軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19 野次馬と当人の温度差はエグい

なんでもっと早く助けてくれなかったんだとべそべそ半泣きのアスターと、むっつり仏頂面のネクの挨拶も済ませて、三人は帰路に着いていた。

「ルミネ、すっかり寝てるな」

「沢山笑ったからね」

沢山遊んで疲れたのか、ルミネはすっかり夢の中だ。

アスターはそんなルミネにうっかり銀髪を握られて、移動させる事もできず抱っこ続行中だ。フィストはすっかりアスターの腕の中で寝るようになったルミネの対応力に感心する。

「子供達に懐かれてたなお前」

「あはは。でもあれ、舐められていたんじゃないか……?」

大人の威厳はわからないが、遊び相手としては認識されたと思う。遊び道具と認識されていない事を願う。

「それにしてもまさか、村の人たちがあんな勘違いをしていたなんて」

「思っても見なかったわ。確かに、詳しく説明はしなかったけどな? そこからそうなる?」

スートの嬉しそうな、楽しそうな語りを思い出して二人同時に遠い目をした。

かなり無理矢理なご都合妄想だったが、妄想だからそういうものだろう。それを事実と認識されて戸惑ったが、誤解を解いて嘘を説くのも何か違う。

「とにかく、周りが疑わずアスターが父親だって思ってくれてよかったよ」

「……」

「なんだよ?」

何か言いたそうに口を歪めるアスターに、フィストが不思議そうに視線を上げる。

「……その、本当に俺でよかったの?」

「まだ言うか。村人のノリノリな態度を見てもまだ言うか」

「いや、だって……ネクさん? と、仲良かったんじゃないの?」

思わぬ名前を出されて、フィストは思わず瞬き返した。アスターは視線をうろうろさせながら、ルミネが握って離さない自分の銀髪を引っ張る。やっぱり抜けない。

「子供達にも『ネクさんかわいそう』とか『再婚やめたの?』って聞かれたし。挨拶する人の中にも、残念そうにあの人の名前を出す人が居たし……」

「ルミネを産むときにお世話になった家族の伯父さんってだけなんだけどなぁ」

フィストは首を傾げながら頭を掻いた。

仲がよかったと言われても、世話になったとしか思えない。

正直フィストはこの半年間。手助けしてくれる人達への感謝とルミネの事しか頭になかった。

どこで何をしても、脆弱で貧弱な小さい命が気になってそれどころではなかった。自分の飲食よりもルミネの飲食。柔らかな赤子を胸に抱いた時のフィット感がたまらなくて腕が痺れても手放せなかった。胸にぺちゃって隙間なくくっついた一体感。引き離すなんて無慈悲か? 産まれてからも放さないが?

なんて吹っ飛んだ思考になっていた。

ぶっちゃけ、異性を気にしている暇なんてない。

ネクとの印象深いやりとりだって、首の据わっていないルミネを抱っこしたまま魔物退治に行こうとしたのを、全力で止められた事くらいだ。

「その……彼が父親役でもよかったんじゃない、か? 周りも納得しそうな雰囲気だったし。多分『死別した旦那さんを胸に新しい恋をしたっていいじゃない』って励ましてくれそうだったし」

「……なんでいきなり拗ねてんだ?」

何故かいじいじしだした。

弄った銀髪が自分の指に絡まってとれなくなっている。うっかりが泥沼化しているのを見て嘆息した。

「言ったろ、お前を選んだ理由。それに村の人だからこそダメだ。ヤンデレが聞き込みをしたら、ルミネの父親じゃなくて後夫だってすぐバレるじゃねぇか」

自分の髪と格闘するアスターの指を解放してやり、ついでに緩み始めたルミネの手を解してやった。髪が解放されたから、柔らかい我が子の身体を受け取る。すっかり寝込み、弛緩した身体はぽかぽかだ。

「ヤンデレへの説得で必要なのは私の夫じゃなくて、 子供(ルミネ) の父親だ。フィストの夫は俺ですって回答じゃなくて、 この子(ルミネ) の父親は俺ですって回答が欲しいんだよ」

ヤンデレが荒ぶるのは、フィストと勇者の間に関係があったと思っているからだ。それさえ否定できれば、勇者の酒池肉林願望阻止の手伝いをしてくれる。利害が一致するので。

ただし、関係がなかった事を信じさせるのがとても難しい。

その為の証拠。証明として、アスターがいる。

「お前が居てくれなきゃ困る」

ルミネという熱源を失ったアスターの手が、名残を惜しむように胸を抑えた。

勢いで前のめりになったアスターがうっかりバランスを崩して転倒する。各家庭から土産にと渡されていた一部の食品が散らばった。

「君って、本当に、罪作りだと思う」

「今の私の所為か?」

地面に頽れて動かない男に怪我がないことを確認してから、貴重な食料を回収していく。幸い、落としてダメになるような物はなかった。

「わかっている。他意はきっとない。だけどこんな無差別に口説かれたら皆その気になってしまう……あの人だって、多分被害者だろ……可哀想だ……」

「被害者ってお前な……」

所構わず女を口説いて回る勇者と同類にされた気がして顔を顰める。そんな軽い女になった記憶はない。

何より、誤解だ。

「あの人ってネクさんの事だよな? ないぞ」

「知らぬは本人ばかりなり……」

「ないない。そんなに鈍くねぇつもりだぞ、私は」

こちとら一児の母だぞと、フィストは眠るルミネのまん丸ふにゃふにゃな背中を撫でた。

それどころではないフィストだが、相手が自分をどう見ているのかは、なんとなく把握していた。

ネクがフィストに覚えている感情は、周囲が盛り上がるような、甘酸っぱいものではない。

(――ままならないよなぁ、お互いに)

眠る我が子を抱き直し、立ち上がる。

「まあ私の読み違いだとしても、あの人を夫には選ばねぇよ」

欲しいのは、フィストを大事にしてくれる人ではない。

ルミネを大事にしてくれる人だ。

ネクがルミネを疎かにするとは思わないが……それ以上に大切な物があるのだから、フィストとは相容れない。

「だからまあ、心配するな。存分に助けてくれよ。『お父さん』」

もう落とさないよう慎重に荷物を抱えたアスターは、フィストをチラリと見た。慈愛に満ちた目で、我が子を見下ろしている。

「……わかったよ。『お母さん』」

落ち着かない気持ちでいたアスターは、しっかり頷いて荷物を抱え直した。

気持ちを新たに一歩踏み出した足は、緩やかな傾斜に誘われるように滑って転んでゆっくりずるずる遠ざかっていった。

「この傾斜でなんで!?」

転がり落ちるのが難しい緩やかな傾斜だろうと遠ざかっていくアスターに、フィストはルミネが寝ているのも忘れて思わず大声で叫んだ。