軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七話 隻腕とネコと考古学者

□【聖騎士】レイ・スターリング

俺とネメシスが沈黙していた部屋に、ドアをノックする音が響いた。

「スターリング様、お目覚めでしょうか? お夕食はどうなさいますか?」

聞き覚えのない若い男性の声だが、言葉の内容からすると宿屋の従業員のようだ。

「ああ。一時間ほど前、御主が気絶している間に一度来ていたな」

時計を見ると今は七時。

そういえば夕飯は六時から八時の間と言っていた。

なら、そろそろ食べに行った方がいいか。

「あ、すぐ行きます」

俺はアイテムボックスだけ持って部屋を出る。

「お待たせしました」

「それでは食堂にご案内させていただきます」

「はい、お願いします、……?」

ドアの向こうにいたのは男性の従業員だった。

ただ、年齢はよくわからない。

というのも、彼の顔には木彫りの お面(・・) が嵌っていたからだ。

それもアズライトのように上半分だけでなく、顔を全て隠すタイプだ。

加えて、彼の右手は……義手になっていた。昨日までの俺の左腕と同じだ。

しかし声や体格からすると俺よりも年下のようなのに、彼は片腕を失くしている。

そのことに「何があったのだろうか」という疑問を覚える。

彼の方も、俺の視線に気づいたようだ。

「見苦しいものをお見せしてすみません」

「ああ、こっちこそ不躾にすみません。その、俺も昨日まで隻腕だったので気になって」

「え……? でもスターリング様は……。あ、もしかして噂の【女教皇】様に治していただいたのですか?」

「ええ、まぁ……」

どうやら俺の隻腕だったという俺の腕が治ったという話を、この王国で唯一それが可能な女化生先輩に結びつけたようだ。

女化生先輩はティアンの間でも有名らしい。

しかし、“噂の”、か。

どんな噂か聞くのが怖い。

「どうなさいました?」

「いや、何でもないです……。だけどその、失礼じゃなければ、その手とお面について聞いても?」

「ええ、よく聞かれますので大丈夫ですよ。と言っても、私も分からないのですけど」

「分からない?」

「はい。先だって皇国との戦争があったらしいのですが、その最中にこの宿のご主人に助けられたそうです」

「?」

彼の話す内容は自身の来歴についてのものなのに、「らしい」とか「そうです」といった不確かなものが多い。

まさか……、

「この宿の一室で目を覚ました時、私には自分が誰だかわかりませんでした。どうやら戦場で記憶と右手、それと顔の皮膚の大半を失ったようです」

記憶喪失……か。

腕と顔を失くすほどの重傷を受ければ、そういうこともあるかもしれない。

「それに、私の身元を証明する類のものもありませんでした。ご主人も八方手を尽くし、この近辺で私くらいの年恰好で出兵したものの家々に当たってくれましたが、見つからなかったそうです。顔すら分かりませんからね……」

