軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十一話 命を分別するモノ

□■???

陽炎に包まれたビースリー達は眩い光と奇妙な浮遊感を覚え、それが終わったときには異なる空間に身を移されていた。

聖堂の壁も天井もなく、遮る物のない無機質な平面に立たされている。

地面代わりの平面を除く視線の先には、上も含めた全周に透明な 膜(・) のようなものが掛かっており、その向こうには…… 何も(・・) 無い。

膜を境に断崖絶壁となり、その先は空中となっている。

もしも外から見れば、半球が宙に浮いているような構造になるだろう。

「……これは、テリトリーやラビリンス? それとも対象を閉じ込める特典武具?」

見上げればドームの天頂には輝く小さな太陽があり、夕刻であった王都とは違い真昼の明るさを保っている。完全に、通常の空間とは異なる世界だった。

地形以外の要素を周囲に探せば、エフや聖堂にいた<AETL連合>の<マスター>、そして聖堂内では見覚えのない<マスター>達の姿がある。

「な、なんだここ!?」

「え? 俺、買い物してて……え?」

見覚えのない者達は、何が起きたかも分からず混乱している様子だ。比べると、<AETL連合>の面々は『敵と相対していた』という状況は理解していたので、緊張しつつもまだ落ち着いている。

そうした人々から少し離れて治療施設にいた<マスター>達……【黒纏套】に包まれて眠っていたレイを含めた重傷者達の姿もある。

逆に、彼女達をここに誘ったスプレンディダの姿はない。

「…………!」

この異常事態を前に思案すべきことは多いが、ビースリーはまずレイへと駆ける。

同様に、<AETL連合>の<マスター>達もレイや重傷者を護るべく集まった。

「……ふむ」

仲間を護る行動を優先する彼女達とは違い、エフは 検証(・・) を担当することにした。

(ログアウトは……やはり不可。結界系のスキルやテリトリーの<エンブリオ>のように、制限されるスキルの影響下でのログアウトはできない)

エフは自身の<エンブリオ>であるゾディアックを動かし、周囲を走査する。

(膜の形状は半球形。中心点から膜までの距離は約二〇〇メートル。私と彼女、それに<AETL連合>の初期配置は凡そ放り込まれる前と同じ。増えた人間は…… 外(・) にいたのか)

エフは、中心点はこの空間に彼らを誘ったスプレンディダの位置なのだろうと察していた。そして増えた人間は、教会の外にいた<マスター>達だ。

スプレンディダから半径二〇〇メテルにいた<マスター>は、無差別に放り込まれたのだろう。

(<マスター>を対象としつつ、その中での取捨選択はない。『対象限定』と『取捨選択不可』で二重の縛りを課してのスキル出力上昇。……取捨選択できるならば 彼(レイ) だけを取り込んで始末していたはず)

現状から、スプレンディダの使用した特典武具についての情報を自身の内で考察する。

ジョブや<エンブリオ>のスキルという線はない。《看破》で見えたジョブは【猛毒術師】であったし、スプレンディダの<エンブリオ>が自身の回復力を増強するものであることは知られている。亜空間を作り出して他の人間を収容するなど、<エンブリオ>として傾向がズレるにも程がある。

(スプレンディダ自身の姿がない。また姿を変えて紛れたか? 変装の装備が壊れたとは言ったが、『 一つしかない(・・・・・・) 』とは言っていない。予備があれば、人が増えた現状で紛れることは容易い。 彼女(バルバロイ) もそれを警戒して防御態勢になっている)

外の人間が増えたことで、人数は倍以上。

この空間に移される際、光によって視界が潰されていたためスプレンディダが化けて隠れる時間は十分にあった。不意打ちを仕掛けてくる恐れは十二分にある。

「…………」

エフは他の<マスター>をゾディアックの俯瞰視点で観察する。

気を張ってレイ達を護るビースリーや<AETL連合>と、それ以外の<マスター>の間で空気の違いのようなものがあった。

(この戦争に勝つために動いている彼女達と、戦争に参加せずに戦争の『 ボーナスタイム(三〇倍加速時間) 』で街をぶらついていた<マスター>の意識差。後者は状況を全く分からず、前者を怪訝に思っている。前者も後者の中にスプレンディダがいる危険を考えている。あるいはこの空気も策の内で、変装とは別の手段で隠れている?)

