軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三話 漫画家 一宮渚

□ 一宮(いちみや) 渚(なぎさ)

漫画を、より正確に言えばイラストを描き始めたのは小学校の高学年の頃でした。

クラブ活動で友達に誘われて、イラストクラブに入ったのがきっかけです。

イラストクラブには資料として漫画イラストの描き方について書かれた本もあり、私はそれを読み、実践しながらイラストを描いていました。

それを繰り返すうちに、漫画の体裁でも描くようになりました。

最初は素人の力量に合わない長大なストーリー漫画を描こうとして、ページ数で言えば単行本三冊分くらいをノートに描き溜めて挫折しました。

なお、そのうちの二冊は設定ノートでした。

……内容は御粗末でした。

けれど漫画を描くことは辞めず、反省を踏まえて今度は一話完結の漫画を描き始めました。

それは精々イラストクラブ(中学に入ってからは漫画同好会だったけれど)の友人達に見せるくらいだったけれど、そうしている内に「これ漫画賞に送ってみたらいいんじゃないかな?」と言ってもらえるくらいには描けるようになりました。

駄目元で送った原稿はやっぱり落選したけれど、それをきっかけに投稿を重ねました。

漫画の投稿を五、六年続けて。

高校二年の冬、ある漫画賞に応募した原稿が入選したのです。

その漫画は私が初めて描いた少年漫画でした。

それまで書いていた恋愛要素の強い少女漫画ではなく、たまたま「描いてみたいな」と思った話を漫画にしたものでした。

入選した漫画は読み切りという形で雑誌に掲載され、好評だったのか「連載用のネームを会議に出してみないか?」と編集部の人に言ってもらえました。

たまたま思いついた話を描いただけで、続きなんて無理だと思っていました。

でも、いざ描き始めてみると、スラスラと続きの話を描いている私がいました。

そうしてトントン拍子に話は進み、私は高校を卒業した頃には大学生ではなく漫画家になっていました。

進学するかは悩みました。

けれど、両親は「貴方の好きな人生を選びなさいね。困ったことがあったら支えてあげるから」とまで言ってくれて、私が漫画家になるのを後押ししてくれました。

あのときは、少し泣きました。

そうして漫画家になった私は月刊誌での連載をスタートしました。

最初は慣れないこともあって、挑戦の連続でした。

作品の取材のために色々な格闘技にも手を出してみたり、あとはエアガンを買い漁ったりしましたね。

たまに遊びに来た親からは「何だか男の子みたいね」なんて言われもしましたっけ。

それも今ではいい思い出です。

連載は軌道に乗って二年以上続きました。

人気はまあまあで、雑誌の看板ではないけれど、人気は上から五番目くらいでした。

あと一、二年もしたらアニメ化の話でも来ないかな、なんて考えてもいました。

連載していた雑誌の出版社が倒産したのはそんなときです。

原因は漫画部門以外での赤字による経営破綻。

かくして、私の初めての連載は「第一部完」の煽り文句と共に、雑誌の休刊によって終わってしまいました。

あのときは、しばらく放心していました。

「これからどうしようかなぁ……」ということを何時間も、何日も呟きながら考えていた覚えがあります。

ただ、地獄に仏と言うべきか「うちの雑誌で続きを連載しませんか」と言ってくれる編集者の方がいました。

どうやら出版社ごと潰れたために、行き場をなくした漫画家と作品の争奪戦のようなものが起きていたらしく、私の漫画も運良く引っかかっていたらしいのです。

私は考える時間を貰いました。

考える時間とは、返答を考える時間ではありません。

「連載しませんか?」という問いへの答えは「はい! 喜んで!」しかないでしょう。

けれど……それ以外に考えなければならないことがありました。

それは、描けなくなったこと。

私は、描けなくなっていました。

私の漫画の続きが……描けなくなっていました。

雑誌の休刊による第一部の終了と共に、私の中で主人公が――“マリー・アドラー”が動かなくなりました。

描こうとしても、描こうとしても今までと全く違う感触でした。

物語の中で彼女が動いていない。

まるで死体を釣り糸で動かしているような、そんな錯覚。

スランプ。

まるで呼吸の仕方さえも忘れてしまったかのように、私は自分の漫画が……マリーの物語が描けなくなっていました。

