軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

死出の箱舟・■■の■ その十六

□■エルドリッジについて

エルドリッジ……レオン・フィラデルフィアが<Infinite Dendrogram>を始めた理由について、きっかけになる劇的な出来事は何もなかった。

ただ単に、日頃の忙しさを忘れるためのただの息抜きとして始めたのだ。

合衆国でもそれなりの規模を持つ銀行の頭取の御曹司として生まれ、後を継ぐことも確定した未来。

親に望まれた一流大学の学業と後継者としての勉強、二つをこなしていた彼にはゆったりと羽を伸ばす時間もなかった。

骨を粉にする日々の中を過ごしていたとき、<Infinite Dendrogram>の発売の告知が為された。

様々な謳い文句の中で彼の目を引いたのは『三倍時間』だった。

――本当に時間が三倍になるなら、何万ドル払っても惜しくはない。

休む時間、遊ぶ時間が三倍欲しい。

ありふれた理由だが、時間に追われる彼にとってそれなりに切実な話であった。

当初の彼はその謳い文句を実際に信じたわけではなく、しかし無視もできなかったので<Infinite Dendrogram>を購入した。

結論を言えば、<Infinite Dendrogram>は彼にとって満足のいくものだった。

<Infinite Dendrogram>の世界に感銘を受け、結果として三倍に伸びた時間以上にリアルを削って切磋琢磨することになるのは、ある意味で誤算だっただろうが。

大学を卒業して父の銀行に勤めはじめてからも、彼は二足の草鞋を続けた。

彼が<Infinite Dendrogram>で強盗系統に就いたのも、大した理由ではない。

リアルと真逆の稼業に就こうと考えたわけでもなく、単に<Infinite Dendrogram>のスタンスからすれば奪う方が効率は良いと考えたからである。

そんな日々を重ねていくうちに自然と同じような行動を取る者達で集まり、 仲間(クラン) ができていた。

彼は持ち前の分析力で集団をまとめるのに一役買い、気づけばクランのオーナーになっていた。

法的なペナルティがあるティアン相手の強盗を行っていたのも、効率を考えて得られるメリットとリスクを天秤に賭けた上でのこと。他国のセーブポイントを確保しつつ、リスクを抑えながら成果物次第では犯行を決行し、かつ国際指名手配にならない範囲に留める。

そうした損益分岐点の判断が彼は上手かった。骨折り損のくたびれ儲け、などというケースは彼が計画した仕事にはほぼなかったのである。

それもまた、メンバーを惹きつける理由だった。

次第に彼は王国でもトップクラスのPKとして畏れられ、慕うメンバーも増えていった。

彼は時間を得るために始めた<Infinite Dendrogram>で、自らの強化と仲間のための思案に時間を費やすようになった。

けれどそれは、彼にとってただ骨身を休めるよりも遥かに心安らぐ時間でもあった。

しかし、そうした畏怖や仲間はほとんどが失われた。

カルディナ主導の王都封鎖に乗ってしまってからの立て続けの敗北、判断ミス。

焦りが失敗を生む負の連鎖で彼は軽んじられ、多くの者が彼から離れた。

それでも残ったものが、二つある。

一つは仲間。残り続けてくれた二人のメンバー……ニアーラとフェイ。

今の彼が戦う理由。

もう一つは、畏怖。

たとえ幾度の敗北を重ねようと……変わらない。

彼が王国で畏怖された理由、彼自身の力は……一切減じてなどいない。

彼の<エンブリオ>同様に……決して彼から離れない。

◇◆◇

□■【エルトラーム号】・商業ブロック

破壊されたモールで始まった準<超級>と<超級>の戦い。

一対一のその戦いを、監視するものの姿もあった。

(ユーゴーではなく、エルドリッジが奴と戦っている?)

