軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十六話 斧の来歴

□■Secret years ago

遥かな昔、一つの“世界”が生まれるよりも前。

先代管理者、神、あるいは< 無限職(インフィニット・ジョブ) >とも呼ばれる存在の一柱は自らの創りだした物を前に悩んでいた。

その存在……< 鍛冶屋(スミス) >は同類と共に一つの“世界”を創り上げようとしていた。

彼らは手分けして“世界”という箱庭を、情報の集合体を組み立てる。

“世界”の土台を築いた者、今では古龍と呼ばれるモノをはじめとするモンスターを揃えた者、数多の資源を揃えた者、ジョブというシステムを組み込んだ者、ジョブの受け手にして雛である人間範疇生物を作った者、 管理代行者(アーキタイプシステム) を用意した者、<終焉>と呼ばれる試練を設定した者など、手分けして“世界”というプログラムを創っていた。

そんな中で<鍛冶屋>が用意しようとしていたのは、たった一つの武器だ。

特殊超級職、そう呼ばれる特異な存在のための武器。

特殊超級職に至るための、そして特殊超級職が用いるための武器。

試練である<終焉>を打倒し、 世界の終わり(ゲームオーバー) を回避するための可能性。

言うなれば、世界最強の武器。

<鍛冶屋>は同類から武器の作成を任され、創意工夫の全てを用いて、傑作を創った。

しかし、彼は迷いの淵にあった。

たった一つの傑作を作り上げるはずだったのに、彼の眼前には二つの武器。

創意工夫の全てを発揮した結果……一つに収まらず二つ創ってしまったのである。

一つの始まりを刻むもの。

在るべき形を変容させ、エネルギーさえも切り捨てる両断の刃。

『絶対切断』の理を持つ最強の剣。

全ての終わりを断ずるもの。

あらゆるものに相反し、確実なる滅びを叩きつける必滅の刃。

『絶対消滅』の理を持つ最強の斧。

一の剣と全の斧。

二つの最強の……しかし完成手前の武器を前に<鍛冶屋>は思案した。

<鍛冶屋>を以てしても、完成させられるのはどちらか一つ。

そして未完で終わる武器は、想定する力の『十分の一』も発揮できなくなるだろう。

<鍛冶屋>にとっては傑作から駄作に変わり果てる。

それゆえに悩んだ。どちらを残すかを悩みに悩みぬいた。

そして……剣を選んだ。

◇◆

【アルター】と銘打たれた剣は、完成した“世界”で【聖剣王】や【聖剣姫】の名と共に幾度か登場した。

先々期文明という巨大文明が滅んだ後でさえも、使い手を見つけて歴史に舞い戻った。

世界に誇る最強にして伝説の剣であり、王国の象徴。

それこそ、伝記だけでなく童話としてさえ語られるほどに広く慕われる存在になった。

反対に未完のまま銘さえも与えられなかった斧は、歴史に埋もれた。

使い手が定まらぬままに点々とした。

時にその時代でも有数の武人が振るってみせるが、いずれも後悔した。

斧は、自らを振るった者までも必ず傷つける。

振るった者の体を損ない、命すら奪うこともあった。

その惨状ゆえに、斧は呪いの武器として忌み嫌われた。

歴史の中には『呪いの武器ならば』と使おうとした【堕天騎士】もいたが、呪いではなく正常な機能としての効果であるために命を失った。

そう、それは正常な機能である。

そして本来ならば……剣も斧も 同じこと(・・・・) だ。

どちらも、『使えば同じ力を使用者に流してしまう』のだ。

それこそRPGの呪いの武器のような……デメリットありきの最強武器である。

【アルター】に関しては、<鍛冶屋>が一度しか施せない最終工程……【聖剣王】用の仕組みの付与によってデメリットを消しているだけだ。

仮に【アルター】が選ばれていなければ、振るうたびに使用者に消えない傷を刻む最悪の剣になっていただろう。

そして選ばれなかったからこそ、斧は駄作。

本来の出力を発揮することは永遠にない。

なぜなら、その『十分の一』でも出力を発揮した時点で……使用者が消し飛ぶ。

振るう者を皆傷つけて、真の力を発揮することは二度とない。

選ばれなかった時点で、永遠に光の当たらない武器としての存在が確定した。

それについて、斧は何も思わない。

選ばれた【アルター】を羨みも恨みもしないが、武器としての本能は存在する。

力を求めるモノに使われたいという、望みだけは残っている。

駄作なりに、未完成ながらも武器として在ろうとしたのだ。

