軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六話 約束

□王都アルテア

クレーミルの壊滅から三日。

【大賢者】の徒弟、国教の聖職者、皇国第二機甲大隊、そして<バビロニア戦闘団>から成る絶対防衛線が【グローリア】の前に大敗した事実は既に大陸中に広まっていた。

防衛拠点であったクレーミルが崩壊し、もはや【グローリア】の王都侵攻を阻む砦はない。

王都では住民の避難が活発化し、同時に食料や衣料品の高騰、不安から来る衝動的な諍い、聖職者の減少による医療機関の不足など、さながら戦時や災害時を思わせるトラブルが散見された。

王都の騎士や衛兵達も王都に迫る【グローリア】への対処以前に、そうしたトラブルへの対応に追われていた。

「…………」

だが、そうした混乱の最中、騎士達を纏め上げる【天騎士】ラングレイ・グランドリアは一人……王城の上空にいた。

貸与された国宝である【黄金之雷霆】に跨り、その視線は城下の街ではなく、ただ北西……【グローリア】が侵攻してくる方角へと向けられていた。

だが、今はまだその姿はない。

クレーミルの崩壊から三日。

<雷竜山>への出現から一週間。

本来ならば今日の時点で【グローリア】は王都に辿り着いているはずだった。

だが、そうはなっていない。

それは<バビロニア戦闘団>を始めとした<マスター>の、【剣王】フォルテスラの負わせた傷が理由だった。

生命と戦闘に支障がなかったとはいえ、全身に多大なダメージを負い、心臓までも失ったことで【グローリア】は丸一日を傷の修復にあてなければならなかった。

修復に時間がかかり、加えて翼も再生しなかったことで、王都への到達に一日以上のズレが生じている。

それでも……明日には【グローリア】が王都に到達し、王都を《絶死結界》の範囲に収めるだろう

「……立ち向かえないわけでは、ない」

だが、その死が遍く全ての者を殺傷する力ではないことは既に判明している。

合計レベルが五〇〇を超える者ならば、結界の内にいても死なず、戦うことが出来る。

そして、結界に入らなければ【グローリア】を傷つけることはできないということも、既に周知されている。

それは<バビロニア戦闘団>のメンバー達が、<Infinite Dendrogram>の内外で懸命に流布した情報だった。

ゆえに今、【グローリア】と戦う条件は判明しており、幸か不幸かラングレイはそれに該当する。

彼は、王国を守るために戦うことが出来る人間だった。

「…………往こう。【雷霆】よ」

やがて、ラングレイは覚悟を決める。

そして【グローリア】のいるだろう北西の<ノヴェスト峡谷>へと【黄金之雷霆】を走らせようとして、

「待ちたまえ、グランドリア卿。そう逸るものではない」

その動きを止められた。

空中にいる彼の肩を、ある人物が掴んだためだ。

その言葉と感触に驚き、ラングレイは後ろを振り返る。

そこに立っていた――風魔法を精密にコントロールして空中に静止していた――人物は誰あろう。

「……【大賢者】様」

「ああ」

王国の誇る超級職の一人、【大賢者】。

王国に百年以上も仕え、名前は誰も知らない。

ただ【大賢者】とだけ名乗り、呼ばれる者。

正体不明の老人ではあるが何代も前から宮廷魔術師を務め、その蓄えた知識から王国の御意見番や教育係として広く信頼されている人物だ。

「さて、言いたいことは幾つかありますが。まず、君一人が出向いてもどうなるものでもありません。戦力の漸次投入にしかなりませんし、時間稼ぎが関の山です。それは私が行っても同じですね」

