軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四話 会談

□■<北端都市 ウィンターオーブ>

王国の<マスター>達がウィンターオーブで各々の準備を進めている頃、護衛対象である蒼龍とエリザベートは護衛である迅羽を伴なって市長邸を訪れていた。

この街の市長の令嬢がラピュータに乗船する予定ではあったのだが、それを聞いたエリザベートが『迎えに行きたい』と提案したためだ。

ツァンロンも市長に停泊許可への感謝を伝えたいと考えていたため、二人と迅羽はここにいる。

動機は子供らしい好意と行動力であるが、これ自体は一つの外交である。

ウィンターオーブは市長が市民選挙で選ばれる都市ではない。この街が『カルディナの一都市』に変わっても、都市国家時代からこの街を治めていたローグ家が市長を世襲している。

そのため、今回は黄河皇族とアルター王族、ローグ家の外交会談とも言えた。

「当都市への御訪問、歓迎いたします。蒼龍殿下、エリザベート殿下」

「こちらこそ。停泊を許可していただきありがとうございます。ローグ市長」

「ふかくかんしゃするのじゃ」

外交会談の舞台となった市長邸でツァンロン達を迎えた人物がスペクトラル・ローグ。

ローグ家の当主であり、市長としてこの街を統治している人物だ。

(これが第一皇子と取引のある市長か。しっかし……)

ツァンロンとエリザベートの後ろに控える迅羽だが、符に隠された顔は市長に対して少し訝しげな表情を浮かべていた。

ローグ市長は資料によれば三十半ばであったはずだ。

しかし、しわがれた皮膚や白髪化した頭髪によって実年齢よりも更に三十は上に見える。

何より、その目だ。化粧でも隠し切れない目元の隈があり、それほどに色濃い疲労の中にあっても輝く目には異様な迫力がある。

両手に嵌めている分厚い黒手袋も、見た目の圧に一役買っている。

いま挨拶と共に手袋を外してツァンロンと友好の握手を交わしたものの、なぜかその瞬間に目を見開いたので尚更怖い。

(……普通の子供が見たら泣くぞ)

なお、この場にいる三人の子供(迅羽含む)は泣かなかった。

【龍帝】と<超級>、そして年齢に比して肝が据わりすぎたエリザベートだ。

父の仇であるフランクリンに誘拐されたときでさえ物怖じせずに自分から話しかけ、先の王都テロでは【炎王】の自爆の直前でさえもツァンロンを支えた少女だ。鋼の精神である。

(……外の警備はさっき降ってきたカーバインと街の衛兵に任せてる分、内側はオレがなんとかしねえとな)

護衛として、迅羽は市長の異様さを看過できない。

一挙手一投足に注目しながら、警戒する。

(この市長はどう見たって普通じゃねえ。普通じゃねえが……顔以外おかしくはないしツァン達に対しての悪意みたいなもんはなさそうなんだよな……。何より、 脅威(・・) にもなりそうにない)

雰囲気こそおかしいが、敵意や悪意の類はスキルにも迅羽の勘にも掛からない。

明らかに平静な精神状態ではないのが見て取れる容貌だが、少なくとも現状においてこの市長は『敵ではない』と判断した。

それでも何かあれば即座に動けるように迅羽が警戒する中、二人とローグ市長は和やかに会話を続けている。

彼らの会話は外交として言葉を飾るのが前提となっていて、平たく言えば少し長くて回りくどく、距離感を測るような会話だ。

年齢より大人びている迅羽でも把握しきれない。

というか、帝国と都市国家とはいえ皇族と王族の外交を、才人とはいえリアルでは小学生の迅羽に仔細を把握しろというのも難儀な話だ。

(しかし、ツァンとエリザベートもこういう場面ではちゃんと らしい(・・・) 受け答えするんだな)

