軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

貴女なら理解してくれるわよね?

「はぁっはぁっはぁっ……」

全力で走りようやく彼女は足を止めた。

想定外だった。

ユニバンスの小娘があそこまで化け物だとは聞いていなかった。

何よりあれの夫まで化け物だ。

聞いていない。

ユニバンスはどこまで狂った人間が居るのか?

それとも化け物でも作っているのか?

右手を口元に運び親指の爪を噛む。

悔しさがようやく押し迫って来た。

今回は完全に負けた。けれど自分はまだ生きている。

再起なら図れる。このまま帝都に戻り皇帝に報告すれば……それだと周りの馬鹿どもが騒ぎ出すかもしれない。だったら叔父の領地に戻り兵を借りれば良い。

こんなにも活躍している自分に兵を貸せるのだから叔父だって喜んで手伝ってくれるはずだ。

ただ最近は手紙1つ寄こさなくなったが、領地の経営が忙しいのだろう。

両親だって手伝っているのだから大丈夫なはずだ。

この際だから叔父を始末して家を乗っ取るのも悪くない。

問題は帝国では女性では家を継げないという決まりはあるが、それは傀儡出来る人物を娶れば良い。程よく毒を飲ませて生きる屍にすれば問題ない。

何よりまず叔父の領地に行って再起を図り、万全な状態でユニバンスを亡ぼす。

問題はあの化け物すぎる小娘だ。どうしたら殺せる?

