作品タイトル不明
これが寂しい?
ブロイドワン帝国軍・本隊間近
うおっマジか? そこは……ちょっとノイエさん? ぶつかるって! マジかっ!
飛ぶ鳥の勢いでノイエが木々の茂森の中を通り抜けていく。
ある意味いつも通り僕は彼女にお姫様抱っこをされているわけです。いやもう抱えられるのにも慣れたよ。最近だとベストポジションを何となく把握できるようになってきたしね。
そんな僕を抱えてノイエは相変わらずギリギリの距離感で枝の間などを過ぎていく。
怖いなら目をつぶれば良いと思うかもしれないが、ゴウゴウと耳に届いてくる音だけでも十分に怖い。何より見えないことが恐怖を倍増して来る。だったら見て震えた方がまだマシなのだ。
「アルグ様」
「はひ」
「そろそろ」
「あひ」
恐怖で凍り付く舌を必死に動かし返事をした。
こんな時だけはノイエの強心臓が羨ましくなる。
と、彼女は枝の上で立ち止まった。
ゆっくりと辺りを見渡すように顔を動かす。
「どうしたの?」
「……泣いてる」
「はい?」
「誰か泣いてる」
こんな森の真ん中で誰かが泣いているとかホラーなんですけど? 大丈夫ですかノイエさん? もしかして見えちゃいけない何かを見たり聞いたりしてますか?
確認するようにノイエの顔を見つめると、そっとノイエが頭を動かして僕にキスして来た。
「あの~ノイエさん?」
隙あらばキスして来るとか流石だな。
でも何故かノイエの表情が晴れない。
「寂しい?」
「はい?」
「これが寂しい?」
「……」
首を傾げて問うてくるノイエは相変わらず言葉が足らない。
けれど前の文章から推理するに……誰かが寂しくて泣いているってことかな?
「ここは戦場だから辛くて寂しくて泣くことだってあるよ」
「はい」
「だから早く終わらせよう」
「はい」
ノイエが僕を抱え直してまたキスをする。
軽く唇を舐めたノイエはスッと視線を動かした。
「ドラゴンの居る場所は分かるよね?」
「はい」
「ならそこに行って全部倒す。あとは出たとこ勝負で」
「はい」
軽く止まっていた枝を蹴ってノイエがまた移動を再開する。
誰が泣いているのかは知らないけれど……僕らがするべきことはドラゴン退治だ。
ここではないどこか
「おきてください」
「煩いよ。もう少し寝させな」
「もう」
怒ったように頬を膨らませて少女は自分より遥かに大きい存在を足蹴りする。
それだって相手からすれば指先で軽く突かれてた程度の衝撃だ。弱い攻撃であるがずっとやられれば不快になる。
やれやれと頭を掻いて彼女は体を起こした。
「煩いね。とって食うぞ?」
「どうぞ」
「……まだ食う肉が少ないんだよ」
「ならどいてください」
腰に手を当てて怒る相手にオーガ……トリスシアは渋々息を吐いた。
人里から拾ってきて2年。人の少女はまだ大きくならない。牛や馬ならもう丸まると太って食える頃なのに、人の子の成長は本当に遅いらしい。
ボリボリとトリスシアが適当に頭や体を掻いていると、寝床の掃除をしていた人の少女がまた腰に手を当てた。
「トリスシアさま」
「何だい?」
「まえにみずあびをしたのは?」
「あん? 確か5日ぐらい」
「いますぐかわにいってください。ここがむしだらけになります」
「あん? 面倒だな……」
「いいからいって!」
怒鳴られオーガは渋々家代わりに使っている洞穴を出た。
人の子に命じられるのは面白くないが、まあ確かにここ最近ずっと水浴びはしていなかった。
前にしたのは5日……よりも前かもしれない。
渋々たどり着いた川には先客がいた。オーガの女たちだ。
誰もがその鍛えられた体を見せつけるように水浴びをしている。
「トリスシアか? どうした?」
「水浴びだよ」
「そうか」
水浴びをしているオーガたちの中で年配に属する者がトリスシアが入れるスペースを作る。
ボリボリと頭を掻いて服を脱ぎ捨てたトリスシアは、そのできたスペースに足を入れた。
「お前、西のザンジに勝ったそうじゃないか?」
「ザンジ?」
「トロールだよ」
「ああ。そんな名前だったっけな」
川底に座り、乱暴に水を浴びながらトリスシアは軽く肩を回す。