だからこそ、手にする者に力を与える。

そして代償として、正常な機能として、体を砕き続ける。

ゆえに斧の生涯は、呪いを生み続けた。

振るった者の後悔と苦痛、絶望の怨念を受け続けた。

振るわれて息絶えた者の怨念も、血肉と共に浴び続けた。

長い歴史の中で、数え切れないほどに繰り返された。

斧自身ではなく、触れた者達の怨念が積み重なった。

いつしか……斧の表面は本来の白色ではなく、赤に染まっていた。

◇◆

先々期文明が滅びた後も、“化身”が管理者となった後も、斧は変わらない。

銘を持たぬゆえか、あるいは他の理由からか、<UBM>となることすらなく誰にもまともに扱えない武器のままだった。

しかしある時期は別だ。

かの【覇王】が戦乱の中で斧を手に入れ、振るっていたことがある。

恐るべきことに、【覇王】はその斧を使えていた。

最大出力ではないもののデメリットさえも受け止めて、耐えきって、斧の力を振るっていた。

その一時、斧は斧として使われていた。

しかし、ある戦いで斧の一部が欠けたのを見て、「今後、我がこの斧を使うことはない」と言い切ったため、斧は使われなくなり……宝物庫に仕舞われた。

砕けたひとかけらは一匹の幼竜が呑み込んで……いつしか【滅竜王】と呼ばれる存在に変貌していた。

【覇王】が消えた後、宝物庫のある業都が戦乱の中で主を次々に変えた後も、その斧だけは手付かずだった。(正確に言えば、迂闊に手を付けた者が死んでいった)

しかし、【邪神】が業都を居城としてからは、【邪神】の眷属の一体が斧を武器とした。

使い手となった眷属は【覇王】のようには斧を使いこなせなかったが、斧によるダメージと拮抗する再生能力を持っていたために斧を振るうことはできた。

また、自分が扱いやすいように、力の方向性を定める呪いの布を斧に巻き付けた。

これによって眷属は存分に力を発揮し、人々に恐怖を与え続け、怨念はより蓄積された。

だが、この使い手も消え失せる。

【聖剣王】と【邪神】の決戦の折、斧は【元始聖剣】と名を変えた【アルター】と戦い、使い手ごと敗れ去ったのである。

それが、斧の最後の戦いだった。

戦いの果て、限度を超えて蓄積した怨念によって刃は幾重もの赤黒い錆に覆われた。

呪いの塊と化した斧は、【聖剣王】の妻である当時の【超闘士】フレイメルが実家に移した。

彼女の実家であるギデオン家には呪われた武具の保管庫があるため、そこに収蔵したのだ。

それからは【教皇】や【聖女】を含めた幾人もの聖職者が解呪を試みたが、誰にも呪いは解けないまま現在まで死蔵されることとなる。

数百年の歴史の中で、【邪神】に関する情報の意図的な消去により来歴すらも失われ、斧はただの呪いのオブジェに成り果てた。

“世界”の始まりから存在した斧は、このまま誰にも扱えない呪われた存在として、“世界”の終わりまで保管庫のアイテムボックスで眠りにつくと思われていた。

……レイ・スターリングによって、再びアイテムボックスから解放されるまでは。

◇◆◇

□【呪術師】レイ・スターリング

『――――汝、力を求めるか?』

その声は、音ではなく……俺の頭の中に直接響いてきた。

同時に、頭の中に膨大な情報が流れ込んでくる。

今朝に夢見た斧の記憶と、そこから繋がる幾つもの場面。

斧が長い時間の中で、数多くの使い手を傷つけ続けてしまったこと。

使い手の出現と、その使い手から手放されたこと。

怪物に扱われ、俺が見た黒い布を巻きつけて使われたこと。

そして、【アルター】を持った誰か……アズライトのご先祖様に敗れたこと。

最後には…… 俺の顔(・・・) が見えた。

「これは、……ッ! しまっ……」

受け止めた情報に混乱し、一瞬だが動きが完全に止まる。

これまでギリギリで回避していた【スラル】の斬撃を喰らってしまう。

……そう思ったが、その斬撃は俺に当たっていなかった。

正確には、【スラル】の動きが止まっている。

俺に向けて左の刃を振り上げたまま、停止していた。

【スラル】だけじゃない、ネメシスも、ガーベラも、俺の体さえも……俺の思考以外の一切合切が止まってしまっている。

世界さえも、色を省略したかのようなモノクロだ。

けれど、俺は動いている。

まるで幽体離脱でもしたみたいに、半透明の俺が動かない自分の体を見ている。

「なんだ……これ?」

まさかこれも【怠惰魔王】のスキルか?

