軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十話 間隙

■フランチェスカ・ゴーティエ

「…………ムクドリ?」

自分自身に、そして彼に確認するように……私はその名を口にする。

「はい、あそこに」

彼が指差したのは、今しがた私が気分を害した鳥の置物だった。

「……ああ、日本ではムクドリと、言うのですね」

私の知る名前とは違う鳥の名…… 和名(・・) 。

そして、 眼前の男(・・・・) の名字と同じ名だ。

自分の心が冷たくなっていく実感。

区分けていた負の感情が、流れ込む。

既に、穏やかな茶席の心地などない。

表面上はそのままに、私の裏側が切り替わる。

必要なものは確信。

『偶然の一致』と『数奇な悪縁』、彼がどちらなのかを確認しなければならない。

「同じ名前、ですね」

「はい。漢字も一緒です」

「どんな漢字、でしたっけ?」

「えっと、これですね」

彼は携帯端末を操作し、ムクドリの漢字を入力する。

しかし、以前どこかでフルネームを入力したのだろう……予測変換が『椋鳥玲二』と表示したのを私は見逃さなかった。

名前の漢字は『命令』の『令』に近く、……『レイ』と読めるのは私にも分かった。

「見知った鳥が、知ってるものと違う文字や名前で呼ばれるの、不思議です」

「ああ。そうかもしれませんね」

ムクドリ・レイ。訳せばレイ・スターリング。

偶然と言うには、既に重なりすぎている。

けれど、もう少し検証を重ねよう。

もしかしたら……偶々重なっただけかもしれないから。

「さっきの、ヴァーベナも同じ。私の故郷、フランスではヴェルヴェーヌと、言います。日本ではなんて言いますか?」

「ちょっと調べてみますね。あ、日本だと美女桜っていうらしいです」

「ふふふ。お姉さん、喜び、ますね」

「……いやぁ、どうだろう」

ヴァーベナの和名は知っている。

知っていて、話のクッションに話した。

聞きたいのは次だ。

「ムクドリ・サンは、お姉さんにヴァーベナを買って、ましたが、二人姉弟ですか?」

先ほど誕生日プレゼントだと言っていたヴァーベナの話に繋げた上で、家族構成に探りを入れる。

「いえ、間にもう一人兄がいて三人姉弟ですね」

――兄の存在。

確信まで、もう一歩近づいた。

あと一つ何か彼とレイ・スターリングを繋げるものがあれば……。

話の端緒を探すべく、周囲に視線を巡らせる。

店内のお茶や置物は既に話題として使っている。探すのは、店の外。

窓の外には、パラパラと雨が降っている。

けれど、微かな雨粒の向こう側に……。

「…………」

丁度いいものが見えた。

彼と今日ここで出会ったこと、あの置物、そして窓の外の光景。

全てが、『確定させろ』と背中を押しているとさえ思える。

だから、最後の一石を投じる。

「――<Infinite Dendrogram>のCM、新しくなりました」

何気ない風を装って、まるで独り言のように、私は窓の外の街頭ビジョンに映っているコマーシャルを見ながら、そう口にした。

彼もまた、釣られてそちらを見る。

「え? あ、本当だ。……ってチェシャだな、あれ」

少し前に見たものとは違う、白い猫が出ている<Infinite Dendrogram>のロングCM。

日本の大型連休前に国内向けのCMを変えたのだろう。

偶々目に入って呟くのは、さほど不自然ではない。

「チュートリアルのマスコット、らしいですね。私は違うキャラクター、でしたけど」

そして、このようなことを口にすれば……。

「フランチェスカさんもデンドロをプレイしていたんですか?」

今も頻繁に<Infinite Dendrogram>へとログインしている<マスター>ならば、共通の話題が通じる相手と知って反応する可能性は高い。

「少し前まで、やっていました」

ログアウトして買い物に来るまではやっていた。

デンドロの中で染みついた、嘘にならない誤魔化し方で喋りながら……確信するための問いを発する。

「――ムクドリ・サンも?」

「はい。俺はこの春から」

「そう」

その一言を返す間に私の中では高速で思考が巡る。

名前。

兄の存在。

春から<Infinite Dendrogram>を始めた男。

――三つも重なれば、偶然ではない。

彼が――リアル。

私は――Mr.フランクリンはレイ・スターリングのリアルを確信した。

それからお茶の代金を私が支払って、雑貨店で二人ともお茶を買って、私達は一緒にマンションへの帰路についた。

同じマンションの、それも隣室同士なのだ。不自然はない。

少しずつ強くなっていく雨の中、二人それぞれに傘をさして歩いていく。

「…………」

けれど、ひどい偶然もあったもの。

まさか最大の障害が……リアルでは隣に住んでいたなんて。

体感時間で数ヶ月に及ぶストレスの原因。

それが今、隣を歩いている。

「雨、強くなってますね」

「そうですね。自転車で来なくてよかったー……」

私は自然に会話を重ねながら、――彼をどう 排除(・・) するかを考える。

私と彼は敵対関係にある。

一週間後の戦争でも、確実に障害となる。

そんな敵の所在を知っていて、放置するべき?

いいえ。それはない。

あちらでしか接点がないならばともかく……これほど近くにいるならば こちらで潰す(・・・・・・) 手もある。

けれど、人は言うだろう。

『それは<Infinite Dendrogram>の、 遊戯(ゲーム) の中の話だ』、と。

『遊戯と現実を一緒にしてはいけない。分けて考えろ』、と。

道理だ。遊戯盤の怨恨を外に持ち出すことは、実にみっともない。

それこそあの子供……ローガン・ゴッドハルトでも<Infinite Dendrogram>の恨みを外にまで持ち出したりはしないだろう。

ならば私は、子供よりもみっともないことをしようとしている。

で、それの何が問題?

