軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Frag.7R 未来を視るモノ

□■某月某日

王国と皇国の講和会議が開催されるよりも前の、とある日。

カルディナの首都ドラグノマドの議長官邸で、一組の男女が会話を交わしていた。

……正確には薄布で顔を隠した女性が喋る言葉に対し、巨漢の男性が無言で頷いているだけだったが。

「これが王国への所属変更の書類よ。記入して王国内で落ち合う相手に渡せば、アナタは晴れて王国所属になるわ」

「…………」

女性……カルディナ議長ラ・プラス・ファンタズマから手渡された書類を受け取り、巨漢……アルベルトは頷いた。

「手段? 簡単よ。私に金銭を借りていて、なおかつ弱みも握られた王国の領地持ち貴族がいるってだけ。ソレの権限で<マスター>一人の所属変更くらいはどうとでもなるわ。それがアナタでもね。それと、“トーナメント”は指定した時間に抽選の受付をしなさい。それで 通るわ(・・・) 」

「…………」

アルベルトは頷いた。

「王国までの道中は夢路とカルルも同行するわ。二人はアナタと別の目的ね。ああ、途中でレジェンダリアのランカーとトラブルになるけれど、殺さず・殺されずで済ませるように」

アルベルトは頷いた。

「“トーナメント”に参加した後は……自由ね。王国でアナタの思うようになさい」

アルベルトは……頷かなかった。

「<セフィロト>が一人欠けることは気にしなくていいわ。アナタ、元々情報収集とテストのために こちら(・・・) に来たのでしょう? なら、一つの国に留まるメリットはさほど高くないわ。<セフィロト>で学べることは学んだでしょうから。私が出した最後のクエストは、カルディナでの最後の動作テストと思いなさい」

「I am grateful for your support」

アルベルトは礼を言いながら、頷いた。

「いいわ。でも、改めて考えても不思議ね。<マスター>……“化身”の造った容れ物に入っているのは人間だけだと思っていたけれど、 アナタみたいなケース(・・・・・・・・・・) もいるのだから」

「…………」

アルベルトは無言で、首を動かさない。

「ともあれ、今までご苦労様。アナタの今後に幸多からんことを。アルベルト」

「Thanks」

再びこれまでの感謝を述べて、アルベルトは退室した。

「一回の会話で二言も話していたのは初めてね。それなりに感謝されていたのかしら」

ラ・プラスは苦笑しながらアルベルトの去ったドアを見つめ、不意に顔の向きを変える。

そこにはいつの間にか、褐色の肌の男が立っていた。

「手放して良かったのかい? 彼は強いよ」

砂漠の民のような装いの男……最強の広域殲滅型、“魔法最強”のファトゥムはラ・プラスに問うた。

「ええ。これがベストよ。この後のカルディナにアルベルトを置いていても、あまりプラスにはならないから」

彼がいることに欠片も驚きもせず、ラ・プラスはあっさりとそう言った。

「プラスにならない?」

「グランバロアや その後の戦い(・・・・・・) に放り込むと……高確率で寝返るか命令拒否するのよ、あの子」

「……それはまた」

ファトゥムは苦笑し……しかしありえないとは言わない。

むしろ「さもありなん」と思ったからだ。

「モンスターや犯罪者との戦い、決闘とは違うと考えているのね。ティアンが死ぬ程度で大差はないのだけれど」

奇人変人魔人超人の集まった<セフィロト>だが、アルベルトは出自と<エンブリオ>を除けば常識人であり、屈指の良識派。

それこそ、オーナーと並ぶ<セフィロト>の良心と言える。

ある意味ではオーナーよりも、だ。

「戦力としては強力だけれど、純粋すぎるわ。人間ではないのに人道から逸れることを好まないなんてね」

「だからこそ、じゃないかな。人間ではないからこそ、より人間らしくあるために気をつける。そして人好きの人外が人間らしくと言われて、悪徳を含めるかは疑問だからね」

人間に肯定的な……人間の良い面を中心に視る人外。

それが人間らしさを学び、人間らしく動こうとすれば……善人を目指すことになるというのがファトゥムの推論だった。

その推論に、今度はラ・プラスが「なるほどね」と納得した。

「ともあれ、アルベルトが王国に移籍するだけで王国や皇国、それ以外への楔にはなるわ」

王国は揺らぐだろうし、皇国は気が気でないだろう。

加えて王国の<超級>の増加は必然的に他国の見る目も変えることになる。

「ついでに、この件で私を糾弾しようと考える内部の愚か者も潰しやすくなるわ」

都市国家の連合であるカルディナで議長をしていれば、その富と権力を掠め取ろうとする輩はいくらでも出る。

しかしそういう連中が浮ついたときに刈り取り、勢力を伸ばしてきたのがラ・プラスだ。

先日もコルタナ市長の自爆とも言える事件に際し、カルディナ最大級の都市であるコルタナを完全に手中に治めている。

「ところで、カルルと夢路は何のために?」

「二人の主な役目は交渉よ。王国に鞍替えしようとする猛者を、王国よりも好条件でカルディナに引き込むの。元々所属を移そうとしている連中で、まだ王国にも根付かず腰は軽い。 ヘッドハンティング(戦力補充) の好機、見逃すはずがないわ」