「【大賢者】様でも、ですか?」

「ええ。それに結界内で隕石を落とすと私まで危ないでしょう?」

【大賢者】の奥義である隕石落としを例に挙げ、おどけたようにそう言った。

「せめて弟子達がいれば、また違ったでしょうが。……惜しい者達を亡くしました」

「【大賢者】様……」

彼の徒弟は、クレーミルでの戦いで全員死んでしまった。

ゆえに【大賢者】の顔は、それは弟子の死を惜しんでいる師の顔だった。

ラングレイはその心中を慮る。

だが、ラングレイは少しだけ誤解していた。

【大賢者】の顔は、惜しみはしても……悔いてはいない顔だった。

「しかし、【グローリア】ですか。多くの犠牲の末にその力の詳細は分かりましたが、恐るべき怪物です。……残る王国の戦力でどう立ち向かえばいいのか」

王国が出せる戦力は、あれがほぼ限界だった。

あとは騎士団だが、【グローリア】の結界の中でも生きられるものなどラングレイと近衛騎士団副団長くらいのものだ。

そこに【大賢者】を加えても、まるで足りない。

……彼ら以外に王国ティアンの最大戦力となりえるものが一人いるが、惜しむらくは今はまだレベルが五〇〇に届いていなかった。

「駄目ですね。少なくともティアンだけでは勝ち筋がない」

「【大賢者】様でも……倒す方法はご存じないのですね」

「…………」

ラングレイに「【グローリア】を倒す方法」を問われ、【大賢者】はなぜか沈黙した。

それを怪訝に思い、ラングレイは声をかける。

「【大賢者】様?」

「……いえ、すみません。この老いぼれの記憶の箪笥を開けて回りましたが、皆目見当もつきませんでした。こういうときこそ知恵袋の出番だというのに」

思索から意識を戻した【大賢者】はそう言って、苦笑した。

「それよりグランドリア卿。そろそろ例の交渉です。相手が相手ですので、あなたも出席した方が良いと愚考します」

【大賢者】は懐から懐中時計を取り出して、ラングレイにそう告げた。

あと一時間もしないうちに国王とある人物の交渉が始まる。

本来はその場にラングレイは出席する予定ではなかったが、【大賢者】の言うように交渉相手が何者かを考えれば、『エルドルの傍で守るべきか』と考えた。

「分かりました。では、私は護衛に向かいます。【大賢者】様は?」

「ここでもう少しだけ風に当たりながら考え事でもしていますよ。ひょっとすると何か方策があるかもしれません。ああ、私も交渉までには戻りますから安心してください」

そう言ってラングレイを見送り、【大賢者】は先ほどまでラングレイがそうしていたように北西の方角をジッと見る。

その心中では、次のような自問自答を行なっていた。

(決戦兵器三号……【アクラ・ヴァスター】ならやれるか? いや、時期的にまだ完成していないな。だが、既に基礎能力は使用可能になっているはずだ。それなら【アクラ】は持つだろうが……。ああ、駄目だな。あれは光のブレスを使う。光が相手では《空間希釈》の距離も無意味であるし、【ヴァスター】が修復限界回数まで破壊されかねない。それに射程距離外からの攻撃が無効なせいで運動エネルギー爆撃が無意味になる)

それはラングレイに問われた「【グローリア】を倒す方法」についての【大賢者】の考察だったが、一つの大きな問題を孕んでいる。

それは、今しがた【大賢者】が名を挙げた【アクラ・ヴァスター】のこと。

【アクラ・ヴァスター】は二千年前の先々期文明によって秘密裏に 開発中(・・・) の決戦兵器であり、……如何に【大賢者】といえど知っていて良い名前ではなかったからだ。

(五号……【ベルドリオン】ならまだやりようはあったが、あれは六百年前に【覇王】と【猫神】に壊されているからな。一号は出すわけにはいかず、二号と四号は……既に私の手にはない)

【大賢者】……そう名乗る男は溜め息をつき、天を見上げる。

(まあ、いい。どうせあの【グローリア】も“化身”共の手先だろう。劣化“化身”――<マスター>の増加といい、連中はそろそろ二千年越しの詰めに入るつもりのようだからな)

