軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五話 天地風()とサービスシーン()

□【聖騎士】レイ・スターリング

シャーリーの言ったとおりカルチェラタンには一時間足らずで到着した。

カルチェラタンの街中は石畳で舗装され、王国の村々と比べて十分に整備された街だと思える。

街の至るところに草木と花々が植えられており、「人と自然の調和」という雰囲気の街になっている。

王都やギデオン、今朝までいたトルネ村とはまた毛色が違う街並みだ。

美しい街並みに思わず足を止めて、周囲を見渡す。

「草花が多い街だな」

「ええ、この地を治めるカルチェラタン伯爵夫人の意向よ。御本人もガーデニングが趣味で、伯爵邸の庭園は特に見事なものね。よく孤児や旅人を招いて茶会を開いているわ」

「へぇ、詳しいんだな」

「……私の仕える御方が伯爵夫人と親しいのよ」

なるほど。

どうやらアズライトはどこかの貴族に仕える身の上らしい。

「そ、それより早く行きましょう! アナタが草花を観賞している間に日が暮れてしまうわ!」

「はいはい」

アズライトに急かされて、俺は鑑賞もそこそこに歩行を再開した。

シャーリーの両親が営んでいる宿屋は、町の外れの方にあった。

買い物等には多少不便かもしれないが、道中で聞いた話では件の<遺跡>に近い宿なので都合が良いとも言える。

と、なぜか宿屋の奥から黙々と白煙が空へと上がっている。

そして、昔どこかで嗅いだような匂いもした。

「なぜ町外れに? 中心部にも土地は余っていたようだけど」

アズライトが尋ねるとシャーリーが山を指差しながら応える。

「ここ、山に近いでしょう? そのせいか分からないんですけど、山師だったお祖父ちゃんがここで温泉を掘り当てたんです!」

「へぇ、いいなそれ」

温泉か……リアルでもしばらく行ってない。

ちなみに山師とは言うが、シャーリーの祖父のジョブは【冒険家】であったらしい。

「元々お祖父ちゃんは天地かぶれだったんですけど、温泉を掘り当てたら火がついちゃったみたいで。そのまま宿屋……温泉旅館を始めたんです!」

「なるほど」

さっきから上っている煙は露天風呂の湯気で、匂いも温泉のものらしい。

硫黄の匂いはさほどなく、匂いの強い温泉ではないようだ。

「ただいまー!」

シャーリーが宿屋の入り口でそう言うと、母親らしき女性がパタパタと駆けつけてくる。

なんだか“女将さん”という感じの人だ。

「まあ、シャーリー。帰りが遅いから心配していたのよ?」

「あのね! この人達に助けてもらったの!」

そうしてシャーリーは森での顛末を母親に伝える。

「まあまあ、娘が危ないところを助けていただきありがとうございます……」

「それでね、お母さん。お礼に皆さんを格安で宿に泊めてほしいの!」

「それはもちろん格安だなんて言わずタダでもいいくらいだわ。でも、困ったわねぇ……」

シャーリーの母親は、頬に手を当てて言葉通り困ったような顔をしている。

「<遺跡>目当てのお客様が沢山いらしたから、別館しか空いてないのよ」

「えぇ? あそこはちょっと……」

母親の言葉に、シャーリーも困った顔になる。

「別館とは?」

「元々お祖父ちゃんが趣味で建てた天地様式の建物なんです。西方の建物とは勝手が違いすぎてお客様には過ごしづらいみたいで……」

「ベッドもなくて床に直接敷かなくちゃいけないものね」

「せめてベッドがあれば……。でもお祖父ちゃんの遺言で「別館はあのままにしろ」って言われてるし……」

という母娘の会話を聞いてなんとなく事情はわかった。

要するに別館は和風建築であるらしい。

天地は昔の日本に近い国だから、まず間違いないだろう。

なら、俺には問題ない。

「俺は別館で構いませんよ。天地様式にも(多分)慣れてるので」

「本当ですか?」

シャーリーの母の問いかけに、頷いて答える。

「私もそちらで構わないわ。天地様式は経験したことが無いから、これも良い経験というものよ」

アズライトも了承し、かくして俺達は天地様式の別館に宿泊することになった。

そして現在、俺の眼前には想像と違うものが建っていた。

「天地様式……天地様式、ねぇ」

たしかメイキング時の国家選択で見た天地の様子は、安土桃山時代の日本に近かった。

……しかし今、俺の目の前にある建物はそれとは違う。

喩えれば、

「御主の記憶にある『海外の映画に出てくる昔の日本』、みたいな感じだのぅ」

正にそんな外観だ。

ところどころ合っているけれど大胆に間違っているというか。

「いや、そんなカラーリングはないよ」と言いたくなるというか。

何にしろ、俺の想像していた天地様式とはかなり方向性が違った。

これはこの別館を立てた人物の天地像が間違っていたのか、あるいは建てた当時の天地様式は本当にこのような形だったのか。

真相はいつか天地に行った時にでも分かるのかもしれない。

「これが天地様式……エキゾチックな装飾ね?」

アズライトが狛犬――そこはかとなくシーサーっぽい――を見ながら、好奇心一杯に目を輝かせている。

でもそれ、本来の天地様式とは多分違う。

俺達はそのまま別館に入り、シャーリーに部屋まで案内された。

「襖だと鍵かけられないよな」とも思ったが、部屋はドアで出入りするタイプだった。

そこもなんかちが……いや、温泉旅館と思えば正しいか。

「それではこちらがお部屋のカギになります! お夕飯は本館の方で午後の六時から八時まで食べられますので!」

「はい」

「お風呂は別館にも露天風呂がありますので、そちらをお使いください! 自慢の温泉ですよ!」

「おぉ……いいな」

別館に男は俺一人だし、ゆったり入れそうだからそれは嬉しい。

「他にご質問はありますか!」

「一つ聞いてもいい?」

「はい!」

元気一杯に説明と案内をしていたシャーリーに、アズライトが小さく手を上げて質問する。

その内容はと言えば、

「この別館に……ホームワラシはいるの?」

「いません!」

「そうなの……」

その回答に、なぜかアズライトはガッカリした様子だった。

というか、ホームワラシって何だ?