エフはそこまで思案して、左手を掲げる。

直後、彼の左手の甲に光の粒子が吸い込まれ――<エンブリオ>が帰還した。

(明確に通常の空間と隔絶されている。だが、『外』に配置していたゾディアックの一部を戻す試みは成功。外との視界も繋がっている。あとは……)

エフの<エンブリオ>である【光輝展星 ゾディアック】は、光属性魔法のドローンである。

事前に光のチャージが必要であり、蓄積したコストを注ぎ込むことでエフの用いる各種魔法を行使可能。レーザー・光学迷彩・遠隔視などが基本の運用方法であり、エフはそれらを用いてさらに検証を重ねる。

エフがレーザーを撃てば、透明な膜に阻まれて外には出ない。

外に残るゾディアックを彼らがいた場所に動かしても、何も起きない。

内側で出したゾディアックを外に出そうとしても、阻まれる。

そうして内部を精査し――ある不自然な点を見つけ――エフは考える。

(通常の移動手段や攻撃ではやはり行き来出来ない。<エンブリオ>の格納有効範囲なのだから、距離的には聖堂と離れていない。しかし、通常の移動では入れない世界。全く異なる空間法則で隔離されている。あの【狂王】ハンニャの必殺スキルか……、あるいは高級な竜車のようなもの)

一部の乗り物や建築物には、内部空間を拡張する仕組みがある。

この空間はそれと同じようなものだが、出入りに特殊な条件があると考えた。

出ることはできない。入れるのはあの陽炎に呑まれて連れ去られた<マスター>のみ。

例外として、<マスター>と紐ついた<エンブリオ>の格納は機能する。

そこまで確認して、エフは呟く。

「厄介ですね……。しかし、そうか。これが 噂の(・・) ……」

「この空間について何か知っていますか?」

エフの独り言を、ビースリーは聞き逃さなかった。

彼女の追及にエフは懐からメモ帳を取り出しながら、答える。

「皇国で軽く噂に聞いたことなら」

「どのような?」

ビースリーの問いかけに、エフは手帳のページ……皇国の内戦の頃の記録を開く。

「【機械王】ラインハルトが皇王の座に就く直前の皇国内戦。その折に、第一・第二皇子派閥であった特務兵団は、ラインハルト抹殺のために戦力を動かしました」

それは皇国内外で有名な話だ。

皇王の座をかけた、血で血を洗う国内戦争。その終盤に、ラインハルト……クラウディア・ラインハルト・ドライフは国内最強戦力集団の襲撃を受けた。

「ラインハルトを護るのは、妹である【衝神】クラウディア。そして、【獣王】」

実際にはラインハルトとクラウディアの二人は同一人物であるが、エフはそれを知らない様子だ。あるいは、知っていても余人のいる場で話すつもりはないのか。

ビースリーも特に口を挟むことはせずに、話を聞く。

「クラウディアはまだしも、【獣王】はまずい。特務兵にとっても、あれはあまりにも規格外な相手でした。だから、その足止めを外部の人間に依頼した。その人物こそが、あの“ 常緑樹(オールグリーン) ”スプレンディダです」

スプレンディダの名が世に知られ、そして皇国で指名手配となっていた理由がこれだ。

「彼は依頼に際し、結界機能を持つ特典武具を用いることで【獣王】を長時間足止めしました。暗殺自体は失敗しましたが、彼だけはその仕事を果たしたということです。つまり……」

