軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十三・五話 ウロボロスの車窓から

■【円環綴道 ウロボロス】・二等客車

ウロボロスが連結している車両は、特典武具を積んだ武装車両だけではない。

鉄道輸送の常として貨物車両があり、そして当然のように客車もまた存在する。

五つある客車には今回のクエストのために召集された<マスター>が乗車している。

そして戦闘が始まったとき、三両ある二等客車に約三〇人ずつ分乗した<マスター>……総勢九〇人余りは緊張した様子でそのときを迎えていた。

特等車や一等車にいる者達に及ばない……言うなれば『並』の戦力と評された彼らだが、今は一様に同じデザインの仮面と黒い戦闘服を装着している。

彼らの雇い主曰く、『《看破》を防ぐ高性能なオーダーメイド装備』とのことで、実際に試してみれば他の参加者の名前すらも読み取れないレベルだ。

恐らくは顔と正体を隠すことで、これから行おうとする作戦……半ば戦争・半ば犯罪行為の心理的ハードルを下げるためだろう。

彼らは遊戯派ではあるが、自分達が 大それたこと(・・・・・・) の片棒を担がされていることは理解している。

それを分かっても彼らはここにいる。

自分の実力の水準よりも遥かに高い報酬のため、大事件の中心地に立つ功名心のため、あるいは大それたことそのものに参加する好奇心のため。

しかし、実際に戦闘が始まり、車窓の外に広がる<超級>同士が巻き起こす天変地異のような戦いを目にすれば……自分達など一山いくらの木っ端に過ぎないように思えてくる。

そんな緊張感と無力感のカオスの中、二等客車の内の一両で……。

「あん?」

不意に甘い匂いが流れた。

それは小豆の匂い……餡の匂いだ。

決して、戦場に戦士を運ぶ軍用列車の中で嗅ぐような匂いではない。

「もぐもぐ」

見れば、その客車にいる一人の女性<マスター>が黒い塊……おはぎを口にしていた。

仮面は下半分を開けられる仕組みなので食事はできるが、「普通食うか?」とその車両にいた他の面々は心を一つにそう思った。

<マスター>の集まりなので装備を揃えても個性は滲み出るものだが、それでも作戦行動中に食事しているのは彼女だけである。

「お、おい……」

「あ。食べます?」

向かいの席に座っていた<マスター>が呼びかけると、おはぎ女は悪びれる風もなくそう言って新しいおはぎを差し出した。

「い、いや、結構だ」

「そうですか? 沢山持ってきたから遠慮はいりませんよ?」

向かいの<マスター>に断られたおはぎ女は周囲にも差し出すが、皆一様に首を振った。

とても食べ物が喉を通る心境ではないし、状況でもない。

「これから大一番ですし、腹ごしらえはした方が良いですよ。やっぱりゲームは頭に糖分を回さないといけませんから」

(((ここで食ってもリアルの頭に糖分回らなくない?)))

彼女以外の心はツッコミで一つとなった。

なお、そう言っている間に彼らが乗るウロボロスをレーザーが直撃し、何らかの防御スキルが弾き返していた。

他の車両からは悲鳴まで聞こえてくるが、この車両ではおはぎ女の醸し出した一種独特な空気のせいで驚くタイミングを逃してしまった。

「く、食ってる場合じゃないだろ?」

「今なんて食べるか休むかしかできませんよ。私達の仕事は届けられてからで、まだ時間があります。今から神経を擦り減らすのはよくありませんね」

「あんた、肝が据わり過ぎだろ……こういうクエストに慣れてんのか?」

「いえ? こういう多人数クエストってあまりやりませんね。でもゲーム経験は豊富ですよ」

経験豊富と言うおはぎ女だが、容姿は仮面越しに高く見積もっても二十歳かそこらだろう。

(……まぁ、アバターにリアルの年齢も性別も関係ないか)

