軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三話 動く者と動かぬ者達

□決闘都市ギデオン中央広場 【絶影】マリー・アドラー

レイがあの悪名高い【女教皇】率いる<月世の会>に連れ去られた。

「……どうして彼はこうも厄介な相手に目を付けられるのでしょう」

フランクリンに続いての扶桑月夜とか、何の罰ゲームですか。

「あの、厄介な相手の一人目はマリーさんご自身ではないですか?」

「だまらっしゃいルーク君。正論ですが今はそれどころではありません」

この事件、下手をすれば<Infinite Dendrogram>の中だけに留まりません。

私達だけでは手が出せない。誰かに伝えて助力を仰がなければ。

相手として最も適切なのは、扶桑月夜と同じ<三巨頭>。王国最強の一角にしてレイの兄でもあるあのクマ――【破壊王】シュウ・スターリングです。

彼ならば少なくとも<Infinite Dendrogram>の中ならば、あの【女教皇】に対抗できるでしょう。

「マリーだと無理なのー? できないのー?」

バビちゃんが不思議そうにそんなことを尋ねてきます。

「……扶桑月夜だけを殺すなら、可能かもしれません」

私も<超級殺し>と呼ばれているPK。

無警戒状態からの奇襲なら、あの【女教皇】の首を刈ることもできるかもしれません。

けれどそれは……。

「不可能です」

「どうしてー?」

「向こうには……【暗殺王】がいますから」

暗殺者系統超級職【暗殺王】。

<月世の会>の実質ナンバーツーである月影永仕郎のジョブ。

私の【絶影】は東方のジョブであり、【暗殺王】は西方のジョブですが……同種です。

強いて違いをあげれば、【絶影】は気配を消すことに特化し、【暗殺王】は暗殺することに特化している。

そして私が《隠蔽》を得意としながら《隠蔽》を見破ることに秀でるように、あちらも暗殺を防ぐ手にも秀でている。

あれがいる限り、私は【女教皇】を暗殺できない。

奇襲は必ず潰されるでしょう。

「そもそも、デスペナして解決するかもわかりませんけどね」

なにせ、相手はリアルにも拠点を持つ宗教団体。

それが本当に厄介です。

でもあの毛皮なら少なくともこちらでレイさんを助けることは……。

「あ、マリーさん! お兄さんがあそこに!」

ルーク君があのクマを見つけたらしく、指し示しています。

そこには……。

『ク~マ~のポップコ~ン♪ 食~べれば~美味し~い~♪ 味~覚~も~デ~ストロ~イ♪』

無駄に美声で歌いながらポップコーンの屋台を引くクマの姿がありました。

何やってんですかこの人、もといこのクマ。

「お兄さーん!」

『おや、ルークにバビちゃんに<超級殺し>。慌てた様子でどうしたクマー? あ、そうそう<超級殺し>に』

「往来の場でボクを<超……モゴモゴ……と連呼しないでください! それに、あなたこそなんです、それ?」

何で王国のトップランカーがポップコーン販売しているんですか。

どこかのマスコットキャラクターですかあなたは。

『馴染みの農家さんが引退してカルディナに引っ越すから、残っていたトウモロコシ全部買い取ったクマー』

あー、政情不安でまだ流出続いてますからね。

……いや、そもそも何で買った?

『こうしてポップコーンを売ってバルドルの弾代の足しにするクマー。【破壊王】印のポップコーン、売れ行きは順調クマー』

「狩りしましょうよ、討伐ランキング一位」

あなた絶対にそっちの方が稼げるでしょう?

