軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十九話 落涙衛星

□■<北端都市 ウィンターオーブ>・上空

『経由地である<ウィンターオーブ>に到達。指定貨物の輸送を完了いたしました』

「ああ」

電子音声で告げるウロボロス。

その運転席で、ツークンフトは地上に降下していく【グラディウス】を見送った。

彼は懐から一枚の紙……作戦の指示書を取り出す。

そこには今回のクエスト、<セフィロト>としての初任務に臨むツークンフトには四つのタスクが課されていた。

一、必殺スキルの発動でラピュータをウィンターオーブ領へ封じ込めること。

二、ウィンターオーブまで無人兵器を輸送すること。

三、攻略用の戦力をラピュータまで到達させること。

四、倒されることなく、空中に在り続けること。

現在は無人兵器の輸送が完了し、ここまでは問題なし。

ゆえに、作戦は継続される。

「ウロボロス。現状でラピュータに乗客を降ろせる確率は?」

紙を仕舞い、指を組みながら、ツークンフトは自らの<エンブリオ>に問いかける。

『当車両は十一両編成、AGI四七〇〇で運行中。目的地の対空設備、迎撃要員、そして十六基の自動防御装置は健在。現状での到達確率は一%未満。当車両の損傷確率は一〇〇%です』

「そんなところだろうな」

ラピュータは防衛に秀でた施設であり、ウロボロスは戦闘に秀でた乗り物ではない。

今は車内に大量の乗客……戦闘員を抱えてこそいるが、それもラピュータまで到達できなければ意味はない。

そしてラピュータを閉じ込めている必殺スキル、《 終わりなき環状線(ウロボロス) 》を維持する必要がある以上、壊れる訳にもいかない。

であれば、作戦の達成は困難と思われるが。

「だが、荷物はもう下ろした」

ウロボロスに運ばれ、ウィンターオーブへと降下した【グラディウス】。

なぜ、ウロボロスが運ぶ必要があったのか。

ギデオンでフランクリンが実行したように、【フーサンシェン】の活動に合わせて予め設置したアイテムボックスから出撃させることはできなかったのか。

それは機体の運用と設計が原因だ。

大量のミサイルや燃料爆薬で火力を発揮するのが【グラディウス】であるため、大量の残弾を内部に抱え込む必要がある。

その際に、内蔵アイテムボックスからの給弾方式を採用していた。

それゆえ、アイテムボックスが入れ子構造にできないという原理上の制限によってアイテムボックスに入れておくことができなかった。

パイロットがアイテムボックスを持ち運ぶ従来の有人機とは違い、【七光要塞】に搭載して直掩機として運用する無人機。運用で重視すべき点から、そのように設計されていた。

それゆえウロボロスの今回のタスクの一つに、戦場への【グラディウス】輸送が含まれていたのだ。

しかし、それはもう片付き……お陰でウロボロスも 枷(・) を外せる。

「貨物車両と兵装車両を 格納(・・) 後、ラピュータに二等客車を降下させる」

『七号車から十号車を切り離し。七両編成に切り換えます』

――ウロボロスの車両のうち、後部の四両が消えた。

二等客車との間を詰めるように最後尾の車両が近づき、再連結する。

編成を変えた列車は、緩やかなカーブを描く線路の上で――加速を開始した。

◇◆

『……不気味な動きトド』

加速したウロボロスをモニター越しに視ながら、グレイはその動きを訝しんでいた。

相手の狙いは理解できる。

恐らく、ウロボロスは列車を構成する車両を減らすことでその速度を増加させるスキルを保持しているのだろう。

ラピュータに先行するようにウィンターオーブに向かったのは、貨物車の兵器をウィンターオーブに投入するため。

そして用済みになった車両を消して、加速した。

先ほどまでは音速に届いていなかったウロボロスも、今は超音速に達している。

だからこそ、解せない。

(数値にして一万前後の加速。元の三倍近い速度にはなっているが……その程度だ)

空の世界では超音速程度はそう珍しいものでもない。

(防御を他の<エンブリオ>に任せていること。編成を減らしてもあの程度の速度であること。それらの情報から見て基礎性能は高くない。能力の大半を空間系スキルや線路の形成に割いていると予想される)