気づけば、話しかけた<マスター>は数分前と比べてかなり落ち着いていた。

他の<マスター>も同様であるらしく、マイペースすぎるおはぎ女に呑まれた形だ。

「もうすぐ私達の出番でしょうし、頑張りましょ?」

おはぎ女の言葉に、周囲は「ああ」と頷くしかなかった。

◆◆◆

■【円環綴道 ウロボロス】・一等客車 数分前

客車の中でも豪奢な内装の一等車にいたのは、たった四人。

眼鏡をかけ、分厚いコートを着た女性。

フリルをふんだんに使った可愛らしく、しかし黒いドレスを着たツリ目の少女。

その背後に無言で控える鎧の騎士。

そして、切り揃えた黒髪で目元を隠してもなお、整った顔立ちと分かる 狩衣(かりぎぬ) の美女。

「さて、作戦の開始前に段取りを決めておかないか?」

異様且つ共通点の見当たらない者達の中で眼鏡の女性が話を切りだす。

「段取りぃ?」

「僕達は同じクランに属するけれど、このクエストが初顔合わせ。自己紹介だってさっきしたばかり。なら、クエスト中の最低限の取り決めくらいはしておこうと思ってさ」

そう言った眼鏡の女性……【傀儡姫】マテルは周りにいる者達を見回す。

彼女はカルディナに勧誘され、皇国でのスパイ任務を経た後に議長直属の準<超級>クラン……<メジャー・アルカナ>の一席であるナンバー12『吊られた男』に列せられた。

他の三人も彼女と同じだ。

ドレスの少女と鎧騎士がナンバー6『恋人』、狩衣の美女がナンバー17『星』に該当する。

ナンバーを振られてこそいるが、彼女達の間に上下はない。

かつての<メジャー・アルカナ>ではナンバー1『魔術師』のファトゥムを、そして彼が抜けた現在はナンバー21『世界』のザカライアをオーナーとし……他のメンバーは平等だ。

だからこそ(・・・・・) 、マテルは今後のイニシアティブを取るために発言している。

「今回のクエストの目的はラピュータ内部にいるターゲットの確保、または殺害。そしてラピュータ内にいる敵戦力の可能な限りの撃破。シンプルな戦闘系クエストさ。どう見ても国際問題だけど、心配はいらない。僕達がカルディナで指名手配されることはないし、それは既に議長と交わした【契約書】でも確実だ」

「アナタに仕切り顔で言われるまでもなく、とっくに上から説明されてるけどぉ? それに……」

眼鏡の女性の説明に対し、『恋人』の少女が不満げにそう述べる。

だが、彼女の言葉を遮ってマテルは説明を続ける。

「本題はこれからさ。僕達は同じクエストに従事しているけれど、協力するのは初めてだ。お互いの能力だって把握してないし、 されたくもない(・・・・・・・) 。そんな状況じゃ連携なんて取れる訳もない。だから別行動しよう」

『……?』

「内部は城みたいな構造らしいからね。ターゲットを捜すためにも分かれて動いた方がいい。それに想定される敵戦力だけど、<超級>の一人は隔離済みで、もう一人も内部にはあまり手出しできないらしいじゃないか。だから護りを超えて乗り込んでしまえば、敵戦力は少々の準<超級>とザコばかり。分散しても問題なく対処できるでしょ? 守りの突破は あの人達(・・・・) が受け持ってくれる手筈だしね」

マテルがそう言って視線を向けたのは前方の車両。

此処よりもさらに利用者が少ない、二名だけに使われている特等車だ。

そこにいるのは<メジャー・アルカナ>ではない。

より、恐ろしい力を持つ者達だ。

「まぁ、そのためにあの人達も合流したんでしょうしねぇ……。でもぉ、ワタシはてっきりワタシ達をスカウトした あのお医者さん(・・・・・・・) が今回も参加すると思ったんだけどぉ?」

「夢路さんですか? あの方はこういうクエストには参加しないとお聞きしています」

『恋人』の少女の疑問に答えたのは、『星』の美女だ。

他の面々よりも件の人物に詳しいらしく、説明を続ける。

「瀕死の怪我人や病人が目の前にいたら治してしまうそうです。それゆえ、このような鉄火場では無差別治療になってしまうらしく、クエストから外されてしまうそうで」

「……<超級>にしてはまともかと思ったら結構な変人さんだったのねぇ。それでも 二重の意味でブラコン(ジー) や 知識偏執狂(ISBN) 、HENTAIさん達よりはマシでしょうけどぉ」

