軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十四・五話 記録(ローグ)

□<北端都市 ウィンターオーブ>・一日前

遥か西方の王国で戦争が始まった日の夕刻。

ウィンターオーブ市長スペクトラル・ローグは、自らの執務室で娘に語り掛けていた。

「ケンタウリ氏から連絡があった。彼らは明日到着だ。……予てより話していたように、エイリーンには蒼龍殿下らと共に黄河に向かってもらう」

「はい」

まだ少女のエイリーンは、父から命じられた遠き異国への旅を了承する。

銀龍第一皇子との交流もあり、彼女自身が黄河の歴史と文化に興味があるという話は嘘ではない。

しかし、彼女の旅の本当の目的は留学ではない。

「エイリーンに私達が集めた黄河とカルディナに跨る謀略の証拠を託す。銀龍殿下に渡した後は、殿下の傍で彼の周囲の陰謀を探ってもらうことになる」

それは本来ならば一流の諜報員にでも任せるような任務だ。

どう考えても十かそこらの、ジョブにも就いていない少女に任せていいことではない。

しかし、ローグ市長は命じ、エイリーンは頷いた。

まるで彼女にはそれができる……否、彼女にしかできないと言うように。

「……議長の陰謀は、多くの国に及んでいる。黄河に関しては、犯罪組織である<蜃気楼>の援助をしていた。無論、そうと分からないように幾つもの他人を挟みながらな。先日、<蜃気楼>のカルディナ支部を潰したのは……黄河で組織が潰れると読み、アリバイ作りで先に潰したのだろう。議長ならば、そのくらいは 読める(・・・) 」

議長は未来を読む。

カルディナの内外で噂されるそれを、ローグ市長は確定事項として口にしている。

勘が鋭い、先見の明があるなどと言うレベルではなく、『そういうもの』として。

「議長はドミノ倒しのように直接触れないまま陰謀を巡らせる。そして、表向きは秩序と平和の使者のように振る舞うのだ。犯罪組織や事件への対応、そして自らの手引きで侵略国家に落ちた皇国を止めるなどの行動でな」

陰謀論のような言葉だ。

しかし彼の目に狂気や盲信の色はない。

彼の双眸は確かな知性を宿しながら確信していた。

「議長は未来を読む。――私達が持つ 過去視(・・・) のように」

それも全ては――彼が持つ 力(・) によるもの。

いくつかのティアン部族……特にレジェンダリアの者達は生まれながらにしてジョブに依らない力を持つ。

飛ぶ力であったり、水に潜る力であったりと様々だ。

そしてローグ市長のローグ家も、見た目こそ特異な点はないがその一種。

彼の一族は……ローグ家はかつて存在したある特殊な部族の末裔。

時折先祖返りとして、その力を持ったまま生まれる子が出る。

彼と、そして娘もその一人だ。

その力とは触れた物質を介し、世界そのものに遺った 記録(ログ) を読む力。

<マスター>の言葉で、『サイコメトリー』と呼ばれるものを保有している。

未来視の議長の陰謀に気づいたのは、彼が過去視の力を持つがゆえである。

「ただし、私達が触れたものからしか過去を読めないように、議長の未来視も制限がある」

そう言うとローグ市長は《看破》の施された眼鏡を取り出した。

不用意に過去を読まないための安全装置である手袋を嵌めた自分の手と、娘を見る。

《看破》ではどちらにもジョブの表記がなく、レベルも0だった。

「議長はジョブを……レベルを持たない生物の関わる未来は間接的にしか読めない。ジョブを含むこの世界の情報を司るシステム……<アーキタイプ・システム>に接続した相手の情報を蒐集して、未来を演算しているのだ」