それだけでなく、段々と他の話も書けなくなり、全く関係のない読み切りですら、描くことが出来ない。

私はこれまで私なりに漫画に対して真剣でした。

私の全力で描いてきました。

けれど今はもう描けない。

私は私の能力のあたう限りを尽くして再起を図りました。

取材として自費で世界を回り、あるいは新しい技能を身につければまた違うものが見えるかもしれないと料理や手芸、古武術にも挑戦しました。

けれど駄目でした。

私は私のままでは、もう物語を思い描けない。

『ああ、神様。

お願いです。

私に“私”以外の可能性をください。

私に彼女の物語の続きを書かせてください。

私に彼女を分からせてください』

そう、強く願っていました。

そんなときです。

あるゲームの存在を思い出したのは。

“<Infinite Dendrogram>は新世界とあなただけの< 可能性(オンリーワン) >を提供いたします”

そんな謳い文句と、謳い文句に違わぬ内容で世界を席巻したVRMMO、<Infinite Dendrogram>。

このゲームでなら、あらゆる可能性と人生が用意されたこのゲームならば。

続きを見つけられる気がしました。

私に見えなくなってしまった、私の漫画の続きが見えるかもしれないと、そんな妄想を抱きました。

希望を抱きました。

だから私は、<Infinite Dendrogram>を始めました。

アバターのネームは彼女の名前……マリー・アドラー。

容姿も彼女に似せました。

黒髪のロング、長身で美人、顔にはいつもサングラス。

言動も、彼女に合わせました。

一人称は「ボク」、口調も少し癖のある慇懃無礼に。

行動原理(・・・・) も彼女に合わせて、私は<Infinite Dendrogram>の中で、彼女のロールプレイをしました。

そうすることで、何かが見つかるかもしれない。また何かが始まるかもしれないと。

私の中の彼女が息を吹き返すかもしれない……そう願いながら彼女を演じます。

<Infinite Dendrogram>を始めてから一年。

今でもまだ私は続きを描けていない。

けれど、感じます。

私の心の中に、マリー・アドラーの中に、マリーの息遣いを再び感じる。

私が<Infinite Dendrogram>にいる理由はそれで十分でした。

◇◇◇

□【記者】マリー・アドラー

「んー♪ こんなにあそんだのはひさしぶりなのじゃー♪」

「良かったですね」

ボクが絵を描いた後も彼女はこの広場を満喫しました。

普段は食べないであろう屋台の食事に舌鼓を打ち、水風船を釣り、実に楽しそうに遊んでいました。

今は並んでベンチに座り、可愛い動物の形のべっこう飴を舐めています。

それにしてもここの屋台はどうしてこう日本の縁日チックなのでしょう?

「ギデオンはほんとうにかっきにあふれたまちなのじゃ。ブリティスはくしゃくのいっておったとおりじゃ」

「ブリティス伯爵?」

「うむ、ひごろからわらわにギデオンのたのしさやおもしろさをおしえてくれたものじゃ!」

「へぇ」

グレーですね。

「そうですね。そのブリティス伯爵からお聞きかもしれませんし、すでにご存知かもしれませんがギデオンは特色の多い街です」

南部と東部の国境に近いのでレジェンダリアやカルディナとの交易が盛ん。西の港町とも徒歩で数日の距離ですしね。

観光業でも闘技場を主軸として王国内では有数のリゾート地として資産家や<マスター>を多数呼び込めています。

もう一つ言うことがあるとすれば、主要都市の中では北部国境から最も離れているのでドライフの脅威がないことですね。

「今この王国内で最も隆盛の都市と言えるでしょう」

「うむ。ひとびとのかおも、ふだんのさんぽでみる、おうとのものたちよりあかるかったのじゃ……」

「王都でも普段から今日みたいに抜け出していたのでしょうか」という疑問は棚に置いて。

王女様は普段過ごしている王都の様子を思い出してか少し沈んだ顔をしています。

今の王都の人々は戦争への不安で一杯ですしね。

……先日のPK騒動や、それに端を発する<ノズ森林>焼失事件も拍車掛けましたしね。

「少し胸が痛みます」

「ん? どうしたのじゃマリー。ぐあいがわるくなったのか?」

「いえ、問題ありません。それより王都の人々のことを思っていらっしゃるようですが、大丈夫です。王都の人々の顔色だってすぐに良くなりますよ。そのためにお城の人々は頑張っているのでしょう?」