そこまで考えて、彼は表情を歪ませる。

まるで、仇敵に対する怒りとそれを貶める喜びが同居したような醜い表情に。

(最悪、この体が朽ちるとしてもデータを蒐集することを優先するか。問題はない。代わりはまだある)

そんなことを考えながら、【大賢者】を名乗って本名を隠した男は……自身が百年以上も巣食ってきた城へと戻るのだった。

◇◆◇

□■王都アルテア・王城謁見の間

【グローリア】の王都到達まであと一日と迫ったその日、謁見の間ではある交渉が最後の詰めに入ろうとしていた。

それはアルター王国の国王エルドル・ゼオ・アルターと、

「ええよー。うちらも【グローリア】の討伐に一枚噛んだる」

<月世の会>のオーナー【女教皇】扶桑月夜の交渉だった。

「それでは<月世の会>も【グローリア】討伐に助力してくれるのですね。なんと心強い……」

「せやね。うちには【グローリア】の結界でも大丈夫なメンバー沢山おるし、役に立つことは保証するえー」

エルドルは月夜のその返答に安堵する。

これまで<月世の会>との交渉は上手くいっていなかった。

正確にはオーナーである月夜との連絡が取れずに立ち行かなかったのだが、ようやく連絡がつきこうして順調に交渉を進められている。

王国まであと一日の距離にまで迫った【グローリア】の迎撃に、王国最大人数にして戦力としても強大な<月世の会>の参戦は不可欠だった。

その交渉もこうして無事に――、

「ありがとう。この恩は……」

「ただし、この【契約書】に王族が全員サインしてくれたらやけどね」

――済むわけがなかった。

「これは……? ……ッ!」

月夜が取り出したのは、最上級の【契約書】。

それは違約した者に 即座に死を与える(・・・・・・・・) ほどの危険物だ。

そんなものに、「王族全員の名前を書け」と扶桑月夜は言った。

そして、最も重要な【契約書】の文面にエルドルが目を通すと……。

「王国権力による、<月世の会>への 弾圧禁止(・・・・) ?」

「簡単に言えば保証書やね。『今後、<月世の会>がどれだけ規模拡大しても、国は<月世の会>を抑えたり潰したりしません』ゆー奴や」

宗教活動の完全な自由を認めさせること、であった。

今現在も宗教としての<月世の会>は拡大を続けている。

既に千人を優に超え、その中にはリアルから信者だった者以外に、ティアンの信者も多数加わっている。

その拡大スピードは、為政者ならば少なからず脅威を覚える。

今はよくとも、後々は国の内部でガン細胞と化す恐れもある。

クランの取り潰しまではせずとも、国からある程度の制限が講じられる可能性は十二分にあった。

ゆえに、それに対して先に手を打つのがこの【契約書】だった

「ああ、もちろん補足事項に『<月世の会>がテロなどの犯罪行為に走った場合は契約を破棄する』、みたいな条件はつけるえ? せやないとやりたい放題になってまうし。代わりに『今後も国からの依頼を承服するかは< 月世の会(うちら) >の自由』って一文も入れるけどなー」

「だが、これは……」

最終的にこの王国の基盤すらも揺るがしかねない集団に、一切の枷をつけられないということだ。

今の危機を回避するために、将来の危惧を野放しにすることだ。

「うちらの宗教活動を邪魔しない。うちらに無理やり望みを飲み込ませない。うちらが犯罪行為を起こさない限りこれを守り続ける。な? それだけの話やろ(・・・・・・・・) ?」

