作品タイトル不明
気づけば女同士の戦いになってました
「出迎えの準備はどう?」
「滞りなく」
「そう」
プラチナ製の鎧に身を包み、帝国軍師であるセミリアはその顔に不敵な笑みを浮かべる。
本国……皇帝からは『ユニバンスとの交戦は避けるように』との指示を受けている。受けているがセミリアはその指示を無視する気でいた。
何故ならば現在自分たちは“ユニバンス領”に攻め入っているのだ。
帝国本国としては旧アルーツ王国領は自国領だと主張しているが、それはユニバンスとて同じこと。向こうも自国領だと主張している限り自分たちが行っている行為は占領でしかない。
つまりもうユニバンスとの戦端は切られている。
本国があの国との交戦を避ける理由など簡単だ。
もしまた“負け”て領土を奪われようものなら、帝国に接する国々が連合をなして攻め寄って来るからだ。中にはユニバンス王国のシュニット王を盟主にしようとする動きや、裏切者のキシャーラを盟主にしようとする動きもある。
あの皇帝はそのことを知り、出来る弟を妬み今回の攻撃を命じた。
どれほど矛盾する指示を出しているのか分かっているのかいないのか……ただ彼はキシャーラに死んで欲しいのだろう。
自分が優れている人物だと誇示したいから。だから弟を殺したいのだ。
《人の欲は本当に尽きない物ね》
だからこそこうして兄弟で戦うのだ。本当に馬鹿らしく滑稽である。
けれどセミリアはそんな滑稽な行為を心の底から許していた。
むしろ大いにやれと願っている。何故ならそうすることで自分の“欲”を満たすことが出来る。
《戦場であればどれだけ人を殺しても英雄になれる。本当に素晴らしいことね》
だからセミリアは好きなのだ。
戦場が、争いが……人の死を飽くことなく見れるこの場所が。
「白い小娘への用意は?」
「それが急のことでしたので」
メイドの返事に対しセミリアは眉間に皺を寄せた。
流石に今回、あのユニバンスのドラゴンスレイヤーを殺すの難しい。
「急がせなさい。今日の結果など関係なく、あの国のドラゴンスレイヤーは殺害対象なのだから」
「はい」
飛び出すように天幕を出ていくメイドに目も向けず、セミリアはクスリと笑う。
「ユニバンスの小娘は簡単に死なないとか……ならどうしたら死ぬのか楽しみね」
我慢できずにクスクスと声をたてて笑う。
「何度でも殺して良いなんて最高のご褒美じゃないの? 毎日手足を砕いて自分から『殺して』と言うまで何回も殺せるのだから」
笑う軍師に周りに居る者たちは自然と視線を逸らす。
見ていられない。恐怖の余りに見ていられないのだ。
人を殺すことに全力を傾ける余りに軍師となった彼女は……敵よりも味方から恐れられる存在だった。
「ふむ。ただの天幕だね」
「はい」
先に馬車を降りて次いで降りるノイエに手を差し出す。
僕の手を掴んでピョンと飛んだら意味がない気がする。
こんな時ばかりは、ノイエ以外の誰かの方が良かった気もするが。
ノイエと手を繋いで天幕に入る。先に入っていたヤージュさんが恭しく一礼した。
「ユニバンス王国元第三王子。現ドラグナイト家当主アルグスタ様とその細君ノイエ様であります」
そう紹介をし、ヤージュさんはそっと天幕を出た。
別に聞かれて困る話をする予定はないんだけど、彼は『私は退路を確保します』とだけ馬車を降りる前に僕に告げていた。
絶対に破談になって喧嘩別れすると確信しているな。ぶっちゃけ僕もそう思う。
「お初にお目にかかります。ブロイドワン帝国にて軍師の地位を得ておりますセミリアと言います」
天幕の奥……椅子に腰かけ足を組む女性が自分でそう言ってきた。
声は若いが歳は二十代中頃だ。こげ茶の髪と目をした美人と言えなくもない人物だ。
ただ目つきが悪い。本当に狐を思わせる鋭い横長の目だ。
帝国所属のメイドさんが席に座るように促してくるが僕は動かない。ここで椅子に座りたくない。
仮にそれで『無礼だ』と言うなら、座って出迎えたあの礼儀知らずのことを問題にするから別に良い。
少なくともこれは対等の話だ。椅子に座って踏ん反り返っているのは問題だらけだ。
「これは帝国軍師。今回はどのような了見でこのような場所を?」
