作品タイトル不明
格の違いを見せてあげるから
「これが子宮よね?」
「知らないわよ」
チラリと目を向けて確認したグローディアは、慌てて視線を逸らした。
魔眼(ここ) に居れば生々しい人間の骨格や筋肉組織や内臓など見る機会は多い。ただ機会が多くても好き嫌いは別の話だ。
はっきり言ってグローディアは生々しい物は好きではない。
真剣な眼差しでリグの腹の中に手を入れるアイルローゼも正直表情は良くはない。
普段彼女が腐海を使うのは、生々しい物を見なくて済むようにと思っての選択だ。
あれなら人の体を液体にしてしまうので生々しい物を見ないで済む。
回復状態の姿を見なければだが。
アイルローゼは丁寧に掴みそれを引っ張り出す。
バタバタとリグの体が激しく動いたが仕方ない。最初睡眠魔法で眠らせたが、開腹した時点でリグは目を覚まし暴れだした。
それを見てグローディアの提案……『一度殺す?』も出たが、死体では反応しない魔法もあり得る。だから生きた状態で開腹して確認するしかなかった。
取り出した臓物をグローディアは頬を引き攣らせながら確認するが、見た限り違和感はない。
生々しく鮮やかで血に濡れた臓物だ。ただ出血はすぐに止まり子宮を覆う血液などもあっという間に消えていく。だからこそ余計に生々しく見えるのだが。
「普通よね?」
耐えきれずグローディアは顔を背けた。
「見た目はね」
「ん?」
魔女の返事にグローディアは顔を戻す。
アイルローゼは呆れた様子で嘆息気味に肩を落としていた。
「……リグが『お腹が痛い』と言ってた意味が分かったわ」
「何よ?」
「ここに存在していた魔法に関する何かをはぎ取った形跡があるの。外ではなくて中にあった物ね」
子宮の一部を指さしてアイルローゼは首を振る。
「誰かがリグの子宮から術を奪ったわ」
アイルローゼの見立てでは、間違いなくリグの子宮中には何かが収められていたのだ。
それを過去の自分は気づけなかった。リグのかけられた魔法は刺青だけだと思い込んで調べが甘かったのだ。
だからどれほど体の刺青を完璧に把握していても彼女の魔力に乱れが存在したのは、この子宮の何かが邪魔をしていたからだろうと知って……自分の未熟さに呆れたのだ。
自身の不甲斐なさにアイルローゼは掴んでいる子宮をギュッと握り……ジタバタとリグが激しく暴れた。
その振動で我に返り、アイルローゼは子宮を元の場所に戻す。
「それでそこにあった物は無いってことで良いの?」
「無いわよ」
「なら誰がそれを?」
「決まっているでしょう? ここでそんなことが出来るのは1人よ」
「刻印の魔女か」
先手を打たれたと思うべきか、自分たちが甘すぎたと思うべきか。
アイルローゼとグローディアは同時にため息を吐いた。
「鍵は無いということで良いのね?」
「ええ。無いわよ」
「それだと……」
腕を組んで顎に手を当てたグローディアは一瞬考える。
鍵は無いがそれを知る者は“外”には居ない。
「それでもリグの刺青だけでも交渉材料になりえるわ」
「グローディア?」
不穏なことを言う王女にアイルローゼは冷たい視線を向ける。
リグは可愛い……自分の古くからの知り合いの娘だ。危ない橋は渡らせたくない。
「念の為よ。あの馬鹿が外で何かやった時に対応できるようにしておかないとね」
「……」
『怒らないでよ?』と言いたげにグローディアは肩をすくめた。
アイルローゼからすればその態度も言葉も面白くは無いが……理解はできた。
モヤモヤとする胸の内の感情を、アイルローゼは自分の意志で抑え込む。
と、座っていたグローディアは立ち上がる。
ある時期から身に纏いだした紫のドレス姿でだ。
「できたら奥に引っ込んで寝ていたいのだけど……あの馬鹿たちが帝国軍師と交渉するのでしょう? 本当にあの馬鹿は非情になれないお人よしだから」
『ノイエの為に』とは言わず、全身から嫌々な感じを漂わせグローディアは中枢に向かい歩き出した。
「貴女と違って生粋の王族じゃないからでしょう?」
「それは甘えよ。あの馬鹿は少なくとも今は王族よ」
立ち去る相手に視線を向け、『自分も向かわないと』と思い……アイルローゼはようやく開いたままのリグの腹に目をやった。
素人が開いたから色々と大変なことになっている。本当に酷いありさまだ。
