軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十二話 <ウェルキン・アライアンス>

□王国某所

そこは部屋と調度品の調和のとれていない空間だった。

壁や天井……部屋自体はプレハブの簡易な設備。

だが、壁に沿って置かれた調度品は木造のアンティークであり、高価そうな本棚には貴重な本が幾つも収められている。

机も同様で、卓上には精巧で大型のドールハウスが飾られていた。

「…………」

部屋の中央に置かれたベッドには十代半ばほどの少年が横になっている。

しかし窓から差し込む日光で朝を迎えたことを察して、ベッドから起き上がった。

着替え始め、衣服の上に黄色いコート、白いコート、そして最後に黒いコートを重ねて着る。

重ね着のしすぎで全身のシルエットが歪んだのも気にせず、彼は卓上のものを拾い上げてコートの中に仕舞い込んだ。

そのまま自室の扉を開けて、仲間達の集まる食堂へと向かう。

「あ、オーナー。おはようございます」

「うん。おはよー。今日はいい天気だねぇ」

「そうですね。お陰でいつもよりはここも暖かいです」

窓の外を見れば、今日も晴れ渡った天気の下、『自らと同じ高さにある雲』が目に入る。

過ぎ行く雲を目で追って……。

「今日も何もないといいねー」

<ウェルキン・アライアンス>のオーナー、【嵐王】ケイデンスはしみじみとそう述べたのだった。

アルター王国上空、高度二〇〇〇メテル。

空中を漂う積雲の中に、その施設……<アライアンス>の重要拠点、<ターミナル・クラウド>は紛れていた。

ケイデンスが持つ『雲を浮遊物質として固める』特典武具で土台を作り、その上に築き上げた空中拠点。

もっとも土台はあれど建設当時のクランに建築の専門家はおらず、外注の職人にしても雲上の建設などしたことはなかったため、拠点自体は簡単なつくりになってしまった。

そもそもの話として、拠点を空に設けることはデメリットの方が遥かに大きい。

『空中に生息する強力なモンスターの脅威に四六時中さらされる』、『復帰できるセーブポイントがない』、『地上から持ち込まなければ食料はおろか水にも困る』など様々で、数えれば両手の指が必要だろう。

そして、メリットはデメリットに比べれば少なく、小さなものだ。

数少ない意味としては 宣伝(コマーシャル) 。空中に在り続ける拠点を持つことで、『空輸』というこの世界で衰退していた概念への信頼性を高め、仕事に繋がっている。

しかしそれも、『防衛のために常にメンバーが詰めなければならない』というデメリットと表裏一体だ。メンバーが空輸やクエストに挑む傍ら、お留守番である。

「ねぇ、知ってる~?」

いつもより比較的多く、そして中核と言えるメンバーも集まった食堂の円卓。皿の上に盛られた焼き菓子をサクサクと齧りながら、ケイデンスが仲間達に話しかける。

仲間達はサブオーナーのリーフを除き、極地の基地に駐留しているかのような厚着である。施設の作りが悪い影響で、高度の割に壁の断熱効果が弱いのだ。

なお、そんな空間でもリーフは肌を露出した民族衣装に似た装備である。

「 この焼き菓子(ラングドシャ) ってフランス語で『猫の舌』って意味なんだってー。でもドイツの『 猫の舌(カッツェンツンゲン) 』ってお菓子はチョコレート菓子なんだってー。何でお菓子の種類も違うのに名前共通なんだろうねー」

