軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21 落とし物は拾い主に一割

赤子パワーはすごかった。

寝ている間もじっとしていない。ころころころころ寝転がり、柵がなければどこまでも転がっていく。

お座りを覚えたかと思えばハイハイを覚え、高速で移動する。ちょっと目を離しただけで右から左へ猛ダッシュだ。

あれでまだ生まれて一年も経っていないらしく、どんどんできる事が増えていく。小さな命に、驚きと感動で目が回った。

抱っこの度に引っかかれるし、引っ張られるし、引っ叩かれるが……それでもルミネは楽しそうに笑う。

記憶がないとか嘆いている暇はない。そんな物思いに耽っている間に、赤ん坊は成長していく。全く見逃せない。

結論として、アスターはすっかりこの母子に心を奪われていた。

(すっかり気を許してしまっている……いや、依存かも……?)

警戒しろと忠告し続けた癖に、警戒できていないのはアスターの方だ。

何せ記憶喪失のアスターには、縋る相手がいない。誰かに助けて貰わないと生きていけないとわかっていた。そんなアスターが拾ってくれたフィストに縋るのは必然で、救われた安心感から依存するのも当然で……。

棚からぼた餅で夫扱いされるのにうっかりときめくのも、必然の流れ。

(そこは仕事をするなよ、俺のうっかり……!)

玉子を巻きながら、アスターは頬の内側の肉を噛んだ。うっかり噛みすぎて血の味がした。

(でも、でも仕方がなくないか! 仕方なくないか……一日に何回単純接触していると思っているんだ……! それだけで好感度は上がるんだぞ! 元々低くないんだから! 高くもなる!)

丁寧に玉子を巻きながら、心の中で荒ぶる。記憶を失った癖に雑学は頭に残っていた。料理の隠し味や、単純接触から積み重ねる好感度とか。

ヤンデレ聖女対策だとわかっていても、元から好感度の高い人に日々スキンシップを積まれ、平気でいられるほどアスターは枯れていなかった。想い合っている人が居れば別だが、記憶喪失のアスターにそんな人はいない。フリーの身でそれをされたらうっかり落ちる。うっかり者だから。

だけどそれは、アスターだけだ。

フィストは違う。

(……フィストには、大事な人が、いる)

ルミネの、本当の父親。

生死不明、正体不明だけど、あのフィストが身も心も預けた男が、いる。

アスターとあれだけスキンシップを重ねてもあっさりしているのは、フィストがアスターを恋愛対象として認識していないだけでなく、心に決めた人が居るからだろう。

(どんな人だろう……生きて、いるのか?)

生きているなら、頑なに父親の存在を明かさないのは、厄介事に繋がるからか。それともどこにいるのか単純にわからなくて、探す気がないのか。アスターにはそれ以外の理由が考えられない。

(生きていたら、ルミネの為にも本当の父親を連れて来たはずだ。なら、死んでいるのか?)

だとしても。

常に存在を誤魔化し続けるのは……いないと、それだけで済ませようとするのは、何故だろう。

まるで余計な情報を排除するみたいに。存在が、不利になるみたいな……。

(……いいや! いない相手を考えても仕方がない!)

アスターは頭を切り替えるように首を振った。長い銀髪が尾を引いて、アスターの頬を打つ。

(いない人の事を考えても仕方がない。今は俺がルミネの父親(代理)なんだから、ヤンデレ聖女にバレないように振る舞わないと! その場限りじゃすぐバレるから、少なくとも一年は……)

――そういえばこの契約、期限を決めていない。

フィストはいつまで、代理人が欲しいだろうか。

ヤンデレ聖女が落ち着くまで? トンデモ勇者が諦めるまで?

(それって、いつ?)

いつまでアスターは、彼女たちの傍にいるのを許される?

生死不明の父親が、夫が、ひょっこり現われない保証は?

そうなったとき、アスターはどうなる?

ぎゅうと内臓がよじれる。うろっと彷徨った目が、眠るフィストを見付けた。

周りを騙す為とはいえ、隣で眠るのを許してくれている女性。隣に座っても、飛び起きない。何も覚えていないアスターの手を引いてくれた人。

暗闇に落とされたアスターを、拾ってくれた人。

(……拾って、くれたんだから。拾ったからには)

最後まで。

傍に。

手が滑って湯飲みが足の小指に落下した。

「ぎゃぴっ!」

「あん?」

流石に起きた。

身を起こしたフィストは不思議そうに周囲を見渡して、蹲るアスターと床を転がる湯飲みを認め、現状を把握した。

「おはよう。足は無事か」

「ぉはよぅ……無事、です」

フィストは震えるアスターをまず労って、落とした湯飲みを拾った。空でよかった。

「朝食ありがとう。運んで良いか?」

「う、うん。今お茶も淹れるから」

「よろしく」

欠伸をしながら食器を運ぶフィストを見上げ、小指の痛みで冷静になり、先程までの……べったり貼り付くような執着に、我が事ながら震えた。

(まさか今のが……ヤンデレ!?)

ヤンデレかはわからないが病みの始まりな気がして、アスターは更に震えた。

「おー、私このオムレツ好きだ」

「だし巻きだよ。気に入ってくれていたよな」

「そう、だし巻き。このオムレツ難しいんだよな。いや、オムレツを作れた事がまずねぇけど」

フィストが作れる卵料理はスクランブルエッグだ。あとは、かろうじて、目玉焼き。

アスターはなんとか立ち上がってお茶を淹れて、テーブルに置いた。未だ足はじくじくと痛んだけれど、根性で動いた。

しかし席に着こうとして、玄関からノックの音が響く。

「……こんな早い時間に、誰だ?」

「村の人かな……見てくる」

「おい、待て。お前まだ――」

立っていたのがアスターだったから、近かったから。

あとまだ対面に座って食事をとるには精神状態が落ち着いていなかったので、アスターはひょこひょこと玄関に向かった。続いてフィストが立ち上がるのが気配でわかったが、振り切るように扉に手を伸ばす。

「どちらさま――」

「フィストォオオオ!」

叫び声を上げながら突進して来た人影に、アスターが弾き飛ばされた。

後ろにいたフィストが吹っ飛んできたアスターを受け止める。二人は勢いを相殺する為に回転した。ぐるぐる回って体勢を整えるのと、人影が飛び込んできたのは同時だった。

人影は小さく、真っ白。

「ばあばが来たぞ! ひ孫は元気かー!」

白い髪に白い肌。白い法衣に白い帽子を被った少女が、満面の笑みで両手に持った紙袋を掲げた。

しかし笑顔の少女は、固まった。

視線の先には、逞しく仁王立ちする女……に、姫抱きされた、あちこち乱れてあられもなくなっている、美しい長身の男。

「……」

「……」

「…………な、なんじゃその男ォッ!?」

浮気を目撃した恋人のような叫びを上げたのは、アイアリス。

ヤンデレ聖女に拘束されていたはずの、フィストの共犯者だった。