軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

29 殴れないモノは倒せない歯がゆさ

咳をする子供が目立つようになり、高熱に倒れる者が出始めた。

子供を看病していた親も咳をするようになり、村では流行病より先に、恐怖に近い緊張感が蔓延した。

子供達の症状は重くなるばかりで回復せず、はじめに倒れたエンも高熱が続き、看病をしていた母親のスートも高熱に倒れた。

赤子のいるフィストは、看病へ行けない。大人も倒れる病ならば、赤子に罹れば死んでしまうかもしれない。

看病しているウッドやスート、ネクから近付いてはいけないと何度も忠告されていた。ジョーイはまだ無事らしいが、流行り具合から見れば時間の問題だ。

世話になった人達の手助けがしたいのに、逆に気遣われてしまっている。

じっとしていられず、フィストは何度も村と川を往復して水を汲んでいた。

水瓶を抱えて何度目かわからない往復をしながら、フィストは濡れた手で汗を拭った。

(麓から貰ってきた薬は、一応効いている。おかげさまで倒れても、儚くなる村人はいない……けど、あれは症状を抑えているだけで、身体は弱ったままだ)

熱は下がるようだが、咳が治らない。咳が治らないと、また熱が出る。

つまり解熱剤は効いているが、咳止めが効いていない。

発症する人間も増えている。このままでは、回復するより早く薬がなくなってしまう。

焦った村人が何人か、山に入るのを見た。

白い花を摘んでは落胆する姿から、彼らが幻の薬草を探していると気付いた。彼らは家族が体調を崩して回復しない事から、フィストが見付けた幻の薬草を求めていた。

フィストに薬草を見付けられないかと相談に来た者もいたが、そもそもフィストは幻の薬草の形状も、いつ摘んだのかもわからない。幻と言われるだけの希少な薬草だ。大半は、探せないというフィストに納得して帰った。

納得できないのは、子供が倒れて目を覚まさない親だ。何度も山に入って薬草を探している。

見付けてやりたいし力になりたいが、フィストは本当に幻の薬草など知らない。まさか、身に覚えがない薬草相手に、こんなに歯痒くなるなんて思わなかった。

(幻は幻だけど……もう一つ、絶対治る手段はある。でも……)

焦燥感に落ち着かないフィストは、強く拳を握りしめた。

(――こんなときに聖女がいればなんて、都合がよすぎる)

聖女セーラの、後方支援。

聖女の加護は、傷だけでなく病も治す。旅の最中、何度も世話になった。

フィストの場合は怪我ばかりだがヴァーシプが熱を出したとき、その聖なる力で病を退けた。癒しの力を行使するセーラの姿は神々しく、これが聖女かと感心した。

しかし治療は存外対価が重いようで、治療後はセーラの方がグッタリしていた。

(治すのは、簡単にできる事じゃない。治せば治すほど、セーラの体力が削られる……それでもアイツは、無辜の民に優しかった)

進む先々で見えた魔族や魔物の脅威。襲われた村に残る爪痕。

望む人の為に。病や怪我に苦しむ人の為に。聖女は微笑みながら柔らかな手を差し伸べ続けた。

勇者が関わらなければ、彼女は理想的な聖女だった。

勇者が来るまで、彼女が国一番の聖女だった。だから勇者と魔王討伐へ赴いた。

――今この状況で聖女が現われたら、どうなるだろう。

聖女として行動するか、セーラとして私欲を優先するか。

(そもそも魔族の残党が、どうなったのかもわからねぇんだよなぁ!)

噂の届かぬ場所を求めて山奥へ来たが、あちらの状態も全くわからない。国を挙げてと知らされたが、それだって残党が出たならフィストを探している場合ではない。

いつか確実にここへやって来る。

しかしそれは、今ではない。

(顔を合わせたくないがその実力が恋しいなんて、本当に都合がよすぎる!)

もし西の騒動がなければ、会いたくないなど言わずに聖女を呼びに走れた。けれど今、彼女は間に合う範囲にいない。

いないものは、いないのだ。

いない人を当てにしても、時間ばかりが過ぎていく。

(私にできるのは、こうやって水を運び続ける事だけか? 他にできる事はなんだ)

考えるも、フィストの担当は力仕事。

怪我や病気を治すのは、専門外。

赤ん坊のルミネに病気がうつらないようにするのだけで精一杯な、母親だった。

「フィスト」

呼ばれて、肩口で振り返る。進む足は止めない。

布で口元を覆ったアスターが、おんぶ紐で固定したルミネを背負い、フィストの元へ駆けてきていた。

「村へ行くんだろう。俺も行く」

「ああ? 何言ってんだ。今は病気が流行っているから、アスターはルミネと家に籠もって……」

「だけどこのままじゃ、飛沫感染で全滅するかもしれない」

「は?」

聞き慣れない言葉に、思わず聞き返す。

見上げれば、普段の情けない顔が想像できないくらいに真剣な顔をしたアスターがフィストを見ていた。

思わずフィストの足が止まる。するとすかさず、アスターがフィストの口元に布を当てて耳に輪を引っかけた。

村で病が流行るかもしれない、と話をしたとき。アスターは何か考え、すぐにこの口あてを複数縫いはじめた。

「なんだ、これ?」

「使い捨てだけど、ないよりはましだ」

「だから、なんだこれ」

鼻から顎まで覆われて、喋りにくいし呼吸がしにくい。耳に引っかけて固定する所為か、耳の付け根にも違和感がある。声も籠もって発声しにくい。ちゃんと声が届いているのかわからず、自然と声も大きくなる。

水瓶を両手で抱えているので外せない。

違和感で身動ぐフィストに、アスターは外さないでくれと言った。

「それはマスクといって、感染を防ぐアイテムだ」

「……これが?」

「大丈夫」

アスターの手が、フィストの背中を支える。

「考えがあるんだ。任せて」

それは珍しく、力強い声だった。