それは、マニゴルド。

ブリッジにいる彼は接近の機を窺う【サードニクス】を弾幕で押し留めながら、ニアーラが商業ブロックの天井に空けた大穴から見下ろしている。

(ユーゴーは敗れたのか? そうであった場合、俺があの機械竜……恐らくはラスカルの奴だけでなく、【殺人姫】までも同時に相手取ることになるぞ。……最悪だ。【殺人姫】はどう考えても、俺よりカルル向きの相手だろうに)

マニゴルドでは、超音速機動するエミリーの姿をまともに捉えることすらできない。

<超級>の中でも、彼は屈指の 鈍足(低AGI) 。戦闘における生物としての主観時間が違いすぎる。

加えて、ジパングの防御能力の効果時間も無限ではない。

むしろ、連続起動は一時間にも満たない。

戦えば延々サンドバックになりながら、反撃を当てることすらままならない状況に陥る。

周囲一帯……船ごと消し飛ばすような大火力を発揮できれば話は別だが、それは当然ながら実行不可能な選択だ。

(エルドリッジも辛うじて食いついてはいるが……届いてはいないな)

エルドリッジとエミリーは共に超音速機動の最中であり、マニゴルドにとってはそれを目視することも容易ではない。

だが、それでもどちらが速いかは見ていれば分かる。

エルドリッジの【強奪王】もAGI型の超級職であるが、それにも増してエミリーは速い。

【殺人姫】の《 屍山血河(デッド・レコード) 》と彼女自身が積み上げた殺人数が、エルドリッジを凌駕するAGIを彼女に与えている。

ステータスにおいて、エルドリッジが勝る点はない。

回避に徹することで辛うじて決定打を避けているが、少しずつ皮膚を削るように攻撃を受けているのがその証左だ。

この時点で、マニゴルドは一つの疑問を持つ。

(エルドリッジはなぜ<エンブリオ>を出さない?)

かつて<セフィロト>が王都封鎖を計画したとき、依頼する相手のデータを収集した。

それはかなり詳細なものであり、<超級殺し>の正体などを除けばPKの情報はほぼ網羅していた。マニゴルドもその内容は記憶している。

だが、その中にもエルドリッジの<エンブリオ>の情報はなかった。

それこそ事件当時にまだ判明していなかった【超闘士】フィガロの<エンブリオ>のように、以前から名が知られながらも<エンブリオ>は謎に包まれていた。

(テリトリー系列だとしても、発動の兆候すら見えない。カルルのようにパッシブスキルのルールなのか、それともユーゴーのように発動に条件が必要なものなのか。いずれにせよ、エルドリッジに勝算があるとすれば<エンブリオ>も含めた相性差以外にない)

マニゴルドはエルドリッジとエミリーの持つ隠蔽の装備アイテムを突破できるほどの《看破》を持たない。そのため二人のステータスを比較することもできないが、エルドリッジがステータスで勝ることはありえない。

ゆえに、ユーゴーのように<エンブリオ>の特殊性で勝るしかない。

(見れば、特典武具らしきものもあの赤いジャケットくらいだからな。そもそも……なぜエルドリッジは素手で戦っている?)

エルドリッジは強盗であり、武闘家ではない。

エミリーの攻撃を寸前で回避しているので、もしかするとサブジョブに《武術》系のセンススキルを得られるジョブを配してはいるのだろうが、それでも両手に何も装備しない理由にはならない。

強奪系のスキルを使用するにしても、片手には武器を持っていてもいいはずだ

(両手で同時にスキルを使用するためか? 同時発動可能なのは<エンブリオ>か特典武具の効果なのだろうが……。しかし、無手では攻撃を己の体で受けざるを得ないぞ)

