作品タイトル不明
第十三話 ハンデス
□【呪術師】レイ・スターリング
『――――GiGiGi』
突如として上空から落下してきた緋色の【スラル】。
それは夢に落ちる前に見たモノと同じ姿をしていた。
違いは玉虫色のオーラ……ドリームランドを帯びているかいないかだ。
俺達に向けられた顔に眼球はないが、しかし明らかにこちらをロックオンしていた。
両腕の刃を擦り合わせ、火花を散らしながら一歩一歩近づいてくる。
「……ど、どうするのよ?」
狼狽するガーベラの問いに対し、前に出ることで答える。
「さっきも言っただろ。俺が戦う。ガーベラは下がっていてくれ」
彼女は眠る前の時点でダメージを受けていたし、今は<エンブリオ>もいないらしい。
加えて、武器も持ち込めていない。
だったらやはり、俺が戦うしかない。
『だが、こちらも万全ではないぞ』
「分かってる!」
両腕と、両脚と、背中。
それぞれの装備を一瞥して、考える。
「ここでも使えるかは、実戦で試すしかないな……」
『鎧では受けるなよ! 確実に肉に届く!』
言葉を交わす俺達に向けて、緋色の【スラル】はその速度を上げていく。
まだ超音速ではないが、しかし……シルバーがいない俺よりはずっと速い。
加えてこちらはまだ夢の世界での感覚のズレを感じ、わずかだがいつもより鈍い。
「ちぃ! 《煉獄火炎》!」
いまだ距離がある間に、左手の【瘴焔手甲】を起動する。
はたして、炎は放たれた。
やはり、意思があるのが明白だった【瘴焔手甲】はこの夢の世界でも使用できる。
煉獄の炎が、接近する緋色の【スラル】の表面を撫でた。
『……Gi』
――しかし、ダメージは与えていない。
『火力が足りぬ!』
「神話級金属……厄介な!」
俺は距離を詰めてきた【スラル】の攻撃をかろうじて回避しながら、神話級金属の特性について聞いた話を思いだす。
END換算で数万という特化超級職のステータスにも匹敵する強度を持つこと。
加工には超一流の職人による特殊な技法が必要となること。
そして、融点が極めて高く、熱量で形を変えるのが困難であるということ。
これまで戦闘中に融解したケースも数えるほどで、あの【三極竜 グローリア】のブレス、【輝竜王 ドラグフレア】の熱波、【炎王】の奥義を受けたときくらいだそうだ。
特に【グローリア】に関しては他のあらゆる物体を蒸発させたブレスが、 融解に留めた(・・・・・・) ほどの耐熱性だ。
俺の【瘴焔手甲】では、純粋に火力が足りない。
ガルドランダを呼び出し、《零式》を当てればあるいはダメージを与えられるかもしれないが……それは できそうにない(・・・・・・・) 。
『レイ!』
「分かってる! ……俺自身の消耗を感じた」
普段なら、俺のMPとSPの消耗は脚部の【紫怨走甲】が溜め込んだ怨念を代価として支払う。
だが、今はそれが発動した気配がない。
「【紫怨走甲】……こっちに来ていないらしいな」
今も俺の脚部に装着されているように見えるが、これはZZZの説明にあったとおり見かけだけの装備と化している。ウィンドウも開けないこの夢の世界では、装備品が存在するかも使おうとしなければ把握できない。
そして【紫怨走甲】は特典武具であっても、【瘴焔手甲】と違って意思がないために……持ち込めなかった。
《瘴焔姫》をはじめ、俺のスキルの幾つかは消耗を【紫怨走甲】に肩代わりさせることが前提。それができなくなった時点で、俺の力は大幅に減じている。
「ッ……!」
咄嗟に黒円盾へと変形したネメシスに対し、【スラル】の刃が振るわれる。
神話級金属の斬撃をネメシスは耐えたが……しかし黒円盾の表面には無視できない大きな罅が入っている。
『そう何度も受けられぬぞ!』
「ああ……!」
この【スラル】もまた攻略すべき特殊性はなく……シンプルに強靭な手合い。
先日の【獣王】には劣るが、【ギーガナイト】は優に上回っている。
「……古代伝説級か」
口から漏れた言葉は、二つの意味を含む。
眼前の【スラル】に対する戦力評価。
そして、それを倒しうるかもしれない俺の手札の一枚について。
だけど……使えるか?