「それは……」

名前を見る類のスキルでも、本人の記憶がないと正しく読み取れないことがあると聞いたこともある。

そのため、出自を知る術がなく、身元も不明なのだろう。

「けれど、ご主人は行く場のない私にこの宿での働き口と住まうところを与えてくれました。感謝してもしきれません。ですから、私も自分の仕事に邁進する所存です」

彼はそう言って胸を張り、俺達を先導しはじめたのだった。

お面の従業員に本館の食堂まで案内されている最中、廊下で既に食事を終えたらしい他の宿泊客とすれ違う。

宿泊客には<マスター>も多い。恐らくは<遺跡>の探索にやってきた人々なのだろう。

中には俺と同じように着物を着ている人達もいた。

そうして何度かすれ違ったとき、ある人物と目が合った。

「あ」

「おやー?」

もっとも正確には「人物と目が合った」とは違うかもしれない。

その人物は前髪を伸ばして両の目を隠しているので、目は合わない。

俺が目を合わせたのは……彼の頭の上にのしかかっている 太ったネコ(・・・・・) とだった。

頭にネコを乗せた目隠れ青年という、このデンドロでも中々見ない奇抜なスタイルのその人物を……俺は知っていた。

「おー? レイ君とネメシスちゃんじゃないかー。こんなところで奇遇だねー」

「うむ」

「 トムさん(・・・・) こそ、どうしてこの街に?」

この人の名はトム・キャット。

“化猫屋敷”の二つ名を持つ決闘ランキング二位、【猫神】トム・キャットだ。

フィガロさんの前の決闘王者であり、今なお三位のカシミヤを退け続けている猛者の中の猛者でもある。

もっとも、本人はいつも頭にネコを乗せている緩い人であるが。

「僕は<遺跡>の探索さー。カシミヤ君が戻ってきたみたいでさ、自分を鍛え直すのも兼ねてお金儲けだよー」

「あっ、なるほど」

順位を掛けた決闘をやるとき、ランカーの上位三位以内は一つ下の順位じゃないと挑戦権がない。

三位のカシミヤが戻ってきたから、トムさんも挑戦を受けるかもしれない。準備するのも当然か。

……というか、挑戦者がいなかったこともあって俺は一度もトムさんの試合見てないんだよな。

フランクリン事件後、頻繁にあった模擬戦にもこの人は参加していなかったし。

知り合うこと自体は、他のランカーの人達との食事中にバッタリ会って済んでいたのだけど。

「レイ君も<遺跡>目当てなのかなー?」

「はい。転職目当てで」

「ああ、ロストジョブ見つかったんだよねー」

この人もランカーだけあって流石に耳が早い。

「じゃあ明日も<遺跡>で会うかもしれないねー。そのときはよろしくー。じゃあおやすみー」

「はい、おやすみなさい」

「グリマルキンも、息災でな」

トムさんはそう言ってヒラヒラと手を振り、頭上のネコ――トムさんの<エンブリオ>であるグリマルキンを「ぶにゃー」と鳴かせつつ去っていった。

「思わぬ遭遇であったのぅ」

まったくだ。

ギデオンにいるランカーでも特に遭遇率の低い人だったのに、こんなところで会うことになろうとは。

と、俺達が立ち話している間もお面の従業員は待ってくれていたようだ。

早く食堂に向かおう。

夕飯時であるためか、食堂は混雑していた。

「あ、レイさん! すぐお席にご案内しますね! レフティ、ありがとうね!」

食堂に入った俺の姿を見つけたシャーリーが、元気よく俺達を先導する。

俺を案内してくれたお面の従業員――レフティはシャーリーに一礼し、別の仕事に移るようだ。

「レフティというのはあやつの名か?」

「うん! <マスター>さんの言葉で「左」って意味だって教えてもらったから、レフティはレフティなんです!」

なるほど。「右手がない」のではなく「左手がある」と肯定的に捉えた名前、といったところか。

さて、俺達がシャーリーに案内された先にあったのは丸テーブルだ。周囲を見れば、他のテーブルは四角いものである。

恐らく、本館の宿泊客だけならば元々のテーブルで足りるが、別館の分が足りないのでどこかから引っ張り出してきたテーブルなのだろう。

テーブル周りの椅子の一つには、既にアズライトが座っていた。

「…………」

アズライトは無言のまま、仮面越しにジッとこちらを見ている。

気まずいというか、直視していると気絶する前の光景を思い出しそうになる。

だが、目を逸らしてなかったことにもできない。

「アズライト。さっきは、悪かった。俺ももっと気を付けてれば良かった……ごめん」

実際、誰かが入っているのを察した時点で状況に気付くべきだったのだ。

それに、内心で動転していたとはいえ、さすがにそのまま入浴してしまったのはまずかった。

「……いいわ」

俺の言葉に、アズライトは無言のまま俺を見つめ続け……、

「私も勘違いで斬りつけたのを許してもらったのだもの。許します」

そう言って、水に流してくれたのだった。

「ありがとな」

「だから、もういいのよ。それより折角の夕食よ、美味しくいただきましょう」

「うむ!」

アズライトの言葉に、ネメシスがすげえ良い声で応えた。

料理はとても美味しかった。

地産地消というのか、地元で採れた美味しい食材が丁寧に処理されている。数々の料理は舌を満足させることこの上ない。特に山菜と鶏肉のキッシュが絶品だったな。

そんな夕食も一通り食べ終えて、今はデザートのフルーツに舌鼓を打っている。

なお、夕食は一人前の量が定まっているものであったため、まだ満腹どころか腹三分目ですらなさそうなネメシスが後で夜食を所望してきそうな気配がある。