「ヨーロッパの人達がとっても猫の舌を食べたかったからでは!」

「かもねー」

オーナーとサブオーナーのやりとりに、メンバーからは笑いが零れる。

オーナーの雑学話題振りは<ウェルキン・アライアンス>ではいつものことだ。

もっとも戦時ゆえ通常の輸送業務は止まっているため、全てが常のままではない。

「ところでオーナー! 呑気にお菓子を食べていていいのでしょうか!」

「というとー?」

「一日目が終了しましたが、私達は何も仕事をしてません! 【魔将軍】ともフィガロが戦いました! どうしましょう!」

「私達の仕事だったのですが!」と悩むリーフに、ケイデンスは呑気な喋り方を変えないまま答える。

「いいんじゃなーい? 『砦』の破壊は確認されたんだし、誰が入れても得点は得点。これで戦争は王国が一ポイント先行だね」

両国の元首が隔離されている中立地帯の施設には、フラッグの破壊状況と連動したスコアボードが設置されている。

そこで得られた情報は、通信を介して両国の参戦者に伝わる仕組みだ。

「有利なのはめでたいです! でも不思議です! 前情報では王国不利と聞いておりましたので!」

<超級>の数はともかく、準<超級>や<マスター>の総数は皇国が倍以上。

ゆえに<マスター>が主戦力となる戦争ならば、王国は数の差で不利に陥る。

「バランス調整されてるんじゃない?」

「バランス?」

「多分ねー。どこもかしこも皇国のワンサイドゲームは望んじゃいないんだよねー。色々足を引っ張られてるんじゃないかなー」

「???」

「ワンサイドゲームがイヤってだけで、王国の勝ちを望んでるわけじゃないだろうけど」

ケイデンスは明後日の方向……どこか遠くの空を見ながらそんなことを呟く。

「それにさー。スポーツでも何でも接戦にした方が盛り上がるし、見ていて面白い場面も増えるからねー。ドラマは作るもの、ってね」

「スポーツは筋書きのないドラマですね! 分かります!」

(……筋書きあるって言ってるんだけどね)

ケイデンスは話に含ませた意図が読めていないらしいサブオーナーを少し心配した。

(まぁ、僕も受け売りだからあんまり偉そうにも言えないけどね。何だっけ。管理AIにしても、カルディナにしても、あっさりと決着がつくケースだけは望んでないだろう……とか何とか)

ケイデンスがリアルの知り合いから聞いた考察だ。

<エンブリオ>の進化を促したい傾向が見られる管理AI、他国の被害を望んでいる節があるカルディナ。どちらからしてもこの戦争は長く、派手に、そして被害が大きい方が得られるものが多いだろう、と。

ゆえに、見えない形での干渉を施されている可能性が高い。

(情報はできるだけ集めてって言われてもなぁ。こっちはろくに戦ってもいないし……戦いたくもないし……)

ケイデンスは溜息を吐く。

「正直さー、戦争なんてやめてほしかったよね。こっちの業務が滞るよ。要請には応えなきゃいけないし」

「わかるっす。大口の仕事も止まっちゃったっすよ。 NPC(客) の出入りが制限されてるっす」

「フィールドを動くだけでも『ランカーだ!』と目を付けられる。昨日は地上から狙撃されたぞ」

「ですが、どの道通常業務が止まって暇なんです。折角の三十倍時間なのでイベントに参加してもいいかと」

ケイデンスの愚痴に、メンバーからは概ね同意する声が続いた。

そも、<ウェルキン・アライアンス>は王国四位の上位クランではあるが、戦闘がメインのクランではない。

大規模高速輸送や旅客業務がメインの商業クランである。

他のゲームと違い、いわゆる転移ゲートやファストトラベルが著しく制限されている<Infinite Dendrogram>において、空輸は移動・輸送手段の最先端である。

もっとも、強力なモンスターの生息域である空を行き交うことは、巨大水棲モンスターの奇襲に苛まれる海と同様にリスクがあり、高い飛行能力と戦闘力が必須となる。

それでも<ウェルキン・アライアンス>の空輸・旅客要員はいずれもその条件を満たし、空の通行権を得ている。

「まぁ、戦争前には稼がせてもらったけどさー」

他国への航空便は一回でもかなりの金額が動くため、彼らは通常業務で大金を稼ぐことができる。空輸に関してはアイテムボックスの存在で地球よりも格段に輸送量が多くなり、利益も大きい。

特に、前回の戦争後や今回の戦争前など、他国への脱出を願う資産家や、逆に商機と見た商人の依頼が大量に舞い込み、<アライアンス>は大儲けしている。

「王国が続いた方が面倒じゃなくていいから勝ってもほしいけどー、それでもやっぱり通常の業務が恋しくもなるよねー」

「じゃあ特典武具欲しさで“トーナメント”に出なければよかったと思います! オーナー達は参加者だったから強制参加なので!」

「正論だけどー」

ケイデンスは先日開催された“トーナメント”の七日目に出場し、優勝している。

特典武具も無事に獲得している。

そのため、ケイデンスも戦争参加自体を拒否はしていない。面倒がってはいるが。

「だってさー、推定された特性が『ワープ』だよ? 輸送クランとしても気になったし……」

自分が特典武具を得るためと言うよりも、その特典でシェアを奪われる危険を考えての参加だった。

なお、実際の<UBM>は『ワープ?』という代物だった。

有用ではあったしシェアが奪われることもなかったが、ケイデンスとしては『思ってたのと違う』という感想だった。

なお、愚痴に同意したメンバー達も“トーナメント”参加者である。

「そういえばさー、リーフは“トーナメント”出てないのに参加してるよね」

“トーナメント”開催中も真面目にクエストをしていたサブオーナーに、何で戦争に参加しているのか尋ねると……。

「私は王国の討伐ランカーですので! ここが頑張りどころかと!」

やる気に満ちた答えが返ってきた。

前向き体育会系の権化のようなサブオーナーに、メンバーからは「陽の気を感じる……」とか「リーフさんはこんなときも変わらないっすね」という声と、いくらかの拍手が飛ぶ。