「名前持ちの強いトロールが居るっていうから遊びに行ったら……噂話は信用できないね」
「あれは確かに強かったんだけどね」
「あん? 一発殴ったら首の骨が折れて終わったよ」
本当に一発でトロールを殴り殺したトリスシアに他の女たちが笑いだす。
「流石は我が族長の娘だ。お前はきっと強い子を産むだろうよ」
「はんっ! だったらアタシより強い男を連れて来な。話はそれからだ」
オーガの中では年若い部類に入るトリスシアだが、それでも彼女はもう子を作ることが出来る。けれど彼女自身がそれを望んでいない。何よりオーガは戦うことをこよなく愛する。成人を過ぎれば老化が緩やかとなり、戦いに適した肉体が維持されるのはオーガの特徴でもある。
「それよりトリスシア?」
「何だい?」
スンスンと鼻を鳴らした比較的若い女が声をかけて来た。
「お前から人の臭いがするんだが?」
「……ああ。人里に遊びに行ってきた」
「またかい?」
年配の女が呆れて肩を竦める。
「つまみ食いはしてないよ」
「そりゃそうだ。勝手にそんなことをしたら、いくらアンタでも問題になるからね」
「はん。人なんて弱い生き物を食って怒られる意味が分からないけどね」
適当に体を洗うトリスシアは思わず本音を口にしていた。
あんな餌共は好き勝手に食って問題ないはずだ。餌なのだから。
「言いたいことは分かるが人は成長が遅い。だから勝手に食って回るとすぐに数が減ってしまうんだよ」
あとはお決まりの説教だった。
数が減りやすいから管理して食べる量を決めている云々の決まり文句だ。
「何より老いた骨と皮だけの人間なんて食べたくないだろう?」
「まあな」
酒の肴の代わりに好んで食する男共は居るが、甘い血肉を欲するトリスシアとしては好んで食べようとは思わない。
「だから面倒くさいけど管理して人共に毎年決まった数を提供させているんだよ。そうしないとあの旨い家畜は直ぐに居なくなるからね」
「はん。面倒くさい」
頭を掻いて適当に水浴びを終えたトリスシアは川を出た。
「何処に行くんだい?」
「帰って寝る」
服を肩に引っ掛けて立ち去るオーガに他の女たちは呆れ果てる。
確かに強いがやる気を感じさせないトリスシアには……やはり族長を継ぐのは難しい。
自然とそう結論が出ていたのだ。
「面倒だね」
洞穴に戻ったトリスシアはゴロンと横になって天井を見上げていた。
基本トリスシアは人など好きな時に食べれば良いと思っていた。あれは気づけば勝手に数を増やす生き物だ。故に食い尽くすことはないと思っていた。
「もう。じゃまです」
「煩いね」
手を伸ばしむんずと少女を捕まえる。
顔の前に運び、トリスシアは人の子を見つめた。
「騒ぐと食らうよ」
「どうぞ」
臆する様子がない。微塵もない。
それこそさっさと食べろと言いたげなぐらいだ。
「たべないんですか?」
ジッと見つめている少女がそう言ってくる。
「ならてをはなしてください」
「ん?」
「そうじがおわってません」
「そうかい」
床に少女を下ろしてトリスシアはゴロリと寝返りを打つ。
しばらく少女が掃除する音だけが洞穴に響く。
「トリスシアさま」
「何だ?」
「どうしてオーガはひとをたべるのですか?」
「それは……旨いからな」
当たり前のことだ。
「ならオーガはどうしてつよさをもとめるのですか?」
「それは弱いと人のように食われるからな」
弱さとは罪なのだ。強いことこそがオーガの中では重要なのだ。
「なら」
「ん?」
「どうしてオーガはオーガどうしでたたかわないのですか?」
「……」
問われトリスシアは答えられなかった。
厳密にいえばその理由を知らなかったのだ。
「オーガはつよいとだれもがしってます。ならオーガのなかでだれがいちばんつよいのですか?」
「知らんよ。興味がない」
言ってトリスシアは考え出した。
確かにオーガは最強種だと言われている。けれどそのオーガの中で『一番強いのは?』と聞かれると答えが出ない。
オーガ同士の争いは過去の決まりにより禁止されているからだ。
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