軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十四話 最後の魔弾

□■アルター王国北西部・森林

『何とも難儀な状況であるなぁ、るぅく』

ルークが【ベルドリオンF】の能力についての推理を固めた頃、地中から浮かび上がるようにタルラーが彼の傍に現れた。

【ベルドリオンF】から逃げるルークに並走するように、タルラーが浮遊する。

同時にレイスのスキルの一種である《精神干渉》でルークと念話を繋ぎ、彼の思考速度に合わせて心で会話する。

『しかし、この状況はひどく物語的であるな』

『?』

『悪党が主人公の仲間を皆殺しにしたら、覚醒されて逆襲されたような“しちゅえいしょん”ということよ』

どこか他人事のようなタルラーの発言に苛立ちもしない。

『数百年前の黄河にもそんなテンプレの物語があったのか』とも指摘しない。

『しかしな。度合いはどうあれ、このような流れになるとは分かっておっただろう?』

『……』

『あやつらが何かしら背負っているのは明白だったからな』

タルラーの問いに対し、ルークは無言の肯定で返す。

“不退転”のイゴーロナクの、<Infinite Dendrogram>に対するスタンスの異常性。

それについて、ルークは<墓標迷宮>の時点で分かっていた。

メロの表情が、彼女の危機に対する仲間の動きが、彼女の最期と……その後の報復の苛烈さが彼らのスタンスを物語る。

――ルークは彼らに『後がない』ことを推理できていた。

リアルでも機械のアルベルトがいるのだ。

彼らの態度から、何らかの特殊な事情を背負っていることなど想像に難くない。

<月世の会>の末期患者のような環境にある、あるいはリアルで失敗に対するリスクを課されている、そうでなければ……植物人間が奇跡的にログインできている。

そうした他のプレイヤーとは違うプレイ環境ではないかとは……とっくに考えていた。

しかし、ルークはそれを仲間には伝えていない。

伝える必要性を感じない。

『フフフ、可哀そうになぁ。アレは仲間を喪い、泣きわめく子供よ。その駄々で死ぬかもしれんぞ? あんなにも可哀そうなモノ達なのだ。加減してやればよかったのではないか?』

そしてタルラーが笑みを浮かべながらそう述べたとき、

「――彼らがそれを求めましたか?」

――ルークは初めて、明確な否定を口にした。

『『自分達は可哀そうな境遇だから配慮して戦ってくれ』と……彼らが言いましたか?』

自身が追い詰められた状況に対してのものではない。

タルラーの……ヴィトー達を 愚弄する(・・・・) 言葉に対してのものだ。

『僕を理不尽な災害や悪のように考えはしたでしょう。けれど、彼らは僕に屈することも、命乞いをすることもありませんでした。今も、勝つために手を尽くしてきた。マリーさんがいなければ、既に敗北していたほどに……彼らは強敵です』

だからこそ、ルークは手を緩めなかった。

仮に後がない彼らを全滅に追い込むとしても、勝利のための手を打ち続けた。

この戦場においても、確実にキーであるスモールを討つために動き、自らの身体をその策を成就するための壁とし、マリーがヒカルと差し違えることも半ば予想しながら送り出した。