ケイデンスは特に彼女の発言に何を言うでもなく、うんうんと頷いている。

クランを管理しているのはケイデンスだが、牽引役としては彼女くらいやる気のある人間の方が適しているだろう。

利益についての考えが甘いので、オーナーまで任せるわけにはいかないが。

「という訳でオーナー! 頑張りたいのですが! またパトロールに行きましょうか!」

「暇ならそれでもいいと思うけどねー。どこかのタイミングでこっちに応援要請はいると思うから待機で」

「応援要請?」

「ほら。<命>らしいデスピリのオーナーが重傷負って、他もダメージ出てるらしいじゃない? それを治療できる<月世の会>のオーナーのところに運ぶか、逆にあっちを運ぶか。どっちにしてもねー、いま比較的安全に移動できる交通手段って僕らだもの。だから空輸の要請があるのを待ってるのさ」

ケイデンスの言葉を聞いたメンバーは「それで哨戒の人数減らして拠点に集めたのか」と納得する。

重要人物の護送を行うならば、護衛戦力は多いに越したことはない。

「……デスピリから追加で報酬とれないかなぁ」

「オーナー! それはちょっとケチではないでしょうか! それに頑張った報酬は出ますよ!」

「貯蓄は大事だよー。貯蓄すれば準<超級>でも<超級>に匹敵するしー。……まぁ貯蓄した<超級>には負けたんだけど。セラエノは悪趣味なのに強いからなぁ……」

「?」

後半は小さな独り言であったため、リーフ達には聞こえていなかった。

ケイデンスは気を取り直すようにポンと両手を合わせ、異なる話題を口にする。

「でさー、主要メンバーも集まってるから今のうちに聞こうと思うんだけど。戦争で王国負けたらどうする?」

「縁起でもないのでは!」

「大事なこと大事なこと。リスク管理だしー。実は皇国勝ったら他所に移転しようと思ってるんだけどねー」

「そうですね。皇国が上に立てば制限はきついでしょう。あちらの上位クランは国と絡みすぎています」

「公的資金はしがらみと背中合わせだからねー」

利益の話には向かないリーフは置いておいて、ケイデンスとメンバーは相談する。

「移転候補は? カルディナはあっちの利権散々潰したからやばくないっすか?」

「大陸横断は砂漠のルートを押さえているカルディナが主で、あとは遠回りなグランバロアでしたからね。そこに我々が参入して、シェアにも影響を与えました。恨まれていても不思議ありません」

「それで言うなら天地か黄河、あとはレジェンダリアしかないだろ。東西の端のどっちにあっても業務は続けられる」

「いやぁ、レジェンダリアはちょっと……同じ国にはいたくない人がいるので……」

「オーナーが露骨に人を避けるって珍しいっすね。誰っすか? やっぱり厚着剥かれるからバルク・ボルカンっすか?」

「強制露出の人じゃないけどー。……ていうか特定個人に限らず結構怖くない、あの国? 輸送業務で何度も行ってるけど、不穏な空気ない?」

「「「たしかに」」」

中核メンバーだけでなく他のメンバーも加わり、ああだこうだとクランの今後について話している。

「あの! 気になったのですが!」

すると、若干蚊帳の外になっていたリーフが挙手をした。

「なんだい?」

「 ここ(・・) はどうしましょう!」

「あぁ……」

リーフの言葉に、メンバー達が<ターミナル・クラウド>の壁を見る。

他国に移転するというなら地上の本拠地は売り払えばいいが、ここはまた話が変わる。

空中拠点であるがゆえに、利用できる者は限られるだろう。買い手がいない。

「牽引するか? 交代で運べばなんとかなるだろ。オーナーとリーフなら一人でも牽ける」

「目立ちますし、この施設で砂漠の上を通るとカルディナに目を付けられそうですよ」

「いっそここは壊してあっちで作り直してもいいんじゃないっすか? 土台はオーナーが雲固めてくれればすぐにできるっすよね。それに建築系のジョブレベル上げてるメンバーいますし今よりいいもんできますよ」