「ねえリグ?」
「……」
シュシュの封印魔法で口元を抑えられている彼女は話すことが出来ない。
それを理解しつつもアイルローゼは訪ねていた。
「適当に戻してもここなら治るはずだから……このまま閉じてもいいかしら?」
ボロボロと涙をこぼしながら全力で頭を左右に振るリグに対し、アイルローゼはただ静かな視線を向けた。
「そう。了承してくれるのね」
「ん~!」
そっと子宮を元の場所っぽい所に押し込み、それから腸を適当に戻す。
自身の髪の毛を1本抜いて、アイルローゼはその髪を使ってリグの腹を縫った。
「セシリーン。終わったわ」
虚空に顔を向け、アイルローゼは口を開く。
「シュシュに言って口以外の封印を解いてもらって」
返事は無い。けれどリグの体を拘束していた封印が解けた。
もちろん口の封印はそのままだ。
軽く髪をかき上げ立ち上がったアイルローゼは、少しの間リグの様子を見つめてから魔眼の中枢に向かい歩き出した。
残されたリグはただシクシクと泣き続ける。
物凄くお腹が痛くて……たぶん腸が捻じれているような感覚がするから原因はそれだ。
故にお腹を抱えリグはしばらく泣き続けていた。
「攻撃」
「……」
ホリーは宣言してサイコロを振る。攻撃を受けた軍師もサイコロを振るが、攻撃力最大のドラゴンが暴れているのだ。普通の駒なら太刀打ちできない。
あっさりと狩人の駒が倒され盤から除外された。
次いでホリーはもう1つ駒を動かしターン終了だ。
このゲームは一度に2つの駒を動かすことが出来る。
その判断を10秒ずつ下していくホリーが凄い。本当に迷いが無い。
一方的に攻められている軍師も少しずつ駒を再配置し、ドラゴンの猛攻に耐えられる布陣を作っている。ただ完成には遠そうだ。
「また長考?」
「これが私のやり方よ」
「ああ。最初に無駄に時間を使う方法ね」
「……」
終始言葉での攻撃を繰り返すホリーに、軍師の額に青筋が見えた。
キレにキレていらっしゃる。まあここまで馬鹿にされればね。
ただ僕が見ているとホリーの攻撃はドラゴン頼りだ。あれが落ちれば流石にヤバい。
何よりホリーの手持ち駒で次に強いのは重歩兵と狂戦士だ。それだって決して強くない。
それにどうして最弱で有名な遊び人があの位置に? 普通の人ならあの駒は選ばない。使い勝手が悪すぎるからだ。
もう分からない。天才はこれだから謎だ。
暴れるホリーのドラゴンが段々と端に追いやられていく。
このままだと囲まれてタコ殴りに合う。
このゲームの特徴は包囲すると、包囲に参加している駒のサイコロを全て振ることが出来る。
だから囲って攻撃すれば最強のドラゴンとて落ちるのだ。
ドンドン包囲網に追いやられるホリーのドラゴン。
けれど彼女は微笑んだままだ。
一方最初は圧倒的なドラゴンの攻撃力に押されていた軍師も立て直し、少しずつホリーの陣地を奪いだしている。
ホリーの攻撃はドラゴン任せだから……あれ?
盤上を眺めてて疑問に思った。
いつの間にかにホリーの配置がガラッと変わっている。
ドラゴンの攻撃ばかり見ていたから、その配置が変化しているのに気付くのが遅れた。
気づけば遊び人。重歩兵。狂戦士が等間隔で一列に並んでいる。そして支援と遠距離攻撃の駒が配置されていた。
ドラゴンの動きの邪魔にならないように手持ちの駒を動かし道を作っているのかと思ったのに……いつの間にあんなに奇麗に?
「ドラゴンに包囲攻撃よ」
「あら? とうとう落ちたわね」
サイコロの出目が悪くホリーのドラゴンが落ちた。
早速嬉しそうに軍師がホリーのドラゴンを退かす。
「なら次は……」
彼女の顔色が一瞬変わった。
ドラゴンばかり目で追っていた彼女も気づくのが遅れたみたいだ。
「軍師たるもの戦場は点ではなく面で見ないとダメよ? ああ。無能だからそんな基本も分からないのね」
「……布陣が完璧でも駒が弱ければ」
確かにホリーの駒は弱い。けれどその布陣はたぶん完璧だ。たぶん。
「さあ続けましょう」
クスリと笑いホリーが軽く両手を広げた。
「今から馬鹿な貴女に格の違いを見せてあげるから」
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