最後に想定以上の反撃があったが、そうと分かっていてもすべきことは変わらなかっただろう。

全ては、“不退転”のイゴーロナクに勝つためだ。

なぜなら、ルークにとって彼らは……。

『――僕にとって彼らは最後まで強敵です。 可哀そうなモノ(被害者) じゃない』

――哀れな相手と 下(・) に見て戦ったことなど、一秒とてありはしない者達だからだ。

彼らは仲間を護るために必死だった。間違えはしたし、後悔もしていたが、退かずに自分達の望む未来を得るために突き進もうとしていた。

だからこそ、これまでルーク自身が相対した敵にしてきたような罵倒を彼らに向けることはない。

『ふむ。気に障ったか。ならば謝罪しよう。しかし、どうする? アレをどう倒す?』

タルラーはルークの滲ませる怒気にも気圧されることはない。

だが、少しだけ表情を変えて真面目に尋ねた。

あの無敵にして必殺の【ベルドリオンF】をどう倒すのか、と。

「…………」

タルラーの問いに対してルークは……自嘲するように小さく笑った。

『タルラー。さっき、僕のことを悪党と言いましたね』

『言ったな』

ルークはタルラーと言葉を交わしながら踵を返し、

『では、――最後まで悪党らしいやり方になります』

――自らに迫る【ベルドリオンF】とその後方にいるヴィトーへと駆け出した。

◇◆

「…………」

自分に迫るルークにも、ヴィトーは心を動かさない。

メロの仇であろうと、機械的に【ベルドリオンF】で削り飛ばす。

タルラーがルークの傍に浮遊しているが、外界からの干渉を《デルヴァスター》で遮断中の【ベルドリオンF】はドレインできない。

ヴィトー自身も、<墓標迷宮>襲撃前から用意していた【魅了】耐性のアクセサリーを装備済み。念のために、【快癒万能霊薬】も服用済みだ。

相手の使うであろう状態異常の多くは、これで問題がない。

そして攻撃であれば【ベルドリオンF】がインターセプトして防ぎ、反撃に転じる。

それで勝負は決まりだ。

ルークがヴィトーに防げない攻撃手段を持っていない限り、最早打つ手はない。

だが、それは不可能だ。

マリリンとオードリーは負傷で動けず、リズの攻撃は既に把握し、タルラーのドレインも通じない。

隠れたバビロンが何らかの攻撃手段を使ってこようと、先のように【ベルドリオンF】で防いでみせるだろう。

それに姿を隠していても、近づけば分かる。

《ユニオンジャック》で合体する時間もない。

もはやルークには……ヴィトーが防げない攻撃手段などないのだ。

仮にあったとしても、末期の一撃でルークと刺し違える。

ゆえにヴィトーは機械の冷静さで、自らに迫るルークを迎撃せんとした。

何があろうと揺らぐことはないまま、その瞬間を迎えて……。

「びとうくん……!」

――その声に、揺らいだ。

自分が死なせてしまった、守れなかった、好きだった少女の声だけは。

決して……無視できなかった。

「メ……!」

無に沈んでいた心が浮かび上がり、僅かな希望と共に彼は背後を振り返る。

あたかも、死者を連れ戻そうとしたオルフェウスが地上の光を見たときのように。

けれど――そこに 彼女(メロ) はいなかった。

「――ごめんね」

――彼女の声で謝る淫魔しかいなかった。

姿を消して隠れていたはずのバビが舞い戻り、彼女のものではない声で話している。

この状況にヴィトーの空白化した思考は、一時的に【ベルドリオンF】の動きを止め、

「――チェック」

――肉薄したルークがイゴーロナク本体を装着した両腕を斬り飛ばした。

肉体強度の限界を超えた加速を行ったことで、骨が軋み、内臓が潰れ、口からは血を零す。

しかしそれゆえに、彼はヴィトーに届く。

【ブローチ】を発動させず、しかし【ベルドリオンF】の動きを止める一手。

『――――』

コントローラーを失った【ベルドリオンF】は地面や木々を抉りながら、狂ったように飛翔。

やがて、《デルヴァスター》そのものが解除されて……地に落ちた。

