軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16 ヤンデレ聖女&トンデモ勇者対抗策

驚きすぎてお茶を被ったアスター。びしょ濡れになった彼が着替えてくるのを待ってから(上着を前後逆に着るなどで三回往復した)、話の続き。真っ赤になってあわあわしているアスターを他所に、フィストが語ったのは予想外の冒険譚だった。

フィストが魔王討伐の英雄である事。

魔王討伐から勇者達の人間関係。妊娠に気付いて逃げだした事。

アスターが情報量で目を回す中、フィストは更に多大なる情報を追加した。

「私とお前は故郷が同じ。故郷を焼かれて生き別れになった幼馴染みだ。魔王討伐の旅の最中に再会し、郷愁の念から距離を縮めてワンナイト。その時にできたのがこのかわいこちゃんだ。でもそんな事には気付かず、魔王討伐の為に私達は一夜で別れた。でもって数ヶ月後に目標達成。旅は終わった。王都へ帰還する途中でかわいこちゃんの存在に気付いた私は一人で産むことを決意して山奥へ。お前は子供の存在を知らなかったが失踪した私を探してここまで来た。出産して育児中の私をやっと山奥で見付けて、私達は家族三人で仲良く平和に暮している。以上。復唱しろ」

「存在しない記憶を植え込まれる……!」

「これを事実にするんだよ!」

突然存在しない記憶を植え込まれかけて、アスターは頭を抱えた。生乾きの髪が手に貼り付く。お茶の良い匂いがした。

「いいか。今日からお前はこの子の父親だ。細かい設定が覚えられなくてもそれだけは忘れるな。今すぐ給与の支払をされたくなければ頷け。イエスオアハイッ!」

「高い給金を押しつけられるより怖い」

涙目で顔を上げたアスターは、とても不安そうな顔をしていた。フィストの勢いに怯えるのではなく、内容に怯えている。

それはそう。納得していないうちに、了承などできない。

「ちょっと待って欲しい……つまり、 後夫になって欲しい(プロポーズ) って事……?」

「いや、 後夫(プロポーズ) じゃない」

「 後夫(プロポーズ) じゃないんだ!?」

「でもこの子の父親にはなって貰うぞ」

「記憶喪失の俺にも分かるように優しく教えて!」

アスターは本格的に半泣きになった。

赤くなれば良いのか青くなれば良いのかもわからなくなった。

「設定は今教えただろ。覚えろ」

「設定じゃなくて! 後夫(プロポーズ) じゃないなら本当の父親のふりをして欲しいって事だろ!? そんな事をする必要ある!? 後付けの父親じゃなくて 実の父親(ニセモノ) が必要な理由は!?」

「ヤンデレからルミネを守る為だ」

「守る為に 実の父親(ニセモノ) を添えるのなんで!?」

「本物は連れて来られないからだよ」

説明を求めるアスターが、ここで一度、戸惑って黙った。

フィストが説明の為に語った中でも、そこだけが不明瞭。

結局ルミネが誰との子なのか、フィストは誰にも明かしていない。

どこの誰の子なのか、それを証明すれば解決する話なのに。それをしない。

それどころか、こうして父親の代役まで立てようとしている。

(連れて来られない……にしても、説明はできるはずなのに)

フィストは戸惑うアスターの頬を両手でがしっと掴んで、視線を合わせた。

「いいか。ヤンデレ聖女は勇者と私の関係が否定されたら脅威じゃなくなる」

「せ、誠心誠意説得できないの?」

「できたら逃げてないんだよ」

ヤンデレに正論は通用しない。

明確な証拠がない限り、全部誤魔化しに聞こえてしまうらしい。

フィストが頑なに代役を立てようとするのは、目に見える形で証明しないと納得されないからなのはなんとなくわかってきた。

「聖女は私とリンジの関係が完全否定されたら無害だ。リンジが何故か私に執着していやがるから疑われているわけで、私に相手がいるなら聖女も安心するんだよ」

何故なら。

「リンジは相手のいる女に手は出さなかったからな」

勇者リンジは女性関係で信用がとれないほどクズである。

しかし、恋人の居る女性には手を出さなかった。男性が庇いに入ると、不思議と手を引っ込めた。

曰く、浮気と不倫はダメらしい。

当然の事だが、お前が言うなと心から思った。そう思うならお前もするなと言う話だが、不思議な事に自分は該当しないらしい。

だが、そう言う認識ならありがたい。つまり、フィストに相手が居るなら酒池肉林へ参加させるのも諦めるはずだ。

――ただし、未亡人は除く。

勇者が、子供が居るとわかってもフィストを探すのは、父親の存在が見えないからではないかと予想している。

なので、フィストは早急に、ヤンデレ聖女とトンデモ勇者への対策として、ルミネの父親の代役を仕立てなければならない。

そう簡単に代役になる男など、普通はいないが……。

「お前、もの凄く、丁度いい」

「丁度良かったか……」

程よくフィストに借りがあり、事情を聞いたら手を貸すくらいの善性がある男がここにいた。

「お前の事はまだ誰にも紹介していないから、これからルミネの父親として村の人に紹介できれば、村人達だって誤解して根回しできる。あと父親のフリして家政夫って契約なら、給料の差額分を補えるんじゃないか、この父親契約」

「そういう意味でも丁度いいのか……」

「つーか同居して子守までしてくれる男がいるのに、他の男が父親役とかヤバイだろ」

「それはそう」

どちらにせよ、ヤンデレ聖女とトンデモ勇者が乗り込んでくるなら、住み込みで働くアスターが確実に巻き込まれる。

ならば、がっつり巻き込んでしまう方が合理的。

そう、合理的だ。

でもそれは、フィストにとって。

アスターにとっては、本来なら関係のない話。

記憶がなくても常識的で、うっかり者だが丁寧なアスターなら、フィストの家じゃなくても働ける。きっとアスターは、行こうと思えばどこへでも行ける。

だけどフィストには、アスターの手助けが必要だった。

「頼む。助けてくれ」

だからしっかり目を合わせて、心から頼む。

全部フィスト達の都合で、アスターは巻き込まれているだけだから。

琥珀色の目と紫色の目が、至近距離で見つめ合う。

数拍の間を置いて、フィストの両手に顔を挟まれたアスターの口が、もにょっと歪んだ。

視線があちこちに流れて、唸って……。

最後には小さく、頷いた。

そうしてフィストは、ヤンデレ聖女とトンデモ勇者から逃げる為、拾った記憶喪失の男を我が子の父親役に任命した。