今はまだ直撃していないようだが、速度に劣るならばいずれ必ず捉えられる。

そうなれば、AGI型であるエルドリッジに耐えきれるものではない。

マニゴルドの懸念が現実となったように、エルドリッジは壁際に追い詰められて逃げ場を失った。

「――マイナス」

エミリーが脳天をかち割るように手斧を振り下ろし、

自らに迫る手斧に対して、エルドリッジは己の左腕を掲げた。

それは明らかな悪手。

四万近いSTRを有したエミリーの攻撃を、生身の腕で防げる訳がない。

左腕は瞬く間に両断され、頭蓋も割られることだろう。

明らかな結果が待つ接触はコンマ一秒よりも早く訪れて、

―― ガキン(・・・) 、という金属同士の激突音が響いた。

エミリーの手斧……<超級エンブリオ>ヨナルデパズトリの刃は……止まっている。

エルドリッジの左手に食い込んだまま……。

「――隙ができたな、【 殺人姫(プリンセス) 】」

エルドリッジは空の右手を振るい、刃の食い込んだ左手も捻じりながら、同時にスキルを発動する。

セットされたスキルは、両手共に敵手の肉体を抉り取る《グレーター・テイクオーバー》。

右手はエミリーの左足首を抉り、左手は右足首を抉る。

エミリーの両足に、軽くはないダメージが入った。

「…………ッ」

エミリーは即座に手斧をエルドリッジの左腕から引き抜いて、飛び退いた。

傷ついた両足に負担がかかって血が噴き出るが、頓着する彼女ではない。

彼女のHPからすれば、被ダメージも出血も大したものではない。

何より、死ねば全て治る。

それでもエミリーは再度の突撃を敢行しなかった。

致命の一撃が防がれたことに、殺人マシンのような彼女の動きにも慎重さが生じた。

防いだのは【ブローチ】ではない。

無効化された感触はなく、確実に腕に食い込んでダメージを与え、しかし腕を断ち切れずに止まったのだ。

「コルタナでの戦闘映像」

エミリーが踏み込まない中、エルドリッジが静かに言葉を発する。

「お前はその手斧で幾度もユーゴー・レセップスの機体を攻撃していたが、破壊できていない。あの機体の装甲は神話級金属の合金。スキルも含めて換算すれば、防御力は推定で四万から五万といったところ。つまり、お前の攻撃力はそれを易々とは破壊できない程度ということだ」

己の腕が致命の一撃を阻むことを事前情報で知っていた男は、至極冷静に言葉を続ける。

「《屍山血河》で本人のSTRは申し分ない。ならば問題は……手斧。規格外のスキルを持ったために、武器としての攻撃力は高くなかったようだな。アームズにはよくある型で……読み通りだ」

だが、それはおかしな話だ。

手斧……ヨナルデパズトリが武器として優れていないとしても、振るうエミリーのSTRは四万近い。

それを耐久型の超級職でもないエルドリッジが、受け止められるわけがない。

だが、エルドリッジは左腕から出血していても……その腕は繋がっている。

「だからこそ――武器としては俺の<エンブリオ>が 勝(まさ) った」

そう言う彼の左腕の傷口は深く……骨が覗いていた。

だが、その骨は白くはなかった。

血に塗れていたが、それ以上に紅い色の金属が……骨としてそこにあった。

戦いを見下ろしていたマニゴルドは、そこで気づいた。

(……なるほど。あの【超闘士】と 同じ手合い(・・・・・) か)

そう、心臓の<エンブリオ>を持つフィガロと同じ。

エルドリッジは、常に<エンブリオ>を使用していた。

<エンブリオ>は、常に彼の体内にあった。

【奮骨砕刃 スケルトン】―― 金属製全身骨格(・・・・・・・) の<エンブリオ>である。

「ミスリル程度なら容易く砕ける強度はあるが、その手斧も攻撃力はともかく強度は申し分ないようだ。流石は<超級エンブリオ>。砕くのは、 骨が折れるな(・・・・・・) 」

冗談のような言葉を口にしながらもエルドリッジは笑みも浮かべず、一切油断していない。それをして生き残れる相手ではないと重々に承知しているし、彼自身も生存に長けた手合いだからだ。

エルドリッジはジョブこそ超音速機動を可能とするAGI型超級職であるが、神話級金属に匹敵する<エンブリオ>によってEND型超級職相当の防御力も有している。

エミリーが《屍山血河》によって全ステータスに補正を受けたビルドであるように、エルドリッジもまたAGIとENDの両極……生存特化型のビルドなのだ。

不意打ちで心臓を抜かれる、山ごと沈められて窒息する、海ごと燃やされる、強度無視の長射程斬撃で両断されるといった敗北を繰り返したが、本来の彼もまた死には縁遠い。

特にENDに関してはAGIほどにエミリーとの差は開いていなかった。

しかし……。

(あの耐久力がエルドリッジの<エンブリオ>だというのならば、勝ち目はないぞ)

