軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八話 脱獄の手口

■大陸某所

レドキングの空間操作によって、“監獄”は外部から隠蔽されている。

しかし今、サンダルフォンの空間穿孔によって隠蔽された空間に穴が空いている。

《スプリット・スピリット》による分身も含めて幾つもの穴が空き、空間が揺らめく。

やがて、その穴の一つから……何かが飛び出てきた。

「うぅぅ……死ぬかと思った」

現れたのは……片腕と片足を失くし、全身が血塗れになったガーベラだった。

「むぐむぐ……ぺっ」

ガーベラは痛みに身悶えしながら、口からあるもの……指輪型のアイテムボックスを吐き出した。

そして指が幾つか欠けている右手を動かし、その中から高品質の【ポーション】を大量に取り出して自らにかけていく。

それでようやくHPの減少が止まり、傷痍系状態異常もいくつか消えた。

「お、オーナーの嘘つきぃ……オーナーが作る穴を潜るだけだって書いてたのにぃ……」

彼女が受け取ったゼクスからのメールには『私のアイテムボックスを持って、姿を消したまま穴から脱出してください』程度のことしか書いていなかった。

たしかに『ちょっと狭いかもしれませんが』とは書かれていたが、それが頭一つ分しかなく……まして高速回転するサンダルフォンの傍だとは聞いていない。

お陰で、潜る際に大ダメージを負っていた。

彼女自身はまだこの程度だが、必殺スキルで彼女を覆うように合体していたアルハザードなどほとんど抉れている。

完全破壊状態寸前の大ダメージで、紋章に戻っている。

「……これ、昔だったら絶対やれなかったわ……。……あの地獄の特訓ってこれ見越してたのかしら……」

彼女がゼクスの下で受けた『痛覚オンのまま五体をバラバラにして痛覚に慣れる特訓』を思い出す。

あの経験がなければ、仮に痛覚オフでも同じことはできなかっただろう。

今は痛覚オンでもそれができてしまう。慣れとは怖いものだ。

「あー……どうかモンスターとか寄ってきませんように……」

ガーベラは文字通り浴びるように【ポーション】を使い、少しずつ回復していく。

だが、彼女の頼みのアルハザードは動けず、彼女自身も満身創痍である。

「……あ。そうだ」

ガーベラはゼクスのアイテムボックスから、あるものを取り出す。

それは彼女自身よりも大きいモノ。

それは……一台の馬車だった。

これを取り出すことも、メールに書いてあった指示だ。

「これでよし……あとは護衛用に……」

次いで、アイテムボックスに収納されていたアプリルも取り出す。

『お呼びでしょうか。仮所有者閣下』

周囲が喫茶店の店内でなく森の中だったためか、既に戦闘モードに入っているらしいなめらかな口調でアプリルが尋ねる。

「周辺の警戒おねがーい……私はちょっとグロッキーだから二人が来るまで休むわー……。アルハザードもまだ動けないしー……」

『了解』

ガーベラは馬車にもたれかかり、アプリルは周囲を警戒する。

それから数分が経って、

「んー! 娑婆の空気は美味し……いや、やっぱり緑臭くて好みじゃないのネ♪」

――馬車の中から、獄中でログアウトしたはずのキャンディが姿を現した。

「……上手くいったみたいね」

キャンディが現れたことで、ガーベラはゼクスの計画が成功したことを知った。

彼女にとっても、これで後からゼクスに体を治してもらえる算段がついて一安心である。

「あ。ガッちゃんが死にかけてるのネ♪ ウケルー」

「あんたねぇ……」

半死半生の傷を負っているガーベラを指差して、キャンディが愉快そうに笑う。

「かわいそうに、おっぱいも削れて……あ、元からなかったのネ♪」

「マジでぶっ殺すわよクソGOD⁉」

片手片足の状態から根性で立ち上がろうとするほど、ガーベラはブチ切れた。