私がそう言うとクマはポリポリと爪で頬を掻く。

『ま、今はちょっと遠出できない事情があるからな。で、そっちの用件は? 俺を探していたみたいだけど』

「実はレイさんが<月世の会>に誘拐されて」

ルーク君が本題を切り出した直後、周囲の空気が一変した。

『――へぇ』

一瞬、スキルがなくても容易に察せられるほどの殺気がクマ……【破壊王】から放たれた。

その敵意が私達に向けられたものでないと知っていても背筋が震える。

周囲の人々も同様で、自分がどうして今震えたのか分かっていない様子だ。

『あの似非カルト雌狐……』

普段のひょうきんな口調がなりを潜めている。

よっぽどレイを誘拐されたことに腹を立てているのでしょう。

あ、もしかして私がレイをデスペナしたときも同じ感じだったんじゃ……。

…………こわい。

『あいつ、明日から大学だってのに……どうするかな』

「どうするかな?」

それは少し意外です。

このクマはレイのピンチとあらば、すぐに王都の<月世の会>本拠地まで殴りこみにいきそうなものですが。

「意外ですね。聞いた瞬間に飛び出して殴りこみに行くかとも思いましたが」

私がやったときはマップごと燃やされましたし。

『そうしたいのは山々だが、俺も今はここを動けない』

さっきもそんなことを言っていましたね。

……今のギデオンに何かあるのでしょうか?

まさかポップコーンの販売が忙しくて、という理由でもないでしょうし。

…………でもなくはないかもしれません。

「そうですか。でも、あなたが動けないとなると……レイさんを救出するのも難しくなりますね。……いざとなれば“自害”がありますし、それで脱出できるでしょうけれど」

何らかの手段でログアウトを封じられても、ハラスメント対策の“自害”ならば指一本動かなくても強制的にデスペナルティになれる。

所持しているアイテムを大きくドロップしてしまう恐れはありますが、レイの持ち物で代えの利かない二つの特典武具は譲渡不可アイテムです。

それに【ゴゥズメイズ】や<超級激突>、フランクリンの事件で稼いだリルの大半は公的機関に預けてありますから、アイテムロストにそこまでのリスクはないでしょう。

むしろ、デスペナから復活すれば左腕も治るのでメリットもあります。

けれど……。

『そりゃあ“自害”はできるだろうが、あいつはそれを選びたくはないだろう』

そうなんですよね。

そう言って、こっちの時間で一ヶ月近くも隻腕のままでしたし。

「とは言っても、このままだと明日からの大学生活が潰れかねませんよ……」

相手は<月世の会>。

24時間以上ログアウトを拘束するくらいはやりかねません。

……ああ、そうなるとリアルのレイがおねしょで大変なことに。

『本当に時期が悪い……。ギデオンにいる爆弾コンビを放置もできねえし……』

爆弾コンビ?

「それは」

「なら、僕が行こうか?」

私がクマにその発言の意図を尋ねようとしたとき、横合いから聞き覚えのある声が聞こえてきました。

振り向けば、そこにはギデオンで最も有名な男が立っていました。

「【超闘士】フィガロ……」

<三巨頭>の一、王国最強の<マスター>である【超闘士】フィガロがそこにいます。

……なぜかクマの売っていたポップコーンをもぐもぐ食べていますが。

「そろそろ<墓標迷宮>をアタックしようと思っていたところだからね。もぐ。ついでに<月世の会>にも顔を出してくるよ。もぐ」

そう言って、瞳の見えづらい糸目な表情のまま微笑みます。

美形なスマイルですが、合間にポップコーン食べてるので台無しです。

『頼めるか?』

「もちろん。あの事件でレイ君には僕が動けなかったときに頑張ってもらったからね。ちょっとした恩返しさ」

『……ありがとよ』

【超闘士】フィガロの派遣。

……これならいける。

正直、あの【女教皇】を相手取るなら【破壊王】よりも【超闘士】の方が有利だ。

【女教皇】が王都に居を置いている以上、【破壊王】の火力にも制限がつく。

一方で、【超闘士】にその縛りはない。

むしろ、【女教皇】のデバフに対して、【超闘士】の単体無限強化の相性は最高だ。

彼ならば、荒事になったとしても仔細なくレイを救出できる。

『分かっていると思うが』

「うん。戦闘になったら彼女に必殺スキルを使われる前に勝負を決めるよ。そうじゃないと、 負けるからね(・・・・・・) 」

……え?