「えぇ!? そんなご無体な! ここには愛着があるんですよ!?」

「でもリーフさん。ここって正直住み心地悪いっすよ。もっと快適な施設作りましょうよ」

メンバー間でこの施設の処理についてあれこれと意見が交わされるが、オーナーであるケイデンスは口出ししなかった。

それでも何分か話が続き、「オーナーはどう思いますか?」と尋ねられ……。

「僕は建て替えで大丈夫だよー。東部なら雲にも困らないだろうからー。まぁ、王国が戦争に勝ってこのまま使い続けられた方が楽だけれど。その場合も施設のリフォームには賛成かなー。そうでなければ、もう安全性のコマーシャルは十分だから、地上拠点だけにする手もあるしねー」

と、あっさり答えたのだった。

リーフは「オーナー! モノは大事にすべきですよ!」と怒っていたが、他のメンバーは少しの疑問を抱いた。

『この施設の建設を強く勧めたのはオーナーだったはずでは?』、と。

雲を固める特典武具を入手し、それで空中拠点を建造した。

なおかつ、施設を維持するための宿直役も多く担っていた。

『僕は空輸向きじゃないし、<エンブリオ>のチャージにも丁度いいしねー』と言っていたが、この寒い空の上に独り待機するのはあまり楽しくはない経験だったはずだ。

そこまでして維持してきた施設の破棄を、彼は簡単に認めている。

メンバー達は心変わりの理由は何かと考え、『事前の想定よりも維持が大変だったからやめたくなったのか』と結論付けた。

そんなタイミングで、不意に通信魔法の装置が鳴った。

「あ。例の応援要請かな? こちら<ウェルキン・アライアンス>。空輸の要請でしょうかー? ……え?」

そうして通信を始めたケイデンスだが、その様子が少しおかしいことにメンバーも気づく。

ケイデンスは一分ほど通信相手の言葉を聞くだけだったが、最後に「情報提供ありがとね」と言って通信を切った。

「――――」

通信後の彼の表情に喜びはなく、苛立っている様子もない。面倒という感情もない。

ただ、無表情だった。

まるで表情パターンの消えた3Dモデルのような、機械的な無表情がそこにあった。

この場にいるメンバー達も、初めて見る顔だ。

「オーナー……?」

リーフが心配そうに声をかけると、ケイデンスは無表情を止め、苦笑を浮かべる。

「いやー、参っちゃうよ。皇国の飛行部隊がここに攻めて来るんだってさ」

「ええ!?」

「マジかよ、オーナー!」

「嘘偽りなく。王都からの直送情報だよ。――迎撃準備」

ケイデンスの言葉を受けて、メンバーが椅子から立ち上がる。

「索敵は密に。迷彩や気配遮断持ち相手でも見逃さないように僕も気流操作で探る。発見後の初手はいつも通りフォールの必殺スキル。ナナメはそれで落ちなかったガーディアンか従魔を狙って。スライドは敵の行動阻害。他のメンバーは現場でフォールの指揮に従って」

「「「了解」」」

メンバー達はケイデンスの指示に応じる。

そこには先ほどまでの駄弁り、弛緩していた空気はない。

次いで、ケイデンスの視線はサブオーナーに移る。

「リーフ」

「はい!」

「 蹂躙(・・) よろしく」

「了解です!」

ケイデンスのシンプルな要請を、リーフも当然のように了解する。

リーフにはそれができると、クランの誰もが知っている。

「あー。それと今のうちに部屋の私物は自分のアイテムボックスに戻しといてねー。流れ次第でこの施設の解体が早まるだろうから。ここにいないメンバーにも通達よろしくー」

ケイデンスの笑えない冗談のような忠告に、メンバー達は苦笑するしかない。

そうしてメンバー達は迎撃準備や食堂外・哨戒中のメンバーへの通達に動き、食堂にはケイデンスが一人残される。

独りになった彼の表情は、再び無表情になっていた。

(『ここが<宝>の保存場所』、ね)

先刻の通信相手……王都にいたルークから伝えられた情報に、ケイデンスの内心は穏やかではない。

(皇国がその考えに至ったのは周辺状況から推測した結果か、それともどこかの誰かが情報を流したのか。どっちにしてもこれで戦闘確実。面倒なことに……)

「……ん? 戦闘確実(・・・・) ……? まさか……そういうこと? ……やってくれるなぁ、もう……」

とても困ったという口調で呟きながら、ケイデンスも迎撃のために動き出す。

なお、そうする間も彼は無表情で……口を開いてすらいなかった。

To be continued