案内された部屋に入ると、少し安心した。

カラーリングこそ和風とは言えないものだったが、畳や座布団、座椅子などは日本の温泉旅館に近いものだったからだ。

これなら寛げる。

「色合いはなんだか落ち着かぬが、この畳の匂いと座布団は……なぜか懐かしい気分になるのぅ。バリバリ」

俺の記憶を覗くことも多いからか、ネメシスはこの和風の空気(空気はとりあえず和風)に和んでいる様子だった。

あと部屋に置かれた茶菓子を既に八割食っていた。

……いや、別にいいけどな。

「さてと」

俺は部屋で寛ぐために装備を外す。

流石にこんなところでまで特典武具と【VDA】で武装もしていられない。

一通り武具を外し、いずれも今日買ったポーチ型のアイテムボックスに仕舞いこむ。

特典武具三つと【VDA】とアクセサリー(店には丁度良いものがなかったので今は【救命のブローチ】のみ)と予備の武器、それとシルバーで現在七つ。

容れられる種類は少ないけれどあと三つは入るか。

装備を外してインナーのみというのも何なので、部屋に備えつけてあった浴衣を着込む。

……温泉旅館っぽさが増してきた。

そして、こうなると温泉に入りたくなってくる。

「む? まだ日も暮れておらぬが、入りに行くか?」

「ああ……っと、そうだ」

温泉に入る前に、今日やろうと思っていたことを思い出した。

「俺は外でシルバーを洗ってから入ることにするよ。ネメシスは先に入って来ればいい」

昼頃に先輩からシルバーの価値を聞いて、洗浄しようと考えていたのだ。

簡単ではあっても洗浄を済ませ、それから洗浄で汚れた俺も温泉で綺麗になれば良い。

それに女性の方が入浴時間も長いだろうから、ネメシスは先に入っておいた方が良いだろう。

そもそも俺とネメシスは男女で別の風呂だろうし、同時に入る必要もないからな。

「生まれて初めての温泉なんだ。ゆっくり楽しんでくればいいさ」

「うむ。そうさせてもらおう」

そうして俺はシルバーの洗浄に、ネメシスは自慢だという露天風呂に向かった。

◇◇◇

□【復讐乙女 ネメシス】

「温泉、楽しみだのぅ……」

一般常識などは <マスター>(レイ) の記憶から得ているのが <エンブリオ>(私) であるため、温泉の知識はもちろんあった。

あったかい、気持ちいい、健康に良い、温泉卵、美容に覿面、温泉饅頭、和風の極み、温泉水、月見で晩酌。

等々、様々な情報は私の中に既にある。

だがしかし、実体験は皆無である。

そもそも最近まで体の洗浄もレイのログアウトによる自動洗浄に任せていたので、お風呂経験自体があまりない。

そんなところにこの温泉。

これは身をもって確かめるしかないであろう。

そんなことを考えながら、天地の古語と共通語の二通りで『女』と書かれた布――レイの知識によればノレン――をくぐり、引き戸を開けて温泉の更衣室に入る。

「ぬ?」

「……え?」

そこには既に先客――アズライトがおり、衣服を小箱の形のアイテムボックスに仕舞っている最中だった。

あの蒼い剣は脱衣籠の棚に立てかけてある。

なお、仮面は着けておらず、その素顔が露わになっていた。

「……、ッ!?」

瞬間、アズライトは「御主は超音速到達しておったのか?」と言いたくなるほどの超高速でアイテムボックスから仮面を取り出し、装着した。

「…………」

「…………」

脱衣場で裸の仮面女になったアズライトを「どうしたものか」と見る私。

素顔を私に見られたことで「どうしよう」と考えている様子のアズライト。

そんな二人の沈黙は続き、

「とりあえず、仮面を着けたままでも風呂に入ればいいのではないかのぅ? そのまま裸身を晒していると風邪を引くぞ」

「そ、そうね!」

私の言葉にアズライトは頷き、仮面を着けたまま、そして 蒼い剣を持ったまま(・・・・・・・・・) 脱衣所を出た。

……え? それも持ってゆくのか?