「…………」

ビースリーは、エフの言わんとすることを察した。

「これは【獣王】でも 自力で破れなかった(・・・・・・・・・) 結界です」

「……なるほど、最悪ですね」

その言葉の重みを、仲間達と共に【獣王】と相対したビースリーは知っている。

<超級>のシュウや月夜も含めた面々で挑み、限りなく敗北に近い結果だった。

その【獣王】の力を以てしても、破れなかった結界。

状況は最初の想定よりもなお悪いと判断した。

「検証していたようですが……手応えは?」

「空間系スキルでもなければまず破れないでしょう。光であるレーザーもあの透明な膜を貫通できませんでしたし、物理破壊が不可能なのは【獣王】が証明してしまっていますから」

空間系のスキルの持主はおらず、【獣王】以上の攻撃力の持ち主も当然この場にはいない。

他の手段を講じる必要があり……。

「ひとまず――出てきてもらいましょう」

言葉と同時に――エフの展開したゾディアックが一斉にレーザーを照射した。

それは結界の内側の、何もない空間に向けて放たれた総攻撃。

だが、それは空気を貫く途中で……見えない何かに 弾かれた(・・・・) 。

やがてタイルが剥げるように……『何もない空間』という風景が剥がれていく。

「これは……!」

「光学迷彩の一種ですよ。私もよく使います」

光属性魔法のスペシャリストはそう述べ、片目を開けて剥がれていく風景の内側を見る。

ゾディアックで捜査している中で、一部に不自然な光吸収の歪みを見つけた。

それを人為的なカモフラージュと判断し、レーザーで狙い撃ったのである。

「んー、困ったネ! あと一時間くらい誤魔化せるかと思ったけれど」

「一時間は……ムリではー……。ヒントが見つからなかったら……虱潰しに歩きますしー……。ノーヒントRPGとか……今どき面倒ですけどー……」

そうして剥がされた光学迷彩の内側から、二人の人間と プラスアルファ(・・・・・・・) の異形が暴き出される。

「でも思ったより人数が多いネ! 三〇人チョット? 計算ズレそうだよ!」

人間のうち、一人は言うまでもなくスプレンディダ。

「…… 一人余る(・・・・) じゃないですかー……やだー……」

もう一人はサイズの大きなコートを着て、まるで目隠しにも見える巨大な機械式バイザーを装着した女性。

彼女なりのオシャレなのか、蠍を模したワンポイントが目立つ。

ワイシャツのスプレンディダと並び、戦場に相応しくはなさそうな服装だったが……スプレンディダの特典武具が起動する直前に聖堂の入り口に現れ、<マスター>達の意識を逸らしたのは彼女だ。

