軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十話 【??】――彼の地にありしもの

■王城四階廊下

王城の四階は王族の生活スペースである。

それゆえ、廊下にも様々な調度品が置かれており、絵画や観葉植物、さらには見事な造形の甲冑などが並んでいる。

そんな廊下に、一体の改人が立っていた。

(これで一三ヶ所目。粗方の配線は潰し終わったか)

青黒い肌と翼膜を持った蝙蝠と人を混ぜ合わせたような男――【ウェスペルティリオー・イデア】こと【奇襲王】モーターは心の中でそう呟いて、壁から自身の翼手を引き抜いた。

彼の役割は配線を断つことによって城の防衛設備を潰すことだ。ラ・クリマの改造によって魔力探知能力を手に入れた彼にとって、魔法式防衛設備の配線など目を瞑っても感じ取れる。

(……【炎王】と【猛毒王】の爺コンビが警備を引きつけているから楽なもんだ)

そう思考するモーターは、まだ三十代だった。

(しかし、この城の防衛設備はまともに動いてこそいないが……過剰だな。俺の仕事場だった<遺跡>といい勝負だぜ)

そんな風に考えながら、モーターはかつてのことを振り返った

モーターは数ヶ月前までカルディナの<遺跡>で成功者狩りをしていた。

<遺跡>を探索して見事成果を得た者を襲撃し、殺害し、手に入れたモノを奪うという生業だ。

誰にも知られぬまま、瞬時に相手を抹殺して奪い取る。極めてスマートな略奪者だった。

しかしそれも、【器神】ラスカルを狙ってしまったことで終わりを告げた。

奇襲を感知され、一瞬で蜂の巣にされた。

泰然自若とした立ち姿で倒れ伏す自分を見下ろしたラスカルと、その隣でハリネズミのように無数の兵器を展開したメイドにモーターは震えた。

それはきっと失血によるショックと傷の痛みだけではなかっただろう。

だが、トドメは刺されなかった。モーターが超級職であることに気づいたラスカルから、一つの選択を迫られたからだ。

「ここで死ぬか、人間を辞めるか、選べ。俺は前者を推奨する」、と。

しかしモーターは後者を選んだ。

死ぬか生きるかならば生きることを選ぶ。奴隷にされようと生きていれば機会はある。

そう答えたモーターにラスカルは治療を施し、その後でラ・クリマに引き渡した。

ラ・クリマの下でモーターは改人へと生まれ変わり、今はこうして【ウェスペルティリオー・イデア】としてアルター王国の王城を襲撃しているのである。

(だが、こうなって正解だったな。見た目には面食らったが、この力は悪くない。【奇襲王】になった時以上の充実感があるぜ)

この王城という舞台で力を振るっているとモーターにはそれが実感できた。

人間という窮屈な殻が取り払われ、全能感がモーターの精神を満たしている。

見えなかったものが見える。出来なかったことが出来る。

そうした解放感が彼の精神を占めているのである。

(しかし、何だろうな。こいつは……)

だが見えるからこその疑問もある。

モーターが探知する限り、この城には最大三つの巨大な魔力反応がある。

一つは同行者である【炎王】……【イグニス・イデア】。

だがあとの二つが分からない。

一つは【イグニス】より小さいものの並の超級職は凌駕しており、今も城の一点で動かずにいる。

もう一つは魔力の反応が拡大と縮小を繰り返している。こちらはゆっくりとした速度で城の四階へと移動していた。

このことは突入前にゼタに告げており、ゼタからは設備を潰しながら拡大と縮小を続ける奇妙な反応に向かえと指示を受けた。

その指示に従って、彼は今四階にいる。

「……?」

探知を続けながらその反応に向かっていたとき、モーターは不意に視線を下……一階のとある方向に向ける。

(【猛毒王】の爺が死んだか。微量な魔力をまとった反応がばら撒かれているところを見ると、体内のアイテムボックスが砕けたな。まぁ、俺も殺すならその手を使っただろうさ)

仲間の敗死の経緯を悟りながら、モーターは音もなく溜息を吐く。

彼は【アラーネア】の死だけでなく、【イグニス】が結界に囚われたことも知っている。

しかし、それを救助に行くつもりはなかった。

未だ見つかっていない自分にとっては対岸の火事であるし、命令も受けていない。

何より、モーターにとって最優先は自分の生存である。

加えて、仮に自由になる手段があるのならば命令さえも放棄して脱走していただろう。

この体である時点で首輪付きであるため、それは不可能だったが。

(土台、俺らは実験動物だからな。設計ミスはいくらでもある。【蟲将軍】のバカは論外だが、俺らの中で最強になっちまった【炎王】の爺だって、【 MPブースター(あんなもん) 】をしこたま積んでりゃすぐに死ぬだろう)

<遺跡>での狩りを生業にしていたゆえに、モーターは【イグニス】が体内に積んだ装備についても詳しかった。

(ラ・クリマのサイコ野郎は、思った通りに人間を改造する力はあっても生物学や医学の知識はさほどない。人間とモンスターとアイテムを<エンブリオ>の力で混ぜ合わせているだけだ。だから、どこかに無理がある)