「……そうじゃな! あねうえならだいじょうぶじゃ!」

「ええ」

無理ですけどね。

善政を敷いて国が安定するのは国内だけで完結しているときです。

明確に敵対している国がある状態では、善政だけで不安と実害を抑えることは出来ません。

けれど、「敵国がいるからまだまだずっと王都の人達の不安は続くよ」なんてこの子に言いたくはありません。

嘘で気休めですけど機嫌も直ったので今はこれで。

「わらわもこれからもあねうえのおしごとをてつだうのじゃ!」

「ええ、頑張ってください、王女様」

「むー」

あれ?

機嫌が直ったと思ったらまた急に不機嫌です。

「どうなさいました、王女様?」

「それじゃ!」

「それ?」

「マリーはさっきからずっとわらわのことをおうじょさまおうじょさまと! きょぎをかん……きょりをかんじるのじゃ!」

距離を感じるですか。なるほどたしかに彼女の名前を呼ばずに立場だけで呼んでいたらそういう気持ちを抱かれるかもしれませんね。

それと噛んだだけでしょうけど、虚偽を感じても不思議ではありませんね。

私、嘘の塊ですから。

「ではエリちゃんとお呼びしましょう」

「…………」

あ、沈黙。

さすがに距離を縮め過ぎましたかね。

「エリちゃん……」

「お嫌ですか?」

「いな! エリちゃんがいいのじゃ! これからわらわはエリちゃんなのじゃ!」

気に入ったんですね。

「はい、エリちゃん」

「えへー」

あら、かわいい笑顔。

お持ち帰りしたい。

頬ずりして一緒に寝たい。

…………いやいやいやいや、それ完全に事案だから。

しかも要人誘拐だから。

っと、そうだ。

要人で思い出しました。

「そういえばエリちゃんは滞在先から抜け出したと仰っていましたけど、この街に来た用事は何だったんですか?」

「ギデオンかんこうじゃ!」

「すみません、尋ね方を間違えました。公務の方です」

内心で答えを半ば確信しながら尋ねてみます。

「うむ、あすのとうぎじょうのイベントのしさつにきたのじゃ」

やっぱり<超級激突>の観覧でしたか。

ギデオンでも初めてのイベントですからね。

王族が観覧して箔をつけるくらいはあるでしょうね。

「あねうえもあしたにはくるはずなのじゃ」

え?

「……お姉さん?」

「うむ」

アルター王国第二王女であるエリちゃんのお姉さん。

それは、アルター王国第一王女にして国王代行アルティミア・A・アルター殿下に他ならない。

解せませんね。

箔付けなら二人も来る必要はないでしょうに。

何かあるのでしょうか。

「エリちゃんはお姉さんとは別にこの街に入ったんですねー」

「きのうはあねうえの“みょうだい”として、りょうしゅのギデオンはくしゃくにあいさつしたり、あすのばんさんかいのうちあわせをしたり、いろいろたいへんだったのじゃ」

ちっちゃい子にあまり仕事を任せないでください。

と言いたいところですがそれも王族のお役目という奴なのでしょうね。

「だからきょうは、いきぬきができて、ちょうたのしかったのじゃ!」

「ボクもエリちゃんが喜んでくれて嬉しいですねー。あ、ちょっと用事があるので移動しても大丈夫ですか?」

「うむ! ひろばはまんきつしたのじゃ!」

私はエリちゃんの手を引いて立ち上がり、食べ終わった飴の棒をゴミ箱に捨ててそこから立ち去りました。

途中、視界の端の街灯に視線を移し、金属質な表面に映りこんだ もの(・・) を見る。

「……尾けてきているのは三人ですか」

「どうしたのじゃ?」

「いえ、なんでもありませんよエリちゃん」

闘技場前の広場を後にしてからボクはエリちゃんを連れて<DIN>のギデオン支局に立ち寄りました。

<DIN>――<デンドログラム・インフォメーション・ネットワーク>は<Infinite Dendrogram>にある新聞社の一つです。

【騎士】が王国の騎士団で、【忍者】や【隠密】が天地の忍びの里で登録してなるように……【記者】は世界各地の新聞社、出版社などのマスメディアに属することで転職できます。