二人とも脱衣所に『作法です』と書いてあった通りに、湯を体にかけ流してから温泉に入り、並んで座って息を吐いた。

うむ、体験してみて分かったが、これは本当にいいものだ。

心地よさが全身に染み渡ってくる。

……レイはこのカルチェラタンに何日滞在するつもりなのかのぅ。

できればもう三、四日はここに居たいのぅ。

「…………」

と、横のアズライトが何か言いたげにしている。

しかし仮面の目に当たる部分の硝子が曇っているせいか、いまいちこちらを真っ直ぐ見られないようだ。

ただ、それでも私がいる方を向いて、凡そ私が予想していた通りの言葉を口にする。

「……私の顔については内密に」

「言っておくが、御主の顔にどういう意味があるのか私は知らぬ」

私は機先を制し、その発言に待ったをかける。

「ついでに言えば、レイも知らぬだろう。どちらの記憶にも御主の素顔を先刻よりも前に見た記憶はない」

「そうなの?」

「確かめられるのだろう? 御主、《真偽判定》のスキルを持っておるようだしのぅ」

昼の戦いの後、レイの言葉をすんなりと受け入れたのも、《真偽判定》で真実だと確認したからであろう。

「え? でも……本当に?」

「本当に、だ」

「……………………そう」

安心したようだが、逆に何かに悩んだ顔をしているようだった。

もっとも、顔の下半分しか見えぬからたしかではないが。

「ところで、何ゆえその剣まで浴槽に持ってきておるのだ?」

浴槽の外に置かれている蒼い剣を指差しながら尋ねる。

私はこれが初温泉ではあるが、帯刀しての入浴が物騒且つ無粋であることくらいはわかる。

「……この剣はアイテムボックスに入らないのよ。だから、こうして持ち歩くしかないの」

「難儀だのぅ……」

ギデオンのランカーとの会話でもアイテムボックスの容量不足以外の理由でアイテムが入らない、という話は聞いたことがなかった。

まぁ、嘘を言っておる様子もないし本当なのであろう。

それとアズライトも剣を持ったまま入浴することがまずいとは思っているようで、風呂場の桶で剣を隠そうとしておる。

そういう問題でもないと思うがのぅ……。

「む?」

と、そうして剣を隠すのにワタワタしているアズライトを見ていて、気づくこともある。

「御主、スタイルが良いのぅ」

「……そうかしら?」

私からは立っているアズライトの裸体が良く見える。

アズライトの肉体には均整があり、程よく筋肉と柔らかい肉のバランスがとれている。

品を維持したまま膨らんだ胸と、背中から臀部に至る曲線の滑らかさ。

うむ、造形がいい。

「けどあなたも…………ごめんなさい」

「その「ごめんなさい」は場合によっては宣戦布告と受け取るが?」

仮面のレンズが曇っておっても分かるくらい私が貧相とでもいうのか。

……まぁ、そうは言っても自分の胸が控えめであることくらい自覚しておるからのぅ。

むしろ体型からすればあまり大きくてもバランスが悪いであろう。

「まぁ良い。どの道、<マスター>であるレイがあまり女性のスタイルや胸のサイズを気にするタイプではないからのぅ。貧乳と言われてもそこまでは気にせぬわ」

「『人を見た目で判断しない』ということ? でもそれならどうして私の仮面を」

「いや、そうではなく」

私はアズライトの言葉を遮って、レイが女性をスタイルで判断しない理由を述べる。