『恋人』の少女はかつて所属していた国にいた<超級>達を思い出し、嫌そうな顔をする。

「あら、<超級>に嫌な思い出でも?」

「そりゃそうでしょぉ? アンタはどうなのよ?」

「天地は 人格的には(・・・・・) <超級>よりも準<超級>に問題児が多かったので……。特に華牙さんという人はとても難儀な人でした」

「……桔梗も天地の準<超級>よねぇ?」

「ええ。 元(・) 、ですが」

『星』の美女――桔梗は頬に手を当てながら微笑を返した。

「と、に、か、く。内部では分散して動こうじゃないか」

マテルは二人の話題が自分の提言からズレたことに苛立ったのか、強引に話をもどした。

「 僕ほどの厚遇(・・・・・・) じゃないとしても、君達だって<メジャー・アルカナ>のスカウトを受けたんだ。まさか、<超級>でもない相手に劣る手合いじゃないだろう?」

マテルは皇国に潜入する前に、カルディナから莫大な金属素材の提供を受けていた。

人形を武器、そして外付けのHPタンクとする彼女にとっては垂涎の品となる神話級金属や、それを上回る超硬神話級金属。金額にすれば、何百億という額になるだろう。

契約金でそれほどのリソースを投じたという事実。

『カルディナが自分を極めて高く評価している』と判断したからこその、この発言だ。

『自分は認められている。そしてもっと認めさせる』。上昇志向の強い彼女は、功績を重ねてより高い地位……このクランのオーナーに至ることまで既に考えている。

(オーナーのザカライアもウィンターオーブには来ているそうだけど、ラピュータ突入には不干渉。なら、こっちの作戦は僕が一番手柄を上げる)

まずはこのクランに参加しているメンバー達。『まさか自分ほどに評価された者はいないだろう』と考え、格下と判断した相手にマウントを取り、主導権を握り、クラン内で最大の勲功を得ようとしていた。

