軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3 知られてはならないあの子には

「今も思うが、倒せたの奇跡だよな。魔王」

「そうじゃの。私生活と人間性はクズだったが、実力は本物の勇者だったということじゃろ。私生活と人間性はクズじゃったが」

大事な事なので二回言った。

頷くアイアリスは勇者を客観的に見ている。何故なら勇者にちょっかいをかけられたことが無いから。

見た目が十歳なので、流石の勇者も食指が動かなかったらしい。来る者拒まずな彼にも、一応守備範囲があってよかった。

それにアイアリスにまで手を出していたら、流石の勇者も危なかった。

何故なら彼女は味方のふりをして潜り込んだ諜報員。魔王軍側の人間……いや、魔族だった。

関係を持てば、ギリギリ保っていたパーティを崩壊させられて一網打尽だったに違いない。

むしろ、内部崩壊しなかったことも奇跡だ。いや、ある意味しまくっていたが……諜報員が自ら動かなくても崩壊すると考えるくらいだったので、奇跡的に皮一枚繋がった討伐隊だった。

「うーん、セーラの目を掻い潜って関係を持つのは流石に難しいの。説教を諦めなかったお前さんが勇者と寝るとも思えんし……」

「リンジとはそういう関係じゃないからな」

むしろ、自分だけはこの男に沼るまいと、強い意志で誘いを断り続けていた。

アイアリスは守備範囲外だったが、フィストは守備範囲内だったらしい。説教する度に「なら次はフィストにする」などと宣うので、フィストの拳は唸りっぱなしだった。

傍で発言を聞いている、真っ暗な目で凝視してくる聖女が怖い。真っ黒じゃない。聖女の目は緑だ。その緑が真っ暗になるのだ。怖すぎる。フィストが常に身の潔白を証明し続けなければ、背後から飛んできたのは支援ではなく呪いだっただろう。

本当に、ギリギリ信頼関係が築けたのは奇跡だ。

救いだったのは、魔王討伐という目的を皆が忘れていなかった事。

本当に、必要最低限の救いだった。

魔族のアイアリスだって裏切りはしたが、最終的にこちらの味方になった。

皮肉な事に、フィストが一番信頼できたのは元敵だった彼女だけだった。

「ならば、誰じゃ? どこの馬の骨が儂の孫娘に手を出したんじゃ? ちょっと連れて来てくれんか?」

「孫娘じゃねぇわ」

信頼しているが祖母とは思っていない。

鈍器にもなる杖で素振りをはじめたアイアリスに頭を抱えながら、フィストは苦々しく呟いた。

「相手に心当たりはあるよ。だけどそいつとは、二度と会えないんだ。だから、連れてくる事はできない」

「なんと……」

フィストに妊娠の自覚はなかったが、心当たりがないわけではない。

勿論勇者じゃない。アイアリスの知る、他の魔王討伐関係者でもない。

「ならばどうする。見てわからんがお前さん臨月じゃから、今から堕胎はできん。もう産むしかないぞ。未婚の、父親もおらん母になるのか」

「なるしかねぇだろ」

「お前さんが育てんでも、色々策はあるぞ。施設に預けるのも手段のうちじゃ」

「いいや、私が育てる。私の子だ」

言ってから、もう一度考える。

無意識に触れ続けていた腹部を、意識して撫でた。

「私と、アイツの子だ……」

触れても自分の腹筋しか感じなかったが、この筋肉の下に命が芽吹いているのだと思えば、ムクムクと母性本能が湧き上がってくる。

愛おしさと、少しの切なさ。

――濡れた黒髪。迷子のような赤い瞳。

歪んだ顔は辛そうなのに涙は流れない。暖め合った指先は、切なさが零れ落ちるようだった。

余韻を残して過ぎ去った思い出を振り払うように呼吸を深くする。

腹を撫でる様に抱えるフィストを見て、アイアリスは目を瞬かせた。

「……なんじゃ、しっかり愛し合った相手との子か。儂てっきり、普段のストレスから行きずりの相手と酒の席でうっかりワンナイト決めた結果かと」

「おい、私生活蛮勇者と一緒にするな」

「すまんかった。質問からして無粋じゃったな」

苦笑したアイアリスは杖を置いて、ぴょんっと軽い動作で椅子に座り直す。

「なら余計に、早く手を打たねばならんな」

そう言って、スンッと表情をなくした顔でフィストを見た。

「このままでは儂と同じ勘違いをした聖女に、言い訳する暇もなく母子共々呪い殺されてしまう」

「想像に難くない」

哀しいことに、アイアリスとフィリスの意見は一致していた。

脳裏を過るのは度重なる勇者の浮気に、勇者本人ではなく相手側を排除してきた聖女の真っ暗い目。

幾度となく逃げ惑う相手を救助し、命が惜しければ勇者に関わるなと牽制したかしれない。

ヤンデレは、基本的に、話を聞かない。

彼らがそう思ったら、事実など陽炎のような物。

なんとか築いた信頼も、誤解一つで瓦解する。そしてその誤解を解く証拠の提示ができない。

そう、父親を連れてくる事ができないなら、ヤンデレが妄想の翼を広げるのを止める事はできないのだ。

絶対誤解する。

絶対緑の目を真っ暗にして迫ってくる。

絶対、勇者はそれを止めやしない。

「――逃げるわ」

「そうしろ」

フィストは母子共に生き残る為、一人になったタイミングで荷物を纏め、速やかに失踪した。

――母子共に、生き残る為。

魔王討伐メンバー格闘家のフィスト失踪は、世間を大いに賑わせた。

何せ魔王と倒した主力の一人だ。しかも失踪したのは王都へ帰還する途中。仲間と別行動した数時間の間に忽然と姿を消した。

荷物も一緒になくなったことから、魔族の残党に襲われた訳ではない。自分の意志で出て行ったことは確かだった。

英雄としての栄誉を 直(・) 接(・) 受け取らず、何故消えたのか。

その謎は未だに解明されていない。

なんて噂話が届かないほどの山奥に、フィストは逃げた。