それが分かっていて、この雌狐……扶桑月夜は要求している。

条件としては、何を差し出すわけでもない。

契約を破らない限りは、誰も犠牲にならない。

そして、目前の危機への対処もできるようになる。

見た目上はなんと平和的で……狐に 詰まされた(・・・・・) 条件だろうか。

「仮に、その契約を交わす前に無理やり飲ませようとすれば?」

「テロで返すやろねー」

交渉に列席した【大賢者】が述べた言葉に、ノータイムでそう答えた。

その返答に、交渉の席がざわめく。

しかしそれは、

「契約交わす前なら、うちらには宗教テロいう手もあるんやし。――もうそっちで手も打っとるわ」

「何を、言っている?」

「今なー、王都や主要都市に影やんの特殊部隊が入り込んどるんよ?」

その言葉によって静まり返った。

【暗殺王】月影永仕郎麾下の特殊部隊。

それが何を得意とし、何を目的とするのか……言うまでもない。

「それに、例えばこの王都をうちが“夜”で覆って、そこで影やんがエルルケーニッヒを使えば……どうなるかわかるやろ?」

扶桑月夜の力も、その側近である月影永仕郎の力も、この場にいる者はよく知っている。

限定的な広域殲滅型である月影と、その限定を限りなく広げられる広域制圧型の月夜。

この二人の力があれば、王都が壊滅することは想像に難くない。

「やめてくれ……!」

「言われんでもせえへんよ? これはあくまで、王国が無理やり協力させようとした場合の話やしね。だから、国王陛下が選ぶ選択肢は三つやね」

月夜は指を三本立てて、言う。

「【契約書】にサインしてうちらの協力を仰ぐ。

【契約書】にサインせず、うちらの協力なしで事に当たる。

無理やり言うこと聞かそうとして、諸共滅びる」

順に選択肢を上げて、笑みを浮かべながら月夜は返答を促した。

「……化け物め」

「止せ!」

列席した貴族の一人がそう言ったのを、他の貴族が咎める。

だが、扶桑月夜はその言葉に笑みを深めて、こう言った。

「化け物みたいにおっかないから――うちらに頼るんやろ?」

それこそ、化生染みた笑みを浮かべながら、扶桑月夜は小首を傾げて問いかけた。

「それでどないします? 国王陛下? サインします? やめます?」

その最後の問いにエルドルは僅かに悩み……しかしサインすることを選択した。

かくして、【グローリア】迎撃に王国最大クランの参戦が決定した。

実に、 平和的に(・・・・) 。

◇◇◇

□決闘都市ギデオン・中央闘技場

そこは中央闘技場、ローマのコロセウムを思わせる建造物の上部だった。

「…………」

そこで、一人の男が北西に視線を向けたまま黙して座り続けている。

彼……王国決闘ランキング第一位【超闘士】フィガロは風に当たりながら、彼が普段浮かべることのない沈痛な面持ちで何かを思案している様子だった。

「やー。今日は随分と浮かない顔をしてるねー」

「……トム」

そんな彼の横に不意に現れ、声をかけたのは彼と同じ決闘ランカー。

決闘ランキング第二位、【猫神】トム・キャットだった。

「その顔はどうしたの? ……って言っても理由は分かるんだけどねー」

「…………」

トムの問いに、フィガロは答えない。

しかしトムは構わずに言葉を続ける。

「【グローリア】だろ? あれとどう戦うかで悩んでるんじゃないかなー」

「……少し違う。そもそも、戦いたくとも……戦えないのだから」

「うん?」

フィガロの言葉に、トムが首を傾げる。

その違いは何かと考えて……フィガロの性質を思い出して答えに至った。

しかしそれに気づいたか、気づかなかったか、フィガロはトムの言葉を待たずに話を続ける。

「【グローリア】は、強い。<バビロニア戦闘団>のメンバーが流した情報を精査して、それはよく分かった」

クレーミルでの敗戦の後、<バビロニア戦闘団>はその戦闘で得た情報の全てをネットの<バビロニア戦闘団>のサイトで公開した。

加えて<Infinite Dendrogram>の中でも、戦いに参加できなかったメンバーが<DIN>を始めとした情報屋、報道機関に対し、即日全ての情報を渡している。

