軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十七話 名乗り

□【聖騎士】レイ・スターリング

攪乱された視界の中、シルバーの背に乗ってイゴーロナクから逃走する。

視界がシャッフルされていないシルバーなら、上層への脱出路まで俺達を誘導できる。

このまま、一階……いや、地上を目指す。

イゴーロナクは恐らく、視界シャッフルの対象までは選別できない。

選別できるなら、俺達に声が届くほど近い位置にいた人に俺達の視界を与えはしないだろう。

無差別なシャッフルなら、ティアンを巻き込む地上は対象外のはずだ。

俺達とティアンを区別できるとしても、攻撃で非戦闘地域のティアンに害を及ぼせばデスペナルティ。

イゴーロナクを運用する者達もそのルールは順守しているはずであり、地上に逃れれば追撃も止まる。

仮に止まらなかった場合も、通路より狭い階段ならば視界を潰されていても攻撃を当てやすい。

「ネメシス、さっきの銃撃のダメージは?」

『問題ない。じきに直るであろう。それで、地上に脱出後はどうする?』

「何とか霞達に連絡を取って、王都に戻ってきてもらう」

反撃に転じるためには、あのイゴーロナクを動かす者達を見つけ出さなければならない。

そのために、彼女の助力が必要だ。

『霞に?』

「ああ。イゴーロナクは遠隔操作の<エンブリオ>だと先輩が言っていた。だけど動かせる距離に限界はあるはずだ。この<墓標迷宮>の中か、それとも王都の近郊か。どこかにはいる」

『なるほど、タイキョクズか』

相手が<超級エンブリオ>ならば、霞のタイキョクズで一目瞭然。

先輩が言うように非<超級>の集団がそう見せかけてるのだとしても、複数人で集まっている<マスター>を虱潰しにすればいつかは行き当たる。

『ならばまずは、生き残らねばな』

「ああ」

シルバーは幾度も通路を曲がりながら進んでいく。

その間、俺も脳内の不確かな地図を頼りに現在地をイメージする。

途中は不明な点が多かったが、通った回数の多い階段付近に近づくにつれて把握できるようになった。

やがて、次の角を曲がれば、あとは階段までは直線になっているはずだ。

『…………!』

だが、角に差し掛かったシルバーが足を止める。

まるで前方に何かがあるかのように、その速度を緩めた。

「シルバー?」

シルバーの唐突な動きに戸惑うが、視界を攪乱されている俺には状況が分からない。

「……敵か?」

『…………』

シルバーが否定するように首を振った気配を感じる。

やがてシルバーは立ち止まり……コツン、コツンと、硬い音が前方から聞こえた。

伝わる振動で、シルバーが足で壁か何かを叩いているのだと分かるが……壁?

「ここには……階段があったはず、だよな?」

『記憶が確かなら、のぅ……』

胸騒ぎと共に、俺はシルバーから降りる。

状況を確かめるために自らの手足で、それを確かめた。

そこにあったのは――道を塞ぐように配された巨大な障害物だった。

巨大な壁というよりは、岩や金属塊を放り出したかのような状態だと感触で分かる。

「一階への階段が…… 塞がれてる(・・・・・) ?」

イゴーロナクを遠隔操作していた者達が逃げ道を塞ぐために?

……! だとしたら……!