それも、過去視の能力により確信を得た情報だ。

議長の関わった陰謀において、詰めが甘い……凡そ成功しても取り逃しがあるパターンが何度かあった。

それらの共通点はジョブを持たない者が関わったときだ。

とはいえ、レベルを持たない……無力な存在では運命を変えることは容易ではない。

多くの場合は子供であり、未来も大きくは揺らがない。

例外は、<マスター>だ。

元々この世界に存在せず、現れたときはジョブを持たない。

しかし、ジョブがなくとも<エンブリオ>という力を持つ。

ゆえに、<マスター>の増加後は議長の未来視は大幅に精度を下げた。

合わせて精度を上げた今も、完全ではない。

例えば、皇国のリリアーナ暗殺からの王国崩壊シナリオは、この世界に来たばかりの……この世界のジョブに就いていなかったレイ・スターリングによって阻まれている。

あれは大きく未来を変えてしまった。

もしもリリアーナとミリアーヌが<マスター>に暗殺されていれば。

皇国の作戦が連鎖的に成功していれば。

そして、議長が手引きした王都包囲網のテロも踏まえれば。

アルティミア・A・アルターが<マスター>と手を組むことはなかっただろう。

そして、どこかで命を落としていたはずだ。

【邪神】を倒しうる聖剣の使い手……議長にとって 最大の邪魔者(・・・・・・) が死んでいた筈なのだ。

それこそが、議長の策謀の現時点で 最大の失敗(・・・・・) である。

そして、<マスター>以外でもジョブを持たず、力を持つ者ならば運命を変えられる。

「議長の予知はジョブが関与しない場面においては劣化する。だから私は、自らのジョブを全て捨てて、代わりとなる力を<遺跡>に求めた」

この世界において、生命線であるジョブを捨てるということの意味は大きい。

ジョブがなければ、過酷な生態系のこの世界でティアンを守るものはない。

だからこそ多くの場面で議長の未来視の確度は高く……ウィンターオーブでは低い。

「部下達もジョブを外し、エイリーンもまだ就いていない。議長に、我らは見えない」

ジョブに就いた街の者達を介して、間接的には見えているだろう。

だが、根幹部分を担う情報は欠けている。未来視も大幅に正確性を欠くだろう。

「だが、見えていないからこそ奴はこちらを危険視する。恐らくは明日の黄河との接触において……何事かを狙ってくるだろう。視えぬ未来を、望む結果で確定させるほどの手を」