「……兄のポップコーンくらいしかないぞ」

「それも美味いが腹の足しにはのぅ」

「なら、まだ近くの店も開いてるかもしれないから何か買ってくるか?」

「そうしよう」

俺が財布から一万リル持たせると、ネメシスはそのまま買出しに出かけた。

……今、さらっと出してしまったが、一万リルって日本円で十万円だよな。

昼の買い物もそうだがドンドン入ってくる金と傍にいる兄の影響か、金銭感覚が麻痺しているようだ。

「さて、と」

アズライトも既に席を外しているので俺一人になってしまった。

彼女は先ほど何かを見つけたように席を立ち、「デザートは譲る」と言って食堂から出ている。なお、デザートはもちろんネメシスの腹に収まった。

夕食も済んだことだし、これからどうしようかな。

折角の温泉宿なので、今度はゆっくり浸かりなおすのもいいかもしれない。

温泉といえば、当然ながら温泉は別館だけでなく本館にも通っている。

食堂の宿泊客にも浴衣を着ているモノが多い。普段中々身につけない天地風の衣服なので人気のようだ。

ただ、着つけに慣れていないのか、着崩れて胸や足が露出している。

ちなみに着崩れているのはほとんど男であり、女性は着ていないか、見せて大丈夫なインナーを着ているようだ。

性的な興味とは別問題に、あの組み合わせはヴィジュアルの残念さを覚える。スカートの下にジャージを履いた女子を見たときに似た感覚だ……。

などと思いながら食堂を出ると、

「ん?」

食堂に隣接した談話室に宿泊客が集まっていることに気づいた。

それも一つのグループと言うわけでもなさそうで、年恰好も性別もバラバラだ。

気になったので近づいてみると、中心には一人の男性がいる。

その人物は浴衣こそ着ていなかったが、上着を脱いだ楽な格好だった。

また、厚いビン底眼鏡をかけているのでわかりづらいものの、年齢は三十前後のようだ。

「先生、これなんか今日の探索で見つけた中じゃ一番すごそうな品だが、どうだ?」

宿泊客の一人……筋骨隆々の風貌からして<遺跡>に潜っていたのであろうティアンの男性が、拳大の巨大なダイヤモンドを学者先生と呼ばれたビン底眼鏡の男性に見せる。

「オゥ。これは綺麗デスネ。でもこれは本物の宝石ではありマセーン」

……なんだか日本語に不慣れな外国人みたいなイントネーションだけど、これは日本語翻訳の結果なのだろうか。

「これはレーザーのレンズ用に作られた人工ダイヤデース。綺麗で大きいですが、価値は本物よりも下がりマース」

「そうなのか……」

ダイヤモンドを見せた男性はがっくりと肩を落とした。

しかし、ビン底眼鏡の男性はにっこりと笑ってこう言った。

「デスガ、こういったものを集めている好事家もおられますので、オークションならば二十万リル前後の値が相場デース」

「ほんとか! やったぜ、これで故郷の母ちゃんに良い土産が買えるぜ! 鑑定してくれてありがとうな、先生!」

ティアンの男性は嬉しそうな顔で人工ダイヤをアイテムボックスに仕舞い込んだ。

「次はどなたデースカ?」

「私です! この金属板なんですけど」

「これは先々期文明に使われていた戦闘機械用の鋼板デスネ。加工前でも下手なマジックアイテムの盾より頑丈デス」

そうして順番に、宿泊客達は<遺跡>で見つけたという物品をビン底眼鏡の男性に見せていた。

骨董品の鑑定大会らしきものが行われているかは分かったが、あのビン底眼鏡の男性は何者なのだろうか。

丁度近くをシャーリーが通ったので聞いてみた。

「あの先生って呼ばれている人は何者なんだ?」

「あの人はマリオさんっていう考古学の先生で、昨日から泊まってるお客さまです。世界中を旅して先々期文明の<遺跡>の調査をしているって言ってました!」

「なるほど」

遺跡なのだから、考古学調査の人も来るか。

それにしても……。

「何だかジャンプしたり土管をくぐったりしそうな名前だ」

「ハハハ、それを<マスター>の方に言われるのは今日だけで五回目デース」

と、俺達の話が聞こえていたのか件のマリオ先生がそう言った。

「あ、すみません」

「いえいえ。どうやら名前に親しみをもたれているようなので構いマセーン」

インチキ外国人みたいなイントネーションだが、悪い人ではなさそうだ。

「ところで、マリオ先生の鑑定は《鑑定眼》のものとは違うんですか?」

「先々期文明の遺産はただ《鑑定眼》を使うだけでは知ることができまセーン。専門の知識やスキルを修めていなければ、説明文に「詳細不明」などと記されてしまいマース」

「……ああ」

そういえば、シルバーの説明文も短く、後半は詳細不明と書いてあった。

「ですから、皆様が<遺跡>で見つけたものを見せていただく代わりに、鑑定の結果をお教えしているのデース」

マリオ先生は<遺跡>で見つかったアイテムを調査できる、発見した者はそれが価値あるものかどうかを鑑定できる。Win-Winというわけだ。

そうだ。丁度いいからこの人にシルバーを見てもらうか。

「あの、俺も先々期文明のアイテムを持っているので見てもらえませんか? ここの<遺跡>のものではないんですけど」

「ええ、構いマセーン」

「ただ、サイズが大きいものでここでは出せないから、他の人の鑑定が終わってから外でお見せします」

「分かりマシタ。それではもう少々、三十分ほどお待ちくだサーイ」

「はい」

うん、これはラッキーだ。

今日疑問に思ったシルバーの出自に、早速答えてくれそうな人と巡り合えたのは僥倖だ。

マリオ先生を待つ間、どこかで時間を潰すとしよう。

To be continued