「幸い、まだ日は高い。急げば日が沈む前に決着を付けられるさ」

『……気をつけろよ』

「うん。じゃあ、行って来る」

そう言って、【超闘士】フィガロはその場から超音速で駆け抜けていった。

私はギリギリ目で追えたけれど、恐らくAGI強化の装備に切り替えていたのだろう。

あの分なら、王都までそう時間も掛からないはずだ。

「マリーさん。僕達はどうしますか?」

「そうですね……」

私達では全速力で向かっても数時間かかる。

けど、上手くすればフィガロの手で救出されたレイと合流できるかもしれない。

「今からでも向かった方が……」

『その必要はないと思うクマー』

不意に、クマからそんな言葉をかけられた。

「どうしてです」

『フィガロがどれだけ急いでレイをあの似非カルト女から奪還しても、そのころにはレイはログアウトしなきゃならん時間クマ。だったら行くだけ無駄足クマー』

それはそうかもしれませんが、このままフィガロだけに任せておくのも……。

『それに<超級ご……マリーにはこんな預かりものがあるクマー』

そう言ってクマはアイテムボックスから一通の手紙を取り出した。

その封筒の表面に書かれた『マリーへ』という可愛らしい筆跡を見れば、誰の書いた手紙かの判別は容易です。

「それ、エリちゃんからですか?」

『そうクマー。昨日ポップコーン売ってたときにリリアーナと一緒に来て、これ預けていったクマー』

昨日の私達はずっとクエストに行っていましたからね。

だから私のパーティメンバーの兄であるこのクマに預けておけば、すぐ私の手元に回ってくると判断したのでしょう。

しかし手紙を預ける相手としてこのクマは……まぁ、<超級>の中でも善人ではあるからギリギリセーフですかね。

常識人では全くありませんが。

『クエストの依頼だって言っていたクマー』

「エリちゃんがわた、ボクに……?」

はて、何でしょうか?

『ま、そんな訳でマリーはそっちを優先したほうが良いと思うクマ。あ、それとルーク』

「なんでしょうか?」

『ちょっと耳貸すクマ』

「…………? はい」

クマはルーク君に近寄り、耳の傍で呟いて何かを伝えています。

……どうでもいいけど、クマが人を食べようとしてるみたいに見えますね。

「……はい、わかりました」

『よし、じゃあこっちでの近日中、レイがログアウトしてこっちにいない頃合にな』

二人の間で何かの約束事が交わされたようです。

「いったい何を約束していたんです?」

「……一言で言えば特訓、ですかね」

……特訓?

このクマが、ルーク君を?

『ま、簡単に言えばそうだな。レイは結構な数の模擬戦をやっていたが、ルークはしていなかったし』

そういえばルーク君、模擬戦はほとんど見ているだけでしたね。

いやいや、問題はそこではなくて。

このクマの特訓って……どんな?

「ちなみに特訓内容は?」

『死ぬ、…………ほどつらいけどやりがいのある特訓クマ』

「死ぬ」って言ったか今。

明らかに「死ぬ」と断定してからフォローにもなってない言葉付け足したか今。

「……いくらなんでも始めたばかりのルーキー相手に<超級>が」

『世の中には、始めて一日のルーキーを森の中で虐殺する熟練者がいるらしいクマ』

すみません。

私には何も言う資格がありませんでした。

「……僕は構いませんよ。それに、お兄さんがわざわざ申し出てくるなら、それは必要な特訓ということですね」

『ああ。それは保証する』

ルーク君は受け入れているようですが。

大丈夫? このクマの特訓ですよ?

『じゃあそういうわけで。近日中の都合が良いときにクマー』

「はい、わかりました」

クマはその後、ポップコーンの屋台を引きながら去っていきました。

何かはぐらかされている気もしながら、私達もその場を後にました。

その後、私はエリちゃんの手紙を読み、ルーク君とも別れてエリちゃんの元へと向かいました。

レイのことは非常に気に掛かりますが、それはフィガロに託しました。

可能ならば、レイがデスペナルティを選択せずに事態が解決しますようにと、願いながら。

◇◇◇

□決闘都市ギデオン・路地

ポップコーン屋台を引いたシュウが人通りの少ない路地に入ったタイミングで、その背に声が掛けられた。

「あのルーキーを育てて、多少なりとも私達の、あるいは彼の対抗馬にしようということですか?」

声の主は一人の女性。

一般的な冒険者といったところだが、ヤマアラシに似た動物を抱え持っていた。

その表情は、どこか嘲りを含んでいた。

「先ほどのお話は聞いていました。猿山の王者であるフィガロも、弱小の<超級>をまぐれで倒したあなたの弟も不在ですか。皇王からの指示が来ていないのが残念です。今ならわずらわしいゴミを蹴り飛ばす手間が省けますから」