「まずい! このままじゃ……!」

『――袋のネズミ、ということだ』

俺達の背後から、先刻と同じ女の声が聞こえた。

パトリオットさんを倒し、距離を詰め、追いついた、イゴーロナクの声。

見えなくても分かる。道の中央に立ち、逃げ道を塞いでいるのだろう。

パトリオットさんが身を挺して稼いでくれた逃走時間は、逃げ道そのものを潰されていたことでゼロとなる。

『下に降りるか、地上に出るか。二択だったが、こっちだとは思っていた。そもそも、階下へのルートはイゴーロナクとあの男の《グランドクロス》で塞がっていたからな』

「…………」

声が話す最中、俺はシルバーの手綱を握る。

『用件を済ませよう。――撃て』

イゴーロナクから銃器の稼働音が聞こえ、

「《風蹄》、全開!」

俺は【紫怨走甲】の魔力をシルバーに注ぎ、全力の圧縮空気バリアを展開する。

幾度か繰り返したことにより、シルバーによる圧縮速度も向上している。

見えも聞こえもしないが、放たれたショットガンの弾丸は空気の壁によって逸らされて散っただろう。

「突っ込め!」

そのまま、シルバーに更なる指示を出す。

圧縮空気を纏い、俺を乗せないまま、シルバーがイゴーロナクへと駆ける。

かつてのメイズ追走のように手綱に引かれるが、しかしあのときから格段に向上した防御力とENDで然したる傷も負いはしない。

間もなく、シルバーが何かに激突した感触があり、

「――《風蹄》、解除!」

――零距離で圧縮空気を解放する。

迷宮故に集めた空気自体の総量が少なく、【RSK】戦ほどの威力は発揮できない。

だが、十分だ。

たった今、壁に何か小さなものが激突して水が弾けるような音がした。

その音源が 何か(・・) を、俺は知っている。

今、奴の『目』も潰れたのだ。

『ッ! 【アイ】を!』

「 示せ(・・) ! シルバー!」

男の声で動揺するイゴーロナクに対し、俺は更なる指示をシルバーに下す。

シルバーは即座に対応し、その足で硬い金属を――イゴーロナクを蹴りつけた。

「ネメシィィィッスッ!」

『応!』

俺は瞬時に黒大剣に変形したネメシスを振るい、

「『――《復讐するは我にあり》!』」

――先刻のショットガンのダメージを倍返しで叩きつけた。

『――――』

金属が砕け散り、巨大な物体が床に倒れ込む音が聞こえ……イゴーロナクを撃破したと知る。

「シルバー! このまま退くぞ!」

倒しても、奴はすぐに復活する。

その前に移動しなければならない。

奴が復活して再度視覚を得るまでに、距離を……。

『……!』

だが、脳内に描いた地図の中でシルバーが曲がり角に差し掛かったとき、シルバーは強引に身を捻らせた。

その行動の意図を俺が悟る前に――何かが砕ける音と共に強い衝撃を感じた。

遅れて銃声が聞こえ、シルバーが転倒する。

「グッ!」

『レイ!?』

落馬して投げ出されながら、俺は 攻撃(・・) で傷ついたシルバーをアイテムボックスに格納する。

そして壁に手を触れ、曲がり角であることを把握し、四つん這いのまま手足で地面をついてその陰に飛び込む。

直後、再度の発砲音が響き、壁を削る擦過音も響かせた。

「……! 状態回復が早すぎる!」

本体の回復力はともかく、『目』の代わりになってる【ブロードキャストアイ】は潰せたはずだぞ……!

「いったいどうやって、……!」

そのとき、俺の耳に金属音でも発砲音でもない音が届く。

それは、聞き覚えのある生物の羽音。

「……! まだ!?」

二体目の、【ブロードキャストアイ】!?

まさか、フランクリンがテロに使っていた自動解放装置もパワードスーツに仕込んでるのか?

それとも……タイキョクズのようにモンスターを再配置するスキル?

どちらだとしても、まさかこんなに早くに……!

『レイ、シルバーは……!』

「……聞こえてきた破損音からして、しばらくは走れない」

シルバーのダメージがどれほどか。目で確認できない今は分からないが、聞こえてきた音からすれば最悪足の一本も折れている。

自己修復可能な範囲に収まってくれていることを祈るしかない……。

問題は……移動のための足を潰されたこと。

高速移動手段がなく、完全に視界が潰された状態で、曲がり角の向こうからこちらに向かってきているだろうイゴーロナクに対処しなければならない。

『兎に角、ここをすぐに離れるべきだ! 壁伝いにでも走って、あやつから距離を取らねばならぬ!』

「そうだな……!」

俺はネメシスの声に応じて立ち上がろうとして、

……左足に力が入らず崩れ落ちた。

「……え?」

『レイ……?』

俺は、先ほど衝撃を感じた左足に手を伸ばす。

――俺の左足は、大腿で大きく抉れていた。

「俺自身も、足を……!」

どうやら銃撃はシルバーだけでなく、俺自身にもダメージを与えていたらしい。

痛覚がオフであるため知覚できず、ステータスさえも確認できない今はダメージを自覚できていなかった。

アイテムボックスから手探りでポーションを取り出し、傷口と思われる付近に振りかけて嚥下もする。

これで【出血】は止まるが、傷痍系状態異常の回復にどの程度を要するのかは分からない。

少なくとも、まともに歩くことはできそうにない。

壁にもたれて立ち上がるが、まともに歩けそうにない。

『レイ! 私が人の姿になって支え……!』

「ッ! ネメシス、盾だ!」

ネメシスの申し出に対し、俺は咄嗟にそう叫ぶ。

ネメシスは疑問を呈すことはせず、即座に黒大剣から黒円盾に切り替わる。

そして盾を背後に向けた直後に、雨のように連なる銃弾が盾を叩いた。

数え切れぬほどの銃弾の連打――イゴーロナクによるマシンガン攻撃。

途切れない攻撃が、左足が不安定な俺の体勢を崩していく。

「ッ!」

だが、まだ耐えられる!