遊戯であろうと、彼は私を幾度も挫いてきたモノ。

そして、今後も確実に……私を阻む存在だ。

ましてや<Infinite Dendrogram>は遊戯ではない。

あれを遊戯だと思っているのは唯の子供。

あそこは人造にしろ、あるいは人以外のモノが創ったにしろ、 世界(・・) だ。

私はそう認識している。

彼もそう認識している。

私と彼にとって、リアルとアバターの違いは持っている力の違いでしかない。

ずっと観察していたからこそわかる。

彼は 演じて(ロールして) いない。

仮定の話。もしも……もしも<Infinite Dendrogram>が死ねばそのまま本当に絶命する一種のデスゲームだった場合。

それでもなお、彼が命を張っただろう場面が……観察しているだけでも複数回。

レイ・スターリングとムクドリに力量の差はあれども、思想言動の差はない。

はっきり言って、どこかでネジが外れているとしか思えない。

けれどそれは、私も半ば同じ。

男を演じてはいても私としての行動に揺らぎはない。

もしもデスゲームでも、私は似たようなことをしただろう。

「…………」

かつてギデオンの事件の折、彼に宣言したことがある。

『同じことができるならばリアルでも同じことをする』、と。

アレは本心だ。

私と彼にとってはどちらでも同じ。

場所と器が違うだけで、中身は変わらない。

彼は私の敵で、私は彼の敵なのだから。

私と彼の違いは、私だけが『両方の彼』を知っているというアドバンテージ。

「風も強くなってきたな……。天気予報はこんな天気じゃなかったはずなんだけど……もっとしっかりしたの買えばよかった」

「軋んで、ますね」

こちらの思考を察することもなく、彼は風に軋むビニール傘を不安そうに見ている。

彼をこちらで排除するのは、向こうでやるよりも簡単だろう。

だが、リスクを避けるならば話は別。

手段は幾つか考えつくけれど、実行できるものは多くない。

特に、物理的な排除……闇討ちは難しい。年下とはいえ身体能力差はあるだろうし、返り討ちに遭うかもしれない。何より、すぐに発覚する。

より確度の高い手法は、気づかれないよう 罠にかける(・・・・・) こと。

「わぁ!?」

急場しのぎに買った彼のビニール傘が、突風のために捲れかえる。

同時に傘の骨も折れて、ビニール傘から不燃ゴミに変わっていた。

「くっ……まさか家に帰るまでもたないとは……。まずいな」

自分が濡れることよりも、姉の誕生日プレゼントや両親への土産が濡れないか心配している様子の彼に提案する。

「私の傘、入りますか? 頑丈ですし、大きい、ですから」

「え?」

そう言って、彼に頭上に傘を掲げる。

雨が降り始めた時点で、こうなることを予想して買っておいた傘だ。

「いいんですか?」

「はい。濡れたら、だめです」

「ありがとうございます……。あっ、傘は俺が持ちますよ」

「はい」

彼に傘を手渡して、並んで歩いていく。

きっと第三者からは仲が良いように見えるだろう。

彼も悪感情には感じていないだろう。

しかし、私は好意で彼を助けてはいない。

好意を持たせる(・・・・・・・) ために助けているだけだ。

「雨。天気が悪い日が続くと、食材買うのも、大変です」