その声音は、弱者を笑っているようだ。

しかしシュウはそれに対して憤ることもなかった。

『ゴミを蹴り飛ばすとかずぼらなOLみたいな奴クマ』

「オーエル? なんです、それは?」

『……ああ、そっちの文化圏には通じない言葉だったか』

『日本の雑誌が公募で作った造語だし無理もないクマー』と、シュウは呟いた。

「オーエルとはいったい……まぁ、どうでもいいですね。それにしても、あなたは随分と気を回すものですね。今のことといい、あの事件からこれまでといい……」

『…………』

「あなたは私達を 見張っている(・・・・・・) つもりなのでしょう? だから狩りにも行かず、この街の中に留まっている。違いますか?」

『万が一のときに、“お前ら”を止められるのは俺くらいだろうからな』

女性の言葉に対して、シュウは何でもないように答えた。

その返答に少しだけ……女性は柳眉を顰める。

「 貴様(・・) は一つ勘違いしている」

まるで獣のような眼光がシュウを射る。

「――貴様程度では怪獣女王を、そして【獣王】を止められない」

心弱ければそれだけで絶死に至りかねない殺意。

熟練の戦士であっても、膝の震えを抑えることはできないだろう。

だが。

『さて、それはどうかな』

シュウは――【破壊王】は動じていなかった。

嵐の中でも不動の巌の如く、あるいは真逆に風を受け流す柳の如く、ただ自然体でそこに在った。

「――試しますか?」

生じたのは、フィガロと迅羽の<超級激突>にも似た空気。

しかして、真逆。

あれが精緻な技巧の闘争とすれば、こちらはただ純然たる力の気配だけがある。

例えるならば、あちらは最高の戦士同士の戦い。

こちらは……災害同士のぶつかり合い。

噴火と竜巻が同時に訪れるかのような、絶望的な大破壊の兆し。

一触即発。

半刻の後にこのギデオンが存在しないのではないかという不穏な気配は……。

『今はやめておくクマー』

そんな、いつもと変わらぬ彼のひょうきんな声音で雲散霧消した。

『今やってもどっちも損するだけクマー。お前らは潜伏が無意味になるし、俺は弾代が辛いクマー。あの白衣の事件の出費がきつくて、ポップコーンを売っても売っても埋まらないクマー』

「…………貴様」

シュウの半ば馬鹿にしているのではないかという言葉に――ほぼ事実な言葉に――女性の表情が更に歪む。

怒気を漲らせ、シュウが霧散させた戦いの空気を再び掻き集め、今にも襲い掛からんとしたとき、

『lol』

女性の腕に抱かれたヤマアラシが、一声そう鳴いた。

明るく、どこか楽しそうな鳴き声だった。

すると、女性はそれまでの怒気を嘘のように納め、穏やかな表情になる。

「ベヘモットが楽しんでいるなら……構いません」

『ま、楽しいことはいいことだクマー』

寸前までの空気の緊迫が嘘のように消え去り、平静へと戻っていた。

それから、シュウは話は終わったとばかりにポップコーンの屋台を引いて歩き出した。

その背に、再び女性は声を掛ける。

聞きそびれていたことを思い出したという風に。

「ところで単純な疑問なのですけれど」

『なにクマ?』

「あなた、あちらの生活はどうしているの? こちらがいるときはいつもいますね?」

『お互い様だろ』

『XD』

この十日間のログイン時間が200時間を優に越えている廃人達はそんな言葉を交わし、お互いに背を向けて歩き出した。

【破壊王】と【獣王】。

ギデオンの日常風景の裏で、両者の激突は一先ず見送られたのだった。

To be continued