「そうですね。決闘ではそれなりに成績を残せました。餓鬼道さんやワンさんといった準<超級>の方々にも、何度か勝たせていただいていますね」

そんなマテルの思惑を知ってか知らずか。

桔梗は挑発的な言葉にも動じることなく頷いている。

「……ふぅん?」

逆に、『恋人』の少女は自分達を下に見た発言が気に障ったのか、僅かに眉根を動かす。

それから何事かを思い出し、ニタリと挑発的な笑みをマテルに向ける。

「そうねぇ。ワタシも並の準<超級>……超級職を持ってるだけのボンクラよりは上だと思ってるわぁ。でも、それで言うと アナタは(・・・・) どうなのかしらぁ?」

『恋人』の少女のねっとりとした言葉に、マテルの表情がピクリと動く。

「……何がだい?」

「『<超級>でもない相手に劣る手合いじゃない』ぃ? そんなこと言っちゃっていいのかしらぁ、 食べかす(・・・・) ちゃん」

「……!」

『恋人』の少女は席から立ち上がってマテルを指差し、クスクスと嗤いながら挑発する。

「違ったかしらぁ? <LotJ>のオーナーにイキって挑んでモグモグされたのアナタじゃなかったぁ?」

彼女の挑発に、マテルは無意識に歯を軋らせていた。

挑発の内容が……全て 事実(・・) だからだ。

マテルは皇国でのスパイ活動時、<LotJ>のオーナーの座を賭けてカタに挑み、敗れた。

そして、カルディナの回し者であったことまで看破され、皇国での任務が継続できなくなった過去がある。

それを何ゆえかこの少女も知っており、マテルの挑発を十倍返しにして煽っているのだ。

「このガキ……!」

少女の煽りにマテルは怒り、コートの内から人形を取り出そうとして……。

「あらあら、堪忍袋の緒までどこかのオーナーの胃袋に置いてきちゃったのかし」

『ブレンダ様。お仲間をそのように 詰(なじ) るのはお止めください』

「……らぁ?」

少女の更なる挑発を、それまで沈黙していた鎧騎士が制止した。

「ヨハネス。これはナカマだけどライバルよ? 既に一回しくじって自分の立場も見えずにマウント取ろうとしたおバカさん。煽ってマウント取らないでどうするのぉ?」

『上下を定めるは決闘でよいかと。それならば私も尽力いたします。此度はこの国における御身の初任務。徒に成功率を下げるべきではないと具申いたします』

「ぶー。仕方ないわねぇ」

少女――ブレンダはまだ物足りない様子だが、マテルへの罵倒を止めて座った。

『マテル殿、私からブレンダ様の無礼を謝罪させていただきます』

「……ふん」

鎧騎士――ヨハネスの謝罪で、マテルも矛を収める。

このやりとりの間も、桔梗は穏やかな笑みを浮かべたままだった。

しかし、不意に何かに気づいたように空を見上げる。

「ああ。そろそろお仕事のようですね」

雲一つない砂漠の空に浮かぶのは、まるで空想科学小説のような天空の城だ。

「へぇ。実物を見るとちょっと感動……良い観光名所になりそうねぇ」

「いい仕事してるよね。まぁこれから突入して戦場にするけれど」

ブレンダとマテルも空を見上げて口々に感想を呟いた。

間もなく、ツークンフトとグレイの問答を経て戦端は開かれた。

戦闘開始早々、地上が火の海になってウロボロスが空へと走り出す。

ブレンダは「<超級>ってやることが派手よねぇ」と呆れながら感心していた。

そして、ラピュータの円盤大隊がウロボロスに近づいてくる様を目撃する。

「あら。そろそろワタシ達の出番かしらぁ? ……ヨハネスぅ?」

『御意』

ブレンダに名を呼ばれたヨハネスは床の上で跪く。

そして、自らの掌を列車の床に押し当て――唱える。

『――《 災厄よ(デア・) 、 我が忠誠の(トロイエ・) 輝きを見よ(ヨハネス) 》』

忠臣ヨハネス(デア・トロイエ・ヨハネス) 。

グリム童話をモチーフとしたTYPE:ガーディアンの必殺スキル発動と同時に、彼から放たれた光がウロボロスを包み込んだ。

直後、円盤大隊からウロボロスに大量のレーザーが照射されたが……それらは全てあらぬ方向へと弾かれて消えた。

「これは……」

マテルが驚きの声を漏らすが、それをブレンダは鼻で笑う。

「私達の必殺スキルに決まってるでしょぉ? やってることは<セフィロト>を抜けた【殲滅王】と似たようなものだけど。使っておくと次に被弾する攻撃属性への一〇〇%耐性が付与されるわぁ。ただ、ヨハネスは自分だけじゃなくて他対象にもセットで耐性を付与できるのが違いね。今回はこの列車ってワケ」

正に 守護者(ガーディアン) と呼ぶにふさわしい能力である。

それからブレンダは、指先でヨハネスの胸を指し示す。

彼の鎧の胸元には三つのシールドマークが並んでおり、左から白赤赤という色の並びだ。

三つの内の一つだけ色が変わっている、とも言える。

「御覧の通り、使えるのは三回まで。回数は【殲滅王】より少なくて、あっちみたいに攻撃能力追加もないわねぇ。まぁ他の効果があるけれど」

「…………」

先ほど『お互いの能力だって把握してないし、されたくもない』と言ったマテルに当てつけるように、ブレンダは切り札であるはずの必殺スキルの概要を明かした。

さも、『アンタみたいな小物と違ってそんなことは気にしていない』とでも煽るかのように。

「それとぉ、ワタシとヨハネスのお仕事ってこの列車の 防衛(・・) なのよねぇ」

「え?」

ブレンダの言葉に、マテルが驚いた顔をする。

「ワタシ達はアナタ達とクエストが違うし、あのお城にも降りないのよ。最初にそれを言おうと思ったのに、食べかすちゃんがドヤ顔で説明続けるから言い損ねてたのよねぇ」

マテルが睨みつけるが、ブレンダの方はニヤニヤとした笑みを浮かべている。

「……ふん、そう。まぁ、そうだろうね。防御しかできないなんてとても貧相な能力だもの」

「フフフン。それでいいの。ワタシ達はヨハネスがディフェンス。そしてぇ」

そのとき、窓の外ではレーザーを無効化された円盤群に動きがあった。

搭載した兵器が通じないならば、別の攻撃手段を選ぶ。

無人機であることと飛行能力と質量を生かした攻撃……つまりは突撃。

機体そのものをぶつけるという原始的にして効果的な攻撃手段である。

列車を破壊、あるいは脱線でもさせられれば、乗車している敵戦力を大きく削ることができる。

ゆえに、円盤群の先陣はウロボロスに急接近し……。

「――ワタシがオフェンス」

――ブレンダが指を鳴らした瞬間に弾け飛んだ。

何も無かったはずの空間での爆発。カルルの攻撃も命中していない状態での破壊。

それがブレンダの仕業であるのは、一等車にいる者達には明白だった。

無論、マテルにとっても。

( 視えない浮遊機雷(・・・・・・・・) 。特典武具……いや、ジョブを考えると魔法かな。僕らの乗るウロボロス自体が高速移動してることを考えると、彼女を中心とした一定距離を維持するように設定・展開されてるってこと?)