ローグ市長の推測は正しい。

未来視の効かないウィンターオーブ周辺での暗躍を成功させるために、カルディナは多くの戦力を投入する。

複数の<超級>と準<超級>をはじめとする戦闘型の<マスター>。

ウィンターオーブの珠で封印されている<UBM>。

ドミノ倒しで望む絵図面が作れないならば、直接倒して描けばいいと言わんばかりに。

「だからこそ、鍵をエイリーンに託す。我らには視えぬ未来を乗り越えて、議長の企み……【邪神】と<終焉>による 世界の終わり(・・・・・・) を阻むための鍵を」

「はい、お父様」

まだ若い娘に対し、あまりにも重いものを背負わせている自覚は彼にもある。

だが、未来視に対抗し、議長の伸ばした陰謀の根を読めるのはローグ家だけだ。

「……すまないな」

「いいえ、お父様。世界の未来を繋ぐのが、私達の仕事ですから」

過去視によって未来を繋ぎ、未来を消し去ろうとする未来視を阻む。

それが自分達の役割なのだと、決意していた。

そしてエイリーンは自らの意志を父に告げて、執務室を出た。

「…………」

ローグ市長は深く俯きながら、皺の深い顔に手を当てる。

実年齢の倍ほども年を食っているように見えるその顏は、過去視の影響だ。

多くの過去を見る精神的疲労によるものか、あるいは超常の力を使う反動か。彼の肉体年齢は実年齢よりも遥かに時が進んでいた。

それでも、決意を込めた両目は揺らがない。

たとえ明日が娘との今生の別れになろうとも、既に自らの未来を選択している。

もはや世界にできることも、娘にできることも多くはない。

それでも……。

「……エイリーンのことを頼みます」

彼は執務室の隅……最初から 同席していた人物(・・・・・・・・) に、そう言って頭を下げた。

「…………」

その人物もまた、彼の言葉を受け取って頷いた。

◇◇◇

□<北端都市 ウィンターオーブ>・市長邸

エイリーンを乗せたラピュータが出発した後、ウィンターオーブは混迷の只中にあった。

何者かによって【フーサンシェン】が解放された。

あまりにもウィンターオーブという街にとって相性の悪い敵に、手の打ちようもない。

さらには議長直々の敵国認定である。

「……それほどに、我々が邪魔か」

自らの執務室でローグ市長は拳を握りしめている。

この状況、市長の暗殺や<遺跡>の接収程度で済ませるつもりはない。

カルディナは、明らかにウィンターオーブを滅ぼす算段だった。

「珠から読めるのは、珠になって以降の情報だけだった。これほどに危険ならば、もっと早くに……いや、始末のしようもなかったか」

ローグ市長は自らの手を見つめ、この状況に至ってしまったことを悔いる。

「しかし今は、アレが修復されていなくてむしろ幸運だったと言うべきか……」

今も執務室には各所からの急報が届けられている。

住民やパワードスーツは敵戦力として奪われているという情報も含めてだ。

これでもしも<遺跡>内部の巨大兵器までも奪われていれば、ウィンターオーブはおろか世界の危機だっただろう。

ゆえに、まずは<遺跡>を閉鎖して絶対に【フーサンシェン】が入り込まないようにする必要があった。

「……?」

そんな折、執務室の扉が唐突に開く。

「何だ?」

開けた扉の内外には誰もいない。

しかし自然と扉は締まり、

――そこに一人の男が立っていた。

「!」

それは男ではあったが、『美人』と評することのできる容貌の人物だった。

<マスター>であり、左手の甲には『左右で表情の異なる仮面と翼』を描いた紋章がある。

「スペクトラル・ローグ市長ね?」

「……ああ。君はカルディナの<マスター>だな」

「ええ」

やはりとローグ市長は唾を呑む。

街中を混乱に落としながら、自分には直接暗殺者を送り込んできたのだと理解した。

「……聞いてくれ。議長は君達に隠していることがある」

しかし、問答無用で殺さずに話しかけてきたならば、まだ未来を繋ぐ余地はあると考えた。

言葉を尽くす余地がある、と。

「聞きましょう」

はたして、相手の<マスター>はローグ市長の言葉を受け入れた。

問答無用で殺されなかったことに、一筋の希望が見える。

「感謝する」

「それで、隠し事って何かしら?」

「君達……<マスター>はこの世界で生き、あるいはそうでなくとも遊んでいる。この世界がなくては困るはずだ。しかし、議長の真の目的はそれと相反する」

相手の<マスター>は頬に手を当てながら、彼の話を聞いている。

「議長は世界各地で混乱を引き起こし、死者を増大させ、【邪神】に力を注ぎ……<終焉>と呼ばれる古の存在を目覚めさせ、世界を滅ぼす心算だ」

「…………」

「この国の利益のために動いているのも見せかけでしかない。ただ、世界が混乱する中でイニシアティブをとり、最後まで混乱を持続させるために自分の手駒の力を保持する必要があったからだ。しかし、その庇護もコルタナの例を見るように絶対ではない」

カルディナの権勢や利益など、議長にとっては本来どうでもいいこと。

世界が滅ぶまで……正確には世界を滅ぼす準備が済むまでもてばいい。

だからこそ準備が済めば国益も関係なく、数多の国と敵対しても構わない。

「私は我が一族が連綿と守り続けてきたウィンターオーブに、そして世界に滅んで欲しくはない。ゆえにこの真実を広め、<マスター>と力を合わせて世界の滅亡を目論む議長を打倒したい」