戦いの経過を見ていたマニゴルドがそう思考したのも当然だ。

逆を言えば……スケルトンがあってもエミリーに全ステータスで劣っているということなのだから。

そもそも、エミリーを相手に長期戦など愚の骨頂。

「――――」

エミリーが段々と動きが悪くなる不自由な足を見下ろして――自らの首を斬る。

死亡するも、すぐに光の塵から再構成して五体満足となる。

(……【殺人姫】にはこれがある)

相手は何度でも死ねるが、エルドリッジは耐えていても一度死ねば終わり。

勝ち目はない。

(時間を稼いで、援軍を待つ……というのならば分かるが)

だが、援軍などいない。マニゴルドとて、モールの戦闘推移に注意を払いながらも、間断なく砲撃を続行しているので一歩も動けない状態だ。

エミリーも相手の援軍なき籠城を察したのか、エルドリッジに飛び掛かる。

あとは先刻の光景の繰り返しだ。

いずれはエルドリッジが敗北することが確定した泥仕合の……。

(……?)

だが、マニゴルドは気づく。

先刻とは違う。

僅かだが、エルドリッジとエミリーの速度差が……詰まっているように見えた。

(……まさか、あの【超闘士】と同じスキルか?)

フィガロの<超級エンブリオ>であるコル・レオニスは三つのスキルを持つ。

その一つが戦闘時間比例強化スキル、《 生命の舞踏(ダンス・オブ・アニマ) 》。

あの【尸解仙】迅羽との<超級激突>で世間に知れ渡った破格のスキルである。

ありえないと思いながらも、眼下の光景は映像資料で見たあの決闘と重なる。

エルドリッジの<エンブリオ>も同質のスキルを持つのかとマニゴルドは考えた。

だが……それは違う。

この現象を引き起こしているのはエルドリッジの<エンブリオ>ではない。

これこそは――【強奪王】の第三スキル。

【強奪王】の奥義、《グレーター・オールドレイン》。

その効果は――『 ステータス強奪(・・・・・・・) 』。

相手に与えたダメージに比例して、敵手のステータスを奪う。

相手のHPを最大HPの一割削れば、ステータスの一割を。

五割削れば、五割を奪い、自らを強化する。

初撃の喉への不意打ち、次いで先刻の両足首への攻撃でHPを一割近く削れている。

ゆえに、一割分の増減で……両者の差は詰まった。

これからもエミリーのHPを削れば、それだけ差は縮まり……いつかは逆転する。

長期戦をすれば、いずれは絶対優位に立てるスキル。

それが《グレーター・オールドレイン》である。

使用できるのは一日一回。発動中に指定できる対象は一人のみという制限はあるが、相手がHPを回復しようと、効果時間中は強奪したステータスによる強化も消えない。

それこそ、エミリーが蘇生しようともそれは変わらない。

蘇生でエミリー自身のステータス減少は治っているが、奪ったステータスでエルドリッジが強化された分はそのままだ。

もっとも、蘇生する相手に試行したことはないため、この結果はエルドリッジ自身も今知ったことだ。

彼が勝率を70%と言った理由の一つ。30%の敗因の一つが、蘇生に伴って減少も強化も元通りになるケースの想定だった。

「――――」

エミリーもうっすらと、相手の戦闘スタイルとスキルを理解し始める。

そして際限なく強化される可能性を考え、短期決戦で勝負を決める必要があると悟る。

攻撃が苛烈さを増し、エルドリッジの皮膚……スケルトンに阻まれない範囲を切り刻み始める。

「……それもお前の欠点だ」

だが、それらの攻撃による致命傷を避けつつ、丸薬型のHP回復アイテムを嚥下したエルドリッジは再び言葉を述べる。

言葉もまた、相手を自分のペースに嵌めるための手管の一つ。

「戦闘手段がシンプルに過ぎる。蘇生にリソースを振りすぎたせいか<エンブリオ>自体の手札は少なく、超級職である【殺人姫】もステータス増強以外に能がない。だからお前の戦法は不死身の身体を活かした突撃 だけ(・・) だ」

