】の後釜として配された形である。

『殿下から役目を引き継ぎ千年余り。封印が保たれたのは幸いだ』

かつて【金竜王】が【餓竜公】の肉体を金属化させ、自らの皮膚を檻として閉じ込めた。

今も【鎮竜王】の力で精神を眠らせ、【豊竜王】の力でリソースを注いで餓えを遠ざけている。

それによって【餓竜公】の恐ろしき本能が目を覚まさないように、封印しているのだ。

肉体を封じた【金竜王】が既にいないため、一度封印が解ければもう戻すことは叶わない。

『殿下が亡くなられたことも含め、かつて大陸中央の国が侵攻してきたときは危うかった』

『結果として捕虜によって村を増やせましたがね』

『うむ。人の母数が増え、供給頻度が増えたことで公の眠りも安定しておるよ』

『……やはり、人の味しか好まぬというのは難点だな』

『怪鳥共が主食であれば、人間で 牧場(・・) など作らずともよかったのですが』

人間を与えるのは、嗜好品だ。

【豊竜王】によってリソースを捧げられてはいるが、それは点滴のようなもので食事ではない。

そして、【餓竜公】は他のどの生物よりも……人間の血肉を好んだ。

人肉を長期間与えなければ本能が好物を求めて昂り、覚醒に近づく。

この問題に対処するための五つの山、餓竜公の名を捩った五つの 牧場(ランチ) だ。

生まれてから死ぬまで村の中で過ごさせ、世界の常識を含めて教育を制限し、生贄文化を浸透させ、死するときは竜王の下で死ぬことを名誉とする。

死する人間の血肉を捧げて、【餓竜公】の本能の空腹を抑え込む。

しかし厄介なのは、ただ死に瀕したもの……老いや病で息絶えようとしているものの肉だけでは【餓竜公】の本能が満足しないことだ。

数年に一度は、若く、才能に溢れ、ジョブの器にリソースが満ちた存在を捧げなければならない。

そうして生み出されたのが、ウルファリア制度。

各村の赤子でカンストやそれに準ずる才を持つ者を見繕い、 ウルファリア(聖者) の名を与え、竜のパワーレベリングで育てる。

そうして三年ごと、村単位では十五年に一度のペースで才に満ちたウルファリアを捧げる。

このシステムによって、【餓竜公】は安らかに封印されている。

『とはいえ、今も順調ですし餓竜の生成も滞りありません。確保も問題なく』

『そうか。我らの一族も糧を得られるな……』

封印の副産物として、【餓竜公】は生命維持に必要ない余剰リソースは、自動的に【餓竜】という自らの仔として放出する。

獰猛で知性のない生物だが、出現して即座に鎮竜が眠らせれば害もない。

そして【餓竜】は通常のモンスターとは違う性質を持つ。

【餓竜公】が人間を捕食し続けた影響か、あるいは元よりモンスターと似て非なるものとして作られたのか、【餓竜】は死体が遺る。

それらは【恐竜王】の一族をはじめとする肉食系地竜にとっては貴重な食料である。

また、地竜が直接死んだ村人を喰うよりも、捧げた人間のリソースで【餓竜】を生み出す方が量も遥かに多い。

そういった面でも、この<スターヴ・ランチ>のシステムはよくできていた。

このシステムは五つの村の人間にとっても利がある。

食べ物が豊かで温暖な気候、地竜に護られ、モンスターの危険もない楽園で死ぬそのときまで生きることができる。

ウルファリアを除けば天寿と死期は変わらない。

それこそ、人間の畜産牧場よりも家畜の生命に配慮してすらいる。

竜は竜の正しさの下、人間に対しても十分に配慮してこのシステムを運営している。

竜にとっても人間にとっても、この<厳冬山脈>で最も素晴らしいユートピアと言えるだろう。

しかし、システムを前提に教育洗脳されていない人間がどう受け取るかは別であり、

『――ウル!』

―― ウルファリア(生贄) を誰よりも大切に思う者の心は計算に入っていない。

祭祀場に飛び込んできたのは、一匹の獣だった。

白い体皮は自らの傷と血で醜く汚れ、息も切らしている。

獣の後ろには、獣を止められず、しかし追い続けて雪崩れ込んだ地竜の群れが続いている。

『何事か!』

そのあまりに異常な闖入者に対し、祭祀場にいた三体の竜王の中で最も戦闘力の高く、警護の地竜達の長である【恐竜王】が他の二体を庇うように前に立つ。

『……………………』

しかし、獣は【恐竜王】を見ていなかった。

何かを探すように、地下の祭祀場に視線を巡らせる。

けれど、その目は何も見つけられず、代わりに鼻がヒクリと動く。

獣の鼻腔はこの地下に満ちる人間の血の臭いと、

『…………ぁ…………』

血臭の中に紛れていた愛する者の匂いを……彼が温もりを感じた日々の残り香を捉えた。

それで、獣は理解した。

もう、失われてしまったのだと。

『――――――――』

言葉はない。

口から出る音に意味を持たせられる余地などない。

悲しみ?

怒り?

否、言語化すら不可能な喪失感が獣の心を埋め尽くす。

『―― ■■■■■■(ころしてやる) 』

胸に満ちた衝動のまま、 理性(心) を失くした獣が竜王達へと駆け出し、

『――《 黄泉竈食(ニーズヘッグ) 》』

――獣の内にいるもう一人が、冷静に自らの力を行使する。

己が半身の衝動を果たすために。

To be continued