軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十一話 無限増殖

□■伝説について

<Infinite Dendrogram>の世界には不思議な伝説が残っている。

その伝説は、世界を滅ぼしてしまうのではないかというほどに恐ろしく、強大な怪物が現れたというものだ。

伝説に語られる強大な怪物とはレベル100オーバーの<UBM>、<SUBM>や<イレギュラー>と呼ばれる存在だ。

怪物達は<Infinite Dendrogram>の歴史の中で何度も現れていた。

<マスター>が増え始めた時期からは、<マスター>の手によって倒されているそれらだが……当然ながらそれより過去にも出現していた。

世界を滅ぼすほどの怪物がいて、抗う力を持つ人間はいない時代。

けれど、この世界は滅ばずに継続している。

その理由は怪物達が現れてすぐに消えていったから。

怪物がいつの間にか消えてしまい、まるで嵐が過ぎ去った後の空のように怪物の余韻は世界に残らない。

何が起きたのかと、そんな出来事が起こるたびに周辺地域のティアンは首を傾げる。

誰も答えを知らない。

けれど、極々稀にその真実を目撃する者もいる。

そうして目撃者は言うのだ。

――怪物がもっと恐ろしい 何か(・・) と戦っていた、と。

けれど、その目撃証言は往々にして信じられない。

脅威の限界に位置する怪物よりも更に強大な怪物など、「いるわけがない」と一笑に付される。

そう言われると目撃者も「自分は夢でも見たのではないか」と思い込む。

しかしそれでも自分を信じた少数は、その出来事を書物に書き残した。

そうして書き残された夢とも現実ともつかぬ本。

様々な時代、世界の彼方此方で書かれたそれらには、怪物よりも恐ろしい何かの姿が描かれている。

――如何なる獣とも似ていながらどれとも異なる異形の生物。

――国をも挽き潰してしまうような山よりも大きい円柱。

――卵の殻を思わせる繭に包まれた美しい女性。

――そして、数え切れないほどの“獣”の軍団。

あるときは怪物を消し、あるときは怪物と戦って滅ぼしていく謎の存在達。

何者であるかはわからず、ただ役目だけを済ませて消えていく。

残された書物でそれらの存在を知り、それらを神と崇める宗教も生まれたが……そうした宗教はなぜか早く消えていった。

それらが成していたことが、特記事項三番という取り決めに則った行動であることは誰も知らない。

後の世界……<マスター>が増えた後のために制御できる<SUBM>を回収していたこと。

そして、制御できない<イレギュラー>を殲滅していたことを……誰も知らない。

◆◇◆

■<遺跡>・最奥部

『戦闘終了』

【風信子之統率者】はレーザー砲の放熱を行いながら、そう宣言した。

最初の侵入者は排除した。

しかし後続の侵入者やあの侵入者と同型の七体の侵入者が、いずれ到達するだろう。

そのときに備え、【風信子之統率者】は攻撃停止状態でフリーズした煌玉兵を再稼動させる。

同時に先刻の侵入者のデータを記録し、該当する相手からのコードを受けないことを各煌玉兵に通達し、刻み込む。

そうして、次なる侵入者への対策を終えると、

「――このカルチェラタンの地には、僕と縁深いものが多かった」

そんな“声”が空間に響いた。

「直近の縁で言えばレイ君だけれど、それよりも古くから僕と因縁があるものが複数あった」

声の発生源を探すが、そこには何もない。

あらゆるセンサーから何の反応も示さない場所から、声が響いている。

「一つ目は【無命軍眸 エデルバルサ】。君達は知らないだろうけど、元々の【エデルバルサ】は煌玉兵よりも型の新しい対“獣の化身”兵器だった」

そこは……先刻トムが消滅した場所だった。

けれど、声はトムのそれとは少し違った。

「プラントも必要なく、魔力干渉で自然物から自動人形を生成する兵器。だけど、スタンドアローンの兵器がそんな能力を持っていたから<UBM>に認定された。自我を持つと共に暴走し、制作者であるフラグマンの手で地底に封印された。それが解除されたのが三十年前」