『足が潰れたか! このまま仕留めてやらぁ!!』

少しずつ声の方向が変わる。

イゴーロナク自身が動き、射角を変えてくる。

盾を動かすも聴覚だけでは完全ではなく、防ぎきれなかった弾丸が頬と腿の肉を抉った。

『レイッ!?』

相手の姿も見えない状態。攻撃に転ずることもできない。

だが……まだ打つ手はある!

「頼むぞ……!」

俺は黒円盾の裏側で、【瘴焔手甲】を掲げる。

入れ替わった視界の中で、モンスターは視覚の阻害を受けていなかったように見えた。

人間ではなくモンスターのガルドランダならば、この状況でも万全に戦えるかもしれない。

俺は切り札の一つをこの戦いで切る覚悟を決めて……。

『――アクティブ』

『――――《 無明の手先(イゴーロナク) 》!』

『――――――《 瘴焔姫(ガルドランダ) 》、六〇秒!」

――輪唱のように僅かにズレて、三つの声が通路に木霊する。

「ッ!」

俺がスキルを発動する直前に、突如として両手に触れられた。

すぐに振り払うが、その後にあるべきはずの現象がない。

――呼び出したはずのガルドランダが現れない。

「!?」

『な!?』

直後、更なる異常が重なる。

俺自身の左手、【瘴焔手甲】が独りでに動き―― 俺の首を絞める(・・・・・・・) 。

そして、頸を焦がす熱を感じ――

「ッ!」

咄嗟に《瞬間装着》を使用し、【瘴焔手甲】を強制的に俺の装備から解除した。

弾かれた【瘴焔手甲】が床に落ちる音が聞こえる。

装備自体が解除されたために、火が放たれることはなかったようだ。

だが……!

「今のは……!」

『まさか、【 瘴焔手甲(ガルドランダ) 】を乗っ取られたというのか!?』

ジュリエットが、狼桜との決闘でガシャドクロを呪ってみせたように……!

『これで召喚も瘴気も使えないな』

再び女の声で、イゴーロナクがそう告げた。

そうする間もイゴーロナクの銃撃は俺を狙っている。

『貴様のしぶとさは重々理解した。手札を減らし、力を削ぎ、確実に仕留める』

「……!」

俺はまともに動かない左足も懸命に動かし半ば這いずりながら、銃弾を逃れるためにまた階段までの直線に戻る。

『レイ、このままでは……!』

「……ッ!」

この視界のない状態で、《シャイニング・ディスペアー》はリスクが高すぎる。

ネメシスのダメージカウンターによる知覚で凡その位置は掴めるかもしれないが、相当に分の悪い賭けになるだろう。

《応報》も……チャージする時間などありはしない。

加えて単に破壊しても奴はすぐに復活し、今は逃げる足もない。

瘴気による目隠しも、ガルドランダの召喚もできない。

『クッ! まずい……! 私も、もう……!』

「ネメシスッ……!」

連なる弾丸の音に、金属の……ネメシスの罅割れる音が混ざり始める。

このまま一方的に殺される、そんな予感が脳裏をよぎる。

「駄目だ……!」

負けられない。自分に託してくれたアズライトのために、自分を生かしてくれたパトリオットさんのために。

こんなところで、死ねない!

「……斧を使う!」

『レイ……!?』

俺が持つ最強の武装、呪われた無銘の斧。

【怠惰魔王】の夢の中とは違う。制御などできていない。

だが、カンストした今の自分ならば、腕一本犠牲にすれば一振りならば実行可能であることも闘技場結界で確認済み。

右の一振りで背後の階段を塞ぐ壁を砕き、左の一振りでイゴーロナクを退ける。

両腕を失くそうと、あとはネメシスに支えられてでも上階へと逃れる。

分の悪い賭けだとしても、今実行できる策はこれだけ。

その先は、その先だ……!