ブレンダにマウントを取ろうとしていたマテルだが、今起きた出来事については冷静に分析していた。

自己評価が高く他人を下に見がちな彼女だが、しかし自分の目で見たものに対しての分析力が低い訳ではない。

ヨハネスの必殺スキルといい、ブレンダが言動と容姿に反して隙の無い堅実な手合いであることは理解した。

「……なるほどね。攻防一体、まぁお留守番して帰りの足を守ってくれればいいさ」

「え? アナタに帰りの足なんて要るのぉ?」

「ァ?」

『どうせデスペナするんでしょ?』という直球の煽りに、マテルは額に青筋を浮かべる。

マウントを取ろうとするマテルと、脆い敵対者を「こいつはいける」と狙いすまして煽るブレンダの相性は最悪だった。

だが、どれほど険悪であろうと……どちらも戦力としては一級品。

異なるフィールドで使われるのならば問題はない。

「…………」

そして残る桔梗はと言えば、そんな二人の対立はどこ吹く風で外を眺めている。

車両の外は未だ防空の真っ只中。

迫る円盤群はブレンダの機雷だけでなく、特等車から屋根に上がったカルルの捕鯨砲にも迎撃されている。

(カルルさん、きっと私達を巻き込まないように気を使っているのでしょうね)

今はカルディナ所属だがカルルも桔梗も元は天地出身、以前からお互いのことは知っている。

それゆえ、桔梗はカルルの攻撃が随分と加減したものであると察していた。

どれほど攻撃を受けようと、無敵のカルルが倒されることはない。

だが、捕鯨砲で撃墜されたものやブレンダに爆破されたものを含めても、円盤群は今も新手が出撃し続けていて総数の減少ペースは緩い。

このままではこの後の展開で少し邪魔になりそうだ。

(突入前に、少しお掃除しましょうか)

なので、桔梗も少しばかり お手伝い(・・・・) することにした。

左手の紋章から筆を、懐から折り紙を取り出し、さらさらと何事かを書きつけてから折り畳む。

見る者が見れば、筆の墨に膨大なリソースが込められていたことに気づくだろう。

そうして出来上がった紙人形―― 召喚媒体(・・・・) に魔力を込めて、彼女はそれを窓から放る。

「おいでませ、《 式神:流星童子(めておーる) 》」

直後、紙人形は槍を持ったヒトガタへと変じ、天空へと飛び立つ。

そしてヒトガタは一筆書きの軌跡を空に描き、――残存する円盤全てを貫いて破壊する。

紙人形一枚…… 式神(・・) 一体で、制空権を塗り替えた。

その攻撃能力の凄まじさに、マテルもブレンダも目を瞠る。

(今のリソース……こいつも僕と同じで貯蔵、いや決戦型のビルド?)

(ふーん。 元天地決闘五位(・・・・・・・) だっけ。流石にやるわねぇ。手札も多そうだし今後もこっちには喧嘩売らないでおこうかしらぁ)