信号の赤い横断歩道で立ち止まったとき、そう切り出す。

「ああ、そうかもしれませんね。まぁ、俺は独り暮らし始めてから、レトルトやコンビニの割合が増えてるんですけど。あと学食とか」

「食堂はともかく、それは栄養偏ります。栄養バランス、チェックアプリも、ありますよ?」

そう言いながら彼に体を寄せて、端末でアプリの画面を見せる。

「へぇ。こういうのあるんですね」

「はい。栄養管理、大事、です」

そのまま話を続けながら、彼の食事内容をアプリに入力する。

案の定、男性の一人暮らしでバランスの崩れかけている彼の食生活に、表面だけ怒った風を装って注意する。

「もう。やっぱり、崩れてます」

「うわ……数値にすると結構ショックだ。……向こうでのネメシスにつられて微妙に食う量も増えてたか」

後半の呟きは聞こえなかった振りをして、この話題を振った本題を切り出す。

「ちょっと、心配です。ムクドリ・サン。よければ、たまにお夕飯、作りましょうか?」

「え?」

驚いた様子の彼に、笑顔を見せながら言う。

「でも」

「一人分、二人分。手間、違いません。私も一人暮らし。今後も、前みたいに助けてもらうかもしれませんし、ね」

「えっと……」

「ふふ。考えておいてください、ね」

努めて悪意のない顔を作りながら、提案すると彼は悩んでいる様子だった。

もう少し下心のある男性ならそうでもないのだろうが、どうやら彼はその方面への欲求が薄いらしい。

何より、急な申し出。隣人の親切心だとしても、受け取りには躊躇いがある。

――実際の中身は悪意しかないけれど。

好意を持たせようとしているのも、この提案も、要は彼の家に入る口実作りのためだ。

部屋に入ってしまえば、細工は容易。

こちらが原因と分からない妨害工作なんて、いくらでもやりようはある。

<Infinite Dendrogram>のハードが壊れるように仕掛けを施すか、睡眠導入剤や下剤でも盛るか。

どちらでも、彼はこちらの意図したタイミングで<Infinite Dendrogram>にログインできなくなる。

その機会が、<トライ・フラッグス>の前なら最高。

今回の戦争は三日間。

けれど<戦争結界>は有効であり、リアルでは約二時間半しかない。

ログインが遅れれば、あっという間に時は過ぎる。

彼が何らかの事情で、ログインできなかったとしても。

彼は戦争という舞台に立てない。

彼を待つ者の前に姿を現せない。

そうなれば、彼は失墜する。

人々の信頼を失い、罵倒される。

私は、彼を敗北させることができる。

彼に敗れ続けた私にとって、敗北が許せない私にとって……それは実に溜飲が下がる結果だ。

「……っ」

けれど、思うところもある。

結果はともかく、手段が気に食わない。

好意を装う表情の作り方、感情を隠す方法。

それは、私が母を見ていて覚えたこと。

あの元役者の振る舞いを、物心ついたときから見ていたから。

そしてきっと……男を誑し込む手口は母が父だった人を捕らえたときの手法に似ている。

直接見たわけではないけれど、きっと似たようなものだと確信できる。

だからこそ、効果的であっても実行自体がストレスになる。

「…………」