『Gi……』
俺が採るべき選択を考える間に、【スラル】の動きが変わる。
両腕と鼻先、そして尾の刃の緋色が強まり……赤熱化していく。
ミスリルの【スラル】を爆散させた加熱攻撃。
それによって、その身の刃をヒートソードへと変貌させた。
膨大な熱容量を持つ神話級金属だからできる荒業。
その威力は……【剣聖】の《レーザーブレード》を上回ると直感する。
同時に――黒円盾であっても両断される、と。
『GiGi……』
まるでモンゴリアンチョップのように、両腕のヒートソードを上段から振り下ろす。
回避するには左右のどちらかに跳ぶ必要があり、しかしそれは罠だと直感する。
どちらに避けてもその隙を、鎌首をもたげた尾の刃が突いてくるだろう。
だからこそ、俺は右に跳んだ。
俺を掠めた両腕の刃が夢の道に深い亀裂を作ると同時に、【スラル】の尾が俺を串刺しにしようと迫っている。
『――《カウンター・アブソープション》‼』
だが、黒円盾の状態であれば《カウンター・アブソープション》を使用できる。
ネメシスによる発動は間に合い、尾の一撃のダメージを光の結界が吸う。
今、【スラル】の両腕は地に埋まり、尾は結界に動きを吸われた。
一時的に、【スラル】の動きが止まる。
「――モノクローム‼」
その瞬間を、見逃さない。
俺は纏った【黒纏套】に呼び掛ける。
第一の賭け、俺の呼びかけに応えるかという賭けは――勝利する。
この夢の世界においても、【黒纏套】は見かけだけでなく存在した。
俺の呼びかけに応じ、左手に砲身を形成する。
そして、
「――《シャイニング・ディスペアー》‼」
――超熱量の 光条(レーザー) が、【スラル】へと放たれる。
俺の持ちうる手札では最大の火力、《シャイニング・ディスペアー》。
それでも、神話級金属を破壊しうるのかは賭けだ。
オリジナルよりも集束されたレーザーの熱量が、【グローリア】の領域に足を踏み入れているか否か。
賭けの結果は――。
『……Gi……』
勝利であり、敗北だった。
撃ち放った《シャイニング・ディスペアー》は、【スラル】に通じた。
神話級金属の体を傷つけることはできた。
だが、浅い。
咄嗟に【スラル】が身を捻ったことで、胸部を狙ったはずの一撃は左腕に命中した。
左の二の腕部分が拳大の半円に抉れているが……それだけだ。
致命傷には、程遠い。
損傷した左腕も多少ぎこちないが動かせるようだ。
「効いてるじゃない……! もっと撃って……!」
「生憎と、一発で弾切れだよ」
「…………終わったわぁ」
後ろでガーベラが膝を着いていた。
そうしたくなる気持ちは分かるが、諦めるにはまだ早い。
「ネメシス、ダメージカウンターは?」
仮に相手が神話級金属であろうと、《復讐するは我にあり》なら防御力を無視できる。
頭部か、胸部か、致命部位に打ち込むことができれば勝ち目はある。
『………… ない(・・) 』
しかし……ネメシスの返答は予想だにしないものだった。
「……ネメシス?」
『恐ろしく遠くに幽かな反応があるが、眼前のこやつには微塵も反応せん』
どういうことだ?
黒円盾で受け、さらには《カウンター・アブソープション》まで使ったのに、ダメージカウンターが蓄積されていないのは妙だ。
ここが夢の世界だからか?
それとも別の……。
「ッ……!」
俺の思考を待つことなく、【スラル】は赤熱した刃を振るってくる。
受けることはできないため、ネメシスは黒円盾から黒大剣へとシフト。
相手の斬撃を潜るように、回避するが……左肩に熱を感じた。
『レイ!』
「分かってる!」
意趣返しでもないだろうが、左肩には焼け焦げた裂傷ができていた。
ステータスを確認できないが、感覚的に一割は削れたか……。
「今の分のダメージは?」
『やはり、遠方の反応が強まっている……』
……決まりだ。
恐らく、この夢で受けたダメージは眼前の【スラル】ではなくあのバク……【怠惰魔王】に蓄積されている。
原因が手足の代わりになる【スラル】の性質か、あるいは夢のダメージを実際のダメージに変換するこの<エンブリオ>の性質かは分からない。
どちらにしても、【スラル】に対してカウンターは使えない。
シルバーがいないために機動力は大幅に削がれ、
【VDA】やアクセサリーの類がないために生存力も落ち、
【紫怨走甲】がないためにガルドランダは呼べず、
【黒纏套】の《シャイニング・ディスペアー》は致命打にならず、
トドメにネメシスのカウンタースキルは使用不能。
『……白衣との戦いを思い出すのぅ』
「俺もだ」
諦める気はないが……中々の袋小路だ。
俺相手にメタを張った【RSK】以上にやりづらい。
意思のない装備品を弾く時点であちらに有利なのは分かっていたが、想像以上だ。
現状では攻防一体の体を持つ【スラル】を打破する手段がないに等しい。
「……いや」
一つ……二つ、手がないでもない。
だがどちらにしても賭けになる上に、毛色が違う。
一つは実行する時点で生死の賭け。
もう一つはそもそも実現可能かという問題とダメージカウンターの量、そして……。
「時間を稼いでよ……!」
そう、時間を稼ぐ必要がある。
……うん?