手斧――ヨナルデパズトリが他に持ち合わせた攻撃手段といえば、見えている札では投擲くらいのものだ。

あるいは、必殺スキルや特典武具の類で何か別種の攻撃を仕掛けてくる可能性もエルドリッジは考えていたが、それも今はない。

それに必殺スキルはともかく、武器型の特典武具に切り替える……ということはまずないだろうと考えた。

「手斧の攻撃力が低く、戦法も限られる。であらば、別の武器を使えばいい。特典武具など遭遇さえすればいくらでも手に入る強さが【 殺人姫(お前) 】にはあるはずだ。だが、それをしていない。武器を手斧に限定している。それは、 なぜか(・・・) 」

エルドリッジは言葉を繰りながら、僅かに生じた隙に《グレーター・テイクオーバー》を叩き込み、HPと機動力を削り……自らを強化する。

「アームズ系列……特に手持ち武器の<エンブリオ>の多くは、<マスター>との接触によってスキルを発動する」

レイのネメシスが、彼に触れることで《復讐するは我にあり》を発動するように。

迅羽のテナガ・アシナガが、彼女に装着されてはじめて手足が伸びるように。

彼のスケルトンやフィガロのコル・レオニスが、体の一部として組み込まれているように。

アームズは使い手と接触しなければ効果を発揮しないことがほとんどだ。

「では、その<超級エンブリオ>はどうだ? 触れていれば自動蘇生が発動するのか? 違うな。お前はコルタナで両手の手斧を同時に投擲していた。体から離せば蘇生できないのならば、一本は必ず手に持っているはずだ。しかし、そうではなかった」

戦闘映像を分析した考察をエルドリッジは述べる。

エルドリッジはエミリーの猛攻の中でも、冷静に分析を続ける。

「ならば無関係に使用できるのか。違う。そうであるならば、さっさと特典武具でも何でも使用している。手斧を投擲して自動攻撃させながら、両手に別の武器を持つ。理論上はそれが最も強いはずだ」

自分が相手であればどうするのがベストか。

そして、なぜ相手がそのベストを行っていないのか。

それを分析して……答えを出す。

「それをしていないのは…… 装備スロット(・・・・・・) が埋まっているからだ。【超闘士】でもなければ、武器は両手に一つずつ。お前の装備枠は、二つの手斧で埋まっている。手放してもいいが装備状態でなければお前の手斧のスキルは発動しない。投擲然り、蘇生然りだ」

「――――」

そして微かに感情の揺らぎのようなものを見せたエミリーが雑に斧を振るうも、エルドリッジはそれをいなして肉を抉る。

「お前の戦闘力は<超級エンブリオ>に依存しすぎている。自動蘇生がなければ、ただステータスが高いだけの ボア(猪) 。であらば、やることも決まっている」

「ッ!」

エミリーは四万近いSTRの渾身を手斧に込める。

今度は骨格ごと叩き切らんと、一切の防御を捨てた全力で武器を振るう。

だが……相対するエルドリッジは防御も回避も選択していなかった。

エルドリッジは両手を広げて《グレーター・テイクオーバー》の体勢を取る。

自らの頭部を叩き割らんとする右手の斧は無視するように……。

「まずは――」

そしてエルドリッジとエミリーは交錯して――金属が砕ける音が響いた。

スケルトン。

骨格という言葉であり、様々な伝承にある骨の怪物の総称。

皮も血肉も失くした、 何も持たない(・・・・・・) 死者の末路。

そのためか、スケルトンの能力特性は…… 無手(・・) である。

なぜこんな特性になったのかはエルドリッジも知らない。<Infinite Dendrogram>を始めた頃に日々の生活を 重荷(・・) に思っていたがためかもしれないし、あるいは彼が自覚しない理由があるのかもしれない。

しかしいずれにしても、その能力特性ゆえにスケルトンのスキルは例外なく『武器も盾も持たぬこと』をトリガーに起動する。

第一スキル、《 死後に遺るモノ(アフター・ワン) 》は両手が非装備状態の時のみ、全身金属骨格の<エンブリオ>たるスケルトンの強度やエルドリッジのENDを引き上げるスキル。