でも、それだったら俺の思考だけを自由にする意味がない。

じゃあ、これは……。

『然り。我と汝の間でのみ高速の情報交換を行っている。この空間においても、他者の精神活動と比すれば、速度が違う。我と汝の会話は一瞬にも満たない時間で行われる。汝の体感時間であと三分ほどは問題ない』

先ほどの声……いいや、あの斧の声は俺の心の声に応答してそう説明した。

まるでネメシスとの念話のように。

けれど、姿は見えない。

「高速の情報交換……さっき見えたのも、それか?」

『然り。我の持ちえる我の情報を、汝が許容できる形で伝えた』

早送りのダイジェストのようだったし、言葉などは聞こえず、映像のイメージが伝わっただけだ。

登場人物の殆どは、誰かさえも分からない。

見覚えのある【アルター】と肖像画が残っているアズライトのご先祖様、……それと俺だけが誰だか分かった形だ。

それでも、こいつがどのように時を経てきたのかは……理解できた。

……未完成だったために、そのようにしか過ごせなかったことは……理解できた。

『理解の後、問を繰り返す。汝、力を求めるか?』

斧は、再び同じ言葉を俺に投げかけた。

『我が力を得れば汝は傷を負う。我の力は諸刃であり、振るえば同じ力で傷つくだろう』

「お前……」

斧は、己の仕組みを俺に伝える。

その仕組みゆえに恨まれ続けても、折れず曲がらず、己の在り方を変えていない。

……愚直な奴だと、心から思う。

「先に、こっちから質問していいか?」

『許容する』

「……何で、今ここで聞いてきたんだ?」

俺がお前を手にしたときも、初めて振るったときも、レイレイさんの戦いのときも、何も言っては来なかっただろうに。

『理由は二つ。一つは、この空間の特異性ゆえ』

「ドリームランドの?」

『汝の記憶によれば、ここは意思ある者しか辿りつけぬ空間。我が身を縛る呪布も、我が身が纏う混濁の怨念も、この空間には存在しない。ゆえに、我が意思で動くことができる』

現実でこいつが何も言わなかったのは、あの膨大な怨念や布のためだったってことか。

……そして夢の中ではこいつの意思で動けるのならば、こいつが語り掛けてきたのも今が初めてではない。

あの夢こそが、俺への最初の呼びかけだったのだろう。

『二つ目の理由は、汝だからだ』

「俺だから?」

人であれば頷くような間の後、斧は言葉の続きを述べる。

『一度我を振るい、その身を砕かれた。夢を見て、我の生まれを知った。我が理由で、戦いに敗れた。それでもなお、汝は我を手放さぬ。それでもなお、汝は力を求めている。そのような者は決して多くはない。我が来歴を通して、三名のみ』

それはきっとあの王のような男と、怪物のような者。

そして、俺なのだろう。

『ゆえに、我は汝に再び問う。我が力が汝の身を砕くとしても、我が力を求めるか?』

その問いに対して俺は……。

「俺が身を砕いて引き出せるお前の力はどれくらいだ?」

一つの決定を前提とした問いで返した。

俺の問いに、斧は少しだけ沈黙して……。

『情報交換した汝の記憶に、我の回答と近しい言葉があった』

そして斧は、答えを返す。

『――あの【スラル】に勝てる可能性がある』

それは……かつてのネメシスの言葉と似ていた。

「――上等だ」

だからこそ……俺の返す言葉も一つだった。

力を求め、その力にも納得した。

二つに対し、この言葉のみが答えになる。

俺はリスクごと、こいつを背負い込むと決めた。

元より、【スラル】との戦闘でこいつを使うことも考えてはいた。

ただ、使えば手足がなくなるだろうし、それで神話級金属を砕けるかも分からなかった。

だが、勝てる可能性があるならば……それに賭ける。

「まだ約束の銘は思いついてないけど、いいのか?」

今朝約束した銘だが、流石にまだ思いついていない。

『それはいずれ、現実の我が解き放たれし時に……』

「そうか。じゃあ、良い名前を考えておくよ」

『期待する』

やがて、モノクロだった世界が色づいて――。

――世界が動き出した瞬間に、俺の眼前で【スラル】が刃を振り下ろしていた。

To be continued