「ガーベラ?」
後ろを振り返れば、俺と【スラル】の戦いから距離を取ったガーベラが、切羽詰まった顔で何事か呼び掛けていた。
「時間を稼げばアプリルがあっちの【スラル】を退治してくれるはずだから……! それまで時間を稼いで……!」
そういえば、そんなことを聞いていた。
だが、どうだろう。仮に現実の【スラル】が全滅したとしても、夢の中でこの【スラル】と相対している限りは起きられるか分からない。
……現実で緋色の【スラル】が死ねば、この夢の中の【スラル】も死ぬのだろうか?
両者は明らかに同じモノだ。
『現実と夢で一体ずつ、計二体配置されている』のか、『現実のモノが夢の中に入り込んできた』のか、今この場で『一体が現実と夢の両方に存在する』のか。
分からない。今の時点では、いずれの可能性もあり得る。
「もう少し、情報が欲しいな」
『であればやはり今しばらく耐えるしかあるまい』
どちらにしろ、二つ目の賭けのためにはダメージカウンターも足りない。
相手の攻撃を引きつけ、回復しつつ、反撃の機を窺う。
……こういう戦いも、久しぶりだな。
『手札が欠けた戦いだ。基本に立ち返るのもよかろう』
「ああ」
黒大剣のネメシスを構え、俺は【スラル】からの攻撃に集中した。
◇◆◇
□■アルター王国南端・国境山林
夢の中で緋色の【スラル】がレイ達の前に現れた頃。
煌玉の名を持つ兵器達と【スラル】の戦いには変化が生じていた。
『敵性対象……残数、一』
アプリルによって砕かれたミスリルの【スラル】達は、砕かれてもなお動いていたが……時間の経過や更なる粉砕によって活動を完全に停止している。
そして残ったのはアプリルとシルバー、眠りについた四人、そして……。
『――――GiGiGi』
夢の中にいるモノと同じ姿の緋色の【スラル】……ZZZがカーディナルAと呼ぶ個体だけが残っていた。
今まで静観していたカーディナルAは、今も動かない。
だが、両腕の剣を擦り合わせ、火花を散らしている。
それは挑発の動作か、あるいは何らかの攻撃の予備動作なのか。
『戦況分析』
アプリルは考える。
戦闘の最中、自身の所有者であるゼクスに【快癒万能霊薬】を使用しても目覚めなかった。
そのことから、単純な睡眠ではなく、条件付きの特殊なスキルによるものであるという推測は出来ている。
未知の現象。アプリルはジョブについての情報は、先々期文明で把握していたものについては熟知している。
しかし、<マスター>との……千差万別の特異能力者との戦闘経験値は少ない。
それこそ、数えるほどだ。
所有者であるゼクスや、ガーベラとの模擬戦。先日の餓鬼道率いる<六道混沌>との戦闘。
そして、先々期文明での彼女の最後の戦い……“黒渦の化身”との一戦だけである。
あの戦いでアプリルは全身のエネルギーを完全に奪われて休眠状態に陥り、“化身”に回収されるに至った。
物理的に無敵と思われた彼女が、絡めとるように制圧されたのである。
眼前のカーディナルA、そしてバックにいるであろう【怠惰魔王】ZZZに、アプリルは似たような気配を感じていた。
『……戦闘続行』
だが、如何なる脅威が潜んでいたとしても、所有者の危機を解消するためにアプリルはカーディナルAとの戦いを選ぶ。
一息に踏み込み、カーディナルAを《マテリアル・スライダー》とワイヤーの射程に捉え、攻撃する。
『……Gi』
カーディナルAが纏った玉虫色のオーラ……ドリームランドの一部に触れても、アプリル自身に変調はない。
やはりドリームランドはアプリルに何の影響も及ぼさない。
だからこそ、その後の現象は異常だった。
アプリルのワイヤーが、傷一つつけることなくカーディナルAに弾かれたのである。
『……?』
おかしい、とアプリルは考える。