なお、ガーベラのパッドはサンダルフォンの脚の回転で抉れてどこかに吹っ飛んでいたが、本人の平坦な胸は無事である。

平らな胸でなければ出血が拡大していたかもしれないので、良しとすべきだろう。

キャンディがからかい、ガーベラがギャーギャーと抗議するやりとりをしている内に、馬車からさらに一人分の物音が聞こえた。

「お二人とも、ご無事で何よりです」

――馬車からは、何事もないかのようにゼクスが降りてきたのであった。

「バッチリ成功なのネ♪」

「……私、どう見ても無事じゃないんだけど。早く治してよ……」

「ええ、すぐに」

ゼクスは【聖女】の姿に変わり、ガーベラの治療を行う。

「……それにしても。本当に“監獄”から出るのにも使えたのね、これ」

治療を受けながら、ガーベラは馬車を見上げる。

彼女の《鑑定眼》で見た情報には、こう書かれている。

――【セーブポイント・キャリッジ】、と。

「セーブポイント付きの馬車。デスペナからの復帰には使えないって聞いてたけど」

「ええ。そのとおりです。しかしながら、私達はデスペナルティからの復帰に使った訳ではありませんから」

指名手配犯が“監獄”に収監される仕組みは次の三段階だ。

一、指名手配によって各国のセーブポイントが使用不可能になる。

二、デスペナルティになる。

三、復帰場所が“監獄”内のセーブポイントしかないため、そこに収監される。

このとき、セーブポイント付きの馬車にセーブしていても、二の段階でそのセーブが消えているので、復帰地点には選べない。

ガーベラはゲームの中断セーブのようなもの、と説明を受けた。

「ですが、今回の私達はただのログアウトとログインを行っただけですから」

“監獄”内で【セーブポイント・キャリッジ】にセーブする。

それを“監獄”の外へと持ち出してしまえば、“監獄”の外にあるログイン地点として機能するのである。

「それ、レドキングは気づかなかったの? セーブするときとか」

自分は【セーブポイント・キャリッジ】を使わず、身を削りながら潜り抜けたガーベラは疑問を口にする。

「レドキングのことは“監獄”にいる間に色々と観察しましたから。彼も視点は一つしかないことは分かっています。彼が立つ空間内ならば全知も可能かもしれませんが、彼は疫病を警戒してしばらく“監獄”内に入れていませんでしたから」

「……あー、そういう狙いもあったのね、あれ」

幾つもの監視モニターのようなものはあったとしても、監視者は一度に一つしか見られないのだろう。

あるいは、並行作業を得手とするチェシャならば別かもしれないが、レドキングはそのタイプではない。

そして、他の管理AIは“監獄”内の動向に関与していないこともゼクスは調べていた。

というか、いくつかの情報はレドキング自身との雑談で得たものだ。

また、二人がセーブしたのはハンニャが脱獄を試みていたときや、ゼクスがレドキングと話していたときなど、明確にレドキングの注意が他に逸れていたタイミングである。

「……ところで、私がこんな重傷負う必要あったの? アイテムボックスだけ外に放り投げればよくない……?」

空間の隙間から手だけ出して【セーブポイント・キャリッジ】、それと護衛のアプリルだけ出しておけば、こんな痛い思いをしなくても良かったのではないかとガーベラは文句を言う。

「それも安全性に欠けますからね。何かの拍子に馬車が壊れると、脱獄が不可能になります。傷を負ってでも確実に行う必要がありました」

「私の安全性……はぁ」

諦めたように、ガーベラは溜息を吐く。

「ちなみに、私がいないときはどうするつもりだったの?」

「《フォール・ダウン・スクリーマー》の先端を自切し、アイテムボックスを含んだ分体を外部に送ります。その時点で、キャンディさんに頼んで“監獄”内のこの私の体を抹殺してもらいます。そうすれば、自然と外の分体が本体になりますから」

