軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

地獄と殺人と その三・五

■【テトラ・グラマトン】

「ああ、そうだ。奴もコルタナにいる可能性が高い。……なに? “蒼穹歌姫”が? ……それも考えてはいたが、やはりカルディナは全て集める心算か」

【テトラ・グラマトン】内の自室で、ラスカルは通信魔法用のマジックアイテムを片手に通話していた。

相手はコルタナにいる張であり、自身が先刻目撃情報を見つけたとある<超級>についての情報共有が目的だった。

しかし張の方からも、AR・I・CAと接触してしまい、恐らく勘付かれただろうという報告がなされたのだった。

「まず、渡したアクセサリーの偽装容姿を切り替えてくれ。そうだ。事前に伝えたとおり、つまみの部分を捻れば五パターンで切り替わる。既にアンタ達がいるとバレているから時間稼ぎくらいにしかならないだろうが、それで暫くは見つからないはずだ」

張に当面の対処法を伝え、さらに指示を出す。

「最優先はアンタの生存だ。次点がデータの蒐集、その次が珠の確保だ。エミリーについては気にするな。最悪、鉄火場に置き去りにしてアンタの安全が確保できてから拾ってくれればいい。それで問題ない。……ああ、引き続き頼む」

そうして通話を終えて、ラスカルはマジックアイテムを傍らで腕立て伏せをしていたマキナの頭の上に乗せる。

マキナは腕立て伏せの姿勢を左手だけで保ちながら、右手で自分の右目を覆う眼帯を上から少し捲る。

それから頭の上に乗せられたマジックアイテムを器用に転がして……眼帯の内側に仕舞いこんだ。

不思議と、手のひらよりも大きかったはずのマジックアイテムは、彼女の眼帯の中に膨らみもなく仕舞いこまれてしまった。

それに関して、ラスカルからのコメントは特にない。

機能として熟知していることだからだ。

「今の指示に言及してこないってことは、張もエミリーの本性を確認したらしいな」

通話中の張の言葉や声の雰囲気から、想定どおり何かしらのトラブルでエミリーが本性を見せたのだろうとラスカルは推測した。

「カルディナの街々は、エミリーの敵になりそうな奴が多いからな」

「よいしょ、うんとこしょ。ご主人様。前から気になってたんですけど、ご主人様はエミリーちゃんのあれをどう思いますか?」

腕立て伏せをしながら、マキナはラスカルに問いかける。

「あれというのは」

「もちろん 自動殺戮(エリミネイト) モードのことです!」

「……その呼び名はあのバカが王国行く前に勝手に名づけた奴だろう」

ラスカルはドヤ顔でそれを言っていたガーベラの顔を思い出した。

「『エミリーとエリミネイトをかけたのよ!』とか、すげえむかつく顔で胸張ってたよな、アイツ。……いや、胸はなかったか」

「女性の 胸部装甲(パッド) を凝視してたなんてご主人様のエッチ! あとこの艦に【テトラ・グラマトン】なんて小洒落た名前つけたご主人様も人のこと言えないですよ!」

「【テトラ・グラマトン】の何が悪い」

「……ご主人様が超真顔だー!」

かつて<IF>はこの艦をグランバロアの海溝から回収し、修理を施した。

その際に元の艦名ではなく新たな艦名をラスカルが決めることになった。

そして修理完了時のメンバー四人の<エンブリオ>が、いずれも『神』に由来するモチーフだったため、『神の四文字』を意味する【テトラ・グラマトン】と名づけたのだ。

マキナが制御を担当することも、理由ではあったが。

「……エミリーに話を戻すが、ああなったエミリーは『敵対した相手』を殺すまで思考と行動がそれだけに縛られる。そしてお前も知っているように、殺戮が終わればその間のことは全て忘れる。そういう仕組みだ」

エミリーが『敵対した相手』と判断するのは、エミリーの脳内で対人評価がマイナスとなったものだ。

ラスカルの経験則で言えば、エミリーは人からされたことを全て記憶している。

己にとってプラスか、マイナスかも全て覚えている。

そして……マイナスに傾いた相手を敵として殺傷する。

それゆえ、相手に対してプラスの感情もマイナスの感情も抱いていない……出会ったばかりの時期が最も危うい。

出会いがしらに武器を突きつける、又は「殺す」などと発言すれば、ただの脅しであってもエミリーは確実に敵と看做して殺傷するだろう。状況次第では“連鎖”の恐れもある。

ラスカルが張とエミリーの顔合わせの時に緊張していたのも、張が何かエミリーにマイナスと判定される行動をとり、殺傷されることを恐れたのである。

逆に、エミリーが仲間……<IF>のメンバーを殺すことはまずない。

プラスとマイナスの加減算がエミリーの中でなされている限り、プラスを重ねた仲間ならばそう簡単にはエミリーの中で敵と看做されない。

(それでも、あのバカが敵と認定されかけた時期はあったな……)

