軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十話 水底に沈むが如く

□【煌騎兵】レイ・スターリング

飛び込んだ鯨の結界は、奇妙な空間だった。

入った瞬間に、それまでは見えていたカルチェラタンの街並みが見えなくなった。結界に入って距離が広がったことで遠のいたのだろう。

俺は真上からの垂直自由落下で加速し続けているはずだ。

だが、周囲に空気がないため風を感じることもなく――圧縮空気のバリアを風防にしているが、それ越しでも何の抵抗も感じない――、周囲には空だけで距離の基準となるものが何もないため速さを実感することもない。

雲さえもない空――ただし空気がないため厳密に空と言えるかも分からない――を落ちているだけ。

俺はこれまでに三度、空の上から落ちたことがある。

一度目は幼い日、姉の口車に乗って南米のジャングルにスカイダイビングした。

二度目はデンドロに初めてログインした時、チェシャに王都まで落っことされた。

三度目はつい先日、【モノクローム】に届かず逃げ帰るように急降下した。

それらと比べて、今回の落下はひどく静かだ。

無音の空間をただ落ちていく。

それはまるで、空を落ちるのではなく海底へと沈んでいくような感覚。

天から差す光も遠くなり、ただ果ての見えない下降を続ける。

だが、一つだけ見えるものがある。

『また来るぞ! レーザーだ!!』

眼下……今はまだろくに目視もできぬ距離から、幾十のレーザーの光条が俺達目掛けて放たれる。

殆どはシルバーの前面に巻き付けた【黒纏套】に吸われるが、発射点の違う一部のレーザーは俺の体を掠めていく。

流石に、対空防御が厚い。

恐らくは鯨も上方からの落下が自らの欠点だとは知っているのだろう。

あいつの真上でアイテムボックスから重量物でも出せば、あのヒレの落下と同じことがあいつの身に起こせるのだから。

レーザーはそれを防ぐためのものでもある。レーザーで多少なりとも軌道を変えれば、落下の最中に大きくずれて鯨には当たらず、地上には甚大な被害が出る。

外れた時を考えると、俺もその手は使えない。むしろ彼我の距離を考えれば当たる方が稀だろう。

だが、俺達とシルバー自らが落下するなら別だ。

レーザーは【黒纏套】で吸える。多少軌道が変わるか、奴が動いたとしても、シルバーならば軌道修正が利く。

『それに、このレーザーは奴の位置を知らせるものでもあるのだな』

「ああ」

レーザーは直線だから、飛んできた方向に鯨は必ずいる。

そこを目掛けて落ちていけばいい。

事実、極々小さな点のようだが鯨の姿は見えはじめている。

だが、まだこちらは攻撃できない。

《シャイニング・ディスペアー》が俺の考えているとおりのスキルであるなら、上からは決して撃てない、撃ってはならない。

奴を目視し、その上で奴と水平、あるいは下方から狙い撃つ必要がある。

『だが……もつかの?』

「もたせるしかない」

【黒纏套】によるレーザー対策は、真空状態に対応するため《風蹄》を張るシルバーを最優先で守っている。

必然、そちらに回した分だけ【黒纏套】は俺の体を守りきれない。

黒円盾で防いでいるものもあるが、中には俺の体を掠め――抉っていく軌道のレーザーもある。

加えて、【黒纏套】の《光吸収》にしても熱を吸いきれない。数多放たれるレーザーは、少しずつ俺とシルバーを加熱している。既に俺の皮膚には【火傷】、そして【熱傷】が生じ始めている。

だが、もはや俺達は奴までの距離の三分の一程度を落下している。

退路などなく、急所に命中しないことを祈りながら落下を続ける以外に道はない。

「ッ!」

『レイッ!? クッ、守りきれぬ軌道が増えてきたぞ……!』

鯨に近づくに連れて、レーザーの入射角に幅が出てきた。

このままでは……いや、まだだ!

「このまま、鯨まで辿りつく!」

アズライトはきっと、今も下で兜蟹を相手に戦っている。

ならば、俺が諦める道理が何処にある……!

『……! レイ、上から何か来るぞ!!』

「上!?」

鯨は下方にいる、ならばどうして上から……!