私の漫画の主人公であるマリーはジャーナリストでもあったので、【記者】のジョブを選択するのは確定事項でした。

その折、私が数ある新聞社の中から選択したのが<DIN>です。

<DIN>は業界最大手ではありませんが、各国の主要な街に支局があるのが特徴です。

他には新聞社を営む一方で情報屋としても活動していることや、国境を越えて情報を配信していることも漫画みたいで気に入ったんですよね。

<DIN>の支局はこのギデオンにもあります。

明日のイベントのチケットを取り扱っているダフ屋の場所もギデオン支局の同僚に教えてもらいました。

ちなみに私も含めた<DIN>所属の<マスター>は全員特派員扱いです。色々な場所行きますからね。

ボクもスタート地点は天地でしたけど、そこからグランバロア、黄河、カルディナと各国を転々とした後に今はアルター王国のギデオンにいますからね。

行動力や戦闘力、何より情報を持ち帰るための生存力も含めて<マスター>は特派員にぴったりなのです。

……真っ当な【記者】だと戦闘行為できないからデスペナ率高そうですけどね。

【記者】の《ペンは剣よりも強し》は戦闘行動が取れなくなるデメリットのあるスキルです。

しかしこれは【聖騎士】の《聖騎士の加護》などと同様にその系統のジョブでのみ有効化されるスキルです。

一時的にメインのジョブを別系統のジョブに切り替えれば無効化して戦闘行動が取れます。

だから【記者】の<マスター>が旅をしようと思ったら一時的に別のジョブに切り替えて移動、取材現場では【記者】として情報収集、それからまたジョブ切り替えて移動って手法を取りますね。