「『昔、姉に連れられて行った異国の密林で全裸のアマゾネス集団に追い掛け回されて以来、女性の裸にはあまり興味がなくなった』と言っておった」

「…………えぇ?」

私も初めて聞いたときは「え? それは地球の話か? こっちの話でなく?」と思ったものだ。

どうにもレイは姉絡みでトラウマを背負いすぎている気がするのぅ。

しかし裸に興奮することがなくとも恋や愛への関心は人並みにあり、シチュエーションでのドキドキは感じるようなので、恋愛や深いコミュニケーションに関しては問題ないであろう。……多分。

「……彼も、色々と大変なのね」

幼少のレイがアマゾネスに追いかけられた一件を想像してか、アズライトは溜め息をついた。

「まぁ、今のは笑い話だがの」

「そうね。けど、彼は“不屈”のレイ・スターリングよね? 笑い話にならないトラブルも多くあったのではないの? ……先月のギデオンでの事件も含めて」

「それは否定せぬよ」

なにせ、私が孵化してからでも大事件と呼べるものが幾つもあった。

それより前にも色々なことがあっただろう。

向こうではこちらほど人の生死はかかっていないにしても、幼少期のクマニーサンの大会での出来事の例もある。

レイはそういう星の巡り合せの元に生まれたのかも知れぬ。

「そもそも本人が目の前の悲劇を無視できぬ体質だからの。必然、笑い話にならぬことも背負い込む」

最たる例は、先月のゴゥズメイズ山賊団の一件だの。

あれはレイにとっても辛く苦しい出来事で、その苦悩は<エンブリオ>である私にも伝わってきた。

「そんな性質だから……、心配になることもあるな」

「そう……」

私はレイの<エンブリオ>であり、相棒。

戦いにおいては最も近しいと自信を持てるが、心のケアを上手くできているかは私には分からない。

私がもっとレイを心身ともに支えられれば良いのだが……。

「…………ん?」

そんな風に考えていると、脱衣場に通じる引き戸が開きはじめた。

徐々に開いていく私達が入ってきたものとは 違う(・・) 引き戸に、ある疑問が脳裏をよぎる。

――――はて? 何ゆえに引き戸が 二つ(・・) あるのか。

そんな私の疑問が私のうちで解決の時を迎えるよりも早く、引き戸の向こうから………… レイが現れた(・・・・・・) 。

腰にはタオルを巻き、ついでにアイテムボックスのポーチも身につけているが、それだけである。

そして私はタオルを湯船に入れていないので、にごっていない湯を越して全て見えているであろう。

アズライトなど立っているのだから何も隠されることなく見えているであろう。

見えてしまっているであろう。

「…………」

「…………」

「あの、目の部分のレンズが曇ってよく見えないのだけど、誰か来たのかしら?」

形容しがたい空気が流れ、レイはなぜか無表情のまま踵を返して脱衣場に入る。

――それから十秒ほどしてまた露天風呂に 戻ってきた(・・・・・) 。

何事もなかったかのように露天風呂に近づき、湯をかけ流し、湯船に入って、温泉が染み渡ったかのような面持ちで息を吐く。

そして、二言。

「この時間は混浴だったよ。あと、脱衣所は別だけど温泉は一緒だった」

その言葉の直後、私のドロップキックと声で察したアズライトの峰打ちが、レイの意識を刈り取った。

……うむ、心身ともに支えると思った矢先ではあるが、これはブッ飛ばしても仕方のない事案であろう。

To be continued