ENDや物体強度を減算する彼女の《マテリアル・スライダー》は作動している。
それも<六道混沌>との戦いでのマイナス四〇〇〇を遥かに上回る、マイナス三〇〇〇〇という減算を周囲に与えている。
逆に、彼女自身の強度はEND換算で五〇〇〇〇オーバーだ。
両者の激突は発泡スチロールと鋼鉄がぶつかり合うようなもの。
たとえ神話級金属であろうと、傷つかない訳がない。
だが、その結果を覆す何かが、カーディナルAには起きている。
『推測。付与効果による強度上昇』
アプリルは考える。
神話級金属に耐久力強化を付与することで、いまだ《マテリアル・スライダー》でも削りきれないだけの強度を保持しているのかもしれない、と。
しかし、打つ手はある。
『白銀の兄弟。下がりなさい。危険です』
レイを背に乗せたシルバーに指示を出し、下がらせる。
同時に倒れた三人の位置も確認し……問題はないと判断する。
未だ攻撃が通じないほどの強度を相手が保持しているならば、やることは一つ。
『――リミッター解除』
――より苛烈に、強度を下げるのみ。
『《マテリアル・スライダー》……』
煌玉人の二号機にして、戦闘用煌玉人の一号機でもある【金剛石之抹殺者】。
名称の由来でもある、物理防御を無為とする万物の抹殺圏。
そのスキルの名は――。
『――《 金剛抹殺(ダイヤモンド・スレイ) 》』
瞬間、不可視の力場が彼女の周囲に浸透する。
彼女自身の出力を最大限まで高めて放つ改変兵装の超絶稼働。
スキルの効果を受けて、彼女の周囲の世界が崩れていく。
石木が自重はおろか物体としての結合さえも支えきれず、折れ砕けながら塵になる。
彼女の立つ地面の土さえも、より細かな粒子……砂へとなり果てていく。
ミスリルの【スラル】の残骸さえ、銀色の灰へと変わっていく。
それは、半径五〇メテルに対して行使される――マイナス二〇万オーバーの超デバフ。
神話級金属であろうと、自壊は免れない。
先々期文明において、この効果を受けて砕けなかった存在はいない。
仮に音速で飛翔する弾丸を受けようと、彼女に届く前に砕け散るだろう。
それほどのスキルの影響下で……。
『……GiGiGi』
――それでもなお、カーディナルAは傷一つついていなかった。
『…………異常値』
アプリルは眼前の異常を認識しながらもワイヤーを振るい、再度の攻撃を実行する。
砂の城よりも脆くなっていて然るべきカーディナルAの体は、今もなおアプリルのワイヤーを弾く。
まるで、真に無敵とでも言うかのように。
『…………』
アプリルは理解する。
眼前の相手は、物理的な強度とは異なる法則によってその体を維持している。
それゆえに……自分では打倒できない類の力であろう、と。
最悪のケースを想定し、アプリルはこの場からの離脱を考える。
自分のスペックとカーディナルAのスペック、安全に離脱するには三人の内の何人までを連れていけるかを計算する。
そんなとき……。
『……Gi……』
前触れもなく、カーディナルAの左腕が破壊された。
半円形に溶融するように、二の腕に当たる部分が抉れている。
まるで…… 熱線でも受けた(・・・・・・・) かのように。
それは明らかにアプリルの《マテリアル・スライダー》による破壊痕ではない。
だが、アプリルがいくら計算してもそのようなダメージを与える要因は、周辺環境のどこにも見当たらなかった。
どこかアプリルには観測できない領域で、カーディナルAはダメージを負っていた。
『…………』
アプリルは判断を改め、離脱ではなく今しばらくの時間稼ぎへと方針を転換する。
相手の無敵性を解明できるか否かを見極めるために。
◇◆
結果として、夢の中と外の両方でカーディナルAと相対した者は見に回った。
それが吉と出るか凶と出るかは……今の彼らには分からない。
To be continued