しかしいつの間にか……ガーベラはエミリーにとても懐かれていた。

ラスカルが尋ねてもガーベラは何も分かっていないようであり、エミリーに聞いても「おいしかった!」としか言わない。

両者の間に何があったのかと、当時のラスカルは頭を悩ませたものだ。

実際は偶々ガーベラがお菓子を作って食べていたところにエミリーが居合わせ、「食べる?」「たべりゅー」というやりとりでお菓子をもらい、あまりの美味さに一発で懐いただけであったが。

お菓子作りに関してガーベラが常識を逸脱していることは、この時点では<IF>のメンバーでもエミリーしか知らないのだった。(本人も知らない)

「でも、エミリーちゃんは私と違って人間ですよ? そんな殺人マシーンみたいなことになるんですか?」

「……あくまで俺の見解だが、一種の精神病だと考えている」

「むー?」

「簡単に言えば殺人限定の二重人格だ。……と言っても、あの状態のアイツは人格なんて呼べるものが見当たらない。敵を殺し、殺した後も敵になりそうなものに注意を払い、敵になればやはり殺す。そのループを敵がいなくなるまで繰り返す、だけだからな」

「はー。なんだか<遺跡>の機械連中みたいですねー」

「そうだな。それこそ、お前が言ったように機械的……殺人システムとでも言うべきものだ。まるで小説のような話だが、アイツのリアルを考えるとそういう症状になってもおかしくないとは思う。事実は小説より奇なりと昔から言うだろう」

それについて、ラスカルに思うところがないわけではない。

ラスカルはとある理由からリアルでのエミリーについても知っている。

リアルのエミリーもこちらのエミリーも、中身は変わっていないのだから……その本性は据え置きだ。

幸いにして、リアルの方ではエミリーが自動殺戮モードに入るような状況にはなっていない。

……と言うよりも、 なりようがない(・・・・・・・) ことが救いである。

(これに関しては、エミリーの精神年齢の成長に伴う沈静化を期待するしかないところではある。幸い、こちらならば人を殺しても 大した問題じゃない(・・・・・・・・・) 。三倍の時間も合わせて、エミリーにとって最適の環境と言える)

ラスカルは冷静に、特に思うところもなくそう考えていた。

「ご主人様! 急に黙り込んでどうしたんですか! もしかして腕立て伏せ真っ最中な私の、汗で浮き出たボディラインに大欲情ですか!? オッケーですよ!」

「違うわポンコツ。そもそもお前に汗腺なんて備わってないだろうが」

「そこはえーっと、気合で!」

マキナは「ふおお!」と雄叫びながら、気合をアピールするためか腕立て伏せを加速させる。

もちろん、汗は流れたりしないのだった。

「あっ、そうだ! 思い出しました!」

「何を?」

「たしか以前にゼタさんにも同じこと聞いたんですよ! そしたらご主人様と言ってること違ったんですけど、やっぱりゼタさんが正しいんですか!」

「……お前はどうしてそんなにも俺をゼタより下に置こうとするんだ」

ラスカル下げに定評のあるポンコツに溜め息をつきながら、ラスカルはゼタの見解についても話し始める。

「たしかに、ゼタの見解は少し違う。アイツはああなっている間もエミリー自身の意識があると考えている。で、その後に強く思い込んで自分の行動に見てみぬ振りをしているだけだろう、とな。それで《真偽判定》をスルーできるかは怪しいが、否定もしきれない」

だから連絡でもエミリーに注意を述べていた。

ラスカルからすれば「ああなったエミリーに意味はない」と思う部分だったが。

「んぇ? じゃあどっちが正しいんですか?」

「結局、俺とゼタのどっちの見解が正しいかなんて、エミリーの心の中を覗きでもしなければ確かめられない。そしてそんなことはプレイヤー保護がある以上、<超級エンブリオ>にもできないことだ」

自動殺戮モードを精神病と考えているラスカルと、演技や自己暗示の類であると考えているゼタ。

どちらが正しいかは現時点では誰も理解していないだろう。

<マスター>の精神に干渉できる<エンブリオ>やスキルなど、ラスカルさえも見たことはないのだから。

「だが、どちらであってもこれからの結果は同じなのだし、論じても仕方はない」

「結果ってなんですか?」

「アイツと、“蒼穹歌姫”と、エミリー。三人の<超級>がコルタナに集まり、これから珠を中心にして争い合うことになるだろう」

今のコルタナは戦場になりかけている状態だ。

既に全ては揃い、火蓋が切られる瞬間を待っている。

だが、

「しかし何があろうと――最後に立っているのはエミリーだ。その結果だけは、絶対に変わらん」

どのような戦いが起ころうと、エミリーが倒れることだけは絶対にないと……確信をもって【器神】ラスカル・ザ・ブラックオニキスは断言した。

「それもそうですね!」

彼の<エンブリオ>であるマキナも、それに頷いて肯定していた。

それはきっと、エミリーを知る<IF>のメンバーの誰に聞いてもそうであっただろう。

それほどまでに、エミリーが別格なのだと彼らは知っていた。

「……もっとも今回のエミリーの仕事は観測だ。エミリーが戦う前に、アイツらの戦いが始まるだろうがな」

ラスカルはそう言って、遠くコルタナの方角を自室の窓越しに見たのだった。

To be continued