また爪を噛んで考える。ジッと考える。

「大丈夫。きっと勝てる」

方法ならあるはずだ。魔法で足止めは出来たのだから。

「それはどうかな?」

言い聞かせるように呟いた言葉に返事が来た。

慌てて辺りを見渡す彼女……セミリアはその姿を視界にとらえた。

鬱蒼と木々が茂る森の中。茂る葉が日光を塞ぎ辺りは暗い影が多い。その陰の1つからそれは姿を現した。

小柄な少女だ。全体的に白さが目立ち、どこかユニバンスのあの小娘を連想させる。

ただ見覚えがあった。

「あの時空から降って来た?」

「正解。厳密にいうと空から落ちて来たが正しいんだけど」

クスクスと笑うメイド服姿の少女は、目を閉じたままでスカートを摘まみ貴族の令嬢のように一礼して来た。

「改めてご挨拶を。ユニバンス王国上級貴族ドラグナイト家が一女、ポーラ・フォン・ドラグナイトにございます」

「……あの夫婦の子か?」

「いいえ。妹です。養女ですが」

身に着けている魔道具に手を伸ばし、セミリアは警戒する。

けれど次なる相手の行動を見て……驚愕した。

相手が閉じていた目を開いたのだ。

その右目に浮かぶ模様を見てセミリアは震えた。

「嘘だ。ありえない」

「でも事実」

ゴクリと唾を飲み込み、セミリアは震える唇を動かす。

「……刻印の魔女?」

「歴史書の類だとそう呼ばれているわね」

認めポーラの姿をした魔女は、スッと腕を動かし指さした。

「質問。お腰に付けたきびだんご……その宝玉はどうやって手に入れたのかしら?」

「っ!」

顔色を蒼くしセミリアは腰の袋に手をやる。

「慌てないで。素直に答えてくれれば攻撃はしないから」

警戒する相手に『攻撃の意思はありませんよ』と言いたげに魔女は自分の両腕を広げた。

「ただ純粋に知りたいの。その宝玉は……今まで見た物とは異質だから」

一瞬変化した魔女の声音に、セミリアは自身の頭をフル活動した。

嘘を告げても気づかれる可能性が高い。ならば嘘は得策ではない。

この場を逃げられれば……それを前提に口を開いた。

「司祭と名乗る者が持ってきた」

「そう。もしかしてそれとは違う宝玉とか持ってる? こんな感じの?」

何処からか猫掴みで、猫ほどの大きさのリスを魔女が見せてくる。

必死に宝玉を抱えているリスはされるがままだ。

「あるわ。後方で待機しているメイドたちに預けてある」

「そっか~。なら私はそっちの回収に向かおうかな」

掴んでいたリスを消し、メイドは歩き出した。

「……本当に見逃すの? 見逃してくれるの?」

「ええ」

足を止めた魔女は振り返り、怯えている相手を見つめる。

「私は約束を守る女だから……“攻撃”はしないわ」

「分かった」

警戒しながら走り出した彼女を見送り、魔女はクスクスと笑う。

『ししょう?』

「良いのよ」

『でも』

不満げな弟子の様子に魔女は笑う。

「攻撃はしないと言ったでしょう? だからしないの」

『……』

「けどね」

クルっと片足を軸に体を回した魔女は、千里眼で待機しているメイドたちの姿を探す。

「私が攻撃をしなくても、きっとあれが何かするから」

『あれですか?』

「そうあれよ」

見つけたメイドたちに向かい魔女は歩き出す。

「敵は強いほど経験が積めると私は思うのよね。だからせいぜい頑張ってもらいましょう」

『誰がですか?』

「そうね」

クスッと笑い魔女はその目を向けた。

「ラスボス前の中ボスかしらね?」

軽く指を動かし、魔女は文字を綴るとそれを指で弾いて魔法にする。

狙う相手は逃げ出した帝国軍師だ。

確かに攻撃はしないと告げた。でも攻撃以外はしないとは言っていない。

対象者から自分の記憶を奪い刻印の魔女は立てかけて置いた箒を回収する。

「木々の間をこの箒で飛ぶのってどうかな?」

『またくものすとかいやです』

「あれは酷い罠よね。まあ仕方ない。開けた場所から上空に出ましょう」

ここに至るまでに顔面に蜘蛛の巣を食らった魔女たちは、安全策を用いて次なる目的地へと移動を開始した。

また走り、たどり着いた場所でセミリアは立木を背にして地面に座り込んだ。

あんな化け物が居るとは想定していなかった。

あんな化け物が……どんな化け物だった?

思い出そうとするが思い出せない。ただ漠然と恐怖だけを覚えている。

あれは触れてはいけない類の存在だ。

暗闇の中からこちらを見ているような言いようの無い恐怖だ。

「でも平気よ。ここから逃げられれば」

自分の顔に触れる蔦のような植物を払い、セミリアは再度自分の再起を模索する。

やはり実家に、叔父の協力を得て……と、また蔦を払う。何度も自分の顔に触れて邪魔なのだ。

「何よいったい? ひぃっ」

蔦を払った手を見て悲鳴を上げた。

その手には長い髪が纏わりついていた。黒くて長い髪だ。

「何よこれっ!」

恐怖に駆られて自分の顔を触り確認する。

と、手に纏わりつく髪が増えた。それはどれも黒くて長い。

「いったい何なのよ!」

叫び立ち上がろうとするが足がもつれて上手く出来ない。

見れば足にも髪が纏わりついていた。違う……自身を覆うように全身にだ。

「何よこれっ! 気持ちの悪いっ!」

必死に払い続けるセミリアはふとそれに気づいた。

笑い声だ。

クククと低く笑う女性の笑い声だ。

「何よ! 誰よ!」

声を上げて辺りを見渡す。けれど誰も居ない。何も見えない。

「何なのよ!」

声を張り上げ絶叫する。

と……目の前に黒い塊が落ちて来た。上から下へと黒い塊が。

「無様ね。帝国の軍師」

「ひぃっ!」

塊が喋った。よく見ればその塊は黒い髪で覆われた人の頭をしている。

その頭の口が開いて話しかけて来たのだ。

恐怖の余り背後の木に縋りセミリアは震える。

ずっと彼女は安全な場所でドラゴンや兵を武器として戦ってきた故に荒事に弱い。

習得している魔法も自身が直接戦うような物ではない。どれもが対象を支配し操る物ばかりだ。

だからこそ狙われたのだが。

「自己紹介を忘れていたわね? 初めまして帝国軍師様。私は共和国で魔女と呼ばれていた存在……名をマリスアンと言うわ」

クツクツと笑い魔女マリスアンの頭部が口を開く。

その様子に心底恐怖したセミリアは、自分の太ももを溢れさせた体液で濡らす。

恐怖の余りに失禁していたのだ。

「初めて会ったというのにごめんなさいね? 私が用があるのは貴女の頭の中身だけなの」

「あたっ……あたま?」

「ええ。そうよ」

笑いながら接近する頭部は、その蛇のような動きを見せる舌で軍師の頬を舐めた。

「貴女の実家を襲って色々と隠されていた魔法や魔道具も回収して来たの。流石帝国一の魔法収集家ね。面白い魔法が道具がいっぱいあったわ~」

残忍にそして狂気の表情で魔女は笑う。

「何より貴女の一族には感謝しているの。私の実験に付き合ってくれたんですもの~」

「じっけん?」

ガクガクと震える相手に『ケケケ』と魔女は笑い続ける。

傍から見ればただの化け物だ。

「そうよ。そうなのよ。良かったわ~」

ペロリとまた頬を舐めて魔女は笑う。

「全員死ぬまで付き合ってくれたわ……貴女なら理解してくれるわよね?」

「いやっ! いやっ! いやっ!」

逃れようと体を動かすセミリアだが、彼女の体を黒い髪が覆い尽くしていた。

「心配しないで……私はとっても優しいから……」

舌が、魔女の舌がセミリアの耳に触れた。

「貴女の一族の協力に感謝して、貴女から奪うのは頭の中だけにしてあげるわ」

「いやぁ~!」

暗い暗い森の中で……その悲鳴だけが木霊した。

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