軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十三話 フィガロとハンニャ

□ヴィンセント・マイヤーズ

彼女が僕にとってどんな女性であるか。

それはきっと、僕自身にも言葉にするのが難しい。

最初に抱いた気持ちは好奇心だった。

僕やシュウ、フォルテスラより先の強さを持っていたハンニャに興味を抱き、決闘がしたかっただけ。

純粋に、 強敵(友人) になってくれればいいと考えていた。

だから文通を始めた当初は、ずっと決闘のことばかり考えていた。

次に抱いた気持ちは、安心だった。

<Infinite Dendrogram>の中では会えなかったけれど、リアルでは毎日のように電子メールで文通をする日々

病身の身である僕が、最も自然に交流できた相手がハンニャだった。

家族である父母やキースとは違う。

最初の友人であるシュウとも違う。

フォルテスラをはじめとした決闘仲間とも違う。

ゼクス・ヴュルフェルや扶桑月夜といった悪縁の敵とも違う。

彼女との日々は穏やかだった。

日々過ごしていく中で起きた出来事を、お互いにメールに書いて伝え合う。

代わり映えしない日常も、時折起きる変わった出来事も、彼女と共有して色が変わる。

時に喜びを分かち合い、時に悲しみを慰められ……数多の気持ちと心を交わし合った。

そんな彼女との穏やかな関係に……僕は何時からか安心を抱いていた。

そして三番目に抱いた気持ちは、不安だった。

文通の日々を続けているうちに、僕は彼女と会いたくなった。

それは約束していたアバターでの再会ではない。

リアルの自分自身で、彼女と直接会って話をしたくなった。

けれど、それは僕にとって大きな不安を伴う。

彼女が知っているのは僕の姿は、<Infinite Dendrogram>の中のフィガロだ。

強くて健康的なアバターであって、今にも死んでしまいそうなリアルの自分とは似ても似つかない。

文通でも自身の境遇や、リアルでの姿を知らせることは出来なかった。シュウやフォルテスラ達には告げられたことも、なぜか彼女に伝えようとすると怖くて文面を消していた。

もしも彼女に落胆されてしまったらという不安が、僕に真実を伝えさせなかった。

けれど分からなかった。

どうして僕は、彼女に落胆されることがこんなにも不安なのだろう、と。

けれど、答えは唐突に齎された。

疑問と不安を抱いていたある日に、両親に誘われてお茶を飲んでいると、

「ヴィンセント。貴方、恋をしているのかしら?」

僕の顔を見ながら、母は微笑んでそう言ったのだ。

最初は何を言われたのか分からず、「love?」と首を傾げるだけだった。

けれど、その単語を反芻し、意味を頭の中で思い出して。

瞬間、心の中でパズルのピースが当てはまる音がした。

僕が最後に気づいた気持ちは――彼女への強い恋心だった。

最初は決闘が目当てだったけれど、気がつけば彼女との交流の日々に安堵し、そして彼女に惹かれていた。

ヴィンセント・マイヤーズは、彼女を愛しているのだと……強く自覚した。

彼女と……ずっと共に在りたい、と。

それから、僕は愛している女性……結婚したい女性がいることを両親に話した。

文通で僕を支えてくれた女性であることを、とても心優しい女性であることを、僕は自分が伝えられる言葉の限りで二人に伝えたと思う。

両親は僕が「結婚」まで考えていることに最初は驚いていた。

けれど、僕が自分の想いを言い終えた後は理解を示して、冬子に「会ってみたい」と言ってくれた。

ただ、「キースにはまだ言わないほうがいい」とも言っていた。今は忙しい時期らしいから、仕方ない。

両親と話した後、僕は<Infinite Dendrogram>にログインした。

<Infinite Dendrogram>の三倍時間の中で、彼女にどうやってこの気持ちを伝えようかと思い悩んだ。

まず、メールで彼女に愛を伝えることは出来ない。彼女と交流し続けた手段ではあるけれど、告白に用いるべきでないことは僕でも理解できた。

次に考えたのは彼女と直接会うこと。

これも可能だ。以前にメールだけでなくポストカードの交換もしたことがあり、彼女の住所は分かっている。だから、彼女にスケジュールに合わせて航空券を同封して贈ることはできる。