それは他の情報を秘匿していた他のランカーからすれば、憤懣やるかたない話であっただろう。

<バビロニア戦闘団>にしても、隠していれば再戦の時にMVPを取れる確率が上がっていたはずだ。

だが、彼らはそれよりも情報を広く伝播し、一刻も早く【グローリア】を討伐してもらうことを望んだ。

それが、彼らのオーナーの…… 最後の頼み(・・・・・) であるとして。

「トムには悪いけど、【グローリア】は僕がこれまで倒してきたあらゆる相手を想定しても、天秤の片側に足りず、測れないほどだよ」

「いや、その判断で合っているよ。この身があれに勝てないことは僕自身が十二分に知っている。あれは複数の<超級>が挑むことが前提のような怪物だよ。やるんなら他の<超級>や……それこそフォルテスラと力を合わせるくらいはしないといけなかっただろうね」

「……けれど」

「そうだね。君にはそもそも…… それができない(・・・・・・・) 」

トムの言葉に、フィガロは頷く。

「他の人との共同戦線となれば、君は役立たずになる。<超級>である君があっさりと敗れれば、それが原因となって戦線が崩壊する可能性もある。だから、フォルテスラも君の参戦を断ったのかもしれないね。で、君はそのことをずっと悩み続けているのかい?」