そうしてローグ市長は眼前の<マスター>……自分の暗殺を依頼されたであろう人物に頭を下げる。

「頼む! 君もこの世界を大事と思う<マスター>の一人ならば、協力してはくれないか! あの議長に騙されないでくれ!」

ローグ市長の言葉には一切の嘘がない。

《真偽判定》を持っていれば、彼の言葉が真実と伝わるだろう。

「…………」

話を聞いた<マスター>はしばし沈黙し、そして頷いた。

「……そうね。多くの<マスター>は貴方の言葉に賛同するでしょうね。ここをもう一つの世界と見る者も、楽しい遊戯場と見る者も、ここが失われることは望まないはずよ」

それは、ローグ市長の言葉の肯定だった。

「では……!」

「ええ。私とあなたも、協力しましょう?」

その<マスター>は微笑みながら市長に自らの右手を差し出す。

安堵と喜びで険しかった市長の顏も綻ぶ。

それから彼の差し出した右手に応えるべく自らも――いつもの癖で手袋を外しながら――右手を差し出した。

そして……。

「――ッ!?」

「――《 堕天の烙印(ルシファー) 》」

その人物の過去を視て――視た記憶ごと 上書き(・・・) された。

「はい。これでナカマね」

「…………」

握手をした手の平に<マスター>の紋章と同じものが刻まれ、ローグ市長の安堵から驚愕へと変わった表情が……無表情に書き換わる。

そこにはもう…… 彼(・) はいなかった。

「ごめんなさいね。語る相手が私でなければ、まだ効果もあったかもしれなかったけれど。他の<マスター>はともかく、 私達(・・) ってここを世界とも遊戯場とも見てないから」

そして<マスター>……ザカライアは苦笑しながら、ローグ市長だったものを見る。

「私達にとってのこの世界は……強いて言えば『貯金箱』ね。壊さないと取り出せないものがあるから壊す。それだけのことよ」

自らの顎に指先を添えながら、お道化るようにそう口にする。

「まぁこの世界で欲しいものは多いけれどね。持ち出せるものなら彼女以外に持ち出したいものは沢山あるわ。それこそ、私の<エンブリオ>も含めてね。けれど、欲張らないわ。 未来の情報(・・・・・) 、それだけで 私達三人(・・・・) は向こうの世界をどうにでもできるのだもの」

ザカライアは自らの本当の仲間達の顔を思い浮かべ、クスクスと笑う。

「そのために、彼女を 閉じ込める(・・・・・) 檻を壊してあげちゃうの。あら? これって囚われのヒロインを助け出すのと同じじゃないかしら?」

そう言って悪戯な笑みを浮かべてから、不意に表情を消す。

「上書きは終わったかしら。やること、分かってるわね?」

「Yes」

そして元ローグ市長……ザカライアに上書きされた存在は、言葉短く頷く。

それはおねえ言葉のザカライアのキャラクターとは似ても似つかない……キャラを作っていない彼本来の人格と言語に沿ったものだ。

「じゃあ動画とスペシャルゲストの準備、お願いね」

ローグ市長だったものは頷き、そしてジョブがなかった頃の彼では考えられない速度と動きで、執務室から何処かへと向かっていった。

そこにはもう自らの街と世界を護ろうとしていた男はいない。

始末されて、既に手駒と化している。

【 震王(キング・オブ・クエイク) 】にして【 迷彩王(キング・オブ・ステルス) 】、ザカライアという男の手駒に。

「さーて、と。ここでのお仕事は済んだわね。稼動可能な獅子面は迅羽ちゃんに全部送り込んじゃったし……どうなるかしらね」

ザカライアは<エンブリオ>で上書きした存在との情報共有はできない。

彼の人格を上書きしてはいるが、個々は自律行動しているからだ。

幾つかの条件を付与した上での遠隔操作ではない完全自動操縦。普段ならば『送り込むとどうなるか』を議長の未来視で教えられるが、今回はそれも使えない。

あとは、盤面の動き次第だ。

「そういえばユーゴーちゃんってどうなったのかしらね。機体も没収されたみたいだし、今頃死んじゃってるかも。そうだったら可哀そうね」

まるで悲しそうではない表情でそう呟いて、ザカライアは踵を返す。

「まぁいいわ。あれもそれも、精々見物させてもらいましょうか。《 五感迷彩(フル・ステルス) 》」

そうして、ウィンターオーブの惨状を生み出した男は……空気に溶けるようにその姿を消していった。

To be continued