本来は僕から行くべきだけれど、生まれ持った病が邪魔をする。

だから彼女に来てもらうしかない。けれど、もう少し考えてみると『僕が告白するために彼女に来てもらう』というのはおかしい気がした。

残された手段は……と言うよりも採るべき手段は最初から一つだけだった。

彼女と出会った<Infinite Dendrogram>の中で、告白をする。それしかない。

幸いにして、彼女の刑期もじきに明ける。

約束していた対面の際に、この気持ちを伝えよう。

「……でも、僕にできるのかな」

結婚を申し込むなんて、言うまでもなく人生で初めてだった。

それどころか、恋だってこれが初めてだろう。

そんな自分に、ちゃんとした告白なんてできるのだろうかと、不安になった。

緊張と不安のあまり心臓が軋む。リアルでこのことを考え続けたら、それだけで発作を起こすかもしれないほどに。

せめて、もう少し緊張せずにいられたら……。

「ああ、そうだ」

初めて会ったとき、僕は彼女と決闘がしたかった。

僕の先を行っていた彼女と戦ってみたかった。

だから、まずはそれをしよう。

決闘はいいものだ。

決闘を通して、僕は多くの友人を得た。

決闘はお互いの気持ちを通い合わせられる。

だから、彼女ともまずは決闘をしよう。

それが終わったら……プロポーズをしよう。

彼女が、OKしてくれるかは分からないけれど。

彼女と再会した日、僕は彼女に愛を伝えなかった。

伝えられなかった。

やっぱり自分で思っていた通り、彼女を前にして僕は緊張していた。

彼女と会う準備をしていた最中で想定外の対面だったこともあるけれど、彼女と対面した僕は決闘に誘うのがやっとだった。

彼女や、傍にいたレイ君が気づいた様子はなかったけれど、僕は本当に緊張していた。

彼女が笑って決闘を受けてくれて、本当に嬉しかったし、助かったという気持ちもあった。

それでもまだ、緊張している。

この分だと、明日の決闘を終えても彼女に告白できるかは分からない。

ああ、敵と戦うときにはもっと簡単に、心躍るように一歩を踏み出せるのに。

血を流そうと、手足をなくそうと、躊躇わずに生き生きと戦いに身を投じることが出来るのに。

彼女に告白を断られた状況を考えると、身が竦む。

恋とは、愛とは、こんなにも僕を臆病にしてしまうのかと、自分自身で驚いた。

「願わくは、明日は自分の気持ちを……心の一歩を踏み出せますように」

そんなことを思いながら、その日はログアウトした。

運命の日。

記事を読んで、ギデオンで暴れる彼女を見た。

彼女が暴れている理由は察せられた。

彼女の誘いを断っておきながら扶桑月夜とのあんな写真を撮られた僕に、不信と不義理を抱いたためかもしれない。

あるいはかつて彼女にそうした男と同様に、彼女を裏切ったと思われたのか。

既に彼女は僕に落胆していて、告白しても受け入れてもらえることはないかもしれない。

それでも、それでも……僕は彼女に伝えなければならない。

……僕は一歩を踏み出した。

◇◇◇

□■<ネクス平原>

フィガロの告白を聞いた者は、世界の全てが静まり返ったかのような錯覚を覚えた。

最も間近で聞いた第三者であるサンダルフォンは驚愕していた。

遠くから望遠のアイテムで読唇術をしていたルークも同様だ。

上空から近づいていたレイも、驚きのあまりにシルバーから落馬しかけていた。

スキルで観測していた多くの者が似たようなものだった。

例外は最初からこの行動を予想していた迅羽と、 管理AIの一体(・・・・・・・) 、くらいのものだろう。

けれど、これはフィガロが《燃え上がれ、我が魂》を使った時点で分かっていたことだ。

彼は、 決闘(・・) ではこの必殺スキルを使わない。

先約があるから、決闘で全霊を尽くすと約束した友がいるから、彼は迅羽との決闘ですらこのスキルを使わなかった。

その彼が今、このスキルを使った理由は簡単だ。

彼にとって、これは決闘ではなく。

彼なりの……プロポーズだった、それだけの話なのだから。

「…………」

ハンニャに言葉はない。

今、フィガロから放たれた言葉を受け止めて、心から溢れる思いが脳を駆け巡っていた。

《ラスト・バーサーク》が今もまだ発動しているにもかかわらず、暴走すら止まっているかのようだった。

「僕は、普通ではないと思う」

そんなハンニャに向けて、フィガロは彼の言葉を続ける。

「生まれながらに心臓を患っているから、日常生活もまともに送れない」

彼が、これまでの交流で彼女に隠していたことを伝える。

「人生経験や人付き合いが足りないから、きっとおかしな言動もしてしまう」

彼女に落胆されることを恐れて、言えなかったことを伝える。

「僕が誇れるものは、この<Infinite Dendrogram>で積み上げたものと家族しかない」

己の全てを、緊張し、痛いほどに心臓を高鳴らせながら、彼の言葉は続く。

「そんな、情けのない僕だけど……」

そうして彼は、

「そんな僕を、冬子は……選んでくれるだろうか」

彼にとって、精一杯の告白をした。

「――――ああ」

