軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十三話 鬼神

□とある召喚について

レイの増設MPタンクとも言える【紫怨走甲】には、戦争のために膨大な魔力が溜め込まれていた。

斧をはじめとするギデオンの呪いの武器、戦争を目前にして王国内に満ちた恐怖と不安、レイがこの戦争のために蓄積した怨念は魔力に換算して二〇〇万にも達する。

莫大なMP消費を強いられる《瘴焔姫》さえも、三〇分以上行使可能な魔力だ。

だが、レイが【瘴焔手甲】と併せて用いた装備は【大小喚の輪】。

召喚モンスターの力を強め、あるいは弱めるアクセサリー。

《 極大(マキシマイズ) 》では数十倍のMP消費に対し、強化量はその十分の一……数倍程度というものだ。

だが―― 伝説級上位の(・・・・・) < UBM(・・・) > を数倍化する(・・・・・・) とはどういうことか。

その意味は、すぐに解る。

◇◆◇

□■<墓標迷宮>・地下二階

ソレ(・・) の出現に対し、その場にいた全員の本能が反応した。

《ホワイト・フィールド》の【凍結】効果の影響でまともに動けない王国の<マスター>達は、身動きとれぬままにソレを凝視する。

眷属であるマリリンさえも、生物としての本能がプレッシャーを感じていた。

センススキルではなく、生物としての危機感が発する警戒。

それは味方であると知っている者でも、同様に。

冷静であった者は、ほんの数人。

本人達はその場にいないパーティ、“不退転”のイゴーロナク。

そして、ソレを―― ガルドランダ(・・・・・・) を呼び出した張本人であるレイ・スターリング。

「…………」

ソレはこれまで幾度かの戦いで呼び出したガルドランダとは異なる姿。

白い髪と背が少し伸びて、童女から少女への成長がある。

スタイルも変わり、両肩にはかつての母体を想起させる鬼の面が在った。

だが、容姿以上に内包したエネルギーの……桁が違う。

【紫怨走甲】に蓄積した魔力の全てを、一分に満たない召喚時間に注ぎ込んだがゆえ。

『チィッ!』

【導禍戦】が両手の【鋼裂】を、眼前のガルドランダへと振るう。

防御力十万にも達していた【導禍戦】自身さえも引き裂く回転刃。

強化召喚された<UBM>であろうと、その矮躯を切り裂き、背後のレイの命を絶つことは容易い。

振るわれる刃は、そのまま雨に濡れた紙のようにガルドランダを千切らんとする。

それに合わせてガルドランダも両腕を振るい、――断ち切られて宙を舞った。

――断ち切られたのは――【 鋼裂(・・) 】。

『!?』

膨大な魔力に任せて神話級金属であろうと容易く裁断する刃。

しかし、生身と触れて逆に断たれている。

そう、折られたのではない。 断たれた(・・・・) のだ。

硬度に屈したのではない。

――鬼が両の手刀に宿した毒気と熱気に敗れ去った。

右の極毒、左の極炎。

溶断と熔断の二重切断。

防御を食い破る回転刃を破ったのは、それを上回る侵食刃。

『クッ……!』

ヴィトーが咄嗟に【鋼裂】をメロの遺した刻印で復活させようとするが、無効。

【石化】と同様に、眼前の鬼から漏れ出る毒気が破片を侵して復活を許さない。

『……ッ! ヴィトー! 時間を稼げ!』

残時間は五〇秒を切り、バルバロイに仕掛けられた防御減算の効果も失せた。

一分足らずの時間での、最後の攻防。

『……ぁ!』

ヴィトーが何かに気づき、【導禍戦】を動かす。

しかしガルドランダに相対したまま後退しようとした【導禍戦】の背後に、音速を凌駕したガルドランダが回り込む。

ヴィトーは――みっちーが咄嗟の判断でガルドランダ自身の視界をモニターとしていたことで――その動きに気づき、【導禍戦】の身を左に捻らせる。

結果、【導禍戦】の右腕が宙を舞った。

身を逸らしたことで右の手刀は回避できたが、左の手刀に右腕を取られた。

十万の防御力をモノともしない。

当然だ。あれは物理攻撃力で断っているのではない。

工業機械が合金を断つように、熱量や薬物による熔断・溶断なのだ。

しかも、工業機械が比較になるかも怪しいほどに圧縮された熱量と毒気でそれを行っている。

防御力が戻っても、防げる道理はない。

『――――』

ガルドランダは宙を舞う【導禍戦】の右腕を目で追う。

否、目で追ったのはガルドランダ自身の目ではなく――右肩の鬼面。

鬼面は独りでに動き、口を開けて、

――白熱した炎を空中の腕に放射した。

――腕は一瞬で蒸発し、消え失せる。

《煉獄火炎》。

レイの、そしてガルドランダのメインウェポンの一つ。

しかしその威力は、これまでとは桁が違う。

《クリムゾン・スフィア》を凌駕し、圧縮熱量の権化である《恒星》にも届く。

しかしそれも、今の彼女の全力ではない。

(これは……! 私達がかつて倒した、【デストラクション・フューズ】……古代伝説級の<UBM>を上回って……!)