そうして護りを失った【ベルドリオンF】にタルラーが近づき、残っていた魔力を根こそぎに喰らい尽くす。

そうして……先々期文明の決戦兵器は再び物言わぬガラクタと化した。

「…………」

「…………」

そうして、二人は向かい合う。

一人は膝をつき、両腕を失って、見上げている。

一人は立ったまま、左腕を失って、見下ろしている。

しかし心理的な上下はどちらであったか。

勝者となった少年は……悪党らしい手段でしか、僅かな勝機を掴み取れなかったのだ。

相手の友情を利用するという手段でしか……。

「……一つ、教えろ」

どこか燃え尽きたような表情の敗者が勝者に言葉を投げかける。

仲間の全滅と全身全霊の操作、メロと誤認した声による心のリブート、そして敗北の衝撃。

度重なる心の疲弊が、燃えるような復讐心を一時的に鎮火させていた。

身体を動かすことも難しい【出血】や、近づいてきたタルラーに残っていたMPも根こそぎ喰われていることも多少の影響はあるかもしれない。

「どうぞ」

「何であいつの……俺の呼び方が分かった」

彼が振り向いてしまった要因……最大の敗因はそれだ。

彼女の声で、仲間達しか知らないはずの呼び方で呼ばれたから……意識を向けざるを得なかった。

初戦の<墓標迷宮>でも、ヴィトーのことは一度も呼んでいなかったはずだ。

「……考えましたから」

ルークにとっては、 二択(・・) だった。

<墓標迷宮>での少女の声は覚えていたし、追撃戦で使う機会もあるかとバビが《ドレインラーニング》で獲得した《声帯模写》で用意もしていた。

彼の名前がヴィトーであることは、《看破》で見れば分かる。

名前の発音も少女の抑揚の癖で読めていた。

彼が少女のことを強く思っていたのも、<墓標迷宮>で知っている。

あの<墓標迷宮>での絶命の直前に、声を真似た少女が「ちいちゃん」と仲間に向けて呼びかけたのも聞いている。

だから、後は二択だ。

あの少女が彼を「びとうくん」と呼ぶのか「びとうちゃん」と呼ぶのか、その二択。

誤れば、きっと機械の思考に落ちた彼を人の思考には引き戻せない。

考えて、男性ならばと「びとうくん」と呼ばせた。

この答えは合っているが……ルークの推理の過程は誤っている。

メロは友達の中で、彼だけを「くん」と呼んでいたのだ。

少しだけ苦手で、少しだけ特別だったから。

しかしだからこそ……ヴィトーはその呼びかけに一縷の望みを託して、振り向いてしまった。

見えた光明に、望みを抱いてしまった。

目のない悪神(イゴーロナク) ではなく、人として。

「チッ……。反吐が出るほど頭の回る外道だ」

賞賛と罵倒の混じった言葉と共に、ヴィトーは血の混ざった唾を地面に吐き捨てた。

「こちらから聞いても?」

「……皇国の作戦なんざろくに知らねえぞ」

「いえ、貴方達のことです。死ぬのか、賭けているのか、戻れないのか。貴方達の境遇はこのどれですか?」

「お前…………」

『まさかそこまで分かるのか?』と、驚愕の表情を浮かべながらヴィトーは言葉を失う。

しかし、少しの間を置いて……ヴィトーはルークの質問に答えた。

「……三番目だ。俺達は、眠ってるんだよ」

それは自分が最後の一人だったから。

もう護るべき者もなく、弱みを隠す必要もなくなってしまったからだ。

だから、少しの自暴自棄で自らの秘密を明かした。

「でしたら、希望はあるでしょう」

だが、ルークから返ってきたのは笑顔での返答だった。

「なに……?」

「そういった面でのこの 世界(ゲーム) の異常さは、信用してもいいと思います」

ルークは慰めではなく、本心からそう考えて言葉を述べた。

なぜなら、彼の父が依頼されるほどに謎に満ちた世界なのだから。

眠り続ける人間を引き込む程度の異常は、当然の物だろう。

「ですから貴方も、お仲間も、戦争が終わったらまたログインできますよ」

「…………」

ヴィトーはルークの言葉が本心からの物だと理解した。