トムの声に乗せて述べられる内容。

それは昨夜に宿で三十年前の【無命軍団 エデルバルサ】について語ったこととは、まるで意味合いが違う。

【エデルバルサ】が<UBM>に認定されたのは……二千年近く前の話なのだから。

【無命軍眸 エデルバルサ】の所有者であり、考古学者としての顔を持つ元帥さえも、今のトム・キャットが語った詳細な誕生経緯には辿りついていない。

「あの事件で【エデルバルサ】の力を得てしまった赤子と、 この僕(・・・) が、よりにもよって煌玉兵のプラントで戦っている。……これはどれだけ皮肉な話なのかな。だって、このプラント……いいや君達もまた」

そこで声の主は間を置き、――何もない空間からその姿を現した。

それは、猫だった。

まるでどこにでもいる白猫の様な容姿。

二足歩行し、事務員のようなベストを着込んでいるその有様は、まるで絵本の中から迷い出てきたようだ。

そして、<マスター>の大半は――その猫のことを知っている。

彼らが初めてこの世界を訪れた時に、出会っているから。

そう、その猫こそは……、

「 僕を倒すため(・・・・・・) に、作られたのだから」

<Infinite Dendrogram>を運営する十三体の管理AIの一体。

――管理AI十三号、チェシャ。

『――――』

チェシャが姿を現した瞬間、【風信子之統率者】の内部に生じた情報の奔流を何と言えばいいのだろう。

人の感情のうねりにも似た、けれど機械的なそれ。

ただ、一言で言い表すならば、「これだ」という一言に納まってしまうであろう、その奔流。

そう、「これ」なのだ。

待ち続けたもの、決して放置できぬもの、そして【風信子之統率者】と全ての煌玉兵が生まれた理由は「これ」なのだ。

ここに在る全ての兵器のセンサーが告げている。

視覚情報以外の全てが一致する。

今目の前にいる白猫こそが――彼らの生まれた理由。

即ち、

『“ 獣の化身(・・・・) ”――感知!! 全煌玉兵、全火器使用解禁!!』

この白猫こそが、先々期文明が全てを賭けて倒そうとした存在の一つ。

彼らの故国であるツヴァイアー皇国を滅ぼした、地を埋め尽くす“獣の化身”である、と。

『攻撃開始!!』

【風信子之統率者】の全兵装が、九六八体の煌玉兵の砲火とレーザーが、未完成素体の火器が、眼前の敵性存在を塵一つ残さず抹消せんと放たれる。

その着弾の寸前に、

「いざいざ躍らん――」

チェシャは、己の 分身(アバター) であるトム・キャットが行使した力を今一度宣言する。

「――《 猫八百万色(グリマルキン) 》」

トム・キャットが使用した必殺スキルと同じスキル宣言。

しかし、それはまるで異なるもの。

秒間などという 長い(・・) 間もなく、瞬時に“獣”が生じて肉壁となる。

その数は八などという少数ではなく、一〇〇〇を容易く超える。

砲火と閃光によって“獣”はその身を削って消えていくが、次から次へとチェシャの周囲に新たな“獣”が溢れ出す。

獅子とも虎とも豹とも似つかぬ、猫科の怪物としか言いようがない“獣”達は、集中砲火で幾百幾千消えようともその総数は減らず、……むしろ増え続ける。

広大であったはずのプラントすら埋め尽くさんばかりに、増殖する。

機能制限していたトム・キャットとは本体ステータス、最大数、増殖速度、その全てが比較にもならないその力。

それこそは、先々期文明の見た悪夢。

八百万(やおよろず) の名の下に、無限に溢れる爪牙の災禍。

「僕が何者か質問していたね。答えよう」

肉壁となる“獣”に守られながら、少しずつチェシャは【風信子之統率者】に向けて歩いていく。

「王国決闘ランキング二位、【猫神】トム・キャット」

それは先ほどまで戦っていた彼の名。

<マスター>の壁となるために作られた運営側の<マスター>という 分身(アバター) 。

「もしくは、六百年前の【猫神】シュレディンガー・キャット」

それは<マスター>の存在をティアンの歴史に根づかせるために生み出された名の一つ。

同時に、六百年前に全面戦争での文明再崩壊を回避するために現れた第三の絶対強者。

「あるいは、二千年前の“獣の化身”」