表面上は幼稚なマウント合戦をしているとしても、彼女達は猛者だ。

<エンブリオ>とジョブにかまけた並の準<超級>ではなく、精鋭揃いの<メジャー・アルカナ>にスカウトされた者達。

ナンバー12『吊られた男』、【 傀儡姫(マリオネット・プリンセス) 】マテル。

ナンバー6『恋人』、【 爆裂姫(バースト・プリンセス) 】ブレンダ・フォーサイス。

ナンバー17『星』、【 式姫(フォーミュラ・プリンセス) 】更科桔梗。

結末の天秤を動かすに足る力を持つ 三枚(大アルカナ) が、場に並べられた。

◆◆◆

■【円環綴道 ウロボロス】・特等客車

<Infinite Dendrogram>にも、当然ながら空想小説という文化は存在する。

ファンタジーかSFかもあやふやな世界観だが、そんな世界に生きるティアンの書いた小説だからこそ地球のそれと少しばかり雰囲気が違う。

「…………」

そんな小説を片手に、一人の淑女が紅茶を楽しんでいた。

ブレンダの着ていた可愛らしさを強調するものとは違い、露出の少ない清楚なロングドレスに身を包んだ淑女。

彼女は、ハードカバー小説のページを片手で器用に捲りながら、もう片方の手でティーカップをつまんでいる。

この特等車は一等車よりも豪奢な内装であるため、その空間だけ切り取ればティータイムを題材にした絵画のようですらある。

(ビッグスリーほどじゃないけれど、この世界のSF小説も悪くないわ)

淑女は載っていた短編の一つを読み終えると栞を挟み、空になったカップをソーサーに置く。

すると卓上のポットが宙に浮かび、新しい紅茶を注ぎ入れた。

このティーセットは『自動で美味しい紅茶を淹れてくれるマジックアイテム』である。

カルディナのオークションでそれなりに値は張ったが、出先で紅茶を楽しめるので下手な特典武具より愛用している。

このとおり、列車が突然空を走り出しても正常に稼働するくらいには高性能だ。

「……ふぅ」

新しい紅茶を味わいながら、彼女は卓上に置かれたもう一つのカップを見る。

特等車に乗っていた乗客は二人いた。

そしてその同乗者……カルルは少し前にドアを開け、屋根の上に移動してしまった。

今はドカンドカンと捕鯨砲を連発しており、非常に喧しい。

(フラストレーション、溜まっていたようね)

紅茶を飲んでいたときのカルルは不機嫌であったし、逆に今はいつになく張り切っている。

常から口数の少ない人物ではあるが、とある運営イベントで敗退を喫してからは腹の中に何か溜め込んでいたらしい。

(西方での仕事も、雑用ばかりだったらしいわね)

戦闘力はあるが殺し合いには向かない夢路を護衛しつつ、議長の指示でモンスターの生息地を動かすなどしていたらしい。

しかしそれらの仕事は敗北の記憶を塗り替えるには至らず、今は待ち望んだ同格の猛者達との戦闘でそれを成そうとしている。

ほとんど話さないので、察するしかないが。

(カルルにしても、移籍したアルベルトにしても、実力はともかく意思疎通には難があるのよね。……言葉は通じても話が通じない 色魔(AR・I・CA) に比べればマシでしょうけど)

毛嫌いしている同僚を思い出し、淑女は僅かに眉根を寄せる。

淑女は『今回のクエストの共闘相手があの女でなくて良かった』と心から思っている。

(ともあれ、エドワーズ夫妻の相手は彼女が適任。そして、あれの相手は私が適任)

紅茶を含み、ちらと窓の外を見上げる。

そこには空想小説の存在……ラピュータが今も浮かんでいる。

「UFO、天空の城、空飛ぶ機関車、……着ぐるみ。載せすぎて三文小説だわ」

溜息と共に、首を振る。

今のシチュエーションは彼女の好みからは外れているらしかった。

それでも、AR・I・CAが傍にいないだけマシだが。

(もう少し先ね)

今度は眼下に視線を移しながら、淑女は思考する。

彼女の本格的な仕事の開始は、もう少し先だ。

現状でも『ウロボロスに搭載された特典武具を強化する』という仕事はしているが、そんなことのためにわざわざ北の果てに派遣されたのではない。

(……まぁ、添え物の私は何でも構わないけれど)

今回のクエストの 決行時刻(・・・・) を考えれば、彼女に期待されているのはアタッカーではなく多少のサポートということだろう、と考えている。

それでも彼女は構わない。

暇であったし、新メンバーのツークンフトとの顔合わせもできたので別に気にしてはいない。

強いて今、淑女が気にすることがあるとすれば。

「それにしても、あの城は随分と…… 頭が高いわね(・・・・・・) 」

彼女に 見上げさせる(・・・・・・) 、天空の城。

それを見つめる彼女の視線はまるで……不届き者を ロックオン(・・・・・) しているかのようだった。

To be continued