普段友人として気楽に話してはいても、二人は皇族・王族の教育を受けた皇子と王女なのだなと感心していた。

そんな時間が暫し続き、三人も話している内に少しずつ外交らしい修飾が外れていく。

世間話になった頃には迅羽にも内容が分かるようになった。

具体的には、ツァンロンとローグ市長が共に知る第一皇子についての話になった頃だ。

第一皇子 銀龍(インロン) 。

父である皇帝 白龍(パイロン) から徐々に政務を引き継ぎ、『皇太子』と定められてこそいないが現時点で黄河の多くを取り仕切る次期皇帝。

ツァンロンの同腹の兄であり、今回の帰国の段取りも整えた人物だ。

彼とこのローグ市長は十年来の友人であるらしい。

余談だが、実は迅羽も二人の交友関係の恩恵には与っている。

銀龍とローグ市長の縁でウィンターオーブと黄河の交易も盛んであるからだ。

ウィンターオーブ周辺で採掘される質の良い希少鉱石は黄河のマジックアイテム職人にとって垂涎の品であり、他ならぬ迅羽もそれを扱う一人である。

高性能な符には鉱石を溶かし、それを絵具として描くものも多い。

ともあれ、ここまでのローグ市長とのやり取りは迅羽の視点では非常に友好的だ。

友人の弟であるためか、あるいは他に理由があるのか。

人相は別としてローグ市長は自然な好意を向けているようにも見える。

「それで、ラピュータに乗船するのはローグ市長の御息女とのことですが」

外交的な話と世間話が済み、ツァンロンが本題を切り出す。

「ええ。娘のエイリーンは今年で十歳ですが、幼い頃から貴国の歴史と文化に惹かれ、黄河に留学したいと言っていた子でして。銀龍殿下からも『是非に』とお誘いいただき、このような段取りまで整えていただいた次第です」

『留学なんてものがこの世界にあるのか』と迅羽は一瞬思ったが、そもそもエリザベートの姉であるアルティミア第一王女もかつては皇国に留学していたことを思い出した。

「かつて私が銀龍殿下と友人関係を結んだのも、彼のカルディナへの留学が切っ掛けでした。同じように、娘も異国で見聞を広め、終生の友人を得られれば……と願っています」

迅羽は『第一皇子も留学してたのか。デンドロでも上流階級の間では普通にあることなんだな』と疑問を解消した。

「うむ! ねんれいもちかいし、ともだちになるのじゃ!」

「殿下の御厚意に感謝いたします。娘もきっと喜ぶでしょう」

押しが強くて行動力に溢れたエリザベートである。

十中八九、そのエイリーン嬢とも友人になるだろうなと迅羽は確信していた。

なお、当のエイリーン嬢は少しばかり準備に手間取っているらしく、遅れていることを会談の冒頭でローグ市長が陳謝していた。

和やかに会談が進み、一通りの話が済んだ頃。

ローグ市長がある用件を切り出した。

「黄河の皇子である貴方に、御相談したいことがあります」

「何でしょうか?」

「宝物獣の珠……貴国より盗み出された秘宝の一つがこの街にあります。それを 返還(・・) したいと考えております」

「!」

その発言に驚いたのは迅羽だ。

黄河から盗まれた秘宝がカルディナで様々な事件を起こしていることは知っていた。

何より黄河がそれの所有権を放棄する対価として、ツァンロン達を護送するラピュータにカルディナ国内での飛行許可が下りているのだ。

「返還の必要はありません。あれらの所有権の放棄は、兄上が決断したのですから」

「必要があってすることではありません。そうすべきだと考えたからです」

ローグ市長はツァンロンの目を真っすぐに見つめる。

その表情は恐ろしくはあったが、真剣で真摯なものだ。

(何のために返還する?)

迅羽は市長の意図が読めず、不気味に思った。

王国の“トーナメント”のように、珠の価値は非常に高い。

それを手放す理由がないように思えた。

「……正直に申し上げれば、私はあれが何らかの事件の引鉄になることを恐れています」

そんな迅羽の内心を悟ったのかは不明だが、ローグ市長はそう述べた。

「コルタナでは<UBM>が解放され、大きな被害を生みました。我々も永遠に珠を管理しきれるか不明な以上、そのような事件が起こる前に数百年にわたって珠を保管してきた黄河にお返しするべきだと思ったのです」