それは先々期文明と戦った“異大陸船”の“化身”が一つ。

煌玉兵の仇敵にして、幾千幾万の獣に増殖して地を埋め尽くすモノ。

「そして、管理AI十三号チェシャ……いいや」

それは今の彼の名。

数多の<マスター>を導き、他の管理AIを補助する雑用担当。

しかして、その実体は――

「TYPE:インフィニット・レギオン――【無限増殖 グリマルキン】」

それこそが、彼の真の名。

今は亡き存在によって超級の更に先へと至った“無限”を冠する存在。

第∞形態(・・・・) 到達、< 無限(インフィニット) エンブリオ>が一体。

「それが僕。そして、今の僕の役割は君達と奥の兵器を破壊することだ」

もはやプラントの面積の半分以上を占める“獣”を従えながら、チェシャはそう言った。

『…………』

対する【風信子之統率者】は攻撃を続けている。

だが、チェシャの出現から全力で撃ち放ち続けた火器は残弾が底を突きかけている。

それは他の煌玉兵も同様であり、【風信子之砲火】は既に残弾のないガトリング砲を回し、【風信子之閃光】の中にはレーザーの連続照射の反動で自壊した機体もある。

持てる全ての力をぶつけても、チェシャ――“獣の化身”を削れない。

弾薬はいずれ尽きるものだ。

それが分かったから、フラグマンは後継機である【エデルバルサ】の人形には武器を設定せず、基本は徒手空拳で戦う設計にしたのだ。

“獣の化身”と会敵すれば、ものの数分で武器が 足りなくなる(・・・・・・) と知っていたから。

しかし、

『――戦闘継続』

火器をなくし、戦闘パフォーマンスを半分以下にまで落としながら……それでも【風信子之統率者】は退かない。

『――世界のため、人々の未来のため、“獣の化身”を殲滅する』

勝ち目などない。

しかしそれでも、【風信子之統率者】に退く道理など最初から刻まれていない。

ただ、己の創造主が定めた、そして己の在り方そのものである目的を達成する。

それこそが、感情なき機械が宿した――矜持だった。

「世界のため、人々の未来のため、か。それは一体何時の世界、何処の人々なのだろうね」

そんな悲しくも誇り高い兵器の有り様を、チェシャは少しだけ悲しそうな顔で見る。

あるいはそれは、鏡を見るような顔で……。

「本当に頑固で、健気。……君達と僕達は少しだけ似ているよ。立っている場所は、まるで違うけれどね」

そう言って、チェシャはスッと右手を上げる。

その仕草に、“獣”は反応し、その目を金色に輝かせる。

これまで肉壁になるだけだった“獣”が――伝説級ガードナーの群れが、攻撃態勢に入ろうとしていた。

幾千体の“獣”が攻勢に移れば、その瞬間に勝負は決する。

それでも、退く煌玉兵は一体もいない。

彼らは“獣の化身”と戦うために生まれたからだ。

彼らは、環境の変化によって予想された未来からは歪んでしまっている。

それでも彼ら自身は、一体として自らの在り方を曲げないし、否定もしない。

「君達は、“化身”と戦うために、二千年を待ち続けたのだろう。君達の役目を果たすために、待ち続け、準備し続けた。それはきっと僕達と同じだ。だから、……最後に本懐を遂げさせよう」

そう言って、チェシャは眼前の煌玉兵を見据えたまま――その右手を下ろす。

「さようなら。ツヴァイアー皇国の誇りを遺した――機械仕掛けの兵士達」

『――戦闘継続』

それを合図に、チェシャ率いる“獣”と【風信子之統率者】率いる煌玉兵はぶつかる。

……その数分後には、形ある煌玉兵は一体も残っていなかった。

◆◆◆

■???

――“獣の化身”、確認

――指揮官機、【風信子之統率者】消失

――待機命令、自動解除

――チェックシーケンス

――船体α、異常なし。《空間固定》、異常なし。

――船体β、異常なし。《空間希釈》、異常なし。

――《相互補完修復機能》、異常なし

――主兵装、副兵装、未完成

――代替案として従来装備を搭載

――エネルギー問題未解決により圧縮魔導式重粒子加速砲搭載不可

――問題、些少。使用可能な従来装備による出撃を決定

――出撃シーケンスに移行

――対“化身”用決戦兵器三号、【アクラ・ヴァスター】

――出撃

To be continued