そう考えて後方――上を見ると、

「あれは……!」

俺が目にしたのは――両腕を翼のように広げた無数の木製人形。

それが大挙して、ただ真っ直ぐに落下している。

「マリオ先生の……人形!」

そう、マリオ先生が乗っていたものと同じ人形が、無数に落下してくる。

人形は自由落下でなく、自力で加速しながら落下を行っているのか、次々と俺よりも前に出る。

そして――鯨のレーザーは俺ではなく、俺に先行する人形へと突き刺さる。

だが、撃ち抜かれ、燃え尽きようとも……後続の人形は前に出ることをやめない。

次々に、次々に、何十と散ろうとも俺の前に出て、俺の代わりにレーザーを受けている。

「これは……」

『道を、作っておるのか?』

道。そう、それは正に道だった。

無数の人形がその身を盾とし、俺を鯨へと導く……突破口。

「マリオ、先生」

燃え尽きながらも、俺を守ってくれている人形の一体の頭部と、目線が合う。

その瞬間に、聞こえた気がした。

――進め、と。

真空の世界で、人形は無言。

けれど、あの人が俺の背中を押してくれていることは十二分に伝わった。

ならば――あとは往くのみ。

「いくぞ! ネメシス! シルバー!!」

『無論!』

『――――!』

◆◆◆

■【ヴァスター】

――接近する飛翔体、一五八

索敵能力に秀でる【ヴァスター】は、己に迫る敵手の数も正確に把握していた。

その全てを、己に近いものから順にレーザーで撃ち抜いて迎撃する。

その過程で敵手が二種類いることも理解している

大多数を占める木製の敵手はレーザーの一撃で撃破可能。

そして、ごく微弱な“化身”反応を放つ敵手は、レーザーを吸収して落下を続けている。

自身へと急降下してくるそれらにレーザーを放ち続けながら、【ヴァスター】の人工知能は思考する。

――船体を動かし、敵手を回避

――否定。これ以上の移動は【アクラ】との《相互補完修復機能》に支障が生じる

常に【アクラ】の直上に位置する【ヴァスター】であるが、これには理由がある。

それは【アクラ】と【ヴァスター】の両機が搭載した《相互補完修復機能》のシステムだ。

このシステムは「どこにいようと相互に修復し続ける」……という程に便利なものではない。

三十万メテル(・・・・・・) 少々という有効距離が設定されている。

そう、《空間希釈》を用いた状態での、結界範囲のギリギリ外が有効距離の限度なのだ。

それ以上離れれば、修復が実行できなくなる。

ましてや、現在の【アクラ】は脚部の大半を失い、移動能力が無いに等しい。結果として【ヴァスター】も身動きできなくなっている。

もっとも、【アルター】によって攻撃されている【アクラ】は現時点で既に修復が意味を成さなくなっているが。

しかし今の問題は【ヴァスター】だ。

【ヴァスター】は選択を強いられる。

修復機能を捨てて落下してくる敵手を回避するか、あるいは……。

――敵手、測定

――質量計測

【ヴァスター】のセンサーが、それまでは測定していなかったデータを測定する。

そして結論が出る。

“化身”と人形、いずれも自身の落とすヒレよりもはるかに 軽い(・・) 、と。

これならば衝突しても【ヴァスター】の損傷は軽微ですぐに修復できる。

ゆえに敵手の狙いは自らをぶつける質量攻撃ではなく、他の何らかの攻撃手段であろうと【ヴァスター】は判断する。

――爆発物反応、爆破系統魔法反応、なし

それが爆弾を抱えた特攻の類ではない――つまりは【ヴァスター】に乗り込んでの近接攻撃、あるいは近中距離からの攻撃であろうと判断し、

――対処法を実施

潰しにかかった。

◇◇◇

□【煌騎兵】レイ・スターリング

マリオ先生の作ってくれた突破口を、鯨目掛けて一直線に突き進む。

俺達を迎え撃つレーザーの閃光は人形に、あるいは【黒纏套】に吸い込まれて俺達にまでは届かない。

そうして一心不乱に加速する落下を続け、

『残り、目算四万メートル!』

俺達は鯨まで後一歩の距離にまで近づいた。

同時に、シルバーに少しずつ空気による制動をかけさせる。

このままでは奴を一瞬で通り過ぎ、俺も奴を狙えない。

この【黒纏套】の《シャイニング・ディスペアー》のチャージは既に一〇〇%に達している。

発射準備は万全、あとはカルチェラタンが射線に入らないように奴の側面、あるいはレーザーのない下方で静止して狙い撃たなければならない。

だが、シルバーの《風蹄》による急降下への制動の良さは【モノクローム】戦で既に知っている。

「このままなら――」

――その瞬間、空間が変容した。

「――え?」

一瞬、何が起きたかわからなかった。

それはそうだろう。

先刻まで、寸前まで小指ほどの大きさに見えていた鯨が、

――目前に巨大な壁として存在しているのだから。

「……ッ!!」

だが、次の瞬間には一つの言葉が脳内をよぎる。

―― 解きやがった(・・・・・・) 、と。

自らの身を守る距離の結界を解除。

それが齎す距離のズレ。

一瞬にして縮まった彼我の距離。

未だ先であったはずの鯨の船体が、俺の目の前にあった。

シルバーが制動をかけていたが、それでも俺達は未だ音速の域。

刹那の後、俺を乗せたシルバーは船体に激突し木っ端微塵となるだろう。

鯨も部分的に砕けるだろうが、奴はすぐに修復できる。

俺達程度の重量でぶつかっても、奴を粉砕するには至らない。

そこまで織り込んでの、結界の解除。

それも直後の激突の後にすぐに再展開すれば何の問題もない。

鯨は、彼我の能力を把握し、状況に応じて最適の決断をした。

あたかも、それが出来てこそ兵器、と言わんばかりに。

そんな思考が、奇妙なほどに引き伸ばされた接触までの間隙に起こり。

俺達は――

To be continued