問題があるとすれば、基本的にジョブの切り替えが街々にあるセーブポイントでしか出来ないことですね。

他にメインジョブを瞬時に変更できるアイテム、【ジョブクリスタル】を使う手もありますけど……高い上に使い捨てですし。

【記者】のままでも、切り替える方式でも、一長一短。

だから私はどっちも やっていません(・・・・・・・) 。

閑話休題。

ギデオン支局に足を踏み入れたエリちゃんはと言えば、社会科見学の後の小学生みたいな面持ちでした。

まぁ、とは言ってもバレるとまずいので顔にはお面つけてますけど。

視覚誤認の《幻惑》やステータスを偽る《偽装》を見破るスキル持ってる人多いんですよね、【記者】だから。

「しんぶんしゃとは、かようにせわしないところであったのじゃ」

「明日のイベントの取材準備で大変なんですよ。ボクも一仕事押し付けられましたしねー」

ダフ屋を教えてもらった御礼を伝えたときに、諸々の取材器具を持たされました。折角の特等席なのでバッチリ記録して欲しいそうです。

マスコミ席も取っているでしょうに……色んな角度から撮れた方がいいのは分かりますけどね。

格闘技の試合でもベストショットは角度が大事。漫画を描くときに資料写真としてよく使っていたので分かります。

ギデオン支局では然程長居せず、挨拶をしたらある二つの情報だけ教えていただいてすぐに立ち去りました。

私がギデオン支局で得た情報、それはとある二家の貴族の情報です。

一つ目はこのギデオンを収めるギデオン伯爵家です。

現在ギデオンを治めているアッシュバレー・ギデオン伯爵は現在十五歳の少年です。

先代のギデオン伯爵である父親が二ヶ月前に病気で亡くなって急遽伯爵家を継いだそうです。

なお、元服したのが一ヶ月前なので正式に継ぐまでに少々ラグがあったそうですが、元服した今はもう伯爵として扱われているらしいです。

元服と言えばこんな話があります。

このアルター王国の貴族は戦争の際に当主ではなく後継者である嫡男などが参陣するのが慣例です。

「逆じゃないの?」とも思いますが、“そうした苦難、試練を生き残れる者こそ次代の貴族に相応しい”という考えがあるのだそうです。

しかしながら半年前の戦争の際、彼は元服していませんでしたので戦争には参加せずに済んだそうです。

ちなみに名代として伯爵家に仕える武官が参陣したのですが、その方は戦争でお亡くなりになってしまったらしいので、伯爵は運が良かったんですね。

けれど良い事ばかりでもありません。

現在このギデオンの街はゴゥズメイズ山賊団なる組織によって連続誘拐事件が起きています。

事件は先代の存命時から起きていたそうですが、代替わりした今も解決の目処が立っていないそうです。

このことでまだ若いギデオン伯爵の治安維持と領地管理能力が疑問視されています。

口さがない貴族の間では、別の者に任せるのが良いのではないかという話題も話されているとか。

けれど第一王女や国政を握る重鎮貴族達はギデオン伯爵家を信頼しており、任を解くつもりがないそうです。

このままゴゥズメイズ山賊団の被害が続けばまた話も変わるかもしれませんが、逆に誰かがひょっこり解決してくれるかもしれません。

もう一つはブリティス伯爵家です。

ブリティス伯爵家はこのギデオンと<西海>に面した港町の間に領地を持っていました。

当主はアルザール・ブリティス伯爵。御年六十ながらまだまだ元気だそうです。

エリちゃんに“ギデオンの楽しさ”を吹き込んだ彼の御仁ですが、前ギデオン伯爵の代からギデオン伯爵家とは険悪だったとか。

馬が合わなかったこと。

同程度の規模の領地ながら、内実は決闘都市を抱えるギデオン伯爵家と雲泥の差があったこと。

他にも色々因縁があったそうです。

私見を挟めばこの時点でおかしいのです。

なぜ、ギデオン伯爵家を嫌っているブリティス伯爵が、エリちゃんに“ギデオンの楽しさ”を伝えたのか。

憎く思っている相手のこと、普通ならば悪く言うはずです。

この街は短所を突こうと思えばいくらでも列挙できるのですから。

しかし、プラスの情報しか伝えていない。

これはもうエリちゃんにギデオンへの興味を抱かせて街中を出歩かせたかったとしか思えません。

出歩かせてどうするか、はまだ推測段階ですけど。

そうそう、このブリティス伯爵についてはこんな情報もありました。

ブリティス伯爵には年を取ってから出来た一人息子がいました。

ブリティス伯爵は非常に子煩悩で、目に入れても痛くないほど可愛がっていたそうです。

元服も済ませ、正式に後継者として将来を楽しみにしていました。

ええ、元服済みでした。

先日の戦争の時点で。

彼は慣例に則り、父であるブリティス伯爵の名代として参陣しました。

ブリティス伯爵は息子を思い、ありったけの財を使って兵士をかき集めました。

息子が無事に帰ってくるようにと。

また八方手も尽くし、王国最強の近衛騎士団の近くに自分の領地の軍が配備されるようにしました。

息子が無事に帰ってくるようにと。

息子のために全てを費やしたブリティス伯爵に残ったものは……家紋入りの指輪を嵌めた息子の右手首だけでした。

【 魔将軍(ヘル・ジェネラル) 】ローガン・ゴッドハルト。

ドライフ皇国のトップランカーの一人であり、悪魔使いとして名が知れた<マスター>。

彼は戦争のとき、近衛騎士団長の首を狙って動いていたそうです。

そして近衛騎士団近くに陣取っていたブリティス領軍は、【魔将軍】が率いる三千を超す人食い悪魔によって蹂躙され、死体はほとんど残らなかったそうです。

こうして、ブリティス伯爵は後継者である愛する息子を喪いました。

不幸はそれだけでなく、戦争で兵士を集めるために使った資金、それから膨大な死者の遺族に対する弔慰金。

トドメに、ブリティス伯爵領で発生した流行り病。

それを王国内に拡散させず、領内に押し留めるために、彼は残る財力の全てを使いました。

そうして流行り病は抑えられましたが、ブリティス伯爵領は完全に破綻しました。

ブリティス伯爵は王家に頭を下げ、領地を返上しました。

普通は領地運営が困難になってもまだどうにか続けるものです(過程で領民に大きな被害が出るのが常ですが)。

けれどブリティス伯爵はそれをせず、早々に王家に領地を返しました。

これは王家の直轄地とすることで領民を救おうとしたからだとも、後継者を亡くしてもう領地に対して何の未練もなくなったからだとも言われています。

そうしてブリティス伯爵は領地を持たない法衣貴族となり、一文官として王宮内で働いているそうです。

今現在、彼は何を考えているのでしょうか?