それでも、リスクとリターンのバランスは良い。

「フランチェスカさん、どうかしましたか?」

「いえ、なんでもない、です」

内心の苛立ちを少し気取られたらしい。

誤魔化しながら、歩みを進める。

話しているうちに、大分歩いたようだ。

あと横断歩道を一つ越えれば、私と彼の部屋があるマンションに着く。

「…………」

再びの赤信号に、足を止める。

雨の車道。できて間もない水たまりを、何十台もの車が通り過ぎていく。

ふと、思う。

はたして、今しようとしているような回りくどい手段をとる必要があるのかしら、と。

――このまま背中でも押してしまえば、それで終わらない?

今ここで彼の背中を車道に押せば、それで彼は終わる。

二度と自分の前に立つこともない。

車道に面した歩道に立つのは私と彼だけ。

雨で視界は悪く、風も強い。

あるいは今なら彼の背中を押しても……殺しても、 事故(・・) で済むのではない?

ストレスを感じるような、確実でもない手段を続けるよりも……よほど簡単に。

「…………」

私の右手が持ち上がって、彼の背中に触れるか触れないかのところで、止まる。

逡巡する。

リスクとリターンが、私の中で目まぐるしく揺れる。

精神の均衡が揺らいでいるのを、自分自身で感じる。

そうして、私は…………。

そうして私は、私達の部屋がある階に帰り着き、部屋の前まで帰り着いていた。

結局……背中は押せなかった。

リスクが高すぎると判断したのか、判断を下せないうちに青信号になったからか。

いずれにしろ、私は彼の殺害を実行していない。

……今は工作の方でいい。

そう考え、帰宅するまでと同じように表面を装いながら、別れのときを迎える。

「フランチェスカさん。今日は、色々とありがとうございました」

「いえいえ。困ったとき、お互いさま、です」

少なくとも、誑し込む計画は頓挫していない。

彼も親切に助ける私を、悪くは思っていないだろう。

「それじゃあ、ムクドリ・サン。お夕飯の話、考えておいてください、ね。今日からでも、いいですよ?」

あえて冗談っぽく、けれど本心で言う。

彼が帰省することを考えると難しいかもしれないが、<トライ・フラッグス>の前に一度でも機会があれば良い。

「それじゃあ、また」

そして別れの挨拶をして、自分の部屋に戻ろうとしたとき。

「あの、フランチェスカさん」

「はい?」

彼の方から、引き留められた。

好意を装った甲斐があったのだろうか?

これから、「やっぱり今日からお願いします」とでも言うのだろうか?

私がそんな風に内心でほくそ笑んでいると。

「俺、何か怒らせてしまいましたか?」

「――――」

ただ一言で、心の間隙を突かれた。

そんな言葉が、彼の口から出ることは想定していなかった。

出るはずがない言葉だから。

私は、好意で覆っていたはず。

悪意も、憎悪も、隠していたはず。

彼にとって、甘い誘惑だったはず。

なのに、どうして分かる?

どうして、そんな言葉が出る?

彼は――私に何を見た?

「…… Non(イイエ) 」

何とか一言だけは口にして、私は自分の部屋に入った。

そのときの私がどんな表情をしていたのか…………自分では分からない。

To be continued