交戦開始からの分析で、ウロボロスの能力について掴めてきたことがある。

ウィンターオーブ領内部に閉じ込めるため、一定範囲から出た物体を転移させる。

(境界線はウィンターオーブの東西約二〇〇キロ。南北も似たようなものだろう。 北側(・・) に少々疑問点はあるが、ここは置いておく)

閉ざされた範囲内から移動して脱出することはできない。

その上で恐らく、転移先は境界線上のウロボロスに 近い位置(・・・・) になる。

最初の転移。加えて円盤大隊で試行し、移動するに従って徐々に変化した結果を見ての推測だ。

( 乗客(・・) を列車に引き寄せる? 自らを脱出の移動手段として選択させる? パーソナルはまだ読み切れないが……あの<超級エンブリオ>、本来は戦闘用ですらないのだろう)

そして、今のラピュータの防空網は非戦闘型の性能で到達できるほど甘くはない。

対空火器・護衛の<マスター>、そして【霊亀甲】の三重防空能力を突破できない。

あるいはウロボロス自体を犠牲にすれば、内部の人間の幾らかは到達できるかもしれない。それこそ、無敵のカルルだけならば無事に着くだろう。

だが、『あの列車型が転移現象の要だろうに、そんな捨て身の策に出るものか?』とグレイは疑問視する。

(この戦闘におけるカルディナ側の最重要目標をこちらの防空網に晒す。一度戦力を乗り込ませれば、列車型が落ちてもラピュータがウィンターオーブ領を出る前に片づけられると判断しているのか? それとも……)

ウロボロスが『落ちない』という確信があるのか。

ヨハネスの必殺スキル以上の防御手段を、保有しているのか。

(……まだ何か隠し持っている? 新規の<超級>や、カルル・ルールルー以上の何かを)

ラピュータの防衛網に突っ込ませて、無事に済む算段があるとすれば何か。

現時点では読めない不気味さが加速するウロボロスにはあった。

『……各員に通達』

いずれにしろ、ラピュータが今すべきは迫るウロボロスの撃墜に全霊を注ぐことだ。

『敵の列車型<エンブリオ>が特攻を仕掛けてくる。射程の長い者達は引き続きラピュータ外縁で迎撃の用意を』

グレイは油断しない。他の<マスター>も警戒を怠らない。

既に外縁、庭園部分の<マスター>達の迎撃準備も整い、弓や銃器、あるいは設置型のウェポンやガーディアンによる迎撃態勢を整えている。

近づけば、防衛戦力による一斉攻撃がウロボロスを襲う。

(……やはり、不気味だ)

奇妙なのは、ウロボロスの軌道だ。

ラピュータを中心に据えて、螺旋軌道で接近してくるが……それはあまりにも悠長だ。

編成変更による加速を以てラピュータに到達しようとするならば、切り換え直後に速度差による隙を突き、最短距離の一直線で向かってくるべきだ。

だというのに、今も距離を測るように伸びた線路は弧を描く。

側面を向けるのは戦艦ならば火力面で意味もあるが、列車では被弾面積を増やすのみ。

まるで合理的ではないように思えた。

(本当に奇妙な動きだ。まるでアクションゲームで目標をターゲットカメラに捉えたまま、グルグルと周囲を走り回るような……、……?)