ヒカルの戦慄は正しい。

眼前の鬼は、もはや鬼ではない。

母と同じ大鬼でもなく、これまでの鬼姫でもない。

―― 鬼神(・・) 。

――神話級に到達した超常の魔物がそこに在る。

伝説に数倍するとは……そういうことだ。

(完全に攻性能力のみに力を注いだ神話級クラス! 復元も無力化……相性が悪すぎる!)

ヒカル達は知る。

【導禍戦】と相対する鬼神は、データにあったガルドランダとは別物。

そもそも、ヴィトーの《無明の手先》の効果が切れるにはまだ早かった。

既に効果を失っているのは、意思を持つ装備自身の 抵抗(レジスト) で解除されたからだ。

その時点で、規格外。

ヴィトーも、ヒカルも、このままでは危ういことを察した。

あと四〇秒で《ダイ・オール・トゥギャザー》は発動する。

しかし、超音速機動と超火力を併せ持つこの鬼神ならば、四〇秒で【導禍戦】を破壊しきることも不可能ではない。

もはや【導禍戦】が正面から打倒できる相手ではなく、時間も稼げそうにない。

この鬼神の裏を掻くしかないが、その手がない。

ヴィトーは操縦者として、ヒカルは指揮官として打開策を探るが……その間も鬼神の攻撃で【導禍戦】の耐久力は激減していく。

(ラージのスキルはまだクールタイム中……。破壊された【壱型】を再起動してデコイに使おうにも、奴の毒気のせいで復元不可能……どうすれば、この状況を……!)