その説明によって迅羽も納得した。

迅羽は<マスター>としての視点……強者としての視点で<UBM>を見てしまう。

固有の能力を持ち、倒すことで特典武具を手に入れられる。

珠ならば倒さずとも能力の一部を活用できる。

ゆえにそのメリットにのみ着目していたが、弱者……ティアンにとっては解放が死に直結する危険な存在である。

手放そうとしているのはメリットを譲るためではなく、デメリットを返すためなのだ。

元々珠を保管し、そして盗まれた国である黄河に否と言うことはできない。

「……我が国が珠を盗難されたことで貴国に御迷惑をお掛けしたことを、国の父や兄に代わり謝罪します」

「頭をお上げください。謝罪の必要はありません」

ツァンロンがそう述べて頭を下げようとするが、ローグ市長が止める。

「幸い、我が街で問題は起きていません。むしろ、重傷者の治療によって街の者達の命が繋ぎ止められたケースも多いですから」

このウィンターオーブに在るのは回復の珠。上級職以上の回復スキルであり、事故やモンスターとの交戦で命の危うかった者達を救命したという。

ゆえに、必ずしも災厄だけをカルディナに齎したのではないとローグ市長は告げた。

「そう言っていただけると救われます……」

「ええ。ですが、今はもうこの街に あってはならない(・・・・・・・・) もの。お返しいたします」

ローグ市長の申し出に、ツァンロンも今度は頷いた。

「分かりました。お引き受けします。それで、珠はどちらに?」

「現在は街の診療所で使っています」

(……おいおい。秘宝だろ? そんなところに出してていいのかよ)

意外な珠の在処に、迅羽は内心で驚愕した。

ツァンロンやエリザベートも同じことを考えたらしく、驚きが顔に出ていた。

「そんなばしょにおいていて、だいじょうぶなのか?」

「重傷者に使うため、診療所に置く必要がありました。もちろん診療所に警護の者を置いています。それにこの街は性質上、外から来た者への警戒は厳にしています。今日まで盗まれてもいません」

『性質上』という言い方に引っ掛かりはしたが、希少鉱石の採掘地でもあるならばそういうものかと迅羽は納得した。

「皆様にお渡しするよう、連絡をしておきます」

「分かりました。迅羽様、後で取りに行っていただいてもいいですか?」

話を振られ、迅羽が頷く。

「あア。お前らをラピュータに送ってから取りに行くサ。オレの見た目なら人違いも起きねえだろーしナ」

「分かりました。迅羽殿が受け取りに行く旨を伝えておきます」

咄嗟の受け答えなので迅羽はいつもと同じような口調で話してしまったが、ローグ市長も気にした様子はなかった。<マスター>、それも<超級>ならばそういうものと既に納得しているのかもしれない。

(人相は悪いが話の分かる市長だな……)

一通りの話が終わり、迅羽がそんな感想を抱いた頃。

四人のいる部屋の扉がノックされた。

『お父様、準備が整いました』

「エイリーンか。入りなさい。御三方に御挨拶を」

そうしてローグ市長に入室を促されて入ってきたのは、エリザベートより少しだけ年上に見える少女……ローグ市長の娘であるエイリーンだった。

一人の御付を引きつれた彼女は、線の細い儚げな美少女だった。

ただ、今の服装はそれなりに動きやすそうなものだ。

ラピュータ……空中要塞に乗るとはいえ異国への旅に出ることを考慮しているのだろう。

ただ、外見的に一つだけ奇妙な点があるとすれば……両手。

彼女もまた、両手に父親と同様の分厚い手袋をはめている。

色こそ白いが、それ以外は酷似したものだ。

あるいは、ローグ家の慣習なのかもしれないと迅羽は思った。

「ウィンターオーブ市長スペクトラル・ローグの娘、エイリーン・ローグと申します。此度は銀龍殿下の御厚意に甘え、留学のため蒼龍殿下達の旅路に同道させていただくこととなりました。よろしくお願いいたします」

「黄河帝国第三皇子、蒼龍です。我が国への留学、歓迎いたします」

「アルター王国第二王女、エリザベート・ S(スフェーン) ・アルターじゃ。よろしくの」

優雅に挨拶するエイリーンにツァンロンとエリザベートも挨拶を返した。

そんな三人の様子を見ていた迅羽だが、内心では一つの懸念を抱いていた。

(こいつ、何に気を張ってやがる?)

エイリーンは表面上こそ自然に挨拶している。

だが、僅かな肉体の強張りを迅羽は察していた。

それは貴人を前にしたがゆえの緊張ではないだろう。

『若手が何か大仕事を前に緊張している』ような気配だった。

(まさかツァン達の暗殺……じゃあねえな。《看破》する限り、 父親と同じく(・・・・・・) ジョブにもついてねえ。となると、第一皇子がわざわざ留学の足にグレイを使ったのと何か関係あんのか?)

市長親娘にツァンロン達への悪意のようなものは何もなかった。

しかし、それは『何の企みもない』とはイコールではないのだ。

(どうにも読めねえことが多いが……まぁオレはオレにできることをするしかねーな)

自分達の頭の上で交わされている何らかの策謀に関し、一人の戦闘要員でありツァンロン達の友人でしかない迅羽にできることは少ない。

しかしそれでも、自分にできること……一先ずは彼らをラピュータに送り届けた後、このウィンターオーブの珠の回収作業をしようと考えた。

To be continued