「たしかに」

「特に<超級>が欲しいわね。アルベルトの代わり。ああは言ったけれど、……九人で< セフィロト(一〇のセフィラ) >って落ち着かないじゃない?」

王国に所属変更しようと、“トーナメント”に参加するまでは浮いた駒も同然。

掠め取るのに躊躇いはない。

しかしそこで王国の戦力増加を妨げすぎると戦争にも支障が出るため、代わりに『いずれ自分達の駒ではなくなる』アルベルトを王国に渡したのだ。

結果として王国は“トーナメント”で得るはずだった戦力をアルベルトという形で獲得し、カルディナは失う予定の戦力の代わりに新規戦力を得る。

Win-Winとも言えるだろう。

<超級>に加えて準<超級>や元ランカーも掠め取っているので、カルディナの方が多くはあるが。

「アルベルトは馴染めるかな?」

「裏表が作れないタイプだから、王国でもよく働くでしょう」

アルベルトは善良である。

そして嘘偽りはなく、陰謀の類にも関わっていない。

探っても何も出てこない人材であり、手放して知られる秘密もない。

王国への助力という意味では、最適かつ最高とも言える。

「“トーナメント”でも力を見せることになるわ。優勝は難しいでしょうけれど」

王国最強とも呼ばれるフィガロも参加する“トーナメント”。

参加して優勝すれば、否応なくその戦力と価値を揺るぎないものにできる。

しかしそれはないだろうとも考えた。

「決闘において、フィガロ相手では相性が良いとは言えないからね。勝ち負け両方がありえる組み合わせだ。決闘王者の中では、戦いのルールそのものを捻じ曲げてしまうご老体以外では唯一アルベルトに勝つ見込みがある」

「アルベルトは弱点が多いものね。だから“トーナメント”に出るように言ったのだけど」

決闘ではあまり見ないタイプではあるが、探査系の<エンブリオ>ならば急所である本体に気づくこともあるだろう。

決闘でなければ、もっと簡単な手の打ちようもある。

単純に、致死に至る攻撃手段を持つ<マスター>を八人揃えれば打倒できる。

弱点が多いからこそ、有用であっても替えが利く駒であるとも言える。

そして、“トーナメント”出場はそれこそが狙いだ。

もはや自分達の手元に戻ってこない『他国の戦力』。

その弱点の数々を 露呈させるため(・・・・・・・) に、王国の“トーナメント”出場を最後のクエストとして課した。

“トーナメント”に出場することで王国と関わりを持ち、アルベルトは王国の信頼を勝ち取れるだろう。彼も行動しやすくはなり、それは彼に取ってはプラスではあるだろう。

しかし、他国は彼をどう倒せばいいかを熟知することになる。

……当然、それには皇国も含まれる。

王国と皇国にはギリギリの戦いをしてもらいたいカルディナからすれば、それがベストだった。

「けれど、この時期に夢路とカルルがカルディナにいないのは少し厳しいね」

「仕方ないわ。そこまでしないと乗らない連中も多そうだから。あの二人をわざわざ遣いにして、資金面・環境面の援助を提案して、私が把握している<UBM>を<セフィロト>のサポートで確実に狩らせて……とここまで条件を並べたなら乗るわ」

わざわざ<超級>をスカウトマンにするのは、提案の信憑性を上げるため。

それだけ相手の価値を認めていると示し、かつカルディナが本気で勧誘していると思わせるためだ。

もっとも、そのためだけに二人を西方に送った訳ではないが。

「問題もないわ。私の演算外……不測の事態があったとしても、余剰戦力で対応できる。それに手札を晒していいのなら、私とアナタだけで何があっても対処可能よ」

「そうかな?」

「ええ。私とアナタが揃っていれば全てのティアンと<マスター>……いいえ」

ラ・プラスは一度言葉を区切り、

「異邦の異形――“化身”にさえ 勝てる(・・・) 」

――この世界に潜む最強の存在を例に挙げ、それでも勝てると断言した。

「だから、私はアナタを選んだのよ?」

「光栄だね。戦士としても……夫としても」

ファトゥムはそう言ってラ・プラスに…… 自身の妻(・・・・) に微笑んだ。

「不測の事態はしばらくはないわ。講和会議も、【エルトラーム号】やヴェンセールの事件も、そう大きく変わりはしないでしょう。後の“トーナメント”もね。多少のズレはあっても、全体としては誤差ね。アルベルトの抽選時間だけは、念を入れて演算したけれど」