この期に及んでラピュータを見て、測るような動きのウロボロス。

しかし同時にラピュータからもウロボロスを観ることはできる。

ラピュータの外部カメラはウロボロスの側面に並んだ車窓、客車の中に座る<マスター>達の姿を捉え……。

前から二つ目の車両(特等客車) の車窓にその人物を見つけた。

窓際の席に座っていたのは、露出の少ない清楚なロングドレスに身を包んだ淑女。

車窓越しからでも確認できる豪奢な内装の車内でくつろぐ彼女の手には、これまた高級そうなティーカップが摘ままれている。

彼女の所作は戦場の只中にあるとは思えない優雅な様子だ。

しかし、そんな彼女の双眸はティーカップには向けられておらず、

――ラピュータを凝視していた。

『ッ!?』

グレイは戦慄する。

彼女が 何者(・・) であるかを知っていたがゆえに。

『上空警戒! 各員、耐衝撃防御!』

語尾もなく、これまでで最も動揺した様子でグレイは仲間達に警戒を呼び掛ける。

まるで車窓の淑女が、転移現象よりも強い警戒をグレイに抱かせたかのようだ。

しかし、動揺しながらも彼の指示は適切だった。

それでもなお……遅きに失したが。

『伏せ――』

――天より光が降る。

直後、ラピュータにいた者達はグレイの言葉が聞こえなくなった。

スピーカーから流れる彼の声を遥かに上回る轟音が上空より生じ、かき消していく。

それは激突音。

直前にラピュータの直上に移動した【霊亀甲】と、天より降った光の 物理的接触(・・・・・) によるもの。

降り注ぐ光は、実体なき光ではない。

大気圏突入(・・・・・) によって赤熱した質量物体である。

莫大な運動エネルギーを保有する物体が【霊亀甲】と衝突し、エネルギーの幾らかが音や衝撃波となって拡散される。

「ぐぁ……!」

「何が……あっ!?」

轟音に晒されて鼓膜を破った<マスター>がいる。

衝撃波によって吹き飛ばされ、外縁から地上へと落下していった<マスター>もいる。

万全の防衛体制を築いていた王国側の<マスター>達が、一筋の光の落下で乱される。

その中でも冷静な者は、原因を探るべく頭上を見上げ……。

「…………嘘だろ?」

自らの頭上に―― 連続して降り注ぐ(・・・・・・・・) 光を見た。

二発、三発、四発、五発……数え切れず。

天空(ソラ) よりも高い 宇宙(ソラ) から、絶え間なくラピュータへと砲弾が降り注ぐ。

自然の隕石落下ではありえない質量の暴力。

それこそは、とある<超級エンブリオ>の仕業。

TYPE:ウェポン・フォートレス。銘を【落涙衛星 アルテミス】という。

「良いわね、この列車」

ウロボロスの車窓から質量爆撃の暴力に晒されるラピュータを眺め、決して視線を逸らさないまま、淑女は紅茶を口に含む。

彼女もまた<超級>の一人にして、アルテミスの<マスター>。

“ 天体俯瞰者(アース・ゲイザー) ”――【 砲神(ザ・カノン) 】イヴ・セレーネ。

カルディナ最強クラン<セフィロト>の一員にして、現討伐ランキング第三位。

火力においても、ファトゥムとマニゴルドに次ぐ実力者。

彼女の唯一無二の武器こそ、<超級エンブリオ>であるアルテミス。

――衛星軌道上から質量物体を地上へと送り込む、 マスドライバー施設(・・・・・・・・・) である。

「空の上でも揺れないし砂埃もないし快適。……それでも連射は少し目が乾くわね」

アルテミスの特性は『目視照準砲撃』。

イヴの 肉眼による目視(・・・・・・・) で照準をつけた対象に、格納した質量物を撃ち出すのみ。

与えた初速以上の力は星の重力が補ってくれる。

射出物体の残弾の数も問題ない。適当な岩塊でも、砲弾でも、構わず撃ち出せるアルテミスに弾切れはないも同然。

さらに言えば、アルテミスの一部……アルテミスに砲弾を供給するためのアイテムボックスをイヴが持っている。

地上からでも補充は容易であり、今回の作戦前にも大量に追加している。

アルテミスの衛星砲撃は極めて継続性が高い。

それこそ、天空の城が地上の砂になるまで連射できる。

最大火力においてはマニゴルドの全財産砲撃に劣るが、総火力と継続性においては彼を凌駕する純正の広域殲滅型。

それが、イヴ・セレーネという<超級>だ。

「けれど、本当にやりやすいわ」

彼女は広域殲滅型であり、攻撃性能にのみ割り振ったビルド。

そうであるがゆえに、欠点も多い。

連続砲撃の際に地上にいては、自らの砲撃に巻き込まれる恐れがある。

逆に、空中を高速で飛翔する従魔に乗っていては目視照準がブレる。

そうした欠点から山などの高所且つ超遠距離からの砲撃をメインの戦法としていた。

だが、その欠点は今回潰されている。

「大規模作戦では今後もコンビを組むことになりそうね、彼とは」