「ネメシス!」

『……心配するな! 御主を抱えて逃げることなど、造作もないわ!』

ネメシスの返答に頷き、俺は覚悟を決める。

そして、《瞬間装備》で斧を装備しようとして……。

「――?」

それまでにない音(・・・・・・・・) を聞いた。

弾丸の音に紛れるように、――キィンと、 澄んだ音(・・・・) が迷宮に響いている。

高質の金属を静かに打ち鳴らしたような、音。

それまでと明らかに質の異なる音を警戒したのか、イゴーロナクの銃撃が止む。

唐突な静寂が、訪れた。

「――忠告する」

――直後に聞こえたのは、聞き知らぬ声。

ネメシスでも、イゴーロナクでもない。

俺自身も知らないような……しかしどこかで聞いたような、奇妙な声音。

「――誰かがいるならば、早々に瓦礫の前から退去するがいい」

その声は、障害物で閉ざされた階段の…… 上(・) から聞こえた。

『瓦礫!? こいつ、モクモクレンの圏内でまともに見えてやがるのか……!』

『……ヴィトー! 決着を!』

イゴーロナクはそれを、他の王国の<マスター>の介入と見たのだろう。

俺を確実に殺さんと、更なる攻撃を仕掛けてくる気配がした。

しかし、それよりも先に――

「――――《グランダッシャー》」

――――俺の背後にあった壁が粉砕される音を聞いた。

「ッ!」

『何だ!?』

小さな瓦礫に身を打たれながら、しかし俺は必死に周囲の音を探る。

聞こえたのは誰かの駆ける音と、更なる破壊音。

今までに幾度か聞いた音。

――イゴーロナクの砕かれる音。

「レイ殿。遅参は慚愧の極みだが、これよりは行動で汚名を返上する。それも、主の代行である我の務めであるがゆえに」

「!?」

不明な誰かは俺の名を呼び、そのまま俺を抱えあげた。

「然らば、御免!」

そしてそのまま……放り投げられる。

「なッ!?」

視界も見えぬ状態で行われた突然の行為に驚愕するが、直後に覚悟していた激突はなかった。

放り投げられたというのに、着地の衝撃は想定よりも遥かに軽いものだったのだ。

投擲の放物線の頂点での着地、……地下二階から一階へと投げられたのだと理解する。

突然に現れた謎の人物は、俺を逃がしてくれたのだと。

『い、一体誰だったのだ!?』

「分からない。だけど……」

声に聞き覚えはなく、心当たりもないはずなのに、俺はあの人物を知っているような気がした。

◇◆◇

□■<墓標迷宮>・地下二階

何者かによってレイが脱出させられた地下二階。

突然の乱入者によって砕かれたイゴーロナクが、当然のように再生を遂げる。

だが、動かない。

状況の激変に、その理由を探らんとしたからだ。

イゴーロナクの眼前では、乱入者が仁王立ちで一階への道を塞いでいる。

あたかも『ここを通りたければ自分を倒せ』、と言わんばかりに。

『何だ、お前は?』

ヒカルは乱入者に誰何する。

メロが多数の素材をアイテムボックスから放出することでバリケードを形成し、塞いでみせた一階と二階を繋ぐ階段。

しかし、眼前の相手は高硬度の素材も含まれたバリケードを一撃で破壊し、階下への侵入を果たしたのだ。並の手合いではない。

「誰かと問うか。問われるだろうな。当然の極みだ」

【ブロードキャストアイ】に映るその人物の姿は、<Infinite Dendrogram>においてはそこまで奇抜という訳ではない。

竜殻製と思しきプレートメイルを身につけた女性。

特徴的なのは、両腕にそれぞれ一本ずつ 馬上突撃槍(ランス) を握り、平然としていることか。

「名を問われれば、答えるしかあるまいな」

しかし、ヒカルが聞いたのは『名』ではない。

今、この<墓標迷宮>の一階から三階は、モクモクレンの必殺スキルの圏内。

全ての<マスター>と<エンブリオ>は、自らの視界を失っているはずなのだ。

だが、ティアンでもない。

ティアンであるならば……先刻の出現時にイゴーロナク側が下手を打っている。

レイ・スターリングに向けて放たれた銃弾、その幾らかが乱入してきたこの女に命中していたのだ。

戦場外で攻撃してしまったヴィトーが無事である以上、ティアンではない。

しかし、<マスター>でも<エンブリオ>でもティアンでもないならば……。

この女は――何だというのか。

「我が名は、グランシュバルテア・グロリアス・フォルトロン」

イゴーロナクの前に立った女は胸を張り、ヒカル達の知らぬ名を告げ、

「――そして、 マリリン(・・・・) の名を持つ竜である!」

――重ねてそう名乗ったのだった。

To be continued