穿孔を続けている最中ならば、“監獄”の内外は空間的に繋がっている。

その間に本体が死ねば、レドキングの言っていた問題をクリアして脱獄が可能だ。

余談だが、“監獄”に落ちる前に“監獄”の仕様そのものはネットや<DIN>で拾えていた。

そのため、キャンディやハンニャの存在を知らないときでもゼクスは脱獄方法を考えてはいた。

入所前にキープしていた空間系の<エンブリオ>を用い、極僅かにでも空いた隙間から分体を放出。

その後に【ジェム】などを用いて本体を焼却することで同じことをする心算だった。

なお、今はサンダルフォンを入れたのでそちらの空間系はストックから消えている。

すぐに出ずに“監獄”に居座ったのはハンニャの存在によって、より確度の高い計画を練ることができたためと、外部の準備が整うのを待っていたためだ。

その後にキャンディやガーベラも入って来たので、待ちの判断は正解だったと言える。

「ただし、分体を用いる場合はこの私のHPが危険域でしたからね。ガーベラさんが来てくれて助かりました」

「……そう」

今のゼクスも、《スプリット・スピリット》で三体出したことで最大HPは三分の一に減じている。

それでも、足の先端だけのHPで目的地に向かうよりは、余程良い。

「これから長旅になりますから。HPはあって困るものではありません」

「長旅とか経験値ツアー以来なのネ。ちなみにここってどのあたりなノ?」

「ここは王国とレジェンダリアの緩衝地帯。……いえ、今は王国の領地ですね。この私にとっては 懐かしい(・・・・) 場所です」

ゼクスは昔を懐かしむようにそう言った。

そう、実際に懐かしい。

彼は以前、この地でシュウと 共闘(・・) したからだ。

ここはかつて……【螺神盤 スピンドル】という名の<UBM>が君臨していた地域だった。

ハンニャが脱獄を試みて幾度か開いた隙間から垣間見えた見覚えのある景色によって、ゼクスは“監獄”の所在地を事前に把握していた。

もしも“監獄”がこの大陸上にない場合や、あるいは宇宙空間にでもあった場合はより脱獄の難易度が上がっていただろうが……そうではなかった。

むしろ、所在地を把握したことで決行のハードルは下がった。

(あるいは、レドキングがここに“監獄”を築いたからこそ、あの【螺神盤】は空間操作の能力も持ち合わせていたのかもしれませんね)

近くに空間を操作して作られ、隠された“監獄”があったことで、進化に影響を受けていたのかもしれないとゼクスは考察する。

最上段の円盤……長兄が《空間回転》を使っていたことから推測して、それこそが始まりだったのか。

付け加えるならば、レドキングがここに“監獄”を作ったことにも理由がある。

それは、<墓標迷宮>だ。

数ある<神造ダンジョン>の中で最重要、かつ厳重に管理しなければならない<墓標迷宮>。

少しでもその近くに身を置くために、王国とレジェンダリアの緩衝地帯に自らの本拠である“監獄”を建造したのである。

「……ふぅ」

話している内に、ガーベラの全身の傷と状態異常は完治した。

それから《瞬間装着》で服を整え、ガーベラは立ち上がる。

「それで、これからどうするの?」

「人通りのない地域ですので、ここから可能な限り人目を避けて天地に向かいます」

「ふーん……」

ガーベラは『徒歩で大陸横断とかきつくない……?』と思ったものの、『……まぁ、馬車はあるしどこかで馬か地竜を仕入れればいいわー』と考え直す。

『…………』

しかし不意に、彼女の隣にいたアプリルが空を見上げた。

つられてガーベラも、彼女だけでなくゼクスとキャンディも見上げていた。

そこには……。

「人通りがないって……そうでもないみたいだけど?」

彼女達が見上げた先、空の上。

そこには……驚愕した表情で彼女達を見下ろす黒ずくめの<マスター>と、銀色の煌玉馬の姿があった。

偶然か、必然か。

それは彼女達三人を“監獄”に送った者達と、縁深い人物。

――即ち、レイ・スターリングであった。

To be continued