ヒカルが打開策を見出せず、鬼神の追撃が【導禍戦】に突き刺さらんとしたとき、

『みっちー! 視界を最後方に!』

ヒカルではなくラージの指示が下され、みっちーが即座に応じ、

『――《 この小さくも(チェンジ) 美しい世界(リング) 》』

――【導禍戦】の位置に王国の<マスター>がいた。

「!」

「…………え?」

ガルドランダは咄嗟に手刀を止めるが、その<マスター>と共に困惑の表情で静止する。

『ラージ!?』

何が起きたかを理解し、 ヒカルが(・・・・) 驚愕の悲鳴を上げる。

それは、ラージの必殺スキル。

効果自体は通常の位置交換スキルと変化はない。

対象(・・) は広がるが、それも【導禍戦】……イゴーロナクを対象とするならば意味はない。

ただし、代償は重い。

『っぅ……』

コクピットの床には彼の指に嵌められていたチェンジリングの本体が石化して転がり、――指そのものは跡形もなく消失していた。

部位の完全欠損と二十四時間の機能停止。

デメリットを確認した時点で――デスペナルティ復帰による五体回復を選べない彼らであるがゆえに――使用を躊躇い、これまでに使ったこともない必殺スキル。

ヒカルが打開策の計算に含めず、使用に際して悲鳴を上げたのも無理はない。

しかし、ラージは自らの意思でそれを実行したのである。

ヒカルの指揮で動き、ヴィトーの操縦に任せていても、彼もまた仲間の仇を討ちたいと願う者の一人であるがゆえに。

それはラージだけでなく、スモールとみっちーも同じだ。

『 小(ちい) ! ヴィトー!』

自らのダメージに構わず、ラージは仲間に呼びかける。

この機を逃すなと、訴える。

なぜならば、今こそが最後の好機。

【導禍戦】と入れ替えられた<マスター>がどこにいたのか。

それは【導禍戦】とガルドランダの戦いから離れた位置。

階段の前にいる<マスター>集団の中心。

―― レイの背後(・・・・・) 。

ラージの痛みを伴う転移によって、レイを間合いに捉えた【導禍戦】。

その左手に、子機から射出された【鋼裂】が掴まれる。

床に落ちていたはずの子機は、いつの間にか【導禍戦】の足に引っ掛けられていた。

否、いつの間にかではない。

右腕をガルドランダに切り飛ばされる直前にヴィトーが気づき、確保していたのだ。

武装の復元が叶わぬ状況で、新たな武器を手にするために。

『終わりだ!』

そしてヴィトーは【鋼裂】に魔力を込めて、レイの身体を両断すべく刃を振るった。

【導禍戦】が破壊されるとしても、彼だけは確実に仕留めるために。

それは……完璧なタイミングだった。

ガルドランダやバルバロイのカバーは間に合わない。

レイの鎧や肉体を裂くことは容易であり、《カウンター・アブソープション》や【ブローチ】もその防御ごと【鋼裂】に込めたヒカルの魔力で押し切り、断ち切れる。

確実にレイは死ぬ。

【死兵】のスキルが発動しても、この戦闘での死は確定する。

そこまで考えての、一撃。

彼の死は必至。

『…………な、に?』

その、はずだった。

「まだだ……!」

しかし、防がれるはずのない【鋼裂】の刃は―― 呪布に包まれた斧(・・・・・・・・) に阻まれた。

レイが咄嗟に《瞬間装備》で左手に持った斧が、【鋼裂】の刃と体の間に挟まれている。

回転する刃が呪布を裂くが、しかし呪布の内側にある武器本体を傷つけることは叶わない。

それはかつてシュウがレイに伝えた、『盾』としての使い方だった。

『なんだ、その、武器は……!?』

かつてのフラグマンの一人が遺したマジックウェポン、【鋼裂】。

ケリドウェンの莫大な魔力で稼働する刃は、これまであらゆる防御を破ってきた。

それこそ、攻撃に攻撃をぶつけ返された先のような例を除けば、例外なく。

だが、ここに例外が生まれる。

得体も銘も知れぬ斧に防がれて……阻まれた。

然もありなん。

この斧こそは、この世界で最初の武器の片割れ。

長き歴史に、破損の記録はただ一度。

規格外の魔力で振るわれる回転刃だろうと、この斧を欠くには不足。

しかし、これは『盾』に在らず――『斧』。

「……羅ァッ!」

レイが裂帛の気合と共に――――手にした斧を逆手で斬り上げる。

それは制御不能の膨大な力の発現。

呪布の破損ゆえか、あるいは込められた力ゆえか。

かつての訓練のようにレイの左腕が千切れることはなく、

――彼の左腕は木っ端微塵に消し飛んだ。

――同時に、【鋼裂】と【導禍戦】の左半身も消し飛ぶ。

膨大な破壊力。諸刃の刃。

その衝撃はレイの至近にあった【導禍戦】を、迷宮の天井に叩きつけた。

『……ッ!?』

激突し、落下せんとする【導禍戦】。

モクモクレンがモニターとしていた視界には、その姿と共に―― 輝き(・・) が見えていた。

その輝きの源は――鬼神ガルドランダ。

両肩の鬼面と本人の顎が開き、三つの口腔には太陽の如き輝きが満ちている。

明らかな最大攻撃の体勢。

輝く三角系を描く焔には、間違いなく【導禍戦】の残存耐久力を全損可能な火力が込められている。

(だが、そんなものを放てば、レイ・スターリングや王国の<マスター>も生存不可能!)

天井と言ってもたかが数メテル。

ガルドランダと【導禍戦】を繋ぐ射線上には多くの<マスター>の姿があり、まして【導禍戦】の位置はレイ・スターリングの直上。

間違いなく着弾時の熱波が彼を始めとする王国の<マスター>をも巻き込む。

(レイ・スターリングの至近にいる限りスキルは放てない……!)

あと十秒足らず。

もはや、王国側が配置を動かす時間もない。

勝負は、このまま決する。

「――――」

しかし、ガルドランダに状況を悩む様子はなく、チャージを止める気配もない。

まさか味方ごと【導禍戦】を消滅させる気なのかと、ヒカルが疑う。

だが、ヴィトーは気づく。

今のモクモクレンは、最後方にいる<マスター>……王国の【司教】の視点。

だが、そのモニターの中のガルドランダは【導禍戦】を見ていない。

後方を―― 集団最後方の(・・・・・・) 【 司教(・・) 】 より後方を見ていた(・・・・・・・・・) 。

「――《 紅炎流星(シューティング・プロミネンス) 》」

――それに気づいた直後、宙にある【導禍戦】を何かが貫いた。

貫いたものは―― 炎の矢(・・・) 。

一本の矢が【導禍戦】を貫き、矢羽根から噴射する炎の推進力で機体を通路の遥か先までノックバックさせていく。

レイの頭上どころか、王国の<マスター>、ガルドランダの頭上すら超えて反対側へ。

鬼神は吹き飛ばされる【導禍戦】を目で追い、照準を合わせながら振り向く。

(なぜ!? 誰が……!?)

今の今まで、弓使いなどいなかったはずなのにとヒカルが困惑する。

まして、これほど強力な弓術を使える者など……。

そのとき、モクモクレンのモニターとなっていた者……最後方にいたはずの【司教】が背後を見る。

自らの後ろ……階段方向から放たれた矢を放った者を見るために。

「――間に合いましたね」

視線の先にあった者の姿を 彼ら(イゴーロナク) は知らず、そして知っていた。

見覚えのある銀色の髪と、少年から青年に変じているが明確に本人と分かる美貌。

擬態スライムのコートから炎の如き紅の装いに変じ、その手には猛禽の翼の如き弓が握られている。

彼こそは――【色欲魔王】ルーク・ホームズ。

見知らぬ姿は――《ユニオン・ジャック》・炎魔人。

たった今、この場に現れたモノ。

ヒカル達にとって最悪のタイミングで現れたメロの仇は、今この時も彼女達にとっては最悪の――王国にとっては起死回生の介入を果たした。

【導禍戦】は王国勢と逆方向へと飛ばされ……鬼神の射線を遮るものは何もない。

『……また、お前が……!』

ヴィトーが、盤面の理解と共に呟く。

ヒカル達も、既に察している。

手を尽くした。

お互いが自分達の今できる全てで、勝利のために全力を尽くした。

この戦いは――、

「――《極式・煉獄火炎》」

――鬼神の極炎で【導禍戦】が完全焼失した瞬間に、決着した。

残時間……二秒。

To be continued