王国と皇国の講和会議。

そこで決裂し、争い、クラウディアが<マスター>だけの<戦争>を提案し、起きるかもしれないそれに備えてアルティミアが“トーナメント”を計画する。

この時点で、“トーナメント”などという催しは影も形もない。

だが、ラ・プラスはそれがある前提で計画を進めている。

そのことに、ファトゥムは異を唱えない。

未来を読む魔女、と呼ばれる彼女の力を確信しているからだ。

「これらはきっと外れないわ。前とは違う」

そこまで言って、ラ・プラスの顔から笑みが消えた。

「――またレイ・スターリングのような奇怪な駒が増えることはないはずよ」

その名を口にしたとき……彼女の瞳の奥には確かな敵意が浮かんでいた。

「まだ気にしているのかい?」

「気にするわ。あれだけの大演算での大外し……そうそうないもの」

ラ・プラスはそう言って、自身の持ち歩いているアイテムボックスから幾つかの資料を取り出す。

資料には『王都封鎖計画』、『<UBM>封印解除計画』などの文言が見える。

それらの資料を捲りながら、ラ・プラスは言葉を続ける。

「私は人の持つ情報を統合し、未来のカタチを描き出す。総体としての世界予知に関しては“左右の化身”にも譲る気はないの」

二〇〇〇年前に猛威を振るった管理者の一人……管理AI十一号を名乗る双子を例に挙げながら、それにも劣らぬとラ・プラスは豪語する。

だが……。

「それでも、私の演算を覆す者はいる」

資料を捲る彼女の指が、資料の一枚で止まる。

そこには一人の<マスター>の写真が……炎に消える怪物の前で右手を上げる青年の姿があった。

「私が読み取れない器なき者や、演算後に始めた<マスター>……この地に 影も形もなかった者(・・・・・・・・・) は計算に含めようがない。絶対に見落としてしまう。けれど、本来そんなものは演算をズラすほどの影響力を持たない。……幾人かの例外を除いて」

ラ・プラスは忌まわしげに<マスター>の……レイの写真を睨む。

「ギデオンの事件が私の演算からズレたことも、アナタに起こしてもらった【モノクローム】が早々に消えたことも、アレのせいね。いえ、王都封鎖が予定より数日早く終結したこともそうかしら」

ラ・プラスは、<セフィロト>と共に幾つかの計画を立てた。

皇国のテロに介入する手法や独自に立案したものも含め、幾つも。

だが、その中でも重要度の高い計画を……レイ・スターリングが覆してきた。

最初は、皇国が計画したリリアーナ・グランドリア及びミリアーヌ・グランドリアの暗殺。

彼女達の死は王国と皇国の戦争には然程影響しない。

だが、その後のグランバロアでの騒乱において、海賊船団の後継者資格を持つ二人の死は混迷を助長するはずだった。

放置しても成功するはずであったため、カルディナは暗殺の達成を見守ればよかった。

しかし、レイの介入によって暗殺は不達成となる。

次は王都封鎖。

王国の状況悪化のため、カルディナが差配したテロ。

これについて、レイはデスペナルティに遭っただけである。

しかし彼の死を理由にシュウが<ノズ森林>で報復。

<墓標迷宮>でレイがフィガロに会ったことで<サウダ山道>も予定より早く殲滅。

また、西に関しても実は無関係ではない。

レイレイは知人であるシュウの弟、レイの歓迎会を知って予定より長く王都に滞在していた。

そのために望んだ物品を交易商人に頼んで王都まで届けてもらうことになり、それを<ゴブリン・ストリート>が奪ったがために<ウェズ海道>でも報復が起きた。

なお、東はレイではないが……やはりルーキーの信者がPKされたことを理由に<月世の会>が動いたため、ラ・プラスの演算とは異なっている。

その後の<ゴゥズメイズ山賊団>、ギデオン、【モノクローム】の事件は言うまでもない。

「お陰で、今も私の演算は少しの不調。 世界損害(・・・・) も減ってしまっている」

手を加えた王国内の様々な騒動。その中でも重大なものの数々に、レイ・スターリングは関わり……ラ・プラスの演算とは違う結果に導いていた。

「最も決定的だったのは、王国がカルディナの協力打診を跳ねのけたことよ。私の演算では、王国はまず受け入れるはずだった。けれど、そうなっていない。まるで、まだ王国の心が折れていないかのように」