フィガロの真摯な言葉に、ハンニャが抱いていた疑念は消えていく。

自分の愛は幻ではなかった、と。

この人は、本当に自分を愛してくれていたのだ、と。

彼女は、ようやく信じることが出来た。

――ああ、やっぱり

――この人は、素敵で……可愛い人

そうして、ハンニャは目に涙を浮かべ、

精一杯に微笑んで、

「――はい。喜んで」

フィガロのプロポーズを受けた。

「……ありがとう」

彼を知る者が初めて聞く泣きそうな声。

彼は己の気持ちに震える指で、彼女の左手の薬指に婚約指輪を嵌めた。

それからそっと彼女の顔に自身の顔を近づけて、

「 愛してる(I love you) 、冬子」

愛を告げながら、彼女の唇にキスをした。

ここに一組の愛は成就し、

直後、《燃え上がれ、我が魂》の反動と【出血】をはじめとした各状態異常のスリップダメージでフィガロはデスペナルティになった。

キスの後、そこには花束を持ち、婚約指輪を嵌めたまま、顔を赤らめているハンニャだけが残されていた。

「…………」

『は、ハンニャ様……?』

サンダルフォンが、気遣わしげにハンニャに声をかける。

既に《ラスト・バーサーク》は完全解除されており、それがフィガロのデスペナルティを報せている。

彼とて自分の<マスター>の幸せを祝いたかったが、そうしようとした直前にフィガロのデスペナルティである。

しかも、フィガロを踏みつけたのも、ドリルで弾き飛ばし、磨り潰そうとしたのも彼なのである。

内心で「何でよりにもよってこんなタイミングでデスペナルティに……」と言いたい気持ちのサンダルフォンだったが、むしろ指輪を嵌めてキスするまで生きていたことが奇跡的とも言える。

だが、ハンニャがどう思うかは分からない。

ゆえにサンダルフォンと、そして周囲で様子を窺っていた<マスター>らは固唾を呑み、

「ふふふ……」

ハンニャは……顔を赤らめたまま晴れやかに笑っていた。

「サンダルフォン」

『は、はい!』

「ログアウトするわ。リアルで彼にメールを……いえ、直接会いに行くわ」

『は、ハンニャ様!?』

「住所は知っているから」

そう、ヴィンセントが彼女の住所を知っていたように、彼女もそれを知っている。

それでもこれまで実家に乗り込まなかったのは、愛が幻であると確認するのが怖かったから。

けれど今、二人は愛を確かめた。

だから彼女は、もう愛の不在を恐れない。

「そうだ。ログアウトする前に……」

彼女は何かを紙に書きつけ、封筒に入れて地面に落とした。

「それじゃあサンダルフォン、私はログアウトするわ。しばらくログインできないかもしれないけれど」

『分かりましたハンニャ様。ご健康とご多幸をお祈りします!』

「ええ。行ってくるわね」

そうして、ハンニャはサンダルフォンに見送られ、<Infinite Dendrogram>からログアウトした。

かくして、ギデオンを騒然とさせたサンダルフォン事件は、多くの建物の倒壊はあったものの、ティアンの死者や重傷者はゼロという奇跡的な結果で幕を閉じたのだった。

◇◇◇

□地球 マイヤーズ邸

「……しまった。HPをチェックしていなかった」

ログアウトした直後、ヴィンセントが発した一言がそれだった。

普段の彼ならしないはずのミスだったが、それだけハンニャへのプロポーズに全神経を集中していたということだろう。

けれど消える前に、彼女が彼の愛を受け入れてくれた答えは確かに聞こえていた。

そのことにヴィンセントはとても安堵した。

「兄さん。ログアウトしていたんだね」

丁度そのとき、ヴィンセントの弟であるキースが部屋に入ってきてそう言った。

「やあ、キース。どうしたんだい?」

「ああ。もうじき母さんの誕生日だから、ちょっと相談したかったんだけど……どうしたのさ兄さん」

「何がだい?」

「なんだか珍しい顔しているから。頬が赤いし、とても嬉しそうだからさ。何か良いことでもあったの?」

言われて、ヴィンセントが自身の頬に手を当てると……そこには確かな熱があった。

それに口角も上がっているようだ。

「うん。実はついさっきプロポーズをしてね。OKを貰ったんだ」

「ああ。それはとてもめでたいことね。…………なんだって?」

「ふふ。でもプロポーズのときは緊張したよ。告白するときも、指輪を嵌める時は緊張したし、キスも……。今思い出しても心臓がドキドキ……し、て…………」

弟に自身のプロポーズのことを話していたヴィンセントは……直後、とても幸せそうな笑顔のままパッタリとベッドの上に倒れた。

彼の持病、心臓の動悸に伴う発作である。

「ちょ!? 兄さん!? か、回復魔法! サフィーネ……リアルにはいないよ!! 誰か! 主治医のウィンストン先生呼んできて!?」

突如として倒れた兄に、キースが大慌てでメイドや医者を呼ぶ。

その最中も、倒れて気を失ったヴィンセント自身はどこか幸せそうだった。

こうして、ヴィンセント・マイヤーズはプロポーズ後の思い出し緊張で心臓発作を起こし、緊急入院することになったのだった。

To be continued