素材さえ用意すれば、ラ・クリマの望むとおりに人体を自動改造するのがイデアという<超級エンブリオ>。

過程の知識と技術がラ・クリマになくとも、イデアにはそれがある。

だからこそ、改人という改造人間を量産できるのだ。

ただし、ラ・クリマの望んだ改造に問題がある場合でも、それが稼働するように仕上げてしまう点は長所にして欠点と言えた。

(強大な怪人ほど、自壊のリスクが高まる。過大な戦闘力を持たせるほどにそうなる)

その点で、モーターは自身の改造に安堵していた。

特筆すべきは魔力探知能力と無視界空間生成能力の二点。加えて低級の飛行能力。

比較的抑え目の仕組みであったために、今はまだ不具合も見つかっていない。

(成功と言えるのは俺とあいつらだけか。いや、あいつらも成功と言うには、……?)

モーターは再度、階下に視線を落とす。

(【炎王】の爺、何をする気だ?)

結界に囚われていた【炎王】の魔力反応に大きな動きがあり、彼はそれを探知していた。

その動きの意味を探ろうとした直後、城全体が大きく揺れた。

『……チッ』

それまで気配を消しながら活動していたゆえに無言だったモーターも、つい舌打ちをした。

(あの爺、本当に何をやっていやがる)

内心でそう考えながらの舌打ちは本当に些細な物音であったが……。

次の瞬間――彼に向けて剣が振り下ろされた

『……!』

モーターは反射的に飛び退いてその剣を回避する。

しかしそうしながら、混乱する。

(何だ? いなかったはずだぞ、何も。魔力の反応もないし、騎士の姿もなかった。ゼタの光学迷彩みたいなものか? それにしたって……なんだあれは)

高速で疑問と思考が走り、しかしそれは視界に捉えたものによって遮られる。

彼が立っていた場所に剣を振り下ろしていたモノの姿。

彼はそれを見ていた。

視認していた。

それは、廊下に飾られていた甲冑だった。

城の廊下に飾られていた鎧が、独りでに動き出している。

(……ゴーレムの類だったか? いや、魔力の反応なんて欠片もなかったぞ)

それだけではない。

甲冑は形を変えながら、膨れ上がる。

やがてその頭上には、【マサクゥル・アーマー】という――モンスター名が表記される。

『……なんだ、これは? ッ!?』

そう呟いた直後にモーターは再び反射的に飛ぶ。

直後、彼の 背後の壁(・・・・) が彼のいた場所に噛みついていた。

壁は牙持つ巨大な口――【ビッグマウス・ウォール】と表記されている。

変化はそれでもまだ止まらない。

観葉植物がまるで拷問器具のような形に変形し、【トーチャー・プラント】となる。

額縁の絵画が笑い出し、【スクリーム・ピクチュアル】と新たな題名を付けられた。

ただそこにあるだけだったものが、人間でもモンスターでもなかったものが、邪悪な姿のモンスターに変じてモーターに襲い掛かる。

『……トンだ化け物屋敷だな、この城は』

防衛設備にしても悪趣味すぎる、それとも<エンブリオ>の仕業だろうか、そう内心で考えながら、モーターは突如として出現したモンスターとの戦闘に突入した。

しかし、彼は知らない。

それは防衛設備などではなく、本当にただの甲冑と壁と観葉植物と絵画だった。

それらをモンスターに変えてしまった恐ろしいモノが何であるか、彼はまだ知らない。

◇◇◇

□王城地下避難区画

近衛騎士団が最終防衛線とした広間の先、地下へと続く階段の奥には王城の避難区画がある。

エリザベート達はその避難区画の通路のさらに奥へと向かっていた。

一〇人を超す大人数だが移動に支障はない。避難区画の地下通路は幅が広い上に天井も高く、<マジンギア>でも簡単に通れそうなだけのスペースはある。

一団を先導するのは第一王女アルティミアの腹心であり、王国の諜報を取り仕切るフィンドル侯爵。

また、随伴する六名の近衛騎士がエリザベートとツァンロン、ミリアーヌ、それと侍女達を守るように動いている。

「着きましたぞ。一先ずはこの避難所に籠城し、敵が退くのを待ちましょう」

先頭のフィンドル侯爵はそう言うと進路の先にあった分厚い扉に近づき、壁面のタッチパネルを操作した。

すると重い機械音と共に扉が開き、少しずつその先の広い空間……最奥の避難所が姿を現した。

「これは……堅牢な作りですね」

避難所の様子を見ながら、ツァンロンが呟いた。

避難所は天然の地下空洞に工事を施したものであり、空洞を分厚い金属製のシェルターで覆い、地上と完全に隔てられている。

また、王城地下の水源を取水しているので水には困らず、経年劣化を極限まで抑えるタイプのアイテムボックスによって食料も豊富に備蓄されている。救援が来るまで籠城することも可能だ。