それこそは、レイ・スターリングの影響だ。

ギデオンの戦いで希望を示し、カルチェラタンの戦いでアルティミアの心を繋いだ。

彼がいなければ、盤面はよりラ・プラスの読み通りに動いていたはずだ。

それがあまりにも不快で、ラ・プラスの表情は険しい。

「過ぎ去った時を悔やむのは君には似合わないよ。君は未来を視る者だからね」

「……そうね」

夫の言葉に、ラ・プラスの表情が幾らか和らぐ。

「未来はどうなっているかな?」

「演算齟齬の後遺症と、世界全体に乱数が増えたために期間が短くなってしまったけれど、直近の大きな事件は視えているわ。ほとんどは、既にアナタに伝えてあることよ」

ファトゥムの言葉に、ラ・プラスは頷く。

「私達に関わるものは【エルトラーム号】の事件と、ヴェンセールの一件。これらは西方に三人を送っても望む形に誘導可能ね。むしろ、彼の【 七光要塞(レインボゥ) 】と老人二人が余っているほどだわ」

「それは良かった」

「どちらも<IF>が関わってくるけれど、あれらは好きにさせましょう。連中が動くことは、世界損害を考えればプラスの要素が多いもの」

「マニゴルドにも伝えておくかい?」

「何も。彼は例の<イレギュラー>に接触しなければそれで良いわ。手心を加えるように言わなくても、【器神】や【殺人姫】、【大霊道士】の撃破にまでは至らないでしょう。死相も出ているわ。痩せた彼が見られるかもしれないわよ?」

「それは楽しみだね」

冗談めかすように、小さく笑いながらラ・プラスはマニゴルドが死ぬと告げた。

その言葉通り、彼は【エルトラーム号】においてスプレンディダに敗れている。

その言葉にファトゥムは笑い、

「それで、『私達に関わらないもの』で『まだ私が聞いていないもの』だと何があるんだい?」

妻の言葉から省かれていたものを読み、問いかける。

少し悪戯っぽい笑みを浮かべて、ラ・プラスは答える。

「面白いものを視たわ。まだ確定していないけれど……そうなれば私達にとっては朗報よ」

「それは?」

「王都アルテアの未来に――大きな クレーター(・・・・・) が視えているの」

少し愉快そうに、ラ・プラスはそう言った。

「それは前に言っていた【炎王】ではなく?」

「講和会議と同時に起こるテロとは別よ。アレはまず失敗するでしょうし。さて、結界とセーブポイントごとの王都消失。大量の死と、余計な妨害なしに依り代へと流れるリソース。消失時に依り代が死んでいなければ、もしかするとそこで私達の勝利が確定する」

「……私もまた西方に向かうべきかな?」

「止めておきましょう。もう対グランバロアで動いてしまっているもの。ここで動かすと、またしばらく演算ができなくなるわ。王都が消えれば儲けもの、といったところね……ッ」

ラ・プラスは言葉と共に、頭痛を感じたかのようにこめかみに手を当てる。

「……ともかく、王都……西方についてはあの三人を送ったことが最後の干渉になるわ。アルベルトの“トーナメント”が終わった頃に皇国が動くでしょう。あとは、結果を待つだけよ。あのハイエンドの、最後の足掻きの……」

「ラ・プラス。そろそろ 代わった方がいい(・・・・・・・・) 」

「そう、ね。少し、重ねていたから。…… デバイス(脳) を休ませるわ」

そう言って、ラ・プラスは椅子に座って瞼を閉じた。

まるで眠るように座っているラ・プラスとそれを見守るファトゥム。

一分ほどして……ラ・プラスが瞼を開けた。

「…………ああ。眠ったのですね。今日も、 あの方(・・・) はご尽力なさったようで」

ラ・プラスの言葉は、何処か奇妙だった。

言葉遣いが異なり、それどころか雰囲気も違う。

そして、まるで自分のことを別人のように話している。

「そうだね。頭痛はないかい? シャシー(・・・・) 」

ファトゥムもまた、妻であるラ・プラスを別の名で呼んだ。

それが当たり前であるかのように。

「私の脳はあくまでも繋ぎですから……。演算を行っているのは彼方におられるあの方ご自身ですし」

「それでも、普通の人間にはできないことだよ。君の脳にも負荷はある。ゆっくりと休めばいい。……食事はできるかい? できるなら、一緒に食べに行こうか」

「まあ……。それは、嬉しいです」

まるで少女のように、ラ・プラスははにかんで笑う。

それは先ほどまで冷徹に未来を予見していた人物とは、同じ顔でありながら似ても似つかない。

「エスコートするよ。今日はオーナーの店の予約が取れているからね」

「まあ……。楽しみです」

しかし強いて言及するならば……ファトゥムの態度はどちらを相手にしても変わっていなかった。

彼にとっては、どちらでも同じであるかのように。

To be continued