「しかし、貴族の情報がこんなに詳しく分かるとは……」

流石は新聞社。偉い人のゴシップが沢山です。

情報のピースが足されたお陰で色々筋書きが読めてきました。

しかし私の想定通りだとすると、随分と捨て鉢です。

余程上手く転がらないと思うとおりの結果にはならないでしょうに。

「エリちゃん、ブリティス伯爵ってどんな人ですか?」

「ブリティスはくしゃくか? まじめなひとじゃ」

真面目、ですか。

「けれど、ときどきすごくさびしそうなかおをするのじゃ」

「寂しそう?」

「わらわもさびしいから、よくわかるのじゃ」

そう言って、エリちゃんは少し沈んだ顔でどこか遠く……王都のある方角を見ています。

「わらわにはあねうえといもうとがいるのじゃ」

「ええ、知っています」

「ふたりは、とてもたいへんなのじゃ」

エリちゃんの姉である第一王女アルティミアは国王代理として激務の中にあり、妹の第三王女テレジアは病弱で滅菌された奥の院でしか生活できないと聞いています。

「あねうえとはとしがはなれているし、テレジアはずっとベッドのうえ。しまいでいっしょにあそぶこともなかったのじゃ。けれど、このはんとしは……かぞくとしてすごすこともままならぬ」

エリちゃんは消えそうな溜息をつきました。

「ずっと、さびしかったのじゃ。わらわがほんとうに、あいされているのか、わからなくなったのじゃ」

「……エリちゃん」

今日、直接出会うまで私はエリちゃんのことを我侭な王女様だと聞いていました。

アルターの第二王女はとても我侭で、無駄に活発で、実に傍若無人で、手に負えないくらい好奇心旺盛だ、と。

実際そうでもあるのでしょう。

今回もギデオンの街を観光するのに供もつけず、滞在先から脱走しているのですから。

けれど、ひょっとしたら姉や妹と家族として過ごせない寂しさがエリちゃんの行動に拍車を掛けていたのかもしれない。

「だが、きょうはうれしかったのじゃ! マリーがいっしょにあそんでくれて、たのしかった! こんなふうにあそんだのははじめてじゃ!」

エリちゃんは私の手を両手でギュッと握って、黒雲が晴れた後の日差しにも似た明るい笑顔を見せてくれました。

「喜んでもらえたらボクも嬉しいですねー」

「うむ、すごくよろこんだ! まるでえほんのまほうのようにすてきなじかんだったのじゃ! ……けれど」

エリちゃんは、言葉を切ってうつむきます。

「けれど……まほうのじかんはおわるものじゃ」

そう言って、エリちゃんは握っていた手を離し、私に背中を向けました。

「わらわはそろそろ、もどろうとおもう」

「……お気は済みましたか? エリちゃん」

「うむ! マリーにげんきをもらったおかげで、あしたからもこうむをがんばれるのじゃ」

そう言って、エリちゃんは背中を向けたまま両手をギュッと握り締めた。

「いつか、もっとこうむをがんばれるようになったら、あねうえのしごともわらわがやってみせて、あねうえにおやすみをあげるのじゃ」

エリちゃんは振り返り、満面の笑顔でこう言いました。

「そしたら、こんどはあねうえといっしょにこのギデオンをまわるのじゃ!」

エリちゃんの言葉。

それは小さな子供の決意と夢。

彼女や姉の立場を考えれば、実際にそれを叶えられるかは分からない。

けれど……。

「ええ、エリちゃんならきっとできますよ」

嘘ではなく、願いとして私はそう答えた。

本当に、この子の純真な夢が叶ってほしいと心から思う。

だから、エリちゃんの夢を叶えるために私も少しお手伝いしましょう。

◆◆◆

■???

「ターゲットと付随人物が移動を開始。方角は一番街……滞在先であるギデオン伯爵の邸宅と予想」

「映像は【魔法カメラ】で記録してあります。あの<マスター>を下手人に仕立て上げる“証拠”は揃っています。事を起こすならば今でしょう」

「市内の情報撹乱に回っていた各班に伝達。集合してターゲット――アルター王国第二王女エリザベート・S・アルターを抹殺する」

To be continued