彼の言葉を借りれば、『頭の回る外道』であるルークが本気でそう考えているのだと。

そこに……少しだけ希望を抱いた。

「そうかよ……。……帰ったら御礼参りだ」

「ええ、周囲に迷惑でない範囲ならお受けします」

そうしてお互いのメンバーを削り合う総力戦となった<デス・ピリオド>と“不退転”のイゴーロナクの戦いは、因縁と禍根を残しながらもここに一時閉幕した。

『――――回収目標機能停止』

――――そして次の幕が上がる。

「「!?」」

驚愕は、ルークとヴィトー二人のものだ。

いつからだろう。

機能停止した【ベルドリオンF】の傍に、ルークでもヴィトーでもない者が立っていた。

まるでページを捲れば現れたような、場違いで唐突な登場。

別の場面のキャラクターが紛れ込んだような異物感。

何の気配もないが……しかし恐るべき力を感じる矛盾。

『るぅく!? ソレだ(・・・) !』

タルラーからの警告に、ルークは戦闘中の彼女の言葉を思い出す。

――見られておる。<墓標迷宮>では感じなかった視線と猛者の気配だ。

ソレが眼前の相手であると、ルークは即座に理解した。

老若男女の一切が不明。

全身をフード付きの外套で隠し、左手さえも露出していないために<マスター>とティアンのどちらかさえも分からない。

《看破》が徹ることはなく、《鑑定眼》でも装備の詳細を知ることはできない。

何一つとして分からない謎の乱入者。

だが、一つだけ特徴的なものがあった。

それは……フードの中に見える顔。

その顏は―― 機械仕掛けの仮面(マシン・マスク) に覆われていた。

◆◆◆

■国境地帯・隔離施設

「ラインハルト、一つ尋ねたいことがある」

「何でしょうか、叔父上」

「なぜ、“不退転”のイゴーロナクに先々期文明の決戦兵器を預けた? あれは俺がカルチェラタンと交戦したものと同等の機動兵器。運用できるとはいえ、そこまで信用の置けない<マスター>に預けるモノではないだろう」

【獣王】ほどクラウディア達と結びつきの強い<マスター>ならばともかく、“不退転”のイゴーロナクはフリーから所属になって日が浅い。

ましてその経緯は半ば脅迫に近いものであったし、この<トライ・フラッグス>での彼らの運用方法も決して好感を持たれない形だ。

そんな相手に預けるには、決戦兵器は価値が高すぎる札である。

危険とさえ言っていい。

「ああ。あれでいいのです。彼らは釣り餌ですから」

「……釣り餌?」

「はい。まずは危険度を把握した王国を釣るための餌」

スモールという札を見せ、それを排するための王国戦力を誘導する。

そうして追撃戦に参加した王国戦力を、皇国勢屈指の実力者であるマードックで倒す。

彼ならばやりようによっては王国<超級>の誰であっても倒せると踏んでの配置。

だが、短期決戦型で長期戦闘はできないため、一度の戦闘で<超級>を落とす必要がある。

実際に彼はアルベルトを撃破しており、ラインハルトの想定内の結果と言える。

しかし……本命はもう一つある。

「そして預けた【ベルドリオンF】に 釣られる者(・・・・・) のための餌です」

「……釣られる者?」

「あれの価値を理解していて、行動時間が終われば確保に動くような勢力にとっては餌でしょう」

ラインハルトが彼らに望んだ最後の役割は、この戦争における皇国でも王国でもない……ラインハルトの想定した盤面を狂わせる勢力の炙り出しだ。

その勢力とは……。

「クラウディアがベヘモットから聞いた話ですが、魔弾の射手という物語において……最後の魔弾は魔弾を授けた悪魔に委ねられるそうです」

ベヘモットにせがんで聞いた地球にある幾つもの物語。

その中で、今回の用途に 似合い(・・・) と踏んだ物語の顛末だ。

「さて、 先々期文明(悪魔) より授けられた【 ベルドリオンF(魔弾) 】」

「…………」

「――撃ち終えた後に現れる者は誰でしょうね」

To be continued