襲撃を受けている王城において、もっとも安全な場所である。

「わらわもここに入るのははじめてなのじゃ」

「このような時でもなければ使いませぬ。相手は少数ですし、城下の<マスター>が駆けつければ撃退も可能と思われます。あるいは、講和会議に向かわれた方々の帰還までの籠城も視野に入れることになるかもしれませぬが……」

「ひなん……。テレジアは、どこにおるのじゃろう……」

「グランドリア卿が捜索中です。この避難所には監視カメラの設備もございますので、グランドリア卿がテレジア殿下をお連れしてくれば分かります。そのときは扉を開きましょう」

「おねえちゃん、だいじょうぶかな……」

「グランドリア卿は現在の我が国で最も強い騎士。心配は要りませぬ」

不安そうな少女達の言葉に答えながらも、内心でフィンドル侯爵は状況の危うさに戦々恐々としていた。

賊の一人が【炎王】であるという報告は受けている。超級職……それも尋常ならざる力を手に入れた超級職が相手では、楽観視などできるはずもない。

(王国の<超級>やランカーのほとんどは不在。せめて講和会議に出向いていないフィガロ殿がいてくれればよかったが、まだあちらの世界から戻ったという報告はない。レイレイ殿や新たに加わったハンニャ殿の所在も不明だ。……不幸中の幸いは、迅羽殿がいてくれたことか)

フィンドル侯爵達が守りながらここに避難させた少年少女。彼らと共にいた迅羽は侵入者の迎撃のために地上に残った。

この時点では王城の廊下で【盗賊王】ゼタとの死闘を繰り広げている。

(このような事態になると分かっていれば……。城の襲撃を察知できなかったのは諜報を預かる私の不手際。失態の責任は事件の後に取らねばなるまい……)

そう思考するフィンドル侯爵の表情は硬い。

事前にこの動きを掴めなかったことに責任を感じているのである。

主の留守中に王族を、まして他国の来賓までも危険にさらしている現状。悔やんでも悔やみきれない状態だ。

(そしてやはり、諜報部門への<マスター>の登用は考えねばならない。あるいはそれが私の最後の仕事となるかもしれんが……。しかしそれよりも今は殿下とツァンロン皇子の身を守らねば)

そのように考えながら、フィンドル侯爵は避難所内の操作盤を動かしては空調などを含めた内部の設備を稼働させていく。

そんなフィンドル侯爵の作業を見ていたツァンロンが、何かに気づいたように呟く。

「この地下の区画、もしかして王城の建設よりも前にありましたか?」

「お分かりになりますか」

「はい。地上の城は生活と美観を重視した設計でしたが、地下は作りが武骨すぎます。加えて、王国の施設……それも数百年前のものにしては機械設備が多いように思えます」

ツァンロンの言葉に、フィンドル侯爵は頷く。

「左様にございます。この地下区画は初代国王様がここに王都を建設するよりも前に作られたものを、そのまま使用しております」

話すことで少しでも年少者達の不安を和らげられるかと考え、フィンドル侯爵はこの地下の施設の来歴を話しはじめる。

「かつて、この王都のあった地には別の国の都がありました。その都の名は業都。あのロクフェル・アドラスター率いる侵略国家アドラスターの首都でございます」

それは歴史に名立たる大征服者。

歴史上最強のティアンにして、その武力によって大陸の西半分を制覇したと語られる【覇王】の名である。

「この地下区画は首都戦闘での要塞設備として建設されたものらしく、極めて堅固で解体もできなかったのでそのまま使い、その上に新たに城を建てたそうです」

「それで機械技術が多いのですね」

「その通りです」

【覇王】は大陸の西半分(同盟関係であったレジェンダリアを除く)を支配した。

それゆえ、今のドライフに伝わるような機械技術も侵略国家アドラスターは獲得していたという。

「かの【覇王】はここに都を作ったものの、それから数年と経ぬ内に歴史から姿を消しました。しかし業都はこの地に残り、侵略国家アドラスターの分裂に伴う群雄割拠の戦乱で幾度も争奪されました」

大陸を東西に分ける戦乱の終盤において、侵略国家を率いていた【覇王】は何処かに消えた。

その後の侵略国家は有力者達によって空中分解し、それぞれで争いあった。

そしてこの地こそを玉座、【覇王】の後継の証明であると言わんばかりに諸勢力は業都を奪い合ったのである。

その過程で当時最大クラスの都市だった業都は、地下施設を除いて大きく荒廃したのである。

「しかしやがて……この地は最終的にとある人物によって支配されます」

「それは……」

恐らくは王国の民ならば知らぬ者はないほどに有名な話であり、他国にも伝わっている物語のような……実話。

かつてこの地より世界に恐怖を齎しかけた強大な存在と、打倒の記録。

それこそは……。

「その者こそは、【邪神】。この地はかつて初代国王様とそのお仲間によって討伐された【邪神】の……終の棲家でございました」

To be continued