今回のツークンフトに課せられたタスクの四つ目。

『倒されることなく、空中に在り続けること』は彼女のための指示だ。

空中を駆けるゆえに地上の被害とは無縁。

線路上を進むゆえに安定する振動。

超音速で走るゆえに目標の追跡を含めて様々な場所へと急行が可能。

イヴにとって、ウロボロスは最適の『観測拠点』である。

「さて……これで一分。大型かつ防御特化の超級武具とは大したものね」

しかし彼女の賞賛は敵に向けられている。

アルテミスの 通常砲撃(・・・・) は分間二四発。三分もあれば街一つ更地にできる質量爆撃衛星の猛攻。

なれど、未だ直撃無し。

ラピュータの上空に展開された【霊亀甲】が、ラピュータと乗員を護る盾となっている。

<超級エンブリオ>であるアルテミスの連続砲撃でも損なわれることなく、十六枚の連続防御で直撃を防ぎ続けている。

「通常砲撃では抜けないわね、あれ」

アルテミスの必殺スキルは他の幾つかの<エンブリオ>――カグヤやヨナルデパズトリ――と同様に使用可能時間限定型であり、夜しか使えない。

現在ラピュータを襲う質量爆撃でも、単発火力としては大きく制限されている。

日中且つ【霊亀甲】が在る限り、イヴの砲撃では落とせない。千日手といったところだ。

だが……イヴはそれでも構わなかった。

「とはいえ、今回の私は添え物。ただのサポートだわ」

イヴはラピュータから視線を逸らさず、砲撃は続いている。

ラピュータの【霊亀甲】によるガードは継続している。

だが、それ以上の行動がとれない。

現在、ラピュータは浮遊と移動以外のエネルギーの全てを【霊亀甲】に回している。

そうしなければ、耐えられないからだ。

対空火器の使用など論外であり、砲撃に晒される<マスター>達の動きも乱れている。

この状況(・・・・) を生み出すことこそが、イヴの役割だった。

「連続する砲撃にかかりきりの状態では……防衛行動もままならないでしょうね」

カルディナは何らかの防御によって防空網を突破するのではない。

間断ない攻撃によって防空網を 機能不全(・・・・) に追い込んだのだ。

「頃合いね」

彼女がそう呟くと、ウロボロス周辺に変化が生じ始めた。

ウロボロスの一等客車と二等客車の連結が解かれ、二等客車間の連結も外れていく。

さらには、ウロボロスの数メテル先程度に伸びていた線路がより長く伸長。

伸長した進路はその先で四方向に分岐し、――その内三つはラピュータに繋がっている。

『間もなく、 二等客車は(・・・・・) 終点ラピュータに到着いたします』

ウロボロスの電子音声に名指しされた二等客車の車内には、各三十人前後の<マスター>が犇めき、

『…………』

―― 車上(・・) には特等客車の上から移動したカルルの姿があった。

『ここからが自分の仕事の本番だ』と言わんばかりに。

そして、車上の存在は彼だけではない。

「ふん。【砲神】とやらは随分派手に撃ってるみたいだね」

「そうですね」

残る二両の二等客車の上には、いつしかマテルと桔梗が立っていた。

二等客車の<マスター>達と共にラピュータに乗り込むために移動していたのだ。

「まったく……これで僕らの車両に流れ弾が飛んで来たら喜劇だよ。味方を巻き込む砲兵なんて下の下なんだから誤射だけはしないでもらいたいね。君もそう思うだろう?」

「そうなったら困りますが……私はあまり人のことを言えません」

「どういう意味?」

「お恥ずかしながら、こうした敵味方で激しく戦う場そのものが苦手で……」

「……君、何でこのクエストに指名されたんだい?」

カルディナから伝えられていた王国の決闘王者の弱点のようなことを言い出した同僚に、マテルが白い目を向ける。

対して、桔梗は困ったような顔でマテルに謝る。

「すみません。乱戦で敵と味方を…………のって…………、……めて……たくなるんです」

「ん? 今なんて言っ……」

車上の激しい風とアルテミスの砲撃音に紛れ、聞こえなかった桔梗の言葉。

その意味を尋ねたマテルだが、回答が示される前に状況はタイムリミットを迎える。

『お降りの方はお忘れ物のないようにお気をつけください』

ウロボロスの電子音声が流れ、そしてアナウンス通りの行動が実行される。

一等客車までが過ぎ去った直後、連続してレールが切り替わる。

分岐したレールに沿い、三両の二等客車はラピュータへと降下していく。

質量爆撃の轟音が鳴り響く中、二等客車は進む。

砲撃に晒されるラピュータの者達がそれを撃ち落とすことは叶わない。

数多の<マスター>を乗せた二等客車は三方に分かれて突き進み、

――遂にはラピュータに到達した。

かくして、戦いは新たな局面に移行する。

To be continued