「ええ。キシャーラとその部下を差し出してユニバンス王国軍は撤退して欲しいのです。元々このアルーツ王国は帝国の領土ですから」
予定通りだな。全く。
「それは少し前の話でしょう? この領地はもう我が国の物であり近隣諸国もそれを認めています」
「帝国は認めていません」
「それはそちらの怠慢でしょう? 何よりこちらが認めるように催促しようにも帝国の大使館はこちら断りもなく勝手に畳んで逃げだす始末。そちらの不手際が原因だと思いますが?」
「はて? ユニバンスに存在する大使館が閉鎖ですか? それは知りませんでした。だから最近そちらからの連絡が無かったのですね」
笑って相手はそう言ってくる。なるほどなるほど。
「つまり帝国は報告が上がってこないと、そのまま放置して仕事をしない国と言うわけですか。
そんな国が勤勉に仕事をして我が国には攻めてくるとは……もう少し人材の配置を考えなおしたらどうですかね? 戦争馬鹿ばかりの国には難しい指摘でしたか?」
「貴重なご意見として承りましょう。我が国は小回りの利く小国とは違い管理が大変な大国ですので」
「それはそれは……国が広いから管理できないのではなくて、無能が揃っているから管理できないのでは?」
「そうですね……確かに貴方の言うことも一理あります」
あれ? 認めるんだ。
「ですから今はその無能な者たちを処断しこの国の人材を入れ替えている途中なのです。その筆頭である無能がそちらに亡命をしたので困っているのです」
「そうですか……ですが亡命するほどそちらの国が腐っているということも考えられますよね? 何せ国民も一緒に攻撃して殺すような殺人鬼が軍を率いているとか? そんな獣を軍師にするとか、帝国軍はよっぽど人材が居ないのでしょうけど」
「……」
相手の顔色が変わった。
「私が獣だと?」
「ええ。ただの獣ですよ」
「この私が……獣だと?」
腰かけていたひじ掛けに手をついて彼女は立ち上がろうとする。
と、ノイエが自然と前に出て……一瞬崩れかけて地面に片膝を着いた。
「あら失礼。部下が粗相を」
スッと椅子に座り直した軍師が待機している部下の1人に視線を飛ばす。
魔法使いらしい男性が頭を下げると、ノイエがスッと立ち上がった。
「大丈夫?」
「平気」
いつも通りの無表情で、ノイエが僕の腕を掴み抱きついてきた。
「本当に失礼しました。話し合いの場だというのに……ついユニバンスのドラゴンスレイヤーは頭の悪い凶暴な犬だと聞いているので部下が恐れたようで」
「……ほう」
今なんて言った? ノイエを凶暴な頭の悪い犬って呼んだよな?
《良し。殺そう》
ストンと僕の心の中でそう結論が出た。
許せんな。マジで殺す。
「あら? ドラゴンに対して凶暴なのは認めますけど……少なくともそこに座っている躾もなっていない馬鹿な軍師よりかは頭は良いと思っています。
それと私が可愛い飼い犬になるのは夫の前だけと決めていますから」
グイっと僕の腕に増々しがみついたノイエが……凶悪な笑みを浮かべた。
僕よりもキレた人がいらっしゃるご様子です。
「セコイ戦い方しかできない人間ほど、偉そうに踏ん反り返って頭の良い振りをしたがるんですよね?」
「面白いですわね。ユニバンスの白い馬鹿が」
僕から離れたノイエがヤバい気配を隠さない。
軍師の近くに居る部下やメイドの腰が引けだした。
「あら? 自分が馬鹿だからって一緒にしないでください。貴女と私とでは格が違いますから」
マジ切れしているホリーお姉ちゃんが今にも飛び掛かりそうなので、ギュッと彼女を抱きしめる。
できれば冷静に話し合おう。殺し合いはダメだ。
片方がキレるともう片方が冷静になる典型的な形だな。
ただ帝国軍師が僕の気持ちを察しない。
「……面白いわね。なら勝負でもしてみる?」
「喜んで。でしたら『盤』でどうでしょう?」
「良いわよ」
クスリと笑い、彼女はメイドに指示を出す。
「でも私は帝国で一番強いのだけど……良いのかしら?」
「ええ構わないわ」
ニコリとノイエが笑う。
「少しは手を抜いてあげるから、接戦ぐらい出来るでしょうね。それでも勝つのは私だけれど」
「……良いわ。容赦しないから」
気づけば女同士の戦いになってました。
(C) 2021 甲斐八雲