「……違うよ。僕が悩むのは、フォルテスラと共闘できなかったことじゃない」

「そうなの? じゃあ、何を悩んでいるのかな?」

その問いかけに、フィガロはしばし沈黙した。

けれど、次第に……ポツリポツリと話し出した。

「フォルテスラから、メールが届いたんだ」

「……彼から、か」

好敵手として、そして友人として、二人はリアルでもメールのやり取りを行なっていた。

だが、それを使う機会は然程多くはない。話したいことがあれば、<Infinite Dendrogram>の中で話す。

けれど、今回だけは出来なかった。

デスペナルティの期間が明けても、フォルテスラは戻ってはこなかったから。

彼がフィガロに宛てたメールに……『俺はもう戻れない』と書かれていたから。

『エーリカがもうどこにもいないのだと、確認してしまうことが怖くてたまらない』

彼の妻も含めて、あの街に残っていた住民は消息が一切不明だった。

あるいはどこかに逃げ延びている可能性も……ない。

既に、人の捜索に特化したジョブが住民の捜索に出向き、誰もが「もうこの世界のどこにもいない」ことだけが分かってしまった。

全員が、【グローリア】の光のブレスで蒸発してしまったから。

フォルテスラも、それをデスペナルティ中に知った。

その残酷な事実に心折れて、再びログインして自分で再度確認することも出来なくなっていた。

彼にとって、それほどにこの世界での妻の存在は重かった。

フィガロの好敵手として、決闘ランカーとして、クランのオーナーとして。

戦い続けてきた男の姿は、そのメールの文面にはなかった。

だが、何よりもフィガロの心を衝いたのは、メールの最後に書かれていた一文。

「『約束は、果たせない。すまない、フィガロ』」

それは好敵手が、友が、二度とフィガロの前には現れないという言葉。

『【グローリア】を倒し、王座を獲りにいく』と言った男が、フィガロの世界から永遠に失われたことを意味する言葉。

その事実が、この世界では誰よりも強靭となったはずのフィガロの心臓を軋ませる。

「僕は……フォルテスラとの約束を果たしたいんだ」

最早絶対に叶わない、決闘の約束。

果たされなかった約束を、それでも……フィガロは捨てたくはなかった。

だが、既に約束の相手はこの世界にはいない。

それでも約束を果たすというならば、

「【グローリア】と戦うことが……フォルテスラとの約束を果たすことになるのかもしれない」

「……タイムアタックか」

タイムアタック。

それは同種のモンスターを相手に順番に戦い、討伐までの時間や与えたダメージによって勝敗を決める決闘競技の一つ。

フィガロとフォルテスラは、直接の対決以外にこの競技でもよく競い合っていた。

ゆえに、フォルテスラが勝てなかった【グローリア】と戦うことは、あるいは彼との最後の決闘と言えるだろう。

勝利するか、あるいは二人ともが敗北するのか。

勝敗の行方は分からずともそれはフォルテスラとの決闘に他ならない。

フォルテスラとの約束を……果たせる。

だからこそフィガロは、【グローリア】と戦いたかった。

「だけど、それは……できない」

王国は残る力を注いで、【グローリア】は討伐しなければならない。

フィガロが己の約束を決闘という形で果たそうとするならば、誰よりも早く戦場に赴き、独りで戦わなければならない。

しかし、あの【グローリア】は底知れない大怪物。既に明らかとなった情報以外にも何かを隠している公算は高い。

ゆえに、戦いの最中に想定外の大惨事を引き起こす恐れもあった。

あのクレーミルでの戦いで【グローリア】が見せた力のように、戦闘によって新たな災厄の力を呼び起こしてしまうかもしれなかった。

それに対し、独りであるフィガロは抗しきれないだろう。

多人数であれば力を発揮しても打倒しきれるものを、打倒しきれないかもしれない。

そして、結果として恐るべき力を発揮した【グローリア】が、彼の後に戦う者にどれだけの力を振るうのか、想定も出来ないことだ。

それはフォルテスラ達の、フォルテスラが亡くしたくなかった者の……仇すら討てなくなることに他ならない。

「僕のせいで、彼の無念が果たせなくなるかもしれないのなら……」

フィガロは自身の不安を口にし、願望を押し込めようとした。

そんなフィガロに対し、

「ははは、なるほどね」

トムは笑いながらその肩を叩き、

「馬鹿を言うなよ、王国最強」

彼の言葉を否定した。

そして、

「君は、そんな余計なことを考えて戦う人間じゃないだろうが!!」

今の彼を否定する言葉と共に、フィガロの頬を殴り飛ばした。

「……トム?」

頬に痛みを感じながら、キョトンとした顔でフィガロはトムを見返した。

トムの顔は怒りと、それに混ざった別の強い感情を浮かべていた。

「君は、僕に勝った。このトム・キャットを、王国の<マスター>が超えるべき壁の一つを打ち破ったんだ。しかも、<超級>になる前の、【超闘士】になる前の、君がだ! 僕達(・・) の思惑を超えたのは、君なんだ!」

その言葉にどれほどの思いが込められていたのだろう。

それはフィガロには分からない。

だが、その言葉に強い熱があることは実感していた。

「その君が! あのときよりも強い君が! そんなにも迷いと弱音を吐いて何になる! 君は君らしく! 脳筋の戦闘狂らしく! 何も考えずに当たってくればいい! 一人でぶち当たって砕けながらでも、あの首の一本でもブッタ斬ってやれ! 君のライバルを倒してしまったあの首を、君一人で倒してしまえよ!! 決闘を、約束を諦めるなよ!!」

そこで言葉を切って、

「君にとって、彼との約束はあれこれ考えてやめてしまうようなものか!!」

トムは、最も大事な言葉を口にした。

「――――」

トムの言葉に、フィガロは目を見開く。

あたかも迷いの先に、答えを得たように。

「……ありがとう、トム」

そう言って、フィガロは顔を上げた。

「僕は、僕のまま……約束を果たしてくるよ」

その言葉を残した次の瞬間には、フィガロの姿は掻き消えていた。

トム・キャットが目で追った先には、超音速で疾走しながら王都の方へと駆けていく後姿があった。

「行ってきなよ、 決闘王者(チャンピオン) 」

トムはどこか満足そうにその背を見送る。

そして、彼以外の誰もいなくなったその場所で、独り呟いた。

「ジャバウォック、マッドハッター。これは君達の思惑を崩すことかもしれない。だけど、僕は彼らの自由を……彼らの思いを尊重するよ。それは僕にとって、<超級エンブリオ>を増やすよりも大事なことだから」

トムはその顔に微笑を浮かべ、

「僕の<マスター>は……そういう人だったんだから」

遥かな過去を思い出すように、そう言ったのだった。

To be continued