そして、ビースリーやエフを含めた数人は……彼女のことを知っていた。

「……“ 不夜嬢(ナイトレス) ”ジュバ」

彼女……ジュバは皇国の討伐上位ランカーにして、超級職【流姫】。

そして、二つ名が広く内外に知られている<マスター>でもある。

かつて皇国内戦と時を同じくして、 餓竜(スターヴドラゴン) と呼ばれる亜竜が異常繁殖し、膨大な数の群れが皇国辺境の村々を滅ぼして回っていた。

いずれの陣営も混乱や内戦への注力で手が回らず、餓竜の対処はギルドに依頼した。

そしてジュバは依頼を受けた<マスター>の一人であり、最も多くの餓竜を滅ぼした。

それが出来た理由は、単純な継戦時間。

彼女単独で五〇時間を超過する連続戦闘を行い、全餓竜の八割を滅ぼした。

それゆえに“不夜嬢”の二つ名で畏れられる継戦能力に秀でた実力者。

無双の逸話において準<超級>最強の二人や、<超級>にも劣らぬ者。

そんな“不夜嬢”の最大の特徴こそ……彼女の 後ろに立つ異形(・・・・・・・) 。

『…………』

それは戦車か、あるいは巨大な重機のように硬質で威圧的な存在感を放っている。

同時に、黄色の水晶のような装甲は宝石の美しさも兼ね備えている。

しかし、その美しい装甲はたった今……エフの集中砲火を容易く防いだ。

『《光学迷彩》解除。ステルスモードから防衛戦闘モードに移行』

異形はジュバ達を護るようにその両の腕で囲んでいる。

しかし両の腕には二つの鋏があり、巨体は三対の脚に支えられている。

そして長大な尾を有しているそれのモチーフは、一目瞭然。

―― 機械仕掛けの蠍(・・・・・・・) 。

「 グッボーイ(いいこ) 。【 黄水晶(シトリン) 】」

煌玉蟲二号機、【 黄水晶(シトリン) 之抹消者(オブリテレイター) 】。

三代目フラグマンが遺した 純戦闘用(・・・・) の機動兵器である。

「…………」

エフは、この状況に思案を深くする。

<超級>、“常緑樹”スプレンディダ。

準<超級>、“不夜嬢”ジュバ。

皇国でも屈指の戦力二人が、奇襲の後詰として王都に現れた。

だが……。

(……どうして、 二人だけ(・・・・) で?)

王都に潜入できたのが二人だけだったのか。

だが、ならばどうして二人だけで仕掛けてきたのか。

数で勝っていても、噂に聞く無双の戦いぶりで圧倒できると甘く見たのだろうか?

「んー……んー……。 蜘蛛(・・) いませんねー……。良かったようなー……悔しいようなー……。またいつかですかねー……」

しかし、当のジュバは間延びしたのほほんとした口調で王国勢を眺め、それからため息を吐いた。

そうして王国勢に背を向けて、自らの機体である【黄水晶】の頭部をよじ登っていく。

その隙にエフのレーザーや他の<マスター>の攻撃が飛ぶが、

『防御行動』

【黄水晶】が バリア(・・・) を纏わせた装甲で全て弾いた。

ゾディアックのレーザーさえも、射角を計算しているのか脚や尾で対処している。

恐るべき演算能力と戦闘AIによる、鉄壁の防御。

そうして背中からの攻撃を気にする様子もなくジュバはよじよじと這い上がり、彼女が背面装甲を軽くノックするのに合わせて装甲が開く。

内部には一人分のコクピットシート――クッションや小物、消臭剤が配置されている――が見えた。

「それじゃー……わたしは 終わる(・・・) まで待ってますので-……おやすみなさーい……」

そう言ってジュバはコクピットに座り込み、装甲を閉じる。

『完全防御モード』

そして【黄水晶】は鋏と脚と尾を畳み、幾重にもバリアを展開して……その内側に引き籠った。

無数の攻撃が【黄水晶】に集中するが、バリアは 小動(こゆるぎ) もしない。

ジュバも【黄水晶】もそれ以上はうんともすんとも言わず、バリアのジリジリという展開音だけが響いている。

なお、スプレンディダは内に入れてもらえず、外に放置されているし、巻き添えで何度も体が吹っ飛んでは再生していた。

「「「…………」」」

王国勢は、エフでさえも『こいつらは何をしているんだ』と思わずにはいられなかった。

だが、当のスプレンディダは取り乱す様子もない。

「ふふふ、ご心配なく! これは最初から決まっていたプランですよ!」

言う者によっては強がりに聞こえそうだが、《真偽判定》に反応はない。

最初からジュバはバリアで引き籠って、スプレンディダだけで相対するプランというのは本当だったのだろう。

(……だったら何で連れて来やがった?)

ビースリーは心の声がバルバロイになりかけながら、しかし無意味ではないだろうとも考えた。

それこそ、『ジュバがいる』だけで成立する 何か(・・) があるのではないかと。

だがそれについて考えを進めるよりも早く、スプレンディダが話を切り出す。

「じゃあ最初に大事なことを二つ言いますネ!」

そうして指を二本立てて、

「この《 冷たい方程式(スキル) 》はミーにも 解除できません(・・・・・・・) ! でもご安心を!」

驚くべき情報と、

「――この場の人数が 十分の一(・・・・) になればスキルは解除されますヨ!」

――より驚くべき解放条件を口にした。

To be continued