総合防御力は既に見せたように神話級金属に匹敵し、【殺人姫】として四万近いSTRを持つエミリーの攻撃にも耐えるだけの防御力を有している。

第二スキル、《 死者は骸と遺志を持つ(スピリット・ダブル) 》は両手が非装備状態の時のみ、アクティブスキルの並列起動を可能とするスキル。

【強奪王】のスキルを両手にセットして同時起動しているタネ。

副次効果として、クールタイムの減少も有している。

そして第三のスキルにして必殺スキルは……二つの条件を持つ。

一つ目は他の二つのスキル同様に無手であること。

二つ目は、相手との戦闘時間が三〇〇秒を超えること。

二つ目の条件がそのようになっている理由は、相手を分析する時間が必要なためだろう。

この条件を初めて見たときに、エルドリッジは笑った。

時間を得るために始めた<Infinite Dendrogram>。

しかし今は逆に<Infinite Dendrogram>のために時間を使っている。

自身の変化を如実に示したのは、その使用条件であるのかもしれない。

だからこそ、それが面白く……納得もする。

そして、必殺スキルの力もまた……納得のいくものだ。

「――《 副葬品は要らず(スケル) 、 ただ還るのみ(トン) 》」

交錯の瞬間に、エルドリッジは己の必殺スキルを宣言した。

刹那の後に、右手のヨナルデパズトリがエルドリッジの頭部に接触した。

――そして、砕け散った。

エミリーの右手に把握されていたヨナルデパズトリが、甲高い音を放って微塵に砕け散った。

「…………」

エミリーは呆然とその破片を見送り、

「――まずは一つ」

エルドリッジは両手の《グレーター・テイクオーバー》で、エミリーの両目を抉った。

「ッ……!」

両目を押さえながら、エミリーが必死に飛び退く。

それは死を恐れない突撃を繰り返した彼女らしくない動きだが、無理もない。

現状は、彼女に取って全くの未知。

自らの不死身を保証する、ヨナルデパズトリ。

それが……片方だけとはいえ砕け散ったのだから。

スケルトンの必殺スキル。

それは――戦闘相手の 武器破壊(・・・・) スキルである。

三〇〇秒間の戦闘継続を条件として……相手の両手の装備の内一つを破壊する。

たとえそれが超級金属であろうと、<超級エンブリオ>であろうと、 例外はない(・・・・・) 。

一瞬で、粉砕する。

かつて王国最強のPK――“アームズ殺し”のエルドリッジと謳われた由縁。

エミリーの不死身の要は、ヨナルデパズトリの《適者生存》によるオート蘇生。

それゆえ、ヨナルデパズトリが破壊されていた場合どうなるかは……言うまでもない。

要を失った不死身の仕組みは――破綻する。

「…………!」

エミリーは迷っていた。

だが、迷いながらも左手のいまだ健在なヨナルデパズトリで首を斬った。

直後、彼女は光の塵となり……無事に再構成される。

彼女は無事に蘇生し、両目の視界も取り戻した。

だが、右手のヨナルデパズトリは直っていない。

砕けたままだった。

「――あと一つ」

声が聞こえる。

それは、彼女の不死身の仕組みを完膚なきまでに粉砕するという宣言。

そして、もう一度同じことができるという証言。

《 副葬品は要らず(スケル) 、 ただ還るのみ(トン) 》は、一日二度の必殺スキル。

両手の武器を破壊するには当然の回数設定であり、そのクールタイムもまた三〇〇秒。

ゆえに彼の言葉は、クールタイムが過ぎた後に確実に訪れる破壊の宣告。

「…………」

光を取り戻した彼女の両目には、一人の男の姿が見えている。

彼女の不死身の半分を奪った男。

彼女の前に立ったがために斬り殺された少女の愛した男。

元王国最強のPK。

彼女の天敵。

そう……。

「―― 小鬼(ゴブリン) を舐めるなよ 殺人鬼(マーダラー) 」

――